「戦場を荒らし回るハイエナめ。ここは貴様らのような獣風情が来る場所ではない。転がる死体から金品でも奪いに来たか?」

「んでアタシが獣だって分かんだよ! アタシのどこが獣だってんだよ!」

「その大きな尻尾を隠しもしないで、どこが獣ではないというのだ西の猿め」

 冷静に言うジャッジ・フェニックス。
 少し間が入った後、乱入者は「うげっしまい忘れてた!」と、焦ったようにその大きな尻尾を、着ていたマントの中に隠していく。
 露骨に不機嫌な態度で、ジャッジは言う。
 意識の無い《不死の軍勢》に対し、彼の一番の武器である肉体強化の魔力と《再生》能力を組み合わせた拳の打撃を繰り出していく。
 殴り、蹴り、ゾンビに噛まれ、腐敗する。同時に《生成》の因子と共に手足は紫色の炎を迸らせて、元に戻る。
 獲物(ぶき)に一切頼らない肉体派魔族のジャッジは、頬についた埃を手甲で拭い、乱入者を睨み付ける。

「ッカッカッカ。んな怖ぇ顔しなくたって、何もアンタらに危害を加えようってのはねェ……よっ!」

 雑な木彫りの色取り取りの紋様が描かれた仮面は、獣人族の獣耳まですっぽりと覆っている。
 淡い土色のマントを翻しながら、華奢な足で乱入者は《不死の軍勢》をなぎ倒していく。
 正確無比な速攻攻撃は途切れること無く続き、乱入者の周りには次々と戦闘不能状態におかれた軍勢たちの屍が積み上げられていく。
 そんな様子を片目で見つつ、イネスは笑う。

「そうですね、どこぞの得体の知れない個人の援軍……。怪しさ極まりないですが、こちらに危害を加えそうにもありませんね」

「魔族領域に、どこの骨とも分からぬ援軍など――」

「そうでしょうか。所属が明確なのにもかかわらず、援軍を寄越さないよりは助かりますが」

「……ふん」

 イネスの一言に、ジャッジは鼻で笑って戦闘を継続させる。

「うぉららららららららららららららっっっっらあぁぁぁぁぁっ!!」

 威勢良く飛び出してきた乱入者の勢いは、止まるところを知らない。

「おいイネス! アンタ随分辛気くせぇ面してんじゃねーか!」

 イネスの背中についた乱入者に、イネスは「はぁ」と思わず笑いを含んだため息をついた。

「あなた、本当にいつもいつも、結構だと言っているでしょう。自分の所の部族がまとまりきったばかりだというのに」

「んな堅ェこと言うなって。統一は果たした。もう後ろに任せて良いだけの基盤は作ったんだ。それもこれも、イネスのおかげだ。アンタが困ってんなら、今度はアタシが助ける番になって当然だろ。なるべくこっちもバレねェようにゃするが、バレたらアンタに操られたってことにしときゃいいだろ!」

「そ、そんな技術持ってないんですが……」

「そーゆーことにしとけよな。なんたって、イネス・ルシファーは――《恐怖の象徴》なんだろッ!!」

 意気揚々と叫んだ乱入者の手先から、肉体強化の魔法で練り上げた尖る鋭爪が姿を現す。
 ドン、と。
 イネスと背中合わせになって、その乱入者はウズウズと身体を滾らせる。

「全く、後先考えないのはいつも通りですね、シャリス」

 この場において、イネスの唯一の味方と言ってもいい存在に、思わず安堵の笑みがこぼれる。
 本来ならば、こんな無謀な戦いに巻き込みたくないのが本音だ。
 だが、何よりもこんな状況だからこそ来てくれた親友に、心から感謝している自分もいた。

