――満天の星空の下、ローグとティアリスは小さく溜息をついていた。
「クラリス姉は、何も言わずに独りぼっちで背負っちゃうの。ティアたちだって、クラリス姉の力になりたいの」
『聖のゆりかご』前頭領ドリス邸の縁側にて、ティアリスは寂しそうに脚をぷらんと伸ばした。
「奇遇だな。ウチの奴も、何でも独りでこなそうとする奴がいる。今までは出来てても、これからもそうかは分からないのにな」
「旦那のトコも同じなの。あの、『まおーさま』の人なの?」
「あぁ。愚直で、馬鹿真面目すぎる。人に頼るってのを知らなさすぎる奴だ」
「ティアたちに責任ばっかり感じて、楽しそうじゃないの。もう少し、ティアたちを頼って欲しいの……。旦那は、どうするの?」
不安そうなティアリスの目が、一途にローグを捉えていた。
そんなローグの瞳は、覚悟を込めた決意が表れている。
「命懸けで進むあいつらの道の隣に、俺たちもいるってのを、証明する」
「……隣に、いるの?」
「姉妹も主従も関係ない。あいつらが命を懸けるなら、同じくらい命懸けてやるまでだ。なんせ、俺たちは――」
○○○
バチッ、バチ――バチバチッ!!
作り上げられた渦に吸い込まれていくその瘴気は、黒い雷となってローグの腕に集まっていく。
全身に広がった触手状の黒痣に、ローグの表情も苦痛に歪む。
「ローグ様……っ!!」
ジャッジとの魔法の消耗戦で疲弊したイネスが、悲痛に叫ぶ。
「なんだ、あれは……?」
イネスに向けて、絶え間なく不滅の炎腕の魔法により、炎の羽根を飛ばし続けるジャッジが、その不気味な気配にようやく気付く。
「あぁ、なるほどな。嫉妬、怨嗟、恐怖、絶望、不安焦燥後悔嫌悪殺意哀愁怒り――そして、破壊。負のエネルギーが、ごちゃごちゃになって、凝縮されたような感覚。これが、お前の魔力なんだな。よくこんなの、制御し続けられたもんだ」
ジャッジの攻撃を受け流し続けていたイネスは、苦悶に満ちていた。
「ローグ様、まだ間に合います……。その力を、今すぐ全てお捨て下さい!」
魔力とは、人類や亜人に持ち合わせていない、魔族特有の力だ。
負のエネルギーを根本とするそれは、人間や亜人にとっては天敵以外の何物でもない。 コンプレックス、トラウマに失敗。本人が抱える負の感情すらも増大させる魔力が今、一手にローグに襲いかかっていた。
魔族に孤児院を破壊された。一緒に住んでいた大勢の者を目の前で奪われた。死霊術師として、人生を歩むことになった。どこに行っても友達ができない。嫌われ続け、避けられ続ける。次第に友達作りを諦め始めた。配下にまで当たり散らすようになっていた。
「ははは、ここに来て、全部思い出すのは、なかなかに辛いな……」
イネスは、それを全て知っている。
ローグが歩んだ足跡も、配下になってから苦しみ続けた6年間を。
――そんで、俺はその友達第一号には、イネスになって欲しいと思ってる。
ローグとイネスが初めて出会ったあの日の言葉。
屈託の無い笑顔を浮かべる表情の裏に潜んでいた孤独感さえも、全てがローグの脳裏に過ぎっていた。
人格さえも崩壊しかねない、強大な負の感情に苛まれながらも、ローグはそれにあらがい続けていた。
「この地の魔力が、全てあの小僧の中に取り込まれて行っているとでもいうのか!? 野放しに、出来る訳があるか……ッ! 不死鳥魔法!」
ジャッジは、一箇所に集まる強大な負の力を目にしてすぐさま魔法を撃ち込んだ。
翼の形をして飛翔する炎の斬撃が、ローグを襲う。だが、それを遮ったのは一つの巨体だ。
『くはははは、させて、たまるものか……ッ!!』
巨龍ニーズヘッグは、身を挺して飛ぶ斬撃を身体で受け止める。
黒い鱗が大きく空を舞うなか、ニーズヘッグは小さく笑う。
「ローグ様、ニーズヘッグ、もう大丈夫です。私は復活しています。私の力で、必ずやジャッジ・フェニックスを倒してみせます。ですから、ですから――!!」
「こんなの、今に比べたら全然苦しくねぇ。独りぼっちの時よりも、独りぼっちのような今と比べたらな……!」
配下の嘆願を鼻で笑い、夜空の頂点に浮かんだ半月に照らされながら、ローグは力強く言った。
○○○
「ローグの旦那も、向き合ってるの。命懸けで向き合うって、約束したの!!」
聖地林、巨木。ティアリスは、力を振り絞って再び《狂狼化》を施した。
