「そうですか…。では…」

水谷はそう言うと携帯を出した。
私はそれを見て、自分も慌てて携帯を取り出す。

「僕の番号です」

携帯に映し出された番号を慌てて登録する。
そして水谷はスーツの内ポケットから小さな黒い革製のケースを取り出した。

「名刺をお渡ししておきます」

そう言って私に一枚差し出した。

『株式会社D自動車 M営業所 水谷賢』

水谷…賢…「けん」さんかな?と思いながら受け取った名刺を見ていると水谷が言った。

「"まさる”ですよ。それで"まさる”と読みます。ダサいでしょ」

はにかむように、照れたように言う水谷の、少し崩れたその顔もとても魅力的だった。

「ダサいだなんて…。いいお名前だと思います…」

私はそんな通り一辺倒な事しか言えなかった。

すると水谷は私に、「名刺はお持ちですか?」と聞いてきた。

「え?わ、私ですか?あっ…、名刺…は持ってないんです…」

緊張のあまりどもりながら答えてしまう。

「では、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

再び私の顔を見ながらそう言った。

「あ、はい…。松島…です。松島智子と申します」

水谷は手帳にサラサラとひらがなで"まつしまともこ"と私の名前を書いた。
そして、「それでは、失礼します」と言ってお辞儀をした。

私も、「ありがとうございました…」と言って慌てて頭を下げた。

頭を上げた時にはすでに水谷は私に背を向け、帰る方向へ向かって歩いていた。

あ… 行っちゃった…