日は沈み、竹柵のなくなった聖のゆりかごの前にローグ一派は立っていた。
ローグたち一行が経っている場所では既にイネスの投じた転移魔方陣の準備が完了している。
円に輝く紫色の淡い光が中央にまで届けば、一瞬にして皇国の大聖堂にまで帰投することができる。
「ローグ様。いつでも帰還できます」
「おぅ、ありがとよ。ニーズヘッグとミカエラも問題ないな?」
『あぁ……なんとかな』
「いつでも大丈夫なのです!」
ローグの隣には、いくつかの獣人族原産カリンとニーズヘッグを持ったミカエラが控えている。
そんな彼らの前には、ドリス・マーロゥを中心として聖地林領に住む全獣人族がいた。
皆一様にその表情は明るいようだった。
「この度は本当に世話になった、ローグ・クセル殿。この通り、左腕は完治とまではいかないものの、瘴気とやらの影響がほとんどなくなったのと、従者様に頂いた塗り薬のおかげで指先が動くようにはなりましたな」
「ヴォハハハハ」と軽快に笑うのは、ドリスだった。
黒ずみ、壊死していた左腕が辛うじて動いている。
「へぇ、いったん死んでた指先が復活するのか……興味深いな」
当の従者様――と言われたイネスは小さく笑みを浮かべた。
「瘴気は人体に入ると、気が集まり黒い石のような物理物体を生成します。そうすることで血の流れが悪くなり、血が詰まる――これが現在魔族領域で解明されている他種族の瘴気やられです。要は、血の巡りの中に出来た黒い石を取り除けばいいのです。我等が天敵であるエルフ族の回復魔法を施した聖水を塗布し続けることで、皮膚を通り越して体内の淀みである瘴気を徐々にただの気に戻していくのですよ」
「回復魔法自体が、身体の淀みを正すことにありますから……。わ、わたしの力で何か出来ることがあるなら、何なりと!」
ドリスの瘴気やられ回復に一役買って出たミカエラが胸を張って言う。
イネスは、未だ黒痣の残るクラリスをふと見つめた。
「……その他、多少瘴気やられで黒痣が広がっている方でも回復魔法を施した聖水を塗布し続ければ、寛解します。後遺症としても残ることはなくなるかと思われます」
「また、追加が必要になったら、いつでも言ってください!!」
まるで刺青を入れたかのように広がる黒い線を持つクラリスを筆頭に、瘴気が身体から抜けきらず、後遺症として瘴気やられが形として現れている者も少なくない。
イネスの説明とミカエラのやる気に、ドリスは重ね重ね頭を下げる。
「いやはやいやはや、ありがたい限りですが……。いつまでもあなた方に縋ると言うもこちらとしても本意ではありませぬ。ただでさえ閉鎖的な聖地林ですが、少しはこちらも国交を広げていく努力をしていきましょうて」
老いているが、未だ力強さ健在の腕を曲げて力こぶを作るドリス。
「幸い、我々には世界七賢人との繋がりがありまする。数代前までは少し交流のあった『エルフの古代樹』の《回復術師》様も無碍にはしてくれますまい」
にこりと笑うその表情を見て、ローグもつられて笑顔が浮かぶ。
「ローグの旦那! 絶対また来るの! 今度は、広い広い聖地林をばっちし案内してあげるの!」
尻尾と腕をぴゅんぴゅん振り回しながら言うティアリスの表情も、ローグと初めて会った時からは考えられないくらいに明るいものだった。
ローグはティアリスの頭にポンと手を乗せて、「期待しておくよ」と優しく告げた。
「……獣戦士さんが見当たらないな。まぁ、仕方ないか。一番忙しいだろうし……ドリスさん、ティアリス。獣戦士さんにもよろしく伝えておいてくれよ」
「「……」」
ローグが言うと、困ったようにドリスとティアリスは目を合わせた――その時だった。
「ちょぉっと待てェェェェェッ!!!」
