「また、面倒なものが復活してしまったようだな。何度やっても、結果は変わらんよ。墜ちた魔王の恥さらしが――ッ!!」
ジャッジが左目に濃厚なオーラを迸らせて力強く地を蹴りだす。イネスの左目にも紅のオーラが迸った。
歯を食いしばるも、力の入らないニーズヘッグは、もはや巨大化を維持するだけで精一杯の様相だ。
「ローグ様、まずはこの度の失態、謝罪させてください」
イネスは、呟いた。
「かつてのジャッジならば、勝てると踏んでいました。単独行動し、敵の力を見誤った挙げ句に魔力障壁から脱することも出来ず……」
イネスの言葉を遮って、ローグは彼女の肩に手を置く。
「それなら後でしっかり聞いてやる。それで、勝算は?」
「今のジャッジは、1000年前とは明らかに力が別物です。この1000年間眠り続けていた私と違い、何度も《焔返り》で甦り、何百年もの間鍛え続けた彼の力を前にすると、正直――」
「そうか。魔族ってのは、見た所によると、お前よりも遥かにヤバそうな空気があるが、アレが魔王に君臨すると、聖地林は……いや、世界は終わるか?」
考え込むようなローグに、イネスははっきりと答えた。
「恐らく、今の大陸に存在する国家体制は全て崩壊するかと」
「そりゃ、ヤバいな」
魔族は、ミレット大陸に住む一種族である。
イネス・ルシファーのように大陸の一角に領地を持ち、恐怖の象徴として人間との明確な境界線を敷いて、共存を図る考えを持つ者は極めて稀だ。
ほとんどの魔族は、少数の魔族を率いて大多数の人間を従えたいという征服願望を持っている。
「イネス、5分くらい場を保たせられるか?」
ローグは、その手を天に掲げて小さく魔法力を練った。
空に渦巻く大量の瘴気に、ローグの表情も思わず曇る。
《封魔の間》から垂れ流され続けていたイネスの膨大な魔力は、その噴出量をどんどん増している。
風に乗って、聖地林の深部にまで瘴気が伝わっている。
「5分、ですか。《誓約》も解除して頂きましたし、不可能ではありません」
「なら、その5分で、お前を世界最強にしてやる。ジャッジ・フェニックスをも凌ぐ、正真正銘の魔王にな」
「……で、ですがそれは――!」
イネスが反論する間もなく、ジャッジは最高速度でイネスに拳を繰り出した。
「少し力が上がったとて、貴様に俺が殺せんのは、変わりないッ!!」
魔法と肉弾戦を織り交ぜながら、ジャッジとイネスの魔力同士がぶつかり合う。
黒ずんだ空気と、瘴気の渦が竜巻となって墓地周りに強風となって蔓延する。
ローグは、そんな荒れ狂う天候の中、指を一本天に掲げた。
「破壊魔法、魔王の一撃」
ローグの指先に、拳大の黒い空間が現れる。
本来ならば、万物を吸い取る漆黒の空間。
だが、今回はイネスの魔力だけを吸い取る空間だ。
かつて、イネスはローグに何度も何度も牙を剥いていた。
その度ローグは、何度も何度もイネスを跳ね返してきていた。
――死霊術師は、常に配下よりも強くなくてはならない。何故ならば、主従の力関係が逆転した時に、術者が配下だった者に利用されかねないからだ。
自らよりも強い者を配下にしてしまい、滅びた死霊術師もいる。
死霊術師が生存している間であれば配下も生き長らえるという特性を踏まえた上で、老いて死ぬまで監禁生活を強いられた者もいると言う。
配下にした者に、命だけを保障されて言われるがままに《不死の軍勢》の主導権までをも奪われる屈辱は、筆舌に尽くしがたい。
だからこそ、死霊術師は自らの力量以上の者を蘇生させることは、絶対禁忌とされている。
「~~ッ!!」
黒い空間に吸い込まれていく黒い空気に、ビキビキと、ローグの腕に血管が浮かび上がり始める。
魔王の一撃に吸い込まれていく巨大な瘴気は、見えないどこかに消えていくわけではない。
全て、ローグの身体の中に蓄積されていく。
破壊魔法を使役するようになったローグは、人間族の中でも唯一魔力を蓄積することの出来る人間でもある。
だが、魔王クラスの魔力を溜め続けることなど、到底不可能だ。
掲げたローグの右腕に、ぼつぼつと次々と黒い斑点が浮かび上がる。
それは腕だけに限らず、首へ、腰へ、下半身へと浮かび上がる斑点は量を増やしていく。
「――ローグ様ッ!?」
魔法法撃を空で繰り広げる二人だが、主の異変に気付いたイネスが思わず顔をしかめた。
「隙だらけだッ! 不死鳥魔法、不滅の炎腕!!」
紫炎の魔法力付与を施したジャッジが、腕の一振りでイネスの身体を打ち付ける。
腹部を穿った炎撃によって、溜めていた《破壊》の魔力と一緒に地面に墜落するイネス。
コントロールしていた魔力は暴発し、奇しくもイネスが地面に墜ちる手前でシャリス・マーロゥの墓地に命中する。
激しい土煙と枯れた木々が空を舞い、シャリスの墓には大きな窪地が形成された。
「ぐ……っ! る、魔王の連矢!」
苦し紛れにイネスの放った破壊魔法。ジャッジの身体を穿つものの、すぐにジャッジ自身の《再生》能力で身体の穴は炎によって防がれる。
跳弾したイネスの連矢は、イネス・ルシファーの封印墓に激突し、墓地周りは今まで溜まっていた残りの瘴気が、一気に放出する。
枯れ木は瞬時に形を無くし、土は死んだように黒に染められる。
バチッ! バチンッ!!
