夜通し初代の墓の前で語り合っていた二人は、ようやく皆と合流するかという所に来ている。
 聖地林(リートル)領地、聖のゆりかご。
 幾重にも張られた竹柵の奥から香るその匂いに、クラリスの腹の音がぐぅ~っと軽快に音を鳴らした。

「そういえば、晩ご飯すらまだ食べていませんでしたね」

 楽しそうに笑うイネスに、恥ずかしそうにクラリスも頬をポリポリと?いた。

「アイツら、アタシ差し置いて貯蔵庫の飯にまで手ェ付けやがったな……!? ちくしょう、アタシも混ぜやがれェェェ!!」

 「ガルルルル!!」と野性味むき出しで竹柵を跳び越えていったクラリスを追うようにして、イネスも竹柵を伝って正門から中へと足を踏み入れる。
 パチパチと二、三箇所で消えかかったたき火がついていた。
 たき火付近に掲げられた数々の干し肉や酒を見つけたクラリスが、誰のものかも確認せずにいきなりそれにかぶりつく。
 その付近には、どこかで見慣れたような死屍累々が折り重なっている。
 縁側ですやすやと眠る子供達もいれば、地べたに突っ伏している者もいる。
 たき火の傍で大勢の酒飲みと共にぶっ倒れている主の姿もあった。
 いつも通りかどうか、同僚ニーズヘッグの姿は柱に寄りかかってうたた寝をするミカエラの膝の上にあった。
 皆、その表情は一様に柔らかい。
 夜通し飲めや歌えやの宴会が催されていたのだろう。

「……う……ぐる……じ……」

 屈強な獣人族の男に肩を組まれ、うめき声を上げながら顔を真っ青にしているローグの姿を見てイネスも思わず頬が緩む。
 そんなローグの腰元には、「むにゅぅ……」と尻尾と耳を完全に安心させて体を委ねるティアリスもいる。

「風邪を引いてしまいますよ、ローグ様」

 鼻提灯を出し、酒瓶を片手に大イビキをかいている獣人族の男を引き離す。
 イネスは朝の寒さでガタガタと震えながら眠るローグとティアリスの肩に、布団をかけた。

「……なんだか、とても既視感(デジャヴ)がありますが、まぁいいとしますか……」

 どこかで見たような光景だ。だが、今の主にはそれくらいのハチャメチャさもいい経験だろう。

「おー、おーひは(どーした)あんはは(アンタは)()ふぁ()ふぇ()()ほは(のか)?」

 プライドもマナーもかなぐり捨てたかのようなクラリスは、辺りに誰も起きていないことをいいことにひたすら肉と酒をかっ食らっている様子だ。
 宴に乗り遅れた腹いせの如き食いっぷりにイネスも頭を抱える。

「獣人族は、宴を何より大切にする。乗り遅れたとあっちゃ、(ケモノ)が廃るってもんさ。おら、アンタも食えってんだッ」

 クラリスは勢い任せに干し肉を投げた。

「……美味しい」

 普段、宴会ごとにあまり参加することのないイネスが初めて口にしたその味は。

「……柄になく騒いでみても、案外楽しいのかもしれませんね」

「カッカッカ。きっと楽しーと思うぜ」

 ――新たな一歩を踏み出す決意にもなり得るものだった。

○○○

「ほれ、これさえあればあの堅物カルファも信じるだろ」

 聖のゆりかご、ドリス邸。
 あぐらを書いて一枚の紙をローグたちの前に差し出したクラリスは、あっけらかんと呟いた。
 クラリスの隣には、初めて会った時よりも多少表情が柔らかくなったドリスと、眠気がまだ取れていないティアリスの姿もあった。

「獣人族、第六十二代聖地林(リートル)頭領としての正式な国書だ。ウチは昔から木簡を国書にしててな。既に国際ギルド連盟には、その旨を伝える使者を出してる。聖地林(リートル)とサルディア皇国が国際的に同盟結んだのが知れ渡るのも、遅かねェだろ」

 宴も終わり、既に人々は通常の生活に切り替わっていた。

 ――厳密には彼らを縛り付けていた聖のゆりかごからは仰々しい竹柵も取り除かれて開放感を取り戻してはいるのだが。

 朝に地べたで酔い潰れていた者達も、昼を過ぎた今はすっかり元気を取り戻している。
 少々気持ち悪さを残しているのも、ローグだけといった様子だ。

「お頭ァ! 初代の墓の修繕作業にガキ共も連れてってやっていいですかねぇ。コイツらは酒も絡んでねェから、元気有り余ってるらしいしな」

「おー、有り余ってんなら連れてやってってもいいだろ。皆で協力すればその分早く終わるだろうしな。っと、ついでにコイツの分の(・・・・・・)墓も修繕してやってくれ」

「……は、はぁ……? い、いや、了解しました!」

 クラリスが指さす先のイネスを見つめながら、獣人族の男達は首を傾げて持ち場へと戻っていく。
 恐らく分かっていないだろうなと苦笑しつつ、イネスは木簡を懐に忍ばせた。
 外へ向かった報告も一段落してローグは「助かるよ」と小さく一礼する。

「それでイネス。魔族領域(ダレス)の状況はどうだ」

「――はっ。魔族領域(ダレス)内に複数使い魔を飛ばしてみた所、ジャッジ・フェニックス復活については肯定的な意見と、懐疑的な意見に分かれていたものと思われます」

「本当に復活したのかどうか怪しいってことか?」

「はっ。仮にジャッジが復活したのなら、あのような短期間で反応が消失するわけがない――とのことで、大規模な魔力災害か、もしくはと言った所で議論は平行線を辿っているようで」

「……結局、不死の軍勢辺りのことも聞き出せなかったからな。術者のことも、分からず終いだ」

「その辺りはアタシもこれから注視していこうと思う。一度魔族を退けたとて、今までのような軍勢襲来は止まらねェ可能性もあるからな。何かあれば、またアンタにも連絡入れるよ。その情報は、どうやらそっちの方が有効活用出来るみたいだしなァ」

「了解だ。その時はよろしく頼むよ、獣戦士さん。じゃ、復興の邪魔しても悪いから俺たちはそろそろこの辺で帰る支度に入らせて貰おうかね。鑑定士さんにも、色々報告することも出来た。イネス、転移魔方陣の準備だ。ニーズヘッグは元気がある内に魔力解除(マジックジャマー)があるかどうかチェックしてくれ。ミカエラ、ニーズヘッグのサポートよろしく頼む。俺は残った不死の軍勢のメンテナンスに潜ってる。出立は今夜だ。抜かるなよ」

「――仰せのままに」
「くはははは。事案が終わったというのに、忙しないな」
「了解なのです、ししょー!」

 ローグ配下の面々が次々と割り振られた仕事に戻っていく。そんな中――。

「あー…………」

 妙に歯切れの悪いクラリスが、頬をポリポリと?いていた。
 何か言いたくても言い出せないような、そんな雰囲気を、ようやく眠気から覚めようとしていたティアリスは目の当たりにしていたのだった。