ゆりかごの正門ド真ん中に集まっていた全獣人族を飛び越えて、ローグの前に一人の女性が現れた。
ボサボサの栗毛が左右に揺れた。逆立った獣耳がピコピコと揺れて――クラリスはローグの手の平に向けて無造作に手を乗せた。
「間に合って良かったよ、ローグ・クセル」
クラリスがローグの手の平にのせたものに、思わずローグの瞳が滲んだ。
「これ、本当にいいのか?」
「あぁ。歴とした、アタシたちとアンタの友情の証だ」
クラリスやティアリス、ドリスや全獣人族が一身にローグを見つめる。
ローグの手に握られた、一個のロケットペンダント。
簡易的な木造のものに組紐が掲げられたそれを開けば、中には証のように聖地林の文字が刻まれていた。
「――『聖地林』の獣人族と、ローグ・クセルたちの友情は永遠に』。今回助けられた側が言うべきじゃねェのは重々承知だが、言わせてくれ。アンタが助けを求めたら、アタシたち獣人族は友達として全力でアンタを支援する。これは、国と国との同盟じゃねェ。獣人族253人それぞれからの、友情としての結晶だ。受け取ってもらえると嬉しい」
「また飲もうぜローグ! 今度はとびきり美味ぇ山の幸で宴しようなッ!」
「何かあればすぐ呼んでくれ。いつでも駆けつけてやるぜ!」
「イネスさんもローグさんも、いつでもまた来てねーッ!」
「龍さん、エルフのおねーちゃん、またねー! また遊ぼーねー! 元気でねー!!」
堰を切った様にローグたちに言葉をかける獣人族たち。
「……とも、だち……」
ぽつりと、小さくローグは呟いた。
「おめでとうございます、ローグ様。たくさんお友達が出来たようで、何よりです」
くすりと小さく笑むようにイネスは言う。
「……ホント幸せ者だな、俺は。大丈夫だ、イネス。頼むよ」
目から零れ落ちかけた涙を見せないようにと、精一杯の笑顔を浮かべたローグ。
イネスは小さく「はっ」と答えるも、少し何かを待つように魔法発動を起こさないでいた。
ティアリスとドリスがいたずらっ子のように笑ってイネスを見る。
「ねぇねぇイネスのお姉さん。その魔方陣、もう一人くらい乗れるの、本当なの?」
「……えぇ。問題ありませんよ」
事前にそれを聞いていたイネスは、転移魔方陣のスペースをわざと一区画分だけ開けていたのだ。
「そっか! それなら……こうなの!」
「――むんっ」
ティアリスとドリスは、ポンとクラリスの背中を押した。
「――な、なァ!?」
バランスを崩したクラリスが、ちょうど転移魔方陣の空いていた一区画に収まった。
何のことやら分からないクラリスは驚いたように獣人族たちの方を振り向くと――みんな、にやにやした様子で彼女を見つめていた。
転移魔方陣は既に起動操作の大部分を終え、輝きを増している。
魔力障壁に似たバリアーが生じ、容易に外へ出ることは出来なくなっていた。
「な、何の真似だドリス爺! ティア!」
クラリスの叫びに、にやぁ~と獣人族たち全員の表情が柔らかくなる。
彼らを代表するように、ティアリスが前へ一歩出て、告げる。
「会いに行ってくるといいの。クラリス姉のお友達さんに」
「……は、はァ……!? 何だって、そんな――!」
「みんな知ってるの。クラリス姉が、皇国にいる仲の良かったお友達さんに会いたがってること。それまで、聖地林はティアたちが守ってるから!」
ティアリスのはっきりとした物言いに、後方の獣人族たちも、ドリスも大きく頷いた。
「……ッカッカッカ。そーか。聖地林はティアたちが守ってくれっか。カッカッカ」
呆れたように声を上げて笑うクラリス。
「バカな爺に妹に、バカな仲間達にそんなこと言ってもらえんなら……そうさなァ。少しだけ甘えさせてもらおうとするかね」
クラリスは諦めた様子で、小さく彼らに手を振った。