「ッカッカッカ。楽しもーぜ、親友」

「えぇ、もちろんです。ところで、シャリス。あなたのその腕の紋様は本当に何なのですか? 以前よりも範囲が広がっていませんか?」

 イネスは、そう呟いて乱入者――シャリス・マーロゥの腕に浮かび上がった紋様を見る。
 シャリスは、困ったような笑顔で「あー……」と頬をポリポリと?いた。

「う、ウチの部族で最近流行ってる刺繍(タトゥー)は、たまーにこうしてより深く広く刺繍掘ってくんだよ。カッケェだろ……ッカッカッカ!」

「よく見れば、身体全体にあるじゃないですか。何もそこまでしなくても良かったではないですか」

「ま、まぁな……って、おしゃべりしてる場合じゃねェだろ! 来るぞ! 後、アタシは『仮面の乱入者』だ! 間違えんじゃねェ!」

「ふふふ、それはすいませんね、『仮面の乱入者』さんッ!」

 有象無象の《不死の軍勢》、数にしておおよそ五〇〇〇対魔族軍はゴブリン、オーク、コボルトなどの下級魔族が四五〇、イネス直轄の上級魔人族らがおおよそ五〇。そして、魔王イネス・ルシファーとその副官ジャッジ・フェニックス、『仮面の乱入者』。
 数の利として圧倒的不利を強いられているものの、魔族側は個の力がある。

「――不死鳥魔法」

 ジャッジは、迫り来るゾンビ、スケルトンに照準を合わせて両腕を天に掲げた。
 ゆらゆらと腕が炎の揺らめきを醸し出し、巨大な炎の両翼が顕現する。

蘇りの両翼(デル・エーレ)

 紫色の炎を纏ったジャッジの両腕が、一気に振り下ろされた。
 強烈な熱波は飛ぶ斬撃となって、ゾンビ・スケルトン勢の群れの真ん中に突っ込んでいく。

「ォア」「コッ――」

 熱波に焼かれ、溶ける不死の軍勢たちは、黒い粒子となって宙を霧散していく。
 ジャッジは攻撃の手を緩めることはなく、両腕を銃に見立てるかのようにして次々と魔力を装弾(・・)していく。

「……いらぬ邪魔が入ったな」

 ぽつり、そう呟きながら、ジャッジの飛ぶ斬撃は次々と眼前の軍勢を消し去っていく。
 ジャッジが、不死の軍勢と適度に戦闘し、孤軍奮闘(・・・・)の様相を形作る傍らでは、膨大な魔力は未だ輝きを放ち続けていた。

「破壊魔法、破壊の連矢(ルシフェラーゼ)

 魔力で顕現させた巨大な弓を持ったイネスは、一本の巨大な鏃を手に持った。
 ヒュンっと。音を立てて弓を引けば、《破壊》の因子を纏った鏃は、幾重にも分裂していく。
 軍勢の中に入り込み、破裂していく鏃と、吹き飛ぶ肉骨片。
 次々と粒子化していく不死の軍勢だが、彼女は知っている。
 次の日にもなれば、先ほど粉々にしていた彼らも再び戦線に復帰してくることを。

「これじゃあまた、消耗戦ですね……。何とか夜明けまで持つと良いんですが」

 夜空に浮かぶ月は、あと数刻もすれば地平線に落ちるだろう。
 朝になれば、今湧きに湧いている不死の軍勢も動きが止まり、地中に還っていく。
 だが、また太陽が沈み月が昇れば、これの繰り返しだ。
 《不死の軍勢》を倒しきる方法はただ一つ。
 一晩の内に軍勢を全滅させて、術者を屠ることしかないのだ。

 現実問題として、この量の軍勢を一晩で倒しきることは不可能ではあるのだが。

「っしゃぁぁぁぁ!! アタシも負けてらんねェぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 威勢良く飛び出したシャリスは、イネスに負けじと不死の軍勢を一体一体殴殺していく。
 魔法でも、武具でもない。身体一つでの途切れぬ戦闘を見ると、イネスも自然と力が湧いてくるようだった。

「イネス様」

 少し距離を取っていたジャッジは、タイミングを見計らって、シャリスを注視するようにしてイネスに進言する。

「彼の者の紋様ですが、あれは本当に刺繍の類いなのでしょうか。獣人族にあのような刺繍文化はなかったと思いますが」

「……やはり、あなたもそう思いますか」

 二人の見つめる先には、両手両足にねじ曲がった黒の紋様を浮かび上がらせているシャリスの姿があった。

「――というか」

 イネスはぽつり、魔力を練り上げながら呟いた。

「あの紋様、動いているような、気が……」

 シャリスの身体に異変が走っていたことに二人が気付いた時には、もう手遅れだった。