紫髪の大男、ジャッジ・フェニックス。
20代前半とも取れる若々しい顔つきながらも、鍛え抜かれた肉体は歴戦さを感じるほどだった。
両腕がゆらり、実体を消したかのように紫の炎に包まれる。
パチンとジャッジが指を鳴らした瞬間、魔力障壁が瓦解。内に秘められていた魔力が一気に空気中に霧散していく。
ズァァァァァァッッ!!
魔力の渦が暴風となって、辺り一面に広がっていった。
『……ッ!!』
その影響を諸に受けているのは、龍王・ニーズヘッグだ。
四肢に現れていた黒い斑点が、触手状に身体へと伸びていった。
「なるほど、《始祖》の復活は、死霊術師の受肉術……ということか。ふふ、なら、貴様を倒せば名実共に《始祖》は滅びる訳か」
その両腕を、実像の無い鳥のような翼に変化させ、ジャッジはふと呟いた。
「不死鳥魔法、不死鳥の両翼」
紫炎に包まれた両の翼を振って、ジャッジは一気にローグとの差を詰めた。
『――主ッ!』
「分かってる。破壊魔法力付与!」
ボゥっと、漆黒のオーラを放つ剣に《破壊》の魔力を込めたローグは、迫り来る魔力波動の連撃を、真っ正面から受け止めた。
紫に燃える左腕を大きく振り下ろすジャッジと、それを剣腹で真っ向から受け止めるローグ。
灼熱の空気と、空気さえをも斬り裂くほどの殺気が正面からローグを捉えている。
ジャッジの左目からは溢れ出て可視化した紫のオーラが放たれ、燃える不死鳥を象った両の腕は、まるで炎属性の魔法力付与が為された強靱な剣だ。
「《破壊》の因子など、もはや今の時代には見合わん。《始祖》が受肉しているのならば本体の死霊術師さえ滅びれば、《破壊》の使い手は完全に消滅する――ッ!」
鍔迫り合いの中、ジャッジの火力が爆発的に増大していく。
「生憎、男に寄ってこられる趣味はないんでね。熱烈なラブコールだけど遠慮しておくとしよう。――《不死の軍勢》、食い止めろ!」
「ンヴァッ!」「コキコキ……」「コォォォォォォッ!!」
ローグが、空いた片方の指を鳴らせば、地面はめくれ、地中から飛び出すようにゾンビ・スケルトンの群れが夜の闇に出現した。
一気に地上に姿を現した数百の軍勢が、ジャッジの背後を取り囲む。
「なるほど、これが今の死霊術師か。ぬるいな」
ぽつりと呟いたジャッジ。
「こんなもの、魔法を使うまでもない」
大きな身体をぐるりと廻して、表情も変えずに勢いそのままにジャッジは蹴りでゾンビの身体を地面に叩き付ける。
「奴よりも、脆い」
スケルトンが振りかぶってきた剣を、握って砕き、背骨に正拳突きを入れる。
「奴よりも、弱い」
ぶつぶつと独り言を呟くジャッジの背後で、ローグは剣を捨てて魔法力をつなぎ合わせていた。
「龍族性魔法、守護龍の雷撃角ッ!!」
剣先に龍王と同質の魔法力を込めたローグは、隙を見計らって背後から龍の一閃をお見舞いした。
眩く輝いた黄金の光だが、完全に予知していたジャッジは口元で歪んだ笑いを浮かべながら小さな挙動で避けるだけ。
「ふふ。俺に隙など無いのだがな」
「それはどうかな」
――だが。
ローグは、剣の腹に新たなる魔法力付与を施していた。
「破壊魔法、魔法力付与」
一つの武器に、二つの属性魔法。
多重属性使いとも取れるその攻撃までは、ジャッジは防げなかった。
「なっ……!?」
左上段から一度振り下ろした剣を翻し、《破壊》の因子を纏った状態で回転しながら再び切り上げていく。
ズヌッ――、と。確かな肉を裂く鈍い音と共に、ローグは確かにジャッジを斬り抜いた。
「……嘘だろ?」
あまりの呆気なさに戸惑いを隠せないローグ。
上半身と下半身が綺麗に分かれたジャッジの肉体を後ろ目で確認した、その時だった。
「こんなにも呆気ないのか――と言ったところか、死霊術師?」
