「はぁ……はぁ……はぁ……」
ザッ、ザッザッと。先ほどとは打って変わって、その場所は静寂に包まれていた。
シャリス・マーロゥの墓地前で、イネスはもくもくと土を掘り返す。
「ふふふ。これではローグ様と変わらないですね……!」
主に続いて墓荒らしに精を出す自分自身を自虐的に笑う。
だが、その瞳は真剣そのものだった。
掘り返しては、先の見えない作業に小さく息をつく。
額に滲んだ汗を手甲で拭えば、気付かぬうちに土埃が額に付着していた。
何を探しているのか分からない。
何が出てくるのかなど尚更分からない。
それでも、彼女は何かを感じずにはいられなかった。
魔力も使わず手作業で、崩壊したシャリスの墓前を掘り返し続ける。
そして――。
「……これは……?」
イネスが発見したのは、微量の魔力に覆われた一個の木箱だった。
明らかに遙か昔に埋められたであろうその木板は、崩れること無く形を保ち続けている。
魔力によってコーティングされているからだということは、イネスでなかったら分からなかっただろう。
木目も粗く、砂を被っているため本当に開くかどうかも分からない。
多少色褪せているであろうその木箱を崩さないように、慎重にそれを取り出そうとした。
軽く持ち上げようとしても、ピクリとも動かなかった。試しに木箱に向けて魔力を流してみれば、いとも簡単に持ち上がった。
どうやら、魔力を持つ者が触れなければ動かないらしい。
「一種の魔力障壁ですか。それにしても、シャリスの墓地下になぜこのようなものが……」
不思議に思いながらも、木箱をパンパンと軽く手で叩いてみる。強度はまだ問題ないようだ。
「――お、驚いたよ。まさかそれを取り出せる奴が現れるなんてな」
まじまじと木箱を眺めていたイネスの背後に現れた、聞き慣れた声。
木と木の間を跳躍してここまで来たのであろうその人物は、木の枝にぶら下がってからイネスの隣に華麗に着地した。
「さっき、アンタの主を見かけたよ。どうやら上手くいったみてェだな」
ボロボロになったイネスの姿を見て、クラリスは笑った。
クラリスも同様にボロボロだ。身体は血や埃に塗れ、ここまでよほど全速力で来たのか、枯れ葉や朽ちた枝が頭に引っかかったままだった。
だが、そんなクラリスの表情はどこか憑きものが取れたかのように晴れ晴れしていた。
「そういうあなたも、上手くいったみたいで何よりです」
ぴょこぴょこと動く獣耳に手を伸ばし、イネスは彼女の枯れ葉朽ち枝を払ってやった。
頬を紅くしながら、「んで」と切り出したクラリスは呟く。
「その木箱、よく取り出せたな。アタシら頭領が何十代かかってもビクともしなかった代物だ」
「魔力で覆われています。それも、随分と荒々しい」
「あぁ。それが、『シャリスの秘宝』ってやつだ。獣人族が、初代から何代も何十代も掛けて守り抜くことを使命としてきた。アタシらだって中身は知らねぇが、どうやらそれは
侵略しに来る魔族をも止めさせるような、強烈な『抑止力』らしい。っつーのは代々言い伝えられてきたぜ」
興味深そうに木箱を覗くクラリス。
「魔族をも、止める……『抑止力』、ですか」
「おかしな力に加えて、解除キーがいる。アタシらも近いモンなら持ってるが……って、おい、それ――!?」
「なるほど解除キーとは。いかにもシャリスが考えそうなやり方です」
イネスは、懐から小さなペンダントを取り出した。
それはかつてイネスがシャリス・マーロゥから受け取った『友情の証』である。
木箱には、小さな穴が空いていた。
その穴と、イネスの持つペンダントの形は非常に酷似している。そこから導き出される答えは一つだけなのだが――。
「……ん? 入れねェのか?」
「い、いえ……その……」
イネスはそれをすぐには差し込もうとはしなかった。
怪訝に思ったクラリスが問うも、どうもイネスの歯切れが悪い。
