一向に数を減らさない不死の軍勢は、地平線上に延々と続いているようにも思えるほどだった。
ローグとて、これほど大量の軍勢を出す機会など滅多にない。
『目測にして、おおよそ4000といったところか。サルディア皇国防衛戦で失って、残った我々の軍勢の2倍ほどではないか。だから、皇国防衛戦であれほどの戦力を全力投入しなければよかったものを』
呆れ気味に呟くニーズヘッグに、ローグは剣を振るいながら言う。
「過ぎたことはもう言うな。皇国戦で戦力を出し惜しみしなかったこその、あの戦果だ。とはいえこの量の軍勢は、ちょっと俺も欲しいかな……」
『くはははは。我等まとめて塵と化しておるので不可能だがな!』
「この軍勢、そっくりそのまま俺のところに来てくれないかなぁ……」
恨み節を放ちつつ、軍勢を的確に消し炭にしていくローグとニーズヘッグ。
不死の軍勢との戦い方なら、彼らが一番要領を得ているだろう。
対して、動きに支障が出始めているのはクラリスだ。
「ウヴォン……!」
ゾンビが大きく腕を振る。
「――らぁッ! ……はぁっ、はぁ……!」
鋭いクラリスの蹴りは、ゾンビの胸に突き刺さる。
クラリスはそのまま、足に突き刺さったゾンビを、身体を回転させながら吹き飛ばす。 吹き飛ばされたゾンビは、勢いそのままに他のスケルトン・ゾンビに突撃し、黒い粒子を上げてそれらの身体を霧散させていた。
倒しても倒しても湧いてくる。
連戦に次ぐ連戦に、さすがのクラリスも肩で息をしていた。
『埒があかんな。主よ、いつまでもここで足止めを喰らっていては、むざむざ瘴気の侵入を待っているだけになるぞ』
ニーズヘッグは、火弾を軍勢に浴びせかけながら言う。
「そのくらい、知ってる」
『お主はいつまで冒険者でいるつもりだ?」
「……うっせ」
ニーズヘッグの忠告が耳に痛いローグ。
視界の隅で暴れるクラリスの首筋からは、黒い触手状の紋様がうねうねと伸び始めている。
ローグと最初に出会った時は、黒い斑点ほどだった。
だが、首筋から伸びたその黒い紋様は、左腕へ、右腕へとクラリスの身体を着実に蝕んでいた。
『この瘴気は、我にも辛い。何とかして抑える方法はないのか?』
そう言うニーズヘッグの四肢にも、少しずつ黒い斑点が浮かび上がってきていた。
ミニマム状態時の負担が、巨大化時にも影響し始めていたのだ。
「方法は、一つある」
ローグは続ける。
「この瘴気も、元を辿ればイネスのものだ。瘴気を全部ひとまとめにして、イネスの身体の中に戻してやればいい」
『……ほう。この量の魔力が一気に返るとなれば、相当な力を保有することになる。仮にもこれほどの力を保有することになれば、再び主に叛旗を翻すことにもなりかねん。ひとまとめにした瘴気を他の場所に移すなどの代替手段はないのか?』
ばっさりと言うニーズヘッグは、地面に足を踏み込んだ。
死霊術師は、部下に叛旗を翻されても、それらをはね退ける力があることが必須である。
今でこそそれは収まっているものの、数年前まではイネスや、ニーズヘッグまでもがローグに刃を向けていたのだ。
イネスの墓に眠っていた魔力全てをイネスに返還することで、再び刃を向けてこないとも限らない。
『今でこそ、奴と同等に戦えるほどの力があるが、全盛期の力以上のものを保有した時は――どう動くかなどとても分かるまい』
「あぁ。だが、他の場所に移したとしても、その地で瘴気被害が出るだけで、根本は変わらない」
『例え叛旗を翻そうとも、か?』
「俺はイネスを信じるよ。配下であり、仲間だ。俺があいつを信じないでどうする」
『ふ、ならば我はお主に従うまでだ。――ンヴァゥッ!!!』
そう素っ気なく言ったニーズヘッグは、何も無い虚空に向かって、突如膨大な火球を吐き出した。
夜の空へと消えていった火球は、通常の炎攻撃とは違い、周囲にまでも魔法の渦が漂っていた。
ニーズヘッグの魔法力の籠もった火球は、夜の空へと消えていくかと思われたのだが――。
バンッ!!