「ンヴァフッ!!」「コッカッカ!!」
「――やべ……!?」
妹の様相に気を取られていたクラリスの脇を通って、ティアリスは力強くスケルトン・ゾンビを吹っ飛ばした。
そして、姉を――クラリス・マーロゥを見て、半月に照らされながら、ティアリスは力強く言った。
○○○
「独りで背負うな!」
「独りで背負うななの!!」
同じ半月の夜空の下で、ローグとティアリスの言葉は重なった。
「お前がどう思ってんのかは知らねぇ。俺たちは主従だ。だけど、大前提として――」
「クラリス姉は格好良い族長で、格好良いティアのお姉ちゃんなの。でも、その前に――」
ローグは、魔力膨張で震える腕でイネスを指さした。
ティアリスは、《狂狼化》で高ぶった魂のままクラリスを指さした。
「――俺たちは、仲間だ」
「――ティアたちは、仲間なの」
「いつもいつも助けてもらっていながら、いざとなって助けられないのなんてまっぴらごめんだ」
「いつもいつも頑張ってるクラリス姉を、ただずっと後ろから見守っているなんてもう、絶対嫌なの」
「一人じゃ無理なら、頼ってくれ。使い魔でも、魔力反応でも、そんなにボロボロになる前に、いつでも助けは呼べたはずだ」
「独りぼっちで戦って、流行病に罹って隠し続ける前に、ティアたちにも教えて欲しかったの」
服も魔力もボロボロのイネスは、呆気にとられていた。
ズキズキと触手状の瘴気が皮膚の下を通る感覚が出るクラリスも、呆然としていた。
「ローグ様……」
「ティア……」
○○○
ズァァァァァ……ァァ……ァァ……。
夜空に再び、真白い月が浮かび上がった。
この場に蔓延していた、聖地林を覆っていた黒い瘴気の全てが、ローグの手の内にあった。
「イネス」
ローグの声は、確かにイネスに届いていた。
砂をぐっと掴んだイネスは、ぽつりと呟いた。
「私は、配下です。ローグ様に迷惑を掛けまいと、ご心配を掛けまいと心がけてきました」
「あぁ、知ってる」
「ローグ様のお手を煩わせるべきではないと、思っていました」
「だろうな。お前は、そういう奴だ」
ローグが向けた魔力に、ジャッジの首筋に鳥肌が浮かび上がった。
「この魔力は、危険すぎる――ッ!! 排除だ! 《不死の軍勢》、さっさと彼奴を屠りきれェッ!!」
「ンヴァウ!!」「コカァァァァッ!!」
ジャッジの命を受けて、地中から飛び上がったスケルトン・ゾンビ軍。
一斉にローグに殺意を向けるそれらの後ろでは、ジャッジまでもがローグに向かってきていた。
「ローグ様」
「あぁ」
「私は、ジャッジ・フェニックスを打ち倒してみせます。ですから――」
そう言ってイネスは、再び立ち上がった。
「――お力を、貸して下さい」
イネスの瞳は、死んではいなかった。
ローグはにやりと笑って、言葉を紡ぐ。
「もちろんだ。しっかり受け取れ。――破壊魔法、破壊の一撃」
突き出していた手で、イネスに向けて魔力を放った。
「むっ!!!」
深い闇とオーラに包まれた小さな一閃は、爆風と共に一瞬で不死の軍勢を消し去った。
ジャッジの腹をすり抜けた一閃が、イネスに届く。
「……後は任せたぞ」
ローグの淡い目線の先で、それは顕現した。
「――仰せのままに」
《始祖の魔王》イネス・ルシファーはその日、魔王を超えた。
「クラリス姉は、何も言わずに独りぼっちで背負っちゃうの。ティアたちだって、クラリス姉の力になりたいの」
『聖のゆりかご』前頭領ドリス邸の縁側にて、ティアリスは寂しそうに脚をぷらんと伸ばした。
「奇遇だな。ウチの奴も、何でも独りでこなそうとする奴がいる。今までは出来てても、これからもそうかは分からないのにな」
「旦那のトコも同じなの。あの、『まおーさま』の人なの?」
「あぁ。愚直で、馬鹿真面目すぎる。人に頼るってのを知らなさすぎる奴だ」
「ティアたちに責任ばっかり感じて、楽しそうじゃないの。もう少し、ティアたちを頼って欲しいの……。旦那は、どうするの?」
不安そうなティアリスの目が、一途にローグを捉えていた。
そんなローグの瞳は、覚悟を込めた決意が表れている。
「命懸けで進むあいつらの道の隣に、俺たちもいるってのを、証明する」
「……隣に、いるの?」
「姉妹も主従も関係ない。あいつらが命を懸けるなら、同じくらい命懸けてやるまでだ。なんせ、俺たちは――」
○○○
バチッ、バチ――バチバチッ!!