突如、後方に灼熱の空気が顕現した。
先ほど斬り落としたはずの上半身と下半身は、何事もなかったかのように繋がっている。
耳元を抜ける空気の熱に、ローグは瞬時に反応した。
復活したジャッジの拳を剣で受け流し、その勢いを殺さぬままにローグの身体は宙へと浮かんだ。
『なんだ、あの身体は』
ニーズヘッグの隣に着地したローグは、苦笑いを浮かべる。
「どうやら魔王にも色々あるらしい。そういや前にイネスが言ってたよ。不死鳥の一族、《再生》の魔王候補がいるってのをな」
『……勝てそうか?」
そう言うニーズヘッグの四肢も、黒い触手に侵食されるスピードが速まっている。
ローグは、断言した。
「負けはしない。だけど、こりゃ勝てねぇ」
『潔いな』
「斬っても斬ってもキリがない。あれだけすぐに《再生》されればな」
『不死鳥魔法と言ったか。殺しても殺しても再生されるとなれば、奴の精神が折れるほどに殺し続けるか、伝説上の聖水を掛けて消火させるくらいしか思いつかぬが』
「だからこそ、イネスの力が必要だ。それも、全盛期すらも遥かに超越した、最強無敵のイネスがな」
目を丸くするニーズヘッグに、ローグは言う。
「奴の《再生》の力を遙かに上回る《破壊》の力で、奴の存在自身を消滅させるしかないってことだ。ニーズヘッグ、時間を稼いでくれ」
『――仰せのままに、我が主よ』
ローグたちの会話に、ジャッジは眉間に皺を寄せる。
「何を先ほどからごちゃごちゃと! 消耗戦ならば、こちらが最も得意とするところだッ!」
ジャッジが、両翼をローグたちに向ける。
羽の一枚一枚が光輝き、数百枚の束となる。
「不死鳥魔法、羽根矢」
イネスの放つ、魔王の連矢の数十倍はあろう、炎を纏った鋭い鏃が、ローグ前を守っていた不死の軍勢を次々と溶かしていく。
歯を食いしばって、ニーズヘッグも呼応するように口元に魔法力を溜めた。
『龍属性まほ――ヴォッ……!?』
――が、龍王の魔法は、不発に終わってしまっていた。
『瘴気……め……ッ!!』
四肢から喉へと伸びた黒の触手は、ニーズヘッグの身体を確かに蝕んでいた。
通常よりも濃い瘴気地帯の中で、最も瘴気の濃い場所だ。
巨大化したニーズヘッグの身体に蓄積された瘴気の量が、ついに症状として表れたのだった。
口から吐き出そうとした魔法力は、黒くかすんでいた。
手を掲げ、魔法力を練り始めたローグも、ジャッジの攻撃に対処出来るはずもない。
「ニーズ――」
二人にジャッジの鏃が届こうとしていた、その時だった。
「破壊魔法、魔王の連矢」
褪せることのない、美しく響き渡る声で彼女はジャッジの魔法を横撃した。
新たな魔法攻撃の出た方を見ずして、ローグは小さく溜息をついた。
「よう。寝覚めはどうだ」
「おかげさまで、それなりには戦えるかと」
声の主は、ボロボロのロングドレスと、解けたままの銀髪でローグの前に現れた。
「ローグ様のお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ありません」
「本当だ。死霊術師の誓約の解除が少しでも遅れていたら、今頃お前は戻って来れなかったんだ。頭入れとけ」
ほっとしたように、イネスの頭を小突いたローグ。
口端についた血を手で拭った彼女、イネス・ルシファーは、小さく息を吐いて六対の黒翼と白銀の双角を出したのだった。その左目に、紅のオーラを宿す本来の姿として――。
20代前半とも取れる若々しい顔つきながらも、鍛え抜かれた肉体は歴戦さを感じるほどだった。
両腕がゆらり、実体を消したかのように紫の炎に包まれる。
パチンとジャッジが指を鳴らした瞬間、魔力障壁が瓦解。内に秘められていた魔力が一気に空気中に霧散していく。
ズァァァァァァッッ!!