だが、噴出した瘴気はすぐさまローグの元へと尾を引いたように集約していく。
シャリス・イネス墓地間の瘴気全てが、聖地林に広がり続けていた瘴気全てが、ローグの指先に吸い込まれる。
ローグの指先から、黒い斑点が触手となって身体に伸びていく。
四肢から、身体へ、そして首へ。
魔力蓄積の許容量を遥かに超えたローグの身体は、《狂魔化》の一途を辿っていた。
「お、おやめ下さいローグ様! それ以上は、ローグ様のお身体が……っ!」
せがむように言うイネスに、ローグは黒い瘴気の毒牙に負けず、引きつりながら笑みを浮かべた。
「ちょうど、ティアリスとも話してたとこだったんだ。お互い、独りで背負いすぎる奴がいるのも考え物だってな……」
瘴気で汚れきった空が、少しずつ晴れていく。
1000年間のイネスの魔力が、再び一箇所に集まろうとしている。
「ティアリスも獣戦士さんを信じて立ち向かうのなら、俺も負けてらんないんでね――っ。なぁ、ティアリス……!!」
全ての負のエネルギーをかき混ぜたような、世界最凶の魔力を手にしつつローグは聖地林の聖地へと目を向けたのだった。
ジャッジが左目に濃厚なオーラを迸らせて力強く地を蹴りだす。イネスの左目にも紅のオーラが迸った。
歯を食いしばるも、力の入らないニーズヘッグは、もはや巨大化を維持するだけで精一杯の様相だ。
「ローグ様、まずはこの度の失態、謝罪させてください」
イネスは、呟いた。
「かつてのジャッジならば、勝てると踏んでいました。単独行動し、敵の力を見誤った挙げ句に魔力障壁から脱することも出来ず……」
イネスの言葉を遮って、ローグは彼女の肩に手を置く。
「それなら後でしっかり聞いてやる。それで、勝算は?」
「今のジャッジは、1000年前とは明らかに力が別物です。この1000年間眠り続けていた私と違い、何度も《焔返り》で甦り、何百年もの間鍛え続けた彼の力を前にすると、正直――」
「そうか。魔族ってのは、見た所によると、お前よりも遥かにヤバそうな空気があるが、アレが魔王に君臨すると、聖地林は……いや、世界は終わるか?」
考え込むようなローグに、イネスははっきりと答えた。
「恐らく、今の大陸に存在する国家体制は全て崩壊するかと」
「そりゃ、ヤバいな」
魔族は、ミレット大陸に住む一種族である。
イネス・ルシファーのように大陸の一角に領地を持ち、恐怖の象徴として人間との明確な境界線を敷いて、共存を図る考えを持つ者は極めて稀だ。
ほとんどの魔族は、少数の魔族を率いて大多数の人間を従えたいという征服願望を持っている。
「イネス、5分くらい場を保たせられるか?」
ローグは、その手を天に掲げて小さく魔法力を練った。
空に渦巻く大量の瘴気に、ローグの表情も思わず曇る。
《封魔の間》から垂れ流され続けていたイネスの膨大な魔力は、その噴出量をどんどん増している。
風に乗って、聖地林の深部にまで瘴気が伝わっている。
「5分、ですか。《誓約》も解除して頂きましたし、不可能ではありません」
「なら、その5分で、お前を世界最強にしてやる。ジャッジ・フェニックスをも凌ぐ、正真正銘の魔王にな」
「……で、ですがそれは――!」
イネスが反論する間もなく、ジャッジは最高速度でイネスに拳を繰り出した。
「少し力が上がったとて、貴様に俺が殺せんのは、変わりないッ!!」
魔法と肉弾戦を織り交ぜながら、ジャッジとイネスの魔力同士がぶつかり合う。
黒ずんだ空気と、瘴気の渦が竜巻となって墓地周りに強風となって蔓延する。
ローグは、そんな荒れ狂う天候の中、指を一本天に掲げた。
「破壊魔法、魔王の一撃」
ローグの指先に、拳大の黒い空間が現れる。
