「初めてお会いして、まだ時間もたってないのにとお思いでしょうが。
なんていうんですか、インスピレーションってありますよね?
僕はあなたにそれを感じたのです…。とはいっても、僕だけの思いで決められる事ではありませんから…。前向きに考えて頂けませんか?」

にこやかな笑顔をたたえながら話す水谷の一言一言に、心が冷えていく。
私は泣きそうになるのをこらえながら、ポツリと言った。

「わかりました…。お返事は…部長を介して近々させて頂きます…」

それから私たちはすぐに部長たちの待つ部屋へと戻った。
奥様が何か言いたそうにして近づいてきたが、気分が悪くなったととっさに嘘をついた。
部長も何か引っかかっているような様子だったが、私を気遣い、なんとか帰る事ができた。


車での帰り道、私は水谷の言葉を思い出していた…。

インスピレーション?

何がインスピレーションよ…。
私の顔も覚えていなかったくせに…。
名前を見たって、思い出さなかったんでしょう?
連絡先も交換して、名前を手帳に書いてたのだって、見てた。
なのに、私の写真を見ても、経歴書を見ても、こうやって直に会っても、私の事なんて忘れてるじゃない!

あまりの悲しさと悔しさに、ハンドルを握る手にも力が入る。
道路が渋滞していてくれて良かった。

おかげで苛立ちにまかせてスピードを出さずに済むから…。