魔力の渦が暴風となって、辺り一面に広がっていった。
『……ッ!!』
その影響を諸に受けているのは、龍王・ニーズヘッグだ。
四肢に現れていた黒い斑点が、触手状に身体へと伸びていった。
「なるほど、《始祖》の復活は、死霊術師の受肉術……ということか。ふふ、なら、貴様を倒せば名実共に《始祖》は滅びる訳か」
その両腕を、実像の無い鳥のような翼に変化させ、ジャッジはふと呟いた。
「不死鳥魔法、不死鳥の両翼」
紫炎に包まれた両の翼を振って、ジャッジは一気にローグとの差を詰めた。
『――主ッ!』
「分かってる。破壊魔法力付与!」
ボゥっと、漆黒のオーラを放つ剣に《破壊》の魔力を込めたローグは、迫り来る魔力波動の連撃を、真っ正面から受け止めた。
紫に燃える左腕を大きく振り下ろすジャッジと、それを剣腹で真っ向から受け止めるローグ。
灼熱の空気と、空気さえをも斬り裂くほどの殺気が正面からローグを捉えている。
ジャッジの左目からは溢れ出て可視化した紫のオーラが放たれ、燃える不死鳥を象った両の腕は、まるで炎属性の魔法力付与が為された強靱な剣だ。
「《破壊》の因子など、もはや今の時代には見合わん。《始祖》が受肉しているのならば本体の死霊術師さえ滅びれば、《破壊》の使い手は完全に消滅する――ッ!」
鍔迫り合いの中、ジャッジの火力が爆発的に増大していく。
「生憎、男に寄ってこられる趣味はないんでね。熱烈なラブコールだけど遠慮しておくとしよう。――《不死の軍勢》、食い止めろ!」
「ンヴァッ!」「コキコキ……」「コォォォォォォッ!!」
ローグが、空いた片方の指を鳴らせば、地面はめくれ、地中から飛び出すようにゾンビ・スケルトンの群れが夜の闇に出現した。
一気に地上に姿を現した数百の軍勢が、ジャッジの背後を取り囲む。
「なるほど、これが今の死霊術師か。ぬるいな」
ぽつりと呟いたジャッジ。
「こんなもの、魔法を使うまでもない」
大きな身体をぐるりと廻して、表情も変えずに勢いそのままにジャッジは蹴りでゾンビの身体を地面に叩き付ける。
「奴よりも、脆い」
スケルトンが振りかぶってきた剣を、握って砕き、背骨に正拳突きを入れる。
「奴よりも、弱い」
ぶつぶつと独り言を呟くジャッジの背後で、ローグは剣を捨てて魔法力をつなぎ合わせていた。
「龍族性魔法、守護龍の雷撃角ッ!!」
剣先に龍王と同質の魔法力を込めたローグは、隙を見計らって背後から龍の一閃をお見舞いした。
眩く輝いた黄金の光だが、完全に予知していたジャッジは口元で歪んだ笑いを浮かべながら小さな挙動で避けるだけ。
「ふふ。俺に隙など無いのだがな」
「それはどうかな」
――だが。
ローグは、剣の腹に新たなる魔法力付与を施していた。
「破壊魔法、魔法力付与」
一つの武器に、二つの属性魔法。
多重属性使いとも取れるその攻撃までは、ジャッジは防げなかった。
「なっ……!?」
左上段から一度振り下ろした剣を翻し、《破壊》の因子を纏った状態で回転しながら再び切り上げていく。
ズヌッ――、と。確かな肉を裂く鈍い音と共に、ローグは確かにジャッジを斬り抜いた。
「……嘘だろ?」
あまりの呆気なさに戸惑いを隠せないローグ。
上半身と下半身が綺麗に分かれたジャッジの肉体を後ろ目で確認した、その時だった。
「こんなにも呆気ないのか――と言ったところか、死霊術師?」
突如、後方に灼熱の空気が顕現した。
