紅の瞳を灯すゾンビ・スケルトン軍 対 黒い瞳を宿すゾンビ・スケルトン軍。
 ローグの私兵おおよそ2500あまりが、突如地中からその姿を現した。
 骨同士のぶつかり合い、辺りに不気味に広がる腐臭に、クラリスの表情も思わず曇る。

「そうか、思い出したぞ……? 風の噂でそういや聞いてたぜ。《魔法術師》ヴォイドをぶっ倒した化け物使い。そうだ、確か、死霊術師(ネクロマンサー)ってやつだ。ローグ・クセル。アンタがまさか――!」

 クラリスの背後で広がる、悍ましい殺気。
 全身の毛を逆立てたクラリスは、瞬時に後ろに振り返ってローグの首筋に鋭い爪を向けた。

「今は、これしかないだろう?」

 先ほどとは打って変わって、厳しい目つきのローグはクラリスに顔を合わせようともしなかった。

「分かんねぇ。全くもって、訳分かんねぇ……! だが、敵じゃねェ。そうだな!?」

 ローグがこくりと頷いたと共に、吐き捨てるようにしてギリギリと歯を食いしばりながら、クラリスは再びローグに背を向けた。
 ローグが合図したと共に現れた不死の軍勢は、的確にもう片方の軍勢を屠っていき、駆逐していく。
 遠方よりやってきた黒いもやがついに、ローグたちの上空にまで襲来していた。そんな時だった。
 ピクピクと、小さくクラリスの耳が動いた。

「どーやら、『巨木』にも奴等が現れたらしい。もう、何が何だか……」

「行って来ればいい。どのみち、俺たちもここから先に用があるんだ」

「ここを、アンタたちに任せて――か?」

「あぁ、そうだ」

 魔法力付与(エンチャント)を施した剣で、敵の軍勢を木っ端微塵にしていくローグ。
 紅の光を目に灯したローグの軍勢と、真っ黒い瞳で突き進む軍勢のぶつかり合いも、激化していくばかりだ。
 徐々に動きが鈍っていくニーズヘッグでさえ、今は難なく敵を圧倒している。
 この場において、クラリス・マーロゥが戦線を離脱したところで、情勢に支障はない。
 だが――。

「リスクがあまりにも高ェ。それが、死霊術師(ネクロマンサー)ってんなら、尚更だ」

 クラリスは、爪の先でスケルトンの一体を八つ裂きにして呟く。

『くはははは。やはり、信頼がないようだな、主よ。まだまだ、ということか』

「そもそもお前がやれって言ってたんだろうが! こうなることは分かってたはずだ!」

 ニーズヘッグとローグのいつものような掛け合いに、クラリスも少しだけ警戒を解いた。
 少なくとも、今この場でローグは手持ちの軍勢を敵方にまわしたりなど、していなかったのだから。

「あぁ、ったく! 獣戦士さん! 俺たちもこの先に用がある。この程度なら、俺たちでも対処可能だからな! 『巨木』ってとこには、獣戦士さんを待ってる人達が――ドリスさんや、ティアリスだっている。助けを必要にしてるなら、そっちに行ってくれ!」

