全ての能力がSSSであり、全ての能力に秀でているために《冒険者》としての専門職適性がないことが判明したローグは、目の前で絶句する受付嬢を呆然とみていた。
受付嬢は、口をパクパクさせながら言う。
「経験値は、今までの人生全ての経験が累積して、数値化されたものですよ……? きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうまん、きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう……?」
受付嬢は、何度も何度も桁数を数えるが、事実は変わらない。
よく考えれば、死霊術師として生活していたときは、配下の不死兵が暴走したときもあった。その時は、数百の軍勢を腕力一つで止めなくてはならないことが何度かあった。
更に、蘇生させたばかりの頃のイネスやニーズヘッグは、もう一度自らの力で世界を征服しようとして何度も何度もローグに立ち向かい、叛旗を翻してきた。
その度にいくつもの死闘を繰り広げ、時には一地域の生態系に影響を及ぼすほどの大勝負をしながらもローグは返り討ちにしてきたのだ。
何千、何百回と自分の配下と戦い、信頼を勝ち得たローグの経験はいつの間にか凄まじいものになっていたのだった。
「す、凄い! 凄すぎるよローグさん! 俺もこんなの見たことがないよ! 世界七賢人の方々よりも上のランクって、あったんだね!」
「ラグルド! 抜け駆けは許さないよ! ねぇローグさん。良かったら私のとこのパーティーに来ない?」
「ちょ、ちょっと待て! ウチだってちょうど中衛の魔法術師が不足してんだぞ!」
「わたしの所も、今実力のある剣士がいないの! お願い、ローグさん! ウチのパーティーに是非!」
堰を切ったように冒険者達がローグの周りを囲む。
「ローグ様……! ローグ様、取り巻きの排除の許可を!」
「だ、ダメに決まってるだろ! ちょっと待って、皆さん落ち着いて――!?」
『くはははは。主は人気者だな』
「言ってる場合か!」
もみくちゃにされて、次々にパーティーへと勧誘を誘われるローグ。
こんなにも人に頼られ、寄られたことがないローグは、柄にもなく動揺していたのだが、そこに救世主が現れる。
ダンッ!!
持っていた発泡酒――エールを机の上に叩き付ける音がした。
「うるせぇぞテメェら! よりにもよって、冒険者資格もねぇクソガキ一人にへこへこしやがって、プライドねぇのか!?」
ただ一人、椅子に座ったまま食事を続けていた強面の男が声を荒げる。
獅子のようなタテガミを持つ、筋骨隆々とした中年の男だった。
白髪交じりではあるが、そのギラギラとした眼光は一向に衰える様子がない。
左目の辺りには、まるで獣に引き裂かれたように潰れた跡がある。
残った右目でギロリと他の冒険者達を睨み付けた男に、ラグルドは言う。
「いやいや、仕方が無いでしょう。グランさんだって、SSSランクなんて見たことがないでしょう?」
「あぁ、そうだな。そいつが本当にSSSランクだったら、の話だがな」
「……?」
傷ありの男、グランの言葉に冒険者達が押し黙る。
グランは立ち上がって、ローグの前に立った。
「世界七賢人でさえ、どこかの力が特化してSSランクになったという。こんな若造が全ての項目でSSSだなんて、俺は信じねぇ。能力を捏造している可能性もあるんだからな。大体、こんな数値が世の中に存在するわけねぇだろう。水晶玉を信じ切って、例え一ミリたりとも疑おうとしないその神経が信じらんねぇよ」
ローグに指を突きつけて、酒臭い息を吐くグランは、立てかけていたボロい直剣を肩に担いだ。
ラグルドは、ローグのご機嫌を取るかのように「そんなことこそ、あるわけないでしょう?」と苦笑いを浮かべる。
「ステータスの隠蔽、改竄なんて所業、誰がするって言うんですか」
「それこそ、俺たちの大将の得意分野じゃねぇか。あの小娘だって、自らの能力を偽って、実力を誤魔化して相手を油断させてから屠り続けた策士なんだからよ。世界中探せば、そんなことが出来る奴はゼロでもねぇだろ」
「はっ! カルファ・シュネーヴル様がたかだか一介の冒険者に肩入れするなんて事こそ、有り得ないと思いますけどね、俺は! ねぇ、ローグさん。……あれ、ローグさん?」
ラグルドが慰めるようにローグの顔を覗くが、ローグはバツ悪そうに顔を背ける。
