「違うの。あの時のあなたたちの事を思い出して、少し辛くなっただけ…。
今こうやって笑い話にしてるけど…あの時は本当にどうしたらいいかわからなくて…母さんパニックになってたから…。でも、お父さん…相変わらずね…。もしかしたら、小西にやられてしまうかもなんて、私の取り越し苦労だったみたい…」

思わず漏れた私の言葉に、二人が食いついてきた。

聡介が驚いたように尋ねる。

「相変わらず…って…もしかして母さん、父さんがケンカに強いって知ってたのか?」

一瞬しまった…と思った。
あの時の事は沙由美以外の誰にも話していない。

当事者の水谷が覚えていてくれなかった事もあり、私は水谷に恋するきっかけとなった出来事を自分の胸に秘めていたのだった。

だが今ここで話をうやむやにするのは不自然だし、何より興味津々で話を聞こうと待っている二人を誤魔化す事は不可能だろう。

私は慎重に、水谷が昔悪いヤツを軽々と叩きのめした話をした。

もちろんその原因が自分だった事は伏せ、あくまでも偶然あの時まわりで見ていた野次馬という事にして。

恭平は「へぇ~、昔っから強かったんだ…。カッケ―…」と感心していた。

私もあの時、見事に相手を捌いた水谷の、ケンカとは程遠い美しい動きを思い出していた。

そして聡介が何かを考えながら私の顔をずっと見ていた事に、私は全く気付いていなかった。