先ほど斬り落としたはずの上半身と下半身は、何事もなかったかのように繋がっている。
耳元を抜ける空気の熱に、ローグは瞬時に反応した。
復活したジャッジの拳を剣で受け流し、その勢いを殺さぬままにローグの身体は宙へと浮かんだ。
『なんだ、あの身体は』
ニーズヘッグの隣に着地したローグは、苦笑いを浮かべる。
「どうやら魔王にも色々あるらしい。そういや前にイネスが言ってたよ。不死鳥の一族、《再生》の魔王候補がいるってのをな」
『……勝てそうか?」
そう言うニーズヘッグの四肢も、黒い触手に侵食されるスピードが速まっている。
ローグは、断言した。
「負けはしない。だけど、こりゃ勝てねぇ」
『潔いな』
「斬っても斬ってもキリがない。あれだけすぐに《再生》されればな」
『不死鳥魔法と言ったか。殺しても殺しても再生されるとなれば、奴の精神が折れるほどに殺し続けるか、伝説上の聖水を掛けて消火させるくらいしか思いつかぬが』
「だからこそ、イネスの力が必要だ。それも、全盛期すらも遥かに超越した、最強無敵のイネスがな」
目を丸くするニーズヘッグに、ローグは言う。
「奴の《再生》の力を遙かに上回る《破壊》の力で、奴の存在自身を消滅させるしかないってことだ。ニーズヘッグ、時間を稼いでくれ」
『――仰せのままに、我が主よ』
ローグたちの会話に、ジャッジは眉間に皺を寄せる。
「何を先ほどからごちゃごちゃと! 消耗戦ならば、こちらが最も得意とするところだッ!」
ジャッジが、両翼をローグたちに向ける。
羽の一枚一枚が光輝き、数百枚の束となる。
「不死鳥魔法、羽根矢」
イネスの放つ、魔王の連矢の数十倍はあろう、炎を纏った鋭い鏃が、ローグ前を守っていた不死の軍勢を次々と溶かしていく。
歯を食いしばって、ニーズヘッグも呼応するように口元に魔法力を溜めた。
『龍属性まほ――ヴォッ……!?』
――が、龍王の魔法は、不発に終わってしまっていた。
『瘴気……め……ッ!!』
四肢から喉へと伸びた黒の触手は、ニーズヘッグの身体を確かに蝕んでいた。
通常よりも濃い瘴気地帯の中で、最も瘴気の濃い場所だ。
巨大化したニーズヘッグの身体に蓄積された瘴気の量が、ついに症状として表れたのだった。
口から吐き出そうとした魔法力は、黒くかすんでいた。
手を掲げ、魔法力を練り始めたローグも、ジャッジの攻撃に対処出来るはずもない。
「ニーズ――」
二人にジャッジの鏃が届こうとしていた、その時だった。
「破壊魔法、魔王の連矢」
褪せることのない、美しく響き渡る声で彼女はジャッジの魔法を横撃した。
新たな魔法攻撃の出た方を見ずして、ローグは小さく溜息をついた。
「よう。寝覚めはどうだ」
「おかげさまで、それなりには戦えるかと」
声の主は、ボロボロのロングドレスと、解けたままの銀髪でローグの前に現れた。
「ローグ様のお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ありません」
「本当だ。死霊術師の誓約の解除が少しでも遅れていたら、今頃お前は戻って来れなかったんだ。頭入れとけ」
ほっとしたように、イネスの頭を小突いたローグ。
口端についた血を手で拭った彼女、イネス・ルシファーは、小さく息を吐いて六対の黒翼と白銀の双角を出したのだった。その左目に、紅のオーラを宿す本来の姿として――。