「なぁ、ニーズヘッグ」

 ローグ率いる不死の軍勢は、並みいる敵をなぎ倒しながら道なき道を進んでいた。

「友達には、上位互換があるんだな」

『突然どうしたのだ』

「獣戦士さんと、鑑定士さん。イネスと、シャリス・マーロゥ。彼らはそれぞれ、『親友』だって言ってたじゃないか。ニーズヘッグにも、親友ってのはいたりしたのか?」

『……む。下僕こそいたが、我には友達とやらも親友とやらもいなかったな。というより、王である故にそんなもの、必要ではなかったと言った方が正しいのだろうな』

「イネスとは、案外正反対ってところなんだな」

『龍の世界は弱肉強食だ。絶対的な力で下龍を制圧し続けるか、若い龍が下克上を成し遂げるかの二択。群れるヒト族や魔族とは違い、個で生きることが本能的に刻まれているせいで、お主等ほどの孤独は感じない仕様になっているやもしれんな』

「なるほど、孤独感か。ってことは『親友』ってのは、『友達』以上にそれを和らげてくれるのか。となると、俺にとってラグルドさんやグランさんは俺の『親友』ってことに……なるのか?」

『……………………さぁな』

 冷や汗をダラダラと?くニーズヘッグは、苦し紛れに立ち向かう軍勢に炎を吐いて誤魔化すことしか出来なかった。
 「親友、親友とは……?」と、ぶつぶつ呟くローグたちの目の前に現れた一本道。
 取り巻きの軍勢を次々に排除して彼らが辿り着いたのは、奇しくも1000年前の魔族大戦の激戦区でもあり、シャリス・イネスの墓のちょうど真ん中だ。

 滑空するニーズヘッグの背に乗るローグは、ふとした違和感に目がとまる。
 ニーズヘッグの滑空速度が徐々に落ちていたのだ。
 空は瘴気(ミアスマ)の影響により、黒く淀んでいる。
 それに呼応するかのように、巨大なニーズヘッグの四肢には黒い斑点がぽつぽつと現れるようになっていた。

『――この程度、造作もない』

 主の心情を読み取ったのか、ふいにニーズヘッグは呟いた。

「悪いな、無理させて」

 ローグは、ニーズヘッグの堅い鱗に手を差し伸べた。

『我が同僚のためだ。それに、奴には蘇生のきっかけをもらった大きな借りもある』

 ニーズヘッグの言う『借り』は、ローグにもすぐ分かった。

 ――っつーか、ニーズヘッグの蘇生を提案してくれたのも、イネスだったからな。

 ――……な……んだと!? い、イネス、それは本当か!? 何故黙っていたのだ!? 

 ――実際に蘇生させたのはローグ様ですから。私は進言したに過ぎません。

「サルディア皇国防衛戦の時のアレか。よく覚えているもんだよ」

『弱肉強食の龍世界だからこそ、受けた恩には義理を立て、報いねばならぬ。主にも、そして――イネスにもだ』

 ぞわりと、ニーズヘッグの黒鱗が逆立った。
 身体中の龍気が、ニーズヘッグの角元に集約されていく。
 膨大なまでの魔法力が電流となって可視化され、龍王の角にも光が集まった。

『魔力障壁だ、見えたぞ。挨拶代わりに、見舞ってやろうではないか』

「何か、群れてるような気がするんだが……」

『まとめて吹っ飛ばせば問題なかろう。龍属性魔法、守護龍の雷撃角(ユグドラシル)ッ!』

 双角に集めた魔法力が爆発し、小さく頭を振ると共にそれは、雷撃の一閃となって前方の群れへと突っ込んでいく。
 ――が。

 ダァァァァンッ!!

 ニーズヘッグの一撃は、謎の群れに迫る直前に見えない壁に阻まれるようにして、爆発四散していった。

『むっ』

「ニーズヘッグの攻撃で破壊されない……!? ならこれでどうだ、破壊魔法魔法力付与(エンチャント)魔王の飛斬撃(デグリオン)!!」

 ローグは自身の剣を空で二振りをし、破壊魔法を付与した飛ぶ斬撃を繰り出した。禍々しい闇を背負った魔力攻撃だったが、それさえも魔力障壁にいとも簡単に吸収されるのを見るや否や、ニーズヘッグは地上に降り立った。

『にわかには信じられんな』

 目を細めたニーズヘッグに、ローグも目を疑う他なかった。
 イネス・シャリス墓地の中間点。
 窪地状になった戦場跡の端に聳える、枯れた一本木の根元に、その美女はもたれ掛かるように倒れていた。
 美しく結われていた銀のポニーテールは解かれ、風にたなびきまばらに揺れている。
 彼女の周りに飛び散った紅の血と、ボロボロになった黒のロングドレス。

 《始祖の魔王》イネス・ルシファーの倒れた先に立っていたのは、紫髪の大男だった。
 骨格ばった手をゴキリと鳴らした指には、紅の血が付着している。
 まるで憐れむような目つきをしたその大男は、ローグたちの姿を見て不適に笑みを浮かべる。

「遅かったな、飼い主」

 ぞわりと、死霊術師(ネクロマンサー)の殺気が空気をピリつかせた。

「ただの魔族じゃなさそうだな」

「空虚な《始祖》の時代も、これで終わった。これからは、《真の魔王》――この俺、ジャッジ・フェニックスこそが君臨する時代だと、世に知らしめてやろう」

 紫髪の大男、ジャッジ・フェニックスの両腕に、魔力が集まると同時に。
 だらんと垂れていたイネスの指先が、ぴくりと動いたのだった。