「ガビ、ファルルとジラルグの連中は全員揃った! ルメールの奴等はまだか!」
「ルメール族の頭領の爺ちゃんは足が悪いからオレが背負っていく。親衛隊本部の『巨木』に急げ! 頭を困らせるなよ!」
「頭ァ! 何があったかは詳しく『巨木』で聞かせてもらいますからね!!」

 屈強な獣人族の男たちが、巧みな連携で『聖のゆりかご』内の獣人族たちを統率し始める。 

「『聖のゆりかご』を、封鎖しろ。何人たりとも、ここから先に行けねェようにな」

『――応ッ!!』

 クラリスの指示と共に、『聖のゆりかご』の入り口と出口に大岩が置かれた。
 外敵からの侵入を防ぐ竹柵が瞬時に敷かれて、『聖のゆりかご』は一種の防衛最終拠点と化していた。

「ふわぁっ!?」
「ほぉ……!?」

 一人の獣人族の男が、柵の中に残っていたドリスとティアリス、回復に疲れ果てて眠りに入ったミカエラを小脇に抱えて後方へと駆けていく。
 柵の中で、ニーズヘッグとローグは目を見合わせた。

「ほら、頭領の妹君にドリス様も! ここにいたら頭領の邪魔になっちまう! そこのサルディアの客人二人も!!」

 柵の外でパンっと拳を合わせて戦闘態勢に入ったのはクラリスだ。

「クラリス姉! クラリス姉!!」

「ティア、アタシなら大丈夫だ。さっさと『巨木』で待ってろ。……ドリス爺」

 クラリスの後ろ姿に、ドリスが目を細める。

「アタシに何かあったら、そん時は……ティアを頼む」

「……承知致しました、頭領」

 短い問答の後に、二人の姿がすぐさま後方へと消えていく。

「んで、サルディアのお客サマ二人は、逃げねェのか?」

 コキコキと首を鳴らしたクラリスは、唯一柵の中に取り残された二人を見て不適に笑みを浮かべる。

「ニーズヘッグ、悪いな」

『構わん。ここを抜けた奴等がミカエラの元を襲うことを考えれば、安いものだ』

 軽々と柵を跳び越えたローグとニーズヘッグが、ふわりとクラリスの隣に着地する。

「アンタら、正気か? この量だぞ(・・・・・)?」

「舐めてもらっちゃ困る。こっちはSSSランク冒険者だからね。それに、元々は獣戦士さん一人でやるつもりだったんじゃないのか?」

「いやまぁ、そりゃそうだが……」

「じゃ、詳しい話は後でゆっくり聞かせてもらおうかな」

 ローグは腰に掲げた冒険者用の直剣に、魔法力付与(エンチャント)を施した。
 「ニーズヘッグ、行けるか?」と問うローグに、小龍は首をぐるりとまわして『いつでも問題ない』と答える。
 クラリスから見れば、ローグやニーズヘッグはただのふっと現れただけの客人だ。
 なのに、当たり前のように隣に立ち、当たり前のように力を振るおうとしている。

「アンタら、何でそこまで聖地林(リートル)に味方する? サルディア皇国がアンタらを雇ったってのも最近の事だろ。カルファに言われたとしても、ここまでやられる義理はねェぜ」

 まるで、「忠告したぞ」とでも言わんばかりのクラリスだが、ローグは言う。

「もちろん、皇国の鑑定士さんから依頼されたのもある。だが、それ以上に俺たちは俺たちの意思でここにいる。安心してくれ」

 三人の見据える先に、ようやく《不死の軍勢》の姿が視認されてくる。
 足音もまばらに近付いてくるそれらに、ローグはクラリスの肩に手を置いた。

「獣戦士さん。こんな格言知ってるかい?」

 ローグは、ピシっと剣先を軍勢に突きつけた。

「『友達の友達は、友達だ』――ってな! イネスは配下で友達じゃないが、イネスの友達は俺の友達同然だろッ!」

 颯爽と闇の中に飛び出していくローグ。「いや、違ぇよ……?」とクラリスは思わずぽかんと口を開ける。
 笑いを堪えきれないニーズヘッグに、ローグは高らかに宣言する。

「存分に暴れてくれニーズヘッグ、死霊術師の誓約(ネクロマンス)、解除!」

『くはははは!! すまんな獣戦士の娘よ。主は独りぼっちの期間が長くてこじれておる(・・・・・・)!』

「み、みたいだな……何言ってんだ、あいつ……?」

 ローグの後を追うように、《不死の軍勢》の群れへと突撃していくのは、すぐさま《狂狼化》したクラリスと、巨大化したニーズヘッグ。

「コカカッ!」「ウンヴォォォビ!?」

「おおおおおおおっ!! 龍属性魔法力付与(エンチャント)龍王の双爪(ラトノプラスト)!!」

 剣を斜めに連撃するローグ。
 剣先からは、まるで龍の爪のような真白い魔法力のオーラが、スケルトン・ゾンビの軍勢の中を穿っていく。
 
『ふん、我も負けてられぬな。本家を見せてやろう、主よ。――龍王の双爪(ラトノプラスト)

 ニーズヘッグは、己の腕に魔法力を込め、鋭い眼光で軍勢に向けて爪を出した。
 龍王の腕が、たったの一撃で数百単位の軍勢をなぎ払う。

「すげェ……! これがSSSランクの力か……」

 クラリスも、負けてはいない。
 連続の狂狼化は身体に負担も多いものの、疲れを一切見せない俊敏な動きで、ローグたちに遅れをとる様子はない。
 クラリスと距離を取りながら戦っていたローグの傍らに、巨大化したニーズヘッグが近付いた。

『主よ。これは、我々のもの......ではなさそうだな』

不死者(アンデッド)だって、魔物の一種だ。そこらから降って湧いても何ら不思議はないだろう。群れることだってザラにある」

『それはもちろん承知している。だが、この動きと統率具合は、妙に気がかりだ』

 ローグとニーズヘッグの周りを囲い込むようにする不死者たち。

「こいつらを、操っている輩がいるってことか? そんな芸当ができるのなんて、それこそ死霊術師(ネクロマンサー)くらいなものだ」

魔法力付与(エンチャント)剣を振るい続けるローグ。
 敵を一人屠れば、タイミングを同じくしてスケルトンとゾンビがタッグを組んで襲いかかる。
 さらにその後方では、少しの隙をも見逃すまいと、数十の不死者たちがそれぞれの獲物を手に眼光を強くしているのだ。
 通常、乱雑に襲いかかる魔物にしてはイレギュラーだ。

「まさか、な......」

自分以外の死霊術師(ネクロマンサー)の存在など、まるで考えたことがない。
 ニーズヘッグも、あれから言葉を発しないことから何かは考え付きはじめている。
 一世代に一人のはずの死霊術師の存在に、ローグは背筋に悪寒が走るのを感じていたのだった。