「アタシたちはこれを守ることを使命としてきたとは言ったが、これを開けられる奴がいるなら開ければ良い。初代の意志は、そういう意志だ。言わばこれは、初代からアンタへのメッセージだ。ひと思いにやっちまってくれよ」
急にしおらしくなったイネスに業を煮やしたクラリスは、頬をポリポリと?いた。
「い、今さらなんですが、シャリスとは、あまり良くない形でお別れしてしまったので、本当に私如きが開いてもいいものかと……」
――貴女は、私にとって最高の親友でしたよ。
そう言い訳がましく言いながら彼女の命を絶ったのは、イネス本人だったのだから。
シャリスの《狂魔化》に気付くこともなく、彼女が完全に魔獣と化すまでイネスは何も出来なかった。
それでもシャリスはそれを悟らせずに、イネスの隣に居続けてくれた。
一言も言わずに、イネスと戦い続けてくれた。
だからこそ、知るのが怖かった。
唯一無二の親友。その生前の言葉が、怖くて仕方が無い。
木箱を覆う魔力の質は荒々しく、狂魔化する寸前に、意識も絶え絶えの中これを残していたことは想像に難くない。
手を止めていたイネスだが、クラリスは「はぁ」と言いながら、懐から一つのペンダントを取り出した。
「獣人族のこのペンダントは、生半可なことじゃ人に渡さねェ。ただでさえ閉鎖的なウチらが、心を開いたことを示すただ一つの方法だからなぁ」
クラリスの取り出したペンダントは、シャリスのものと少しだけ形は違うものの形はほとんど同じだ。
「だからこそこの誓いは覆らねェし、変わらねェ。初代がそれをアンタに託したってんなら、ウチの初代を信じて欲しいと、アタシは思う」
真摯なクラリスの瞳に、躊躇いながらもイネスは小さく頷いた。
唇を噛みしめたイネスは、決意を固めてペンダントを木箱に近付ける。
木箱を覆っていた紫色の魔力オーラが一つに集まるようにして、イネスの腕を伝って霧散していく。
カチャリ、と。
綺麗に開錠する音と共に、1000年間閉ざされていたその中身が、二人の前にあらわれたのだった。
ザッ、ザッザッと。先ほどとは打って変わって、その場所は静寂に包まれていた。
シャリス・マーロゥの墓地前で、イネスはもくもくと土を掘り返す。
「ふふふ。これではローグ様と変わらないですね……!」
主に続いて墓荒らしに精を出す自分自身を自虐的に笑う。
だが、その瞳は真剣そのものだった。
掘り返しては、先の見えない作業に小さく息をつく。
額に滲んだ汗を手甲で拭えば、気付かぬうちに土埃が額に付着していた。
何を探しているのか分からない。
何が出てくるのかなど尚更分からない。
それでも、彼女は何かを感じずにはいられなかった。
魔力も使わず手作業で、崩壊したシャリスの墓前を掘り返し続ける。
そして――。
「……これは……?」
イネスが発見したのは、微量の魔力に覆われた一個の木箱だった。
明らかに遙か昔に埋められたであろうその木板は、崩れること無く形を保ち続けている。
魔力によってコーティングされているからだということは、イネスでなかったら分からなかっただろう。
木目も粗く、砂を被っているため本当に開くかどうかも分からない。
多少色褪せているであろうその木箱を崩さないように、慎重にそれを取り出そうとした。
軽く持ち上げようとしても、ピクリとも動かなかった。試しに木箱に向けて魔力を流してみれば、いとも簡単に持ち上がった。
どうやら、魔力を持つ者が触れなければ動かないらしい。
「一種の魔力障壁ですか。それにしても、シャリスの墓地下になぜこのようなものが……」
不思議に思いながらも、木箱をパンパンと軽く手で叩いてみる。強度はまだ問題ないようだ。
「――お、驚いたよ。まさかそれを取り出せる奴が現れるなんてな」
まじまじと木箱を眺めていたイネスの背後に現れた、聞き慣れた声。
木と木の間を跳躍してここまで来たのであろうその人物は、木の枝にぶら下がってからイネスの隣に華麗に着地した。