『あのおっさん、遠からず近からずって所をついてくるのだな、くはははは』
「笑えないよ……」
ニーズヘッグが耳元で囁いたのを、ローグは引きつった笑みで返すしかなかった。
「ともあれ、お前さんの実力はこの後分かるだろうよ。精々、化けの皮が剥がれねぇようにするんだな。何をやったのかは知らねぇが、SSSランクなんて阿呆臭いモン出しやがって。間違っても俺たちの邪魔はしないでくれよ」
グビリとエールをあおったグランは、居心地悪そうにギルドを後にした。
ローグの後ろでは、ひそひそと噂話が流れている。
「グランさん、そういえば今度でAランク昇格試験は3度目なんだってね」
「今日の試験官は、カルファ様が直々に行うそうだ。今度の試験に落ちれば、グランさん引退してしまうらしいし……」
「そういえば、そろそろ俺たちも昇格試験じゃないか! ろ、ローグさん! とりあえず、また後で詳しい話聞かせてよ!」
そう言って、ラグルドを初めとする多くの冒険者がいそいそと自分たちの準備を始める。
どうやら、冒険者になるための試験を受けるローグ達と、冒険者としてのランクを上げるための試験が同時に行われるらしい。
再び酒場内がざわざわとしていく内に、ようやく人波を掻き分けてローグの隣に立ったイネスは銀の瞳の内、左目に紅いオーラを浮かべて呟いた。
「ローグ様、あの者はローグ様を侮辱しました。万死に値します」
「落ち着けイネス。いいじゃないか、怖がられて、怯えられるよりもよっぽどマシだ。それに、今から友達になるかもしれないだろ?」
「ローグ様を悪く言う輩などとまで、お友達になろうとせずとも良いのでは……?」
「あの男の言ってることも、あながち的外れじゃないよ。別に、ちょっとやそっとバカにされたくらいで殺気立てるようなことじゃない」
「はっ。失礼致しました。ローグ様の器の大きさに、感服するばかりです」
「後、一応ここでは『様』付けはやめてくれよ……」
ローグが、ため息をついた。
そんな中で、少し動揺しつつも受付嬢が再びローグの前に立った。
「あ、あの……そろそろ冒険者のギルド実力試験が始まりますので、用意をお願いします」
こうして、ローグが冒険者になるための試験が、不穏に幕を開けたのだった。
受付嬢は、口をパクパクさせながら言う。
「経験値は、今までの人生全ての経験が累積して、数値化されたものですよ……? きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうまん、きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅう……?」
受付嬢は、何度も何度も桁数を数えるが、事実は変わらない。
よく考えれば、死霊術師として生活していたときは、配下の不死兵が暴走したときもあった。その時は、数百の軍勢を腕力一つで止めなくてはならないことが何度かあった。
更に、蘇生させたばかりの頃のイネスやニーズヘッグは、もう一度自らの力で世界を征服しようとして何度も何度もローグに立ち向かい、叛旗を翻してきた。
その度にいくつもの死闘を繰り広げ、時には一地域の生態系に影響を及ぼすほどの大勝負をしながらもローグは返り討ちにしてきたのだ。
何千、何百回と自分の配下と戦い、信頼を勝ち得たローグの経験はいつの間にか凄まじいものになっていたのだった。
「す、凄い! 凄すぎるよローグさん! 俺もこんなの見たことがないよ! 世界七賢人の方々よりも上のランクって、あったんだね!」
「ラグルド! 抜け駆けは許さないよ! ねぇローグさん。良かったら私のとこのパーティーに来ない?」
「ちょ、ちょっと待て! ウチだってちょうど中衛の魔法術師が不足してんだぞ!」
「わたしの所も、今実力のある剣士がいないの! お願い、ローグさん! ウチのパーティーに是非!」
堰を切ったように冒険者達がローグの周りを囲む。
「ローグ様……! ローグ様、取り巻きの排除の許可を!」
「だ、ダメに決まってるだろ! ちょっと待って、皆さん落ち着いて――!?」
『くはははは。主は人気者だな』
「言ってる場合か!」
もみくちゃにされて、次々にパーティーへと勧誘を誘われるローグ。
こんなにも人に頼られ、寄られたことがないローグは、柄にもなく動揺していたのだが、そこに救世主が現れる。
ダンッ!!
