「なるほどな、だから気付いた時には既に初代の墓が建てられてたってわけか。……初代の墓は、アンタがやったのか?」

 クラリスは、カリンの芯をガリガリと噛み砕きながら夜空を見上げた。
 イネスは、苦笑気味に首を降る。

「いえ、血溜まりに倒れたシャリスを眺めているときに隙を突かれてしまいました。当時の《不死の軍勢》を率いていた者によって。ですから、それから先のことに関しては、記憶がありませんね」

「い、意外とあっさりしてんなぁ、おい……。ま、初代の墓にゃ遺体がねぇってのは有名な話だったが、そういうことだったか。今もここいらの地中に埋まってるってな。遺体の代わりに、初代が普段から肌身離さず持ってたっつー遺品を埋めてるらしい。連中の狙いも、それかもな」

 そう言いながら枯れ木の中央に佇む、小さな丘状の墓地を見て呟くクラリスは、まじまじと辺りを見回す。

「彼女が肌身離さず持っていた物、ですか」

「どーも魔族の一人をとっ捕まえて吐かせた所によると、『魔王をも止めることが出来る、獣人族の秘宝』ってのらしい。アタシも実物こそ見たことは無いにせよ、同じ感じで伝わってる。心辺りはねェか?」

「魔王をも、止める? そんなもの……?」

 頭にはてなを浮かべつつ、シャリスの遺品が眠る墓地を見つめるイネス。「ま、そんなのどーだっていっか」と、あっけらかんとクラリスは言う。

「初代の秘宝が何であれ、近付く者は皆殺しにしていけばいいだけなんだからな!」

「あなたもずいぶんと好戦的ですね……」

「ッカッッカ、今日は初代のことも聞けて、何気に良い日だったぜ。イネス・ルシファー。帰って一杯引っかけようじゃねェか」

 首をポリポリ?きながら、クラリスが伸びをした――その時だった。

《ほう、これはこれは、懐かしい香りだ》

 ふと、脳にダイレクトに届くような声が、二人に迫る。

「誰だッ!」

 咄嗟に、クラリスは戦闘態勢を整えた。
 牙を出し、いつでも《狂狼化》できるように、全身を駆使して空気を探る。
 姿は見えない。

「……この声」

 声を聞いたイネスの瞳が細くなる。

(いにしえ)の封印から解放されたと聞き及んではいたが、どうやら本当のようだ――》

 ゾワリ――。

 二人の間を、大いなる風が吹き抜ける。
 実体は無い。ただの風だ。だが、そんなただの風に、周りの草木を一瞬で枯れさせるほどの膨大な魔力(・・・・・)が乗っていた。

「なるほど。そういうことでしたか。ふふふ、どうしてこれまでの魔族が不甲斐なかったのか、合点がいきましたよ」

「……っ!? イネス・ルシファー。アンタ、何を知っている……!」

「簡単なことだったのです。数年前、世界七賢人(あなた方)が魔族と対峙し世界を救ったとされる英雄譚。その前に、私たちは当時の魔族と相対したことがありました」

「お? ……おぉ、……お?」

 当時、同じ説明をしたカルファも同じような反応をしていたことを思い出しつつも、イネスは続ける。

「当時から魔族は非常に弱体化していました。中級魔族の集まりしかおらず、指揮系統も半ばバラバラ。1000年の時を経て魔族も大きく弱体化したものだと、酷く落胆したものですよ。ですが、違ったのですね」