「さっき、アンタの主を見かけたよ。どうやら上手くいったみてェだな」
ボロボロになったイネスの姿を見て、クラリスは笑った。
クラリスも同様にボロボロだ。身体は血や埃に塗れ、ここまでよほど全速力で来たのか、枯れ葉や朽ちた枝が頭に引っかかったままだった。
だが、そんなクラリスの表情はどこか憑きものが取れたかのように晴れ晴れしていた。
「そういうあなたも、上手くいったみたいで何よりです」
ぴょこぴょこと動く獣耳に手を伸ばし、イネスは彼女の枯れ葉朽ち枝を払ってやった。
頬を紅くしながら、「んで」と切り出したクラリスは呟く。
「その木箱、よく取り出せたな。アタシら頭領が何十代かかってもビクともしなかった代物だ」
「魔力で覆われています。それも、随分と荒々しい」
「あぁ。それが、『シャリスの秘宝』ってやつだ。獣人族が、初代から何代も何十代も掛けて守り抜くことを使命としてきた。アタシらだって中身は知らねぇが、どうやらそれは
侵略しに来る魔族をも止めさせるような、強烈な『抑止力』らしい。っつーのは代々言い伝えられてきたぜ」
興味深そうに木箱を覗くクラリス。
「魔族をも、止める……『抑止力』、ですか」
「おかしな力に加えて、解除キーがいる。アタシらも近いモンなら持ってるが……って、おい、それ――!?」
「なるほど解除キーとは。いかにもシャリスが考えそうなやり方です」
イネスは、懐から小さなペンダントを取り出した。
それはかつてイネスがシャリス・マーロゥから受け取った『友情の証』である。
木箱には、小さな穴が空いていた。
その穴と、イネスの持つペンダントの形は非常に酷似している。そこから導き出される答えは一つだけなのだが――。
「……ん? 入れねェのか?」
「い、いえ……その……」
イネスはそれをすぐには差し込もうとはしなかった。
怪訝に思ったクラリスが問うも、どうもイネスの歯切れが悪い。
「アタシたちはこれを守ることを使命としてきたとは言ったが、これを開けられる奴がいるなら開ければ良い。初代の意志は、そういう意志だ。言わばこれは、初代からアンタへのメッセージだ。ひと思いにやっちまってくれよ」
急にしおらしくなったイネスに業を煮やしたクラリスは、頬をポリポリと?いた。
「い、今さらなんですが、シャリスとは、あまり良くない形でお別れしてしまったので、本当に私如きが開いてもいいものかと……」
――貴女は、私にとって最高の親友でしたよ。
そう言い訳がましく言いながら彼女の命を絶ったのは、イネス本人だったのだから。
シャリスの《狂魔化》に気付くこともなく、彼女が完全に魔獣と化すまでイネスは何も出来なかった。
それでもシャリスはそれを悟らせずに、イネスの隣に居続けてくれた。
一言も言わずに、イネスと戦い続けてくれた。
だからこそ、知るのが怖かった。
唯一無二の親友。その生前の言葉が、怖くて仕方が無い。
木箱を覆う魔力の質は荒々しく、狂魔化する寸前に、意識も絶え絶えの中これを残していたことは想像に難くない。
手を止めていたイネスだが、クラリスは「はぁ」と言いながら、懐から一つのペンダントを取り出した。
「獣人族のこのペンダントは、生半可なことじゃ人に渡さねェ。ただでさえ閉鎖的なウチらが、心を開いたことを示すただ一つの方法だからなぁ」
クラリスの取り出したペンダントは、シャリスのものと少しだけ形は違うものの形はほとんど同じだ。
「だからこそこの誓いは覆らねェし、変わらねェ。初代がそれをアンタに託したってんなら、ウチの初代を信じて欲しいと、アタシは思う」
真摯なクラリスの瞳に、躊躇いながらもイネスは小さく頷いた。
唇を噛みしめたイネスは、決意を固めてペンダントを木箱に近付ける。
木箱を覆っていた紫色の魔力オーラが一つに集まるようにして、イネスの腕を伝って霧散していく。
カチャリ、と。
綺麗に開錠する音と共に、1000年間閉ざされていたその中身が、二人の前にあらわれたのだった。