持っていた発泡酒――エールを机の上に叩き付ける音がした。
「うるせぇぞテメェら! よりにもよって、冒険者資格もねぇクソガキ一人にへこへこしやがって、プライドねぇのか!?」
ただ一人、椅子に座ったまま食事を続けていた強面の男が声を荒げる。
獅子のようなタテガミを持つ、筋骨隆々とした中年の男だった。
白髪交じりではあるが、そのギラギラとした眼光は一向に衰える様子がない。
左目の辺りには、まるで獣に引き裂かれたように潰れた跡がある。
残った右目でギロリと他の冒険者達を睨み付けた男に、ラグルドは言う。
「いやいや、仕方が無いでしょう。グランさんだって、SSSランクなんて見たことがないでしょう?」
「あぁ、そうだな。そいつが本当にSSSランクだったら、の話だがな」
「……?」
傷ありの男、グランの言葉に冒険者達が押し黙る。
グランは立ち上がって、ローグの前に立った。
「世界七賢人でさえ、どこかの力が特化してSSランクになったという。こんな若造が全ての項目でSSSだなんて、俺は信じねぇ。能力を捏造している可能性もあるんだからな。大体、こんな数値が世の中に存在するわけねぇだろう。水晶玉を信じ切って、例え一ミリたりとも疑おうとしないその神経が信じらんねぇよ」
ローグに指を突きつけて、酒臭い息を吐くグランは、立てかけていたボロい直剣を肩に担いだ。
ラグルドは、ローグのご機嫌を取るかのように「そんなことこそ、あるわけないでしょう?」と苦笑いを浮かべる。
「ステータスの隠蔽、改竄なんて所業、誰がするって言うんですか」
「それこそ、俺たちの大将の得意分野じゃねぇか。あの小娘だって、自らの能力を偽って、実力を誤魔化して相手を油断させてから屠り続けた策士なんだからよ。世界中探せば、そんなことが出来る奴はゼロでもねぇだろ」
「はっ! カルファ・シュネーヴル様がたかだか一介の冒険者に肩入れするなんて事こそ、有り得ないと思いますけどね、俺は! ねぇ、ローグさん。……あれ、ローグさん?」
ラグルドが慰めるようにローグの顔を覗くが、ローグはバツ悪そうに顔を背ける。
『あのおっさん、遠からず近からずって所をついてくるのだな、くはははは』
「笑えないよ……」
ニーズヘッグが耳元で囁いたのを、ローグは引きつった笑みで返すしかなかった。
「ともあれ、お前さんの実力はこの後分かるだろうよ。精々、化けの皮が剥がれねぇようにするんだな。何をやったのかは知らねぇが、SSSランクなんて阿呆臭いモン出しやがって。間違っても俺たちの邪魔はしないでくれよ」
グビリとエールをあおったグランは、居心地悪そうにギルドを後にした。
ローグの後ろでは、ひそひそと噂話が流れている。
「グランさん、そういえば今度でAランク昇格試験は3度目なんだってね」
「今日の試験官は、カルファ様が直々に行うそうだ。今度の試験に落ちれば、グランさん引退してしまうらしいし……」
「そういえば、そろそろ俺たちも昇格試験じゃないか! ろ、ローグさん! とりあえず、また後で詳しい話聞かせてよ!」
そう言って、ラグルドを初めとする多くの冒険者がいそいそと自分たちの準備を始める。
どうやら、冒険者になるための試験を受けるローグ達と、冒険者としてのランクを上げるための試験が同時に行われるらしい。
再び酒場内がざわざわとしていく内に、ようやく人波を掻き分けてローグの隣に立ったイネスは銀の瞳の内、左目に紅いオーラを浮かべて呟いた。
「ローグ様、あの者はローグ様を侮辱しました。万死に値します」
「落ち着けイネス。いいじゃないか、怖がられて、怯えられるよりもよっぽどマシだ。それに、今から友達になるかもしれないだろ?」
「ローグ様を悪く言う輩などとまで、お友達になろうとせずとも良いのでは……?」
「あの男の言ってることも、あながち的外れじゃないよ。別に、ちょっとやそっとバカにされたくらいで殺気立てるようなことじゃない」
「はっ。失礼致しました。ローグ様の器の大きさに、感服するばかりです」
「後、一応ここでは『様』付けはやめてくれよ……」
ローグが、ため息をついた。
そんな中で、少し動揺しつつも受付嬢が再びローグの前に立った。
「あ、あの……そろそろ冒険者のギルド実力試験が始まりますので、用意をお願いします」
こうして、ローグが冒険者になるための試験が、不穏に幕を開けたのだった。