作り上げられた渦に吸い込まれていくその瘴気は、黒い雷となってローグの腕に集まっていく。
全身に広がった触手状の黒痣に、ローグの表情も苦痛に歪む。
「ローグ様……っ!!」
ジャッジとの魔法の消耗戦で疲弊したイネスが、悲痛に叫ぶ。
「なんだ、あれは……?」
イネスに向けて、絶え間なく不滅の炎腕の魔法により、炎の羽根を飛ばし続けるジャッジが、その不気味な気配にようやく気付く。
「あぁ、なるほどな。嫉妬、怨嗟、恐怖、絶望、不安焦燥後悔嫌悪殺意哀愁怒り――そして、破壊。負のエネルギーが、ごちゃごちゃになって、凝縮されたような感覚。これが、お前の魔力なんだな。よくこんなの、制御し続けられたもんだ」
ジャッジの攻撃を受け流し続けていたイネスは、苦悶に満ちていた。
「ローグ様、まだ間に合います……。その力を、今すぐ全てお捨て下さい!」
魔力とは、人類や亜人に持ち合わせていない、魔族特有の力だ。
負のエネルギーを根本とするそれは、人間や亜人にとっては天敵以外の何物でもない。 コンプレックス、トラウマに失敗。本人が抱える負の感情すらも増大させる魔力が今、一手にローグに襲いかかっていた。
魔族に孤児院を破壊された。一緒に住んでいた大勢の者を目の前で奪われた。死霊術師として、人生を歩むことになった。どこに行っても友達ができない。嫌われ続け、避けられ続ける。次第に友達作りを諦め始めた。配下にまで当たり散らすようになっていた。
「ははは、ここに来て、全部思い出すのは、なかなかに辛いな……」
イネスは、それを全て知っている。
ローグが歩んだ足跡も、配下になってから苦しみ続けた6年間を。
――そんで、俺はその友達第一号には、イネスになって欲しいと思ってる。
ローグとイネスが初めて出会ったあの日の言葉。
屈託の無い笑顔を浮かべる表情の裏に潜んでいた孤独感さえも、全てがローグの脳裏に過ぎっていた。
人格さえも崩壊しかねない、強大な負の感情に苛まれながらも、ローグはそれにあらがい続けていた。
「この地の魔力が、全てあの小僧の中に取り込まれて行っているとでもいうのか!? 野放しに、出来る訳があるか……ッ! 不死鳥魔法!」
ジャッジは、一箇所に集まる強大な負の力を目にしてすぐさま魔法を撃ち込んだ。
翼の形をして飛翔する炎の斬撃が、ローグを襲う。だが、それを遮ったのは一つの巨体だ。
『くはははは、させて、たまるものか……ッ!!』
巨龍ニーズヘッグは、身を挺して飛ぶ斬撃を身体で受け止める。
黒い鱗が大きく空を舞うなか、ニーズヘッグは小さく笑う。
「ローグ様、ニーズヘッグ、もう大丈夫です。私は復活しています。私の力で、必ずやジャッジ・フェニックスを倒してみせます。ですから、ですから――!!」
「こんなの、今に比べたら全然苦しくねぇ。独りぼっちの時よりも、独りぼっちのような今と比べたらな……!」
配下の嘆願を鼻で笑い、夜空の頂点に浮かんだ半月に照らされながら、ローグは力強く言った。
○○○
「ローグの旦那も、向き合ってるの。命懸けで向き合うって、約束したの!!」
聖地林、巨木。ティアリスは、力を振り絞って再び《狂狼化》を施した。
「ンヴァフッ!!」「コッカッカ!!」
