「改めて見ると、本当に復活の時から変わってしまいましたね……」
聖地林上空をゆっくりと飛翔するのは、これで2回目だろうか。
1度目は、気絶するローグを胸に抱えて飛び立った、復活の時だ。
魔族領域に近付けば近付くほど、動物も視認出来なければ、萎びた木々が辺りを覆う。
発生源は、《封魔の間》。かつてイネス・ルシファーが封印されていた場所だ。
イネスはそこから飛び立つ当初、必要充分量以上の魔力を自らの墓に込めて出てきていた。
それは、復活したことを悟られないためでもあった。
だが、それが裏目に出てしまった。死霊術師しか解放出来ないはずの《封魔の間》を開けられるなど、考えもしていなかった。
自らが長年溜め込んでいた魔力の漏出によって、かつての親友の領地が脅かされてしまっていることには、自責の念しかない。
「私自身の魔力であれば、魔王の一撃で根こそぎ魔力を吸い取ってしまえばいいのですが、それだとやはりもぬけの殻なのはバレてしまうでしょうか。とはいえ、これ以上見過ごすわけにも――!?」
様々な可能性と解決策を模索していたその、瞬間だった。
ヒュンッ。
高度上空を飛翔するイネスの翼に、何らかの飛翔物が激突した。
拳大の石が、地上からイネスの黒翼を穿ったのだった。
「地上から……!」
魔力で顕現させていた翼が大きくラグを起こし、傷ついた黒羽が空を舞う。
急襲によって体制を崩したイネスは、冷や汗混じりに地上を見つめる。
「――っ! 魔王の一糸!」
イネスは、瞬時に破壊魔法を繰り出した。
地上から迫り来たのは、拳大の石が数十個。急襲の第二陣だった。
目を凝らしてみれば、地上には石の山が築かれており、隣には一つの人影も見えた。
「あんな所からここまで投擲してきたのですか……!」
地上からの距離はおおよそ百メートルは下らない。
それにも関わらず、ここまで飛ばしてくる豪腕。
石の投擲主は、獣人族だ。
シャリス・マーロゥの墓地前の広場に位置を取ったその獣人族は、眼光ギラつかせながら再び投擲モーションに入ろうとしていた。
イネスは、落下速度に合わせて魔力で練った黒翼を消した。
軽やかな動きで地上に着地したイネスの前に立ったその獣人族は、思いのほか涼しい表情で声を上げた。
「やぁ、ティアの連れてきた冒険者さん。……いや、《始祖の魔王》イネス・ルシファーって言った方がいいかな」
腰までボサボサに伸びきった栗色の髪に、キリとした表情。
出会った時とは違い、手は人間というより、獣に近い様子になっていた。
「これはこれは、聖地林現頭領様。随分と手荒い歓迎ではないですか」
「っははは。わりーな。こうでもしねぇと止まってくれないと思ったんでな」
カッカッカ、と豪快に笑いながら、クラリスは手の甲をペロリと舐めた。
「ま、そんな世間話するわけに止めた訳でもねェ」
ぴくり、イネスの耳に荒々しい魔法力が触れるのが感じられた。
「――アンタ、魔族領域に何の用だ?」
クラリスの身体から噴出する、獣の魔法力。
彼女の周りに充満していく荒々しい魔法力に、イネスは思わず口端を上げた。
「さぁ、何のことでしょう」
1000年振りに会った、かつての親友と容姿がそっくりの獣人族。
彼女に宿る、底なしの戦闘意欲が妙に?き立てられていた。
イネスを知る時点で、他の者より情報が進んでいることには違いない。
ましてやここは、シャリスの墓前だ。
イネスと、シャリスが1000年前最初に出会った場所でもあり、最初に戦った場所でもある。
いくら油断しているとは言え、あんな高度な飛行中に寸分違わず撃ち落とされたことは、イネスの経験上でもよっぽど珍しい。
本来の目的からは大きく逸れてしまうが、それでも、確かめてみたかった。