本来ならば、万物を吸い取る漆黒の空間。
だが、今回はイネスの魔力だけを吸い取る空間だ。
かつて、イネスはローグに何度も何度も牙を剥いていた。
その度ローグは、何度も何度もイネスを跳ね返してきていた。
――死霊術師は、常に配下よりも強くなくてはならない。何故ならば、主従の力関係が逆転した時に、術者が配下だった者に利用されかねないからだ。
自らよりも強い者を配下にしてしまい、滅びた死霊術師もいる。
死霊術師が生存している間であれば配下も生き長らえるという特性を踏まえた上で、老いて死ぬまで監禁生活を強いられた者もいると言う。
配下にした者に、命だけを保障されて言われるがままに《不死の軍勢》の主導権までをも奪われる屈辱は、筆舌に尽くしがたい。
だからこそ、死霊術師は自らの力量以上の者を蘇生させることは、絶対禁忌とされている。
「~~ッ!!」
黒い空間に吸い込まれていく黒い空気に、ビキビキと、ローグの腕に血管が浮かび上がり始める。
魔王の一撃に吸い込まれていく巨大な瘴気は、見えないどこかに消えていくわけではない。
全て、ローグの身体の中に蓄積されていく。
破壊魔法を使役するようになったローグは、人間族の中でも唯一魔力を蓄積することの出来る人間でもある。
だが、魔王クラスの魔力を溜め続けることなど、到底不可能だ。
掲げたローグの右腕に、ぼつぼつと次々と黒い斑点が浮かび上がる。
それは腕だけに限らず、首へ、腰へ、下半身へと浮かび上がる斑点は量を増やしていく。
「――ローグ様ッ!?」
魔法法撃を空で繰り広げる二人だが、主の異変に気付いたイネスが思わず顔をしかめた。
「隙だらけだッ! 不死鳥魔法、不滅の炎腕!!」
紫炎の魔法力付与を施したジャッジが、腕の一振りでイネスの身体を打ち付ける。
腹部を穿った炎撃によって、溜めていた《破壊》の魔力と一緒に地面に墜落するイネス。
コントロールしていた魔力は暴発し、奇しくもイネスが地面に墜ちる手前でシャリス・マーロゥの墓地に命中する。
激しい土煙と枯れた木々が空を舞い、シャリスの墓には大きな窪地が形成された。
「ぐ……っ! る、魔王の連矢!」
苦し紛れにイネスの放った破壊魔法。ジャッジの身体を穿つものの、すぐにジャッジ自身の《再生》能力で身体の穴は炎によって防がれる。
跳弾したイネスの連矢は、イネス・ルシファーの封印墓に激突し、墓地周りは今まで溜まっていた残りの瘴気が、一気に放出する。
枯れ木は瞬時に形を無くし、土は死んだように黒に染められる。
バチッ! バチンッ!!
だが、噴出した瘴気はすぐさまローグの元へと尾を引いたように集約していく。
シャリス・イネス墓地間の瘴気全てが、聖地林に広がり続けていた瘴気全てが、ローグの指先に吸い込まれる。
ローグの指先から、黒い斑点が触手となって身体に伸びていく。
四肢から、身体へ、そして首へ。
魔力蓄積の許容量を遥かに超えたローグの身体は、《狂魔化》の一途を辿っていた。
「お、おやめ下さいローグ様! それ以上は、ローグ様のお身体が……っ!」
せがむように言うイネスに、ローグは黒い瘴気の毒牙に負けず、引きつりながら笑みを浮かべた。
「ちょうど、ティアリスとも話してたとこだったんだ。お互い、独りで背負いすぎる奴がいるのも考え物だってな……」
瘴気で汚れきった空が、少しずつ晴れていく。
1000年間のイネスの魔力が、再び一箇所に集まろうとしている。
「ティアリスも獣戦士さんを信じて立ち向かうのなら、俺も負けてらんないんでね――っ。なぁ、ティアリス……!!」
全ての負のエネルギーをかき混ぜたような、世界最凶の魔力を手にしつつローグは聖地林の聖地へと目を向けたのだった。