「行ってらっしゃいなのー! また来てなの!!」
ティアリスを筆頭に、獣人族はローグたちに手を振り続けていた。
その様子を見届けたイネスが短くそう呟くと、ローグたちとクラリスの身体は淡い紫色の光に包まれた。
「魔力充填完了。転移魔方陣、発動。――イネス・ルシファー以下5名、帰還します」
瞬間、彼らの姿はなくなり、聖地林は再び夜の闇に包まれていた――。
○○○
サルディア皇国大聖堂は、復旧作業の真っ只中だ。
かつてヴォイド・メルクールとの最終決戦が為されたその地は未だガラクタに塗れており、壁をツツと指で滑らせれば手に簡単に砂埃がついた。
「ルシエラ様も、妙なことをおっしゃいますね。こんな夜更けに大聖堂に行け、なんて。吉報をもたらすピエロが出た、ということは……悪いことでもないでしょうが、天井すらも治りそうではない今はただただ寒いだけではないですか。……へくちっ」
いつもの銀鎧を纏っていないからこそ、少女――カルファ・シュネーヴルの肌には冷たい夜風が身に染みていた。
夜の空に浮かぶ半月は、大聖堂の中央を白く明るく照らしていた――と。
ブゥン。
中央に、紫色の円が浮かび上がる。
「――!? こ、これ、まさか……!?」
円は紫色に光輝き、見慣れた一団が姿を現していく。
カルファは寒さも忘れてその名を口にした。
「ろ、ローグさん、ニーズヘッグさん、イネスさん、ミカエラちゃん! ……え?」
カルファの素っ頓狂な驚き声が彼らに届いた。
「よーぉ。元気そーだな、カルファ」
「く、クラリス!? なんであなたがこんなところに!?」
「カッカッカ、ちょっくらローグたちに世話になってな」
ひらひらと手を振るその女性は、かつて『友情の証』を交換し合った、最高の友だったのだから。
「……? ……??」
「どうするね、獣戦士さん。見ての通り、鑑定士さんは混乱中だけど」
「カッカッカ。クソ真面目なカルファらしい。ほれ、さっきの木簡はアタシから説明がてら渡しておくよ」
「そりゃ助かる。今の俺から説明しても、感極まった鑑定士さんには何にも通じないだろうからさ。ってことで鑑定士さん、俺たちはいったん宿泊所にでも帰ってる。明日の朝には改めて――って、聞いてねぇなこれ」
ローグが小さく溜息をつくほどには、もはやカルファの目線にはクラリスしか映っていなかったようで――。
「あ、あなた随分無茶苦茶なことしてるって聞きましたよ!? 何があったんですか! 何で何も言ってくれなかったんですか!? 何でそんなに刺繍彫っちゃってるんですか!?」
「……あぁ、何だコイツ! 大体アンタいっつもいっつも心配性すぎんだよ! アンタはアタシのオカンか!!」
「でないとあなたいっつも考え無しに突っ込んでいくじゃないですか! そう、魔族を倒そうとしたときも、パーティーメンバーで夜営してた時も、いっつもそうです!」
「おま……!? それが久々に会った親友に言うことかよ!? カルファの方こそ無茶苦茶してるってのはよぉぉぉぉっく聞こえてきたんだからな!?」
「そ、それとこれとは話が――!」
「いぃぃっしょだ! ぜぇぇんぶ一緒だバカカルファ!!」
会ってそうそう口げんかを始めるその二人を、ローグたちは大聖堂の端で恐る恐る見守るしか出来ずにいた。
「なぁ、イネス」
「はい、なんでしょう。ローグ様」
「あれが、親友?」
組んずほぐれつの大口喧嘩が止まらないカルファとクラリス。
普段冷静沈着で、いつも国の未来を憂いているカルファの姿は、そこにはない。
「……はい」
イネスの脳裏に、シャリスとの思い出がいくつも蘇っていく。
「いくら喧嘩しても、親友とは――相手のことが大好きで仕方が無いのですよ」
イネスは、手に持っていた大切なペンダントを、ぎゅっと握りしめていた――。