――1000年を経た、彼女の子孫との手合わせをして。
鋭い眼光を飛ばし続けているクラリスは、「チッ」と小さく舌打ちをした。
「いきなりラスボス戦ともなりゃ、初っぱなからトップスピードで行くっきゃねェな。身体強化魔法、狂狼化ッ!」
ブワッと、クラリスの周囲を覆う魔法力が質を変えていく。
荒々しい魔法力から、自然と同化しているかのような、澄んだ魔法力に。
シュンッ。
ふと、イネスの視界からクラリスの姿が消える。
「……破爪」
イネス自身も、破壊の因子を練った。
瞬間、イネスの右隣には拳を握ったクラリスが現れる。
「ウラァァァァ!!」
純粋な肉体強化魔法で洗練した、右の拳。
黄金のオーラを放ちながら繰り出される拳に宛がうように、イネスは右手を突き出した。
その爪に、圧縮された魔力が宿る。
イネスの突き出してきた右手の魔力の気味悪い魔力に、野生の本能で避けようとする。
「――んぎっ!」
勢いよく突き出した右腕が、イネスの頬を掠る。
代わりに、イネスの爪先に掠ったクラリスの頬からはジュゥゥと、焼けるような音が発せられた。
地面を強く蹴って、クラリスは近くの腐食した木の幹に爪を突き立てた。
まるで時間が止まったかと思えるほどに、クラリスはすぐに体制を立て直す。
ただの拳での連打。されど、一発一発が風圧を作るほどの鋭さと重さを孕んでいる。
木と木の間を跳躍し的確にイネスを狙って放たれる拳は、まるで弾丸のようだ。
「……ふっ」
息つく暇もなく浴びせられる拳の弾丸を、イネスは紙一重で避け、少しずつ魔力の波動をクラリスにぶつけている。
クラリスの身体は魔力の影響で所々で紫煙を上げていたが、攻撃の手を緩める気配は一切無い。
身体強化魔法の影響か、クラリスの身体能力は人智を超えた上昇をしている。
世界七賢人《獣人族》クラリス・マーロゥが奥の手――《狂狼化》。
彼女の手足の先からは鋭い爪が顕現し、金色の毛に覆われる。彼女自身の持つ、先祖代々の《狼》の因子が具現化したことで、脚力、腕力ともに格段の跳ね上がりを見せることになる。
イネスは、余裕ある笑みを含めながら照準を合わせる。
「破壊魔法、破滅の弓」
魔力で具現化させた弓をキリキリと番え、打ち放った。
連射性かつ追尾性の魔力矢は、唸りを上げてクラリスに迫る。
「――ぅっ!」
すっかり防戦一方となるクラリスだが、隣の木々を伝って迫る矢から逃げ回る。
木々に突き刺さった矢は、破壊属性持ちの為に木々を次々となぎ倒していく。
イネスは、弓の射出を止めて、矢に追われるクラリスの様子をじっと見つめていた。
まるで、何かを待ち望んでいるかのように。
「こんっのッ!!」
幾本かの鏃を回避し続けたクラリスは、右手に再び魔法力を込めた。
肉体強化の魔法で、クラリスの爪が瞬時に伸びて、一振りの剣のような形状になる。
中指の先を剣のようにして、一本の大木を強く蹴り抜く。
あまりの強度と速度に、大木は軋みを上げて倒れ、なけなしの枝葉が宙を舞い、大きく土埃が立ち込める。
「魔力付与」
その一言と共に、イネスの指先に禍々しい魔力が宿る。
再び一瞬の内に姿を消していたクラリスは、イネスの背後を狙っていた。
イネスはというと、俄然涼しい表情で、まるで小蠅でも相手にしているかのように――。
「……ハァ……ハァ……ま、マジかよ……」
背後から刃を突き立てようとしていたクラリスの喉元に、魔力付与を施した指先を宛がっていた。
身体から創成した爪の剣は、イネスの頬をほんの少し掠めただけで不発に終わっていた。
頬を流れる血を愛しそうにペロリと舐めながらイネスは、小さく微笑んだ。
「落ち着いてお話を聞いて下さらない所は