それはちょうど、イネスとシャリスの墓の真ん中付近で、何かにぶつかるように破裂した。
「――魔力障壁か」
ローグは、遠目で火球の破裂を確認する。
『いかにも。イネスほどの魔力ならば、ここで感知出来ないのはおかしいと思ったのでな。探ってみれば、どうやら何者かによる魔力障壁で閉じ込められているようだ』
「イネスほどの奴が、閉じ込められてるだと?」
『だからこその異常なのだろう。奴は、一人で抱え過ぎるきらいがある。何かあってからでは、取り返しがつかんぞ』
「…………っ!」
渋り続けるローグを叱咤するように、ニーズヘッグは軍勢を一掃していく。
戦火がどんどん広がるなかで、ローグはクラリスをちらりと一瞥した。
「獣戦士さん、ちょっと頼みがある」
「――アァ!? こんな時になんだってェんだ!」
ドンと背中を突き合わせ、ローグは続ける。
「この軍勢を全部取っ払えたらさ、その……俺と友達になってくんないかな……!?」
「はァ!? こんな土壇場で言うことかよ!?」
「頼む……ッ!」
迫り来る軍勢を退けたローグに、クラリスは「友達ってのはそういうんじゃねェ気がすんだけどなぁ……」と小さく溜息をつきつつも、頷いた。
「アンタがこれを退けられるんなら、願ったり叶ったりだ。友達にでも何でもなってやるってんだッ!」
「よし、言質取ったぞ! ニーズヘッグ、聞いたか!? 友達オッケーだってよ!!」
『それでいいのか、主よ……。それで……いいのか……』
引き気味のニーズヘッグだが、ローグは嬉々として腕を掲げた。
ゾワリ。
クラリスにも、背中越しにローグのただならぬ殺気は伝わっていた。
ローグの瞳に、闇が宿る。その両肩から、悍ましい力が放たれる。
「死霊術師の誓約、解除」
ぽつり、小さく呟けば、ローグの周囲の土がぼこぼことめくれ上がっていく。
中から出てきたのは、新たなるゾンビ・スケルトンの一団だった。
目に紅の光を帯びたそれは、ローグたちの周囲を取り囲んだ。
「――《不死の軍勢》、進撃。周囲の雑魚共を、一掃しろッ!!」
高らかなローグの宣言と共に、《不死の軍勢》対《不死の軍勢》が、大いにぶつかり合うのだった。
ローグとて、これほど大量の軍勢を出す機会など滅多にない。
『目測にして、おおよそ4000といったところか。サルディア皇国防衛戦で失って、残った我々の軍勢の2倍ほどではないか。だから、皇国防衛戦であれほどの戦力を全力投入しなければよかったものを』
呆れ気味に呟くニーズヘッグに、ローグは剣を振るいながら言う。
「過ぎたことはもう言うな。皇国戦で戦力を出し惜しみしなかったこその、あの戦果だ。とはいえこの量の軍勢は、ちょっと俺も欲しいかな……」
『くはははは。我等まとめて塵と化しておるので不可能だがな!』
「この軍勢、そっくりそのまま俺のところに来てくれないかなぁ……」
恨み節を放ちつつ、軍勢を的確に消し炭にしていくローグとニーズヘッグ。
不死の軍勢との戦い方なら、彼らが一番要領を得ているだろう。
対して、動きに支障が出始めているのはクラリスだ。
「ウヴォン……!」
ゾンビが大きく腕を振る。
「――らぁッ! ……はぁっ、はぁ……!」
鋭いクラリスの蹴りは、ゾンビの胸に突き刺さる。
クラリスはそのまま、足に突き刺さったゾンビを、身体を回転させながら吹き飛ばす。 吹き飛ばされたゾンビは、勢いそのままに他のスケルトン・ゾンビに突撃し、黒い粒子を上げてそれらの身体を霧散させていた。
倒しても倒しても湧いてくる。
連戦に次ぐ連戦に、さすがのクラリスも肩で息をしていた。
『埒があかんな。主よ、いつまでもここで足止めを喰らっていては、むざむざ瘴気の侵入を待っているだけになるぞ』
ニーズヘッグは、火弾を軍勢に浴びせかけながら言う。
「そのくらい、知ってる」
『お主はいつまで冒険者でいるつもりだ?」
「……うっせ」
ニーズヘッグの忠告が耳に痛いローグ。
視界の隅で暴れるクラリスの首筋からは、黒い触手状の紋様がうねうねと伸び始めている。
ローグと最初に出会った時は、黒い斑点ほどだった。