ローグたち一行が経っている場所では既にイネスの投じた転移魔方陣の準備が完了している。
円に輝く紫色の淡い光が中央にまで届けば、一瞬にして皇国の大聖堂にまで帰投することができる。
「ローグ様。いつでも帰還できます」
「おぅ、ありがとよ。ニーズヘッグとミカエラも問題ないな?」
『あぁ……なんとかな』
「いつでも大丈夫なのです!」
ローグの隣には、いくつかの獣人族原産カリンとニーズヘッグを持ったミカエラが控えている。
そんな彼らの前には、ドリス・マーロゥを中心として聖地林領に住む全獣人族がいた。
皆一様にその表情は明るいようだった。
「この度は本当に世話になった、ローグ・クセル殿。この通り、左腕は完治とまではいかないものの、瘴気とやらの影響がほとんどなくなったのと、従者様に頂いた塗り薬のおかげで指先が動くようにはなりましたな」
「ヴォハハハハ」と軽快に笑うのは、ドリスだった。
黒ずみ、壊死していた左腕が辛うじて動いている。
「へぇ、いったん死んでた指先が復活するのか……興味深いな」
当の従者様――と言われたイネスは小さく笑みを浮かべた。
「瘴気は人体に入ると、気が集まり黒い石のような物理物体を生成します。そうすることで血の流れが悪くなり、血が詰まる――これが現在魔族領域で解明されている他種族の瘴気やられです。要は、血の巡りの中に出来た黒い石を取り除けばいいのです。我等が天敵であるエルフ族の回復魔法を施した聖水を塗布し続けることで、皮膚を通り越して体内の淀みである瘴気を徐々にただの気に戻していくのですよ」
「回復魔法自体が、身体の淀みを正すことにありますから……。わ、わたしの力で何か出来ることがあるなら、何なりと!」
ドリスの瘴気やられ回復に一役買って出たミカエラが胸を張って言う。
イネスは、未だ黒痣の残るクラリスをふと見つめた。
「……その他、多少瘴気やられで黒痣が広がっている方でも回復魔法を施した聖水を塗布し続ければ、寛解します。後遺症としても残ることはなくなるかと思われます」
「また、追加が必要になったら、いつでも言ってください!!」
まるで刺青を入れたかのように広がる黒い線を持つクラリスを筆頭に、瘴気が身体から抜けきらず、後遺症として瘴気やられが形として現れている者も少なくない。
イネスの説明とミカエラのやる気に、ドリスは重ね重ね頭を下げる。
「いやはやいやはや、ありがたい限りですが……。いつまでもあなた方に縋ると言うもこちらとしても本意ではありませぬ。ただでさえ閉鎖的な聖地林ですが、少しはこちらも国交を広げていく努力をしていきましょうて」
老いているが、未だ力強さ健在の腕を曲げて力こぶを作るドリス。
「幸い、我々には世界七賢人との繋がりがありまする。数代前までは少し交流のあった『エルフの古代樹』の《回復術師》様も無碍にはしてくれますまい」
にこりと笑うその表情を見て、ローグもつられて笑顔が浮かぶ。
「ローグの旦那! 絶対また来るの! 今度は、広い広い聖地林をばっちし案内してあげるの!」
尻尾と腕をぴゅんぴゅん振り回しながら言うティアリスの表情も、ローグと初めて会った時からは考えられないくらいに明るいものだった。
ローグはティアリスの頭にポンと手を乗せて、「期待しておくよ」と優しく告げた。
「……獣戦士さんが見当たらないな。まぁ、仕方ないか。一番忙しいだろうし……ドリスさん、ティアリス。獣戦士さんにもよろしく伝えておいてくれよ」
「「……」」
ローグが言うと、困ったようにドリスとティアリスは目を合わせた――その時だった。
「ちょぉっと待てェェェェェッ!!!」
ゆりかごの正門ド真ん中に集まっていた全獣人族を飛び越えて、ローグの前に一人の女性が現れた。
