悲しみに心が支配されていく…。

少しでも自分の事をおぼえていてくれるのではないかと期待していた自分に嫌気がさした。
早くこの場を立ち去ってしまいたい…。

そう思っていると、奥様が今の私の気持ちなど全くわからずに能天気な事を言い出した。

「いつまでもわたくしたちが一緒では…お話も進みませんわよね…?
あなた…、そろそろ、お若い方お二人にしてさしあげたら…?」

ドラマでもよく見るような光景…。
まさか自分がその光景の中心にいることになろうとは。

私は気乗りがしなかった。

素知らぬ顔で座っている水谷の顔を見れば見るほど、自分の中にある疑惑が膨れ上がる。
私の事を忘れたふりをしているのか、はたまた本当に忘れているのか。

水谷の表情からは何も見えてこない。
まったくポーカーフェイスを崩さない彼に、私は空恐ろしいものを感じていた。

そしていつのまにか私の心は後悔で埋め尽くされていた。
いっそ気分が悪いと嘘をついて帰ろうかとも思う。

だが、水谷のまさかの一言が私の決心を脆くも打ち砕いた。