だが、首筋から伸びたその黒い紋様は、左腕へ、右腕へとクラリスの身体を着実に蝕んでいた。
『この瘴気は、我にも辛い。何とかして抑える方法はないのか?』
そう言うニーズヘッグの四肢にも、少しずつ黒い斑点が浮かび上がってきていた。
ミニマム状態時の負担が、巨大化時にも影響し始めていたのだ。
「方法は、一つある」
ローグは続ける。
「この瘴気も、元を辿ればイネスのものだ。瘴気を全部ひとまとめにして、イネスの身体の中に戻してやればいい」
『……ほう。この量の魔力が一気に返るとなれば、相当な力を保有することになる。仮にもこれほどの力を保有することになれば、再び主に叛旗を翻すことにもなりかねん。ひとまとめにした瘴気を他の場所に移すなどの代替手段はないのか?』
ばっさりと言うニーズヘッグは、地面に足を踏み込んだ。
死霊術師は、部下に叛旗を翻されても、それらをはね退ける力があることが必須である。
今でこそそれは収まっているものの、数年前まではイネスや、ニーズヘッグまでもがローグに刃を向けていたのだ。
イネスの墓に眠っていた魔力全てをイネスに返還することで、再び刃を向けてこないとも限らない。
『今でこそ、奴と同等に戦えるほどの力があるが、全盛期の力以上のものを保有した時は――どう動くかなどとても分かるまい』
「あぁ。だが、他の場所に移したとしても、その地で瘴気被害が出るだけで、根本は変わらない」
『例え叛旗を翻そうとも、か?』
「俺はイネスを信じるよ。配下であり、仲間だ。俺があいつを信じないでどうする」
『ふ、ならば我はお主に従うまでだ。――ンヴァゥッ!!!』
そう素っ気なく言ったニーズヘッグは、何も無い虚空に向かって、突如膨大な火球を吐き出した。
夜の空へと消えていった火球は、通常の炎攻撃とは違い、周囲にまでも魔法の渦が漂っていた。
ニーズヘッグの魔法力の籠もった火球は、夜の空へと消えていくかと思われたのだが――。
バンッ!!
それはちょうど、イネスとシャリスの墓の真ん中付近で、何かにぶつかるように破裂した。
「――魔力障壁か」
ローグは、遠目で火球の破裂を確認する。
『いかにも。イネスほどの魔力ならば、ここで感知出来ないのはおかしいと思ったのでな。探ってみれば、どうやら何者かによる魔力障壁で閉じ込められているようだ』
「イネスほどの奴が、閉じ込められてるだと?」
『だからこその異常なのだろう。奴は、一人で抱え過ぎるきらいがある。何かあってからでは、取り返しがつかんぞ』
「…………っ!」
渋り続けるローグを叱咤するように、ニーズヘッグは軍勢を一掃していく。
戦火がどんどん広がるなかで、ローグはクラリスをちらりと一瞥した。
「獣戦士さん、ちょっと頼みがある」
「――アァ!? こんな時になんだってェんだ!」
ドンと背中を突き合わせ、ローグは続ける。
「この軍勢を全部取っ払えたらさ、その……俺と友達になってくんないかな……!?」
「はァ!? こんな土壇場で言うことかよ!?」
「頼む……ッ!」
迫り来る軍勢を退けたローグに、クラリスは「友達ってのはそういうんじゃねェ気がすんだけどなぁ……」と小さく溜息をつきつつも、頷いた。
「アンタがこれを退けられるんなら、願ったり叶ったりだ。友達にでも何でもなってやるってんだッ!」
「よし、言質取ったぞ! ニーズヘッグ、聞いたか!? 友達オッケーだってよ!!」
『それでいいのか、主よ……。それで……いいのか……』
引き気味のニーズヘッグだが、ローグは嬉々として腕を掲げた。
ゾワリ。
クラリスにも、背中越しにローグのただならぬ殺気は伝わっていた。
ローグの瞳に、闇が宿る。その両肩から、悍ましい力が放たれる。
「死霊術師の誓約、解除」
ぽつり、小さく呟けば、ローグの周囲の土がぼこぼことめくれ上がっていく。
中から出てきたのは、新たなるゾンビ・スケルトンの一団だった。
目に紅の光を帯びたそれは、ローグたちの周囲を取り囲んだ。
「――《不死の軍勢》、進撃。周囲の雑魚共を、一掃しろッ!!」
高らかなローグの宣言と共に、《不死の軍勢》対《不死の軍勢》が、大いにぶつかり合うのだった。