ボサボサの栗毛が左右に揺れた。逆立った獣耳がピコピコと揺れて――クラリスはローグの手の平に向けて無造作に手を乗せた。
「間に合って良かったよ、ローグ・クセル」
クラリスがローグの手の平にのせたものに、思わずローグの瞳が滲んだ。
「これ、本当にいいのか?」
「あぁ。歴とした、アタシたちとアンタの友情の証だ」
クラリスやティアリス、ドリスや全獣人族が一身にローグを見つめる。
ローグの手に握られた、一個のロケットペンダント。
簡易的な木造のものに組紐が掲げられたそれを開けば、中には証のように聖地林の文字が刻まれていた。
「――『聖地林』の獣人族と、ローグ・クセルたちの友情は永遠に』。今回助けられた側が言うべきじゃねェのは重々承知だが、言わせてくれ。アンタが助けを求めたら、アタシたち獣人族は友達として全力でアンタを支援する。これは、国と国との同盟じゃねェ。獣人族253人それぞれからの、友情としての結晶だ。受け取ってもらえると嬉しい」
「また飲もうぜローグ! 今度はとびきり美味ぇ山の幸で宴しようなッ!」
「何かあればすぐ呼んでくれ。いつでも駆けつけてやるぜ!」
「イネスさんもローグさんも、いつでもまた来てねーッ!」
「龍さん、エルフのおねーちゃん、またねー! また遊ぼーねー! 元気でねー!!」
堰を切った様にローグたちに言葉をかける獣人族たち。
「……とも、だち……」
ぽつりと、小さくローグは呟いた。
「おめでとうございます、ローグ様。たくさんお友達が出来たようで、何よりです」
くすりと小さく笑むようにイネスは言う。
「……ホント幸せ者だな、俺は。大丈夫だ、イネス。頼むよ」
目から零れ落ちかけた涙を見せないようにと、精一杯の笑顔を浮かべたローグ。
イネスは小さく「はっ」と答えるも、少し何かを待つように魔法発動を起こさないでいた。
ティアリスとドリスがいたずらっ子のように笑ってイネスを見る。
「ねぇねぇイネスのお姉さん。その魔方陣、もう一人くらい乗れるの、本当なの?」
「……えぇ。問題ありませんよ」
事前にそれを聞いていたイネスは、転移魔方陣のスペースをわざと一区画分だけ開けていたのだ。
「そっか! それなら……こうなの!」
「――むんっ」
ティアリスとドリスは、ポンとクラリスの背中を押した。
「――な、なァ!?」
バランスを崩したクラリスが、ちょうど転移魔方陣の空いていた一区画に収まった。
何のことやら分からないクラリスは驚いたように獣人族たちの方を振り向くと――みんな、にやにやした様子で彼女を見つめていた。
転移魔方陣は既に起動操作の大部分を終え、輝きを増している。
魔力障壁に似たバリアーが生じ、容易に外へ出ることは出来なくなっていた。
「な、何の真似だドリス爺! ティア!」
クラリスの叫びに、にやぁ~と獣人族たち全員の表情が柔らかくなる。
彼らを代表するように、ティアリスが前へ一歩出て、告げる。
「会いに行ってくるといいの。クラリス姉のお友達さんに」
「……は、はァ……!? 何だって、そんな――!」
「みんな知ってるの。クラリス姉が、皇国にいる仲の良かったお友達さんに会いたがってること。それまで、聖地林はティアたちが守ってるから!」
ティアリスのはっきりとした物言いに、後方の獣人族たちも、ドリスも大きく頷いた。
「……ッカッカッカ。そーか。聖地林はティアたちが守ってくれっか。カッカッカ」
呆れたように声を上げて笑うクラリス。
「バカな爺に妹に、バカな仲間達にそんなこと言ってもらえんなら……そうさなァ。少しだけ甘えさせてもらおうとするかね」
クラリスは諦めた様子で、小さく彼らに手を振った。
「行ってらっしゃいなのー! また来てなの!!」