「――やべ……!?」
妹の様相に気を取られていたクラリスの脇を通って、ティアリスは力強くスケルトン・ゾンビを吹っ飛ばした。
そして、姉を――クラリス・マーロゥを見て、半月に照らされながら、ティアリスは力強く言った。
○○○
「独りで背負うな!」
「独りで背負うななの!!」
同じ半月の夜空の下で、ローグとティアリスの言葉は重なった。
「お前がどう思ってんのかは知らねぇ。俺たちは主従だ。だけど、大前提として――」
「クラリス姉は格好良い族長で、格好良いティアのお姉ちゃんなの。でも、その前に――」
ローグは、魔力膨張で震える腕でイネスを指さした。
ティアリスは、《狂狼化》で高ぶった魂のままクラリスを指さした。
「――俺たちは、仲間だ」
「――ティアたちは、仲間なの」
「いつもいつも助けてもらっていながら、いざとなって助けられないのなんてまっぴらごめんだ」
「いつもいつも頑張ってるクラリス姉を、ただずっと後ろから見守っているなんてもう、絶対嫌なの」
「一人じゃ無理なら、頼ってくれ。使い魔でも、魔力反応でも、そんなにボロボロになる前に、いつでも助けは呼べたはずだ」
「独りぼっちで戦って、流行病に罹って隠し続ける前に、ティアたちにも教えて欲しかったの」
服も魔力もボロボロのイネスは、呆気にとられていた。
ズキズキと触手状の瘴気が皮膚の下を通る感覚が出るクラリスも、呆然としていた。
「ローグ様……」
「ティア……」
○○○
ズァァァァァ……ァァ……ァァ……。
夜空に再び、真白い月が浮かび上がった。
この場に蔓延していた、聖地林を覆っていた黒い瘴気の全てが、ローグの手の内にあった。
「イネス」
ローグの声は、確かにイネスに届いていた。
砂をぐっと掴んだイネスは、ぽつりと呟いた。
「私は、配下です。ローグ様に迷惑を掛けまいと、ご心配を掛けまいと心がけてきました」
「あぁ、知ってる」
「ローグ様のお手を煩わせるべきではないと、思っていました」
「だろうな。お前は、そういう奴だ」
ローグが向けた魔力に、ジャッジの首筋に鳥肌が浮かび上がった。
「この魔力は、危険すぎる――ッ!! 排除だ! 《不死の軍勢》、さっさと彼奴を屠りきれェッ!!」
「ンヴァウ!!」「コカァァァァッ!!」
ジャッジの命を受けて、地中から飛び上がったスケルトン・ゾンビ軍。
一斉にローグに殺意を向けるそれらの後ろでは、ジャッジまでもがローグに向かってきていた。
「ローグ様」
「あぁ」
「私は、ジャッジ・フェニックスを打ち倒してみせます。ですから――」
そう言ってイネスは、再び立ち上がった。
「――お力を、貸して下さい」
イネスの瞳は、死んではいなかった。
ローグはにやりと笑って、言葉を紡ぐ。
「もちろんだ。しっかり受け取れ。――破壊魔法、破壊の一撃」
突き出していた手で、イネスに向けて魔力を放った。
「むっ!!!」
深い闇とオーラに包まれた小さな一閃は、爆風と共に一瞬で不死の軍勢を消し去った。
ジャッジの腹をすり抜けた一閃が、イネスに届く。
「……後は任せたぞ」
ローグの淡い目線の先で、それは顕現した。
「――仰せのままに」
《始祖の魔王》イネス・ルシファーはその日、魔王を超えた。