 クラリスの両肩をがっちりと掴んだローグは、真っ直ぐにクラリスの瞳を見つめていた。
 クラリスの栗色の瞳のなかに、ローグの真面目な素顔がくっきりと映り込んでいた。

「は……ぇ……ぁ!?」

 あまりに急な出来事に、クラリスの頬がかぁっと赤らんだ。

「獣人族なら、相手の表情の機微が敏感に伝わるってのは聞いてる。俺が、嘘言っているように見えるなら――今すぐその手で俺を殺せばいい」

「ちょ、分かったから、分かった! 分かったよ! 信じりゃいいんだろ!? 確かに嘘は言ってねぇよアンタは!!」

 咄嗟に腕を振りほどいて、小さく胸に手をやるのはクラリス。

「ば、バッカ、アンタ、バッカ……!」

『う、ウチの主がすまぬな……。すまぬ……』

 クラリスとニーズヘッグのやりとりに意味が分からないローグに、クラリスは《狂狼化》した手でローグの手をポンと握った。

「脈拍、血の流れ、表情筋共に変化無し。顔の血色がちぃと悪ぃくらいだ。アタシに信じてもらえるかどうか、不安に思ってる。まぁ、そんなとこか」

「……やっぱすごいな、獣人族ってのは」

「当たり前だ。伊達に1000年生き延びてる部族じゃねェ」

 栗色の獣耳を、激しくヒクヒクさせたクラリスは、軍勢が向かってくるのと正反対の方へと身体を向けた。
 クラリスの向いた先は、彼ら獣人族の本拠地である『巨木』という場所だ。
 1000年間絶えず守られてきた、 聖地林(リートル)の聖地である。
 クラリスは、腰を小さく屈めて跳躍体制を取った。

「なぁ、死霊術師(ネクロマンサー)……いや、ローグ・クセル。一つ、聞いちゃくんねェか」

 クラリスは、肉体武装を解かずに歯切れが悪そうに、口を開いた。

「何だよ、改まって」

「アタシは、カルファ・シュネーヴルが大好きだ。アイツとは、無二の親友だと思ってる」

「……親友?」

 クラリスは、訥々(とつとつ)と語っていく。

「せっかちなアタシを、いつもカルファは諫めてくれた。逆に、アイツはちょっとビビりで気負い性な所があって、考え込みすぎる(タチ)だからさ。煮え切らねェことも多いもんで、アタシたちの性格は、正反対なんだ」

 クラリスは、豊満な胸の上に掛けられていたペンダントを手に持った。

「そんでも妙に気があう奴で、気付けばしょっちゅう一緒にいて、飯食って、汚ェ寝袋共有して、馬鹿話して、馬鹿みたいに喧嘩して。こんな面倒臭い騒動さえなきゃ、久々に会ってみてェなぁって、そう思ってんだ」

 寂しそうに旧友を語るクラリスは、「なぁ」とローグに不適な笑みを浮かべる。

アンタは(・・・・)カルファの友達かい(・・・・・・・・・)?」

 その問いに、ローグは剣を握ったまま、小さく呟く。

「俺は、獣戦士さんほどは鑑定士さんとも仲がいいわけじゃない。けど俺だって、鑑定士さんとは一緒にダンジョンに潜ったし、酒も飲み交わした。一緒に戦った。だから、友達……だと、思ってる……」

「そーかいそーかい。アンタやっぱ、友達作んの絶望的に下手くそだろ。カッカッカッカッ!!」

「うぐっ……!?」

『じゅ、獣戦士の娘よ……! その辺りにしておいてやってはくれぬか……! 我が主は、これでも十分すぎるほどに頑張っているのだ……!!」

 生来的に社交的なクラリス・マーロゥと生まれてこの方ぼっち気質だったローグ・クセルの絶望的なまでの差に、思わずニーズヘッグが助け船を出して主をフォローしようとした、その時だった。
 クラリスは、拳をローグの肩に当てて、にかっと笑った。

「ありがとうよ、ローグ・クセル。アンタの案に甘えさせてもらう。アタシは、アイツらんトコに行ってくる。ここは任せた(・・・・・・)

「――…………!」

「アタシの『親友』が認めた奴だ。そんで、アンタがアタシの『親友』を友達だっつってんなら、信じない理由もねェよ」

 クラリスは、パンパンと手を叩いて、飛び上がった。

「……恩に着る、ローグ・クセル。終わったら友人として、たらふく地酒振る舞ってやっから覚悟しとけ! 絶対死ぬなよ!!」

 木々に捕まって、クラリスは風の速度でその場を去って行った――。

「聞いたか、ニーズヘッグ。友人、だってさ。獣戦士さんが、俺のこと、友人だって……!」

『あぁ。しかと、聞き届けた。イネスに報告したら、泣いて喜ぶかもしれんな。くはははは――』

 そう茶化し合った二人は、力強く、足を踏み出したのだった。