ティアリスを筆頭に、獣人族はローグたちに手を振り続けていた。
その様子を見届けたイネスが短くそう呟くと、ローグたちとクラリスの身体は淡い紫色の光に包まれた。
「魔力充填完了。転移魔方陣、発動。――イネス・ルシファー以下5名、帰還します」
瞬間、彼らの姿はなくなり、聖地林は再び夜の闇に包まれていた――。
○○○
サルディア皇国大聖堂は、復旧作業の真っ只中だ。
かつてヴォイド・メルクールとの最終決戦が為されたその地は未だガラクタに塗れており、壁をツツと指で滑らせれば手に簡単に砂埃がついた。
「ルシエラ様も、妙なことをおっしゃいますね。こんな夜更けに大聖堂に行け、なんて。吉報をもたらすピエロが出た、ということは……悪いことでもないでしょうが、天井すらも治りそうではない今はただただ寒いだけではないですか。……へくちっ」
いつもの銀鎧を纏っていないからこそ、少女――カルファ・シュネーヴルの肌には冷たい夜風が身に染みていた。
夜の空に浮かぶ半月は、大聖堂の中央を白く明るく照らしていた――と。
ブゥン。
中央に、紫色の円が浮かび上がる。
「――!? こ、これ、まさか……!?」
円は紫色に光輝き、見慣れた一団が姿を現していく。
カルファは寒さも忘れてその名を口にした。
「ろ、ローグさん、ニーズヘッグさん、イネスさん、ミカエラちゃん! ……え?」
カルファの素っ頓狂な驚き声が彼らに届いた。
「よーぉ。元気そーだな、カルファ」
「く、クラリス!? なんであなたがこんなところに!?」
「カッカッカ、ちょっくらローグたちに世話になってな」
ひらひらと手を振るその女性は、かつて『友情の証』を交換し合った、最高の友だったのだから。
「……? ……??」
「どうするね、獣戦士さん。見ての通り、鑑定士さんは混乱中だけど」
「カッカッカ。クソ真面目なカルファらしい。ほれ、さっきの木簡はアタシから説明がてら渡しておくよ」
「そりゃ助かる。今の俺から説明しても、感極まった鑑定士さんには何にも通じないだろうからさ。ってことで鑑定士さん、俺たちはいったん宿泊所にでも帰ってる。明日の朝には改めて――って、聞いてねぇなこれ」
ローグが小さく溜息をつくほどには、もはやカルファの目線にはクラリスしか映っていなかったようで――。
「あ、あなた随分無茶苦茶なことしてるって聞きましたよ!? 何があったんですか! 何で何も言ってくれなかったんですか!? 何でそんなに刺繍彫っちゃってるんですか!?」
「……あぁ、何だコイツ! 大体アンタいっつもいっつも心配性すぎんだよ! アンタはアタシのオカンか!!」
「でないとあなたいっつも考え無しに突っ込んでいくじゃないですか! そう、魔族を倒そうとしたときも、パーティーメンバーで夜営してた時も、いっつもそうです!」
「おま……!? それが久々に会った親友に言うことかよ!? カルファの方こそ無茶苦茶してるってのはよぉぉぉぉっく聞こえてきたんだからな!?」
「そ、それとこれとは話が――!」
「いぃぃっしょだ! ぜぇぇんぶ一緒だバカカルファ!!」
会ってそうそう口げんかを始めるその二人を、ローグたちは大聖堂の端で恐る恐る見守るしか出来ずにいた。
「なぁ、イネス」
「はい、なんでしょう。ローグ様」
「あれが、親友?」
組んずほぐれつの大口喧嘩が止まらないカルファとクラリス。
普段冷静沈着で、いつも国の未来を憂いているカルファの姿は、そこにはない。
「……はい」
イネスの脳裏に、シャリスとの思い出がいくつも蘇っていく。
「いくら喧嘩しても、親友とは――相手のことが大好きで仕方が無いのですよ」
イネスは、手に持っていた大切なペンダントを、ぎゅっと握りしめていた――。