「あの…、水谷さんはそうかもしれませんが…、私はやはりこのままにはしておけないんです…。あの時、水谷さんがオジサンに言って下さらなかったら、きっといつまでもあの状態が続いたと思うんです。まわりにいた人たちだって、自分が巻き込まれたくないから、見て見ぬふりをしてたし…。でも、水谷さんは、違ったじゃないですか。だから…何でもいいので、ただお礼をさせて欲しいって思っただけなんです…」

たったこれだけの事を言うのにも、やっとの思いだった。

それなのに水谷は、そんな私の気持ちを見事に打ち砕いた。

水谷は、「ハァ…」とあきれたようにため息をついた後、言った。

「まったく…あなたもわからない人ですね。わかりました。はっきり言います。僕にとっては、あんな事は取るに足らない事なんですよ」

水谷の言葉に驚いた私は思わず漏らす。

「…取るに足らない…?」

つぶやいた私に水谷は容赦なく言葉を浴びせ続ける。

「そうです。取るに足らない事ですよ。僕にとってはね、あんな事は、普通に生活している中での一コマに過ぎないんです。あなたにとっては特別な出来事だったかもしれませんが、僕にとっては朝起きてメシ食って寝る、その事と大差ないんですよ。だからお礼は必要ありません。ご理解いただけましたか?」