 イネスとクラリスの間を通り過ぎた、膨大な魔力を包んだ突風。
 その懐かしい(・・・・)魔力に向けて、イネスは言う。

「私や貴方が対魔族戦に介入していた時は、頭が不在だったのです。何せ彼は今、《再生》の途中だったのですから――」

 イネスは、手の平に《破壊》の魔力を練り込んだ。

「こんな気味のわりぃ魔力、感じたことがねェ。何だこの感覚は……。触れれば、それだけで消し飛んでしまいそうだ……!」

「ふふふ、《焔返り》はいつ振りでしょうか。ねぇ、ジャッジ・フェニックス副官」

 挑発するかのように、イネスは何も無いところに向けて魔力弾を撃ち込んだ。

 そう、クラリスが目を剥いたその時だった。
 二人の目の前に浮かんだのは、小さな炎。
 紫色の鬼火が、二人の前で小さく揺らめいた。

「ジャッジだと!? だ、だって、現魔王はジャッジだってのは昔から……!」

「えぇ。魔族も人類も接点がありませんでしたからね。居ても居なくても、ジャッジ・フェニックスを象徴として頭に据え続けることもできたでしょう。私たちと、世界七賢人が魔族と対峙した時に弱かったのは、ちょうどジャッジが不在の間だったというだけです」

 ジャッジ・フェニックスは《焔返り》によって再生する、いわば不死身の一族の長である。
 ジャッジ・フェニックスは寿命で命を落としたその時より、生きた分と同じ年数を小さな《焔》として現世に滞在し続け、魔力を溜め続けることにより、最盛期の力(・・・・・)で再生することができる。

「あなたがここまで意思疎通が可能だということは、再生の時も近い、ということでしょうか」

 二人の目の前を不気味に浮遊する小さな鬼火は、その輝きを増す。

《私がいない間に、情けないことだ。奴等は私が居なければ、種を存続することもできないらしい》

「またかつてのように私の元にいれば、《恐怖の象徴》として繁栄することができますよ。私が与える《恐怖》、そしてあなたが与える《武》。その二つが合わされば、再び人類も手出しはできなくなるでしょう?」

《人間ごときの傀儡に成り下がった《恐怖》など、魔族には必要ない。それに――》

 紫の光が輝きを増していく。
 聖地林(リートル)の神聖なる墓に灯った紫の鬼火は、その存在を大きな物にしていく。
 一角を埋め尽くさんばかりの光には同時に、周りから黒く具象化した魔力が集約しつつある。

《――《焔返り》は、もう為されている》

 ズァァァァァァアアアッッ!!!

 枯れ木をなぎ倒す勢いの突風と共に、集約されていた魔力が爆発四散する。
 紫色の炎が月の光を隠すほどに舞い上がった。その中から出てきたのは一人の青年だった。

「こ……これ、が……魔王……だってのか……? 今までアタシらが戦ってきた奴等は、何だったんだ……?」

 クラリスの全身の毛が逆立ち、カチカチと歯が鳴る。
 青年の持つ魔力は、今までクラリスが相手取ってきた、どの魔族とも比較にならない。
 ――それこそ、世界七賢人として魔族と戦った時の、何十倍も大きな魔力だ。

 瞬時にイネスの左目に、紅のオーラが宿る。
 黒のロングドレスが、彼女自身の魔力波動で大きくたなびいた。

「今すぐ獣人族を率いてここから少しでも離れなさい、クラリス・マーロゥ」

「……い、いや!? ば、バカ言うな! どー考えたってアタシらの敵じゃねェか! あんな殺気プンプン垂れ流すのをアンタだけに任せて逃げろって――!」

獣人族が(・・・・)絶滅したければ(・・・・・・・)、ここに止まれば良いですが」

 ギラリ、今までに無い殺気に満ちたイネスの瞳にクラリスは、思わず「ぐっ」と声を出してたじろいだ。

「……わりぃ」

「懸命な判断です」

 短い問答と共に、クラリスは一気に大地を蹴って二人から距離を取る。

 イネスは、すぅと小さく息を吸って、青年を睨み付ける。

「おはようございます、ジャッジ。もう一度問いましょう。私の下につきなさい。さもなくば、再び長い焔返りをすることになりそうですが、いかが致しましょう?」

「ご心配なく、イネス様。――いえ、イネス・ルシファー。魔王は、一人で結構だ」

 空気を揺らすほどの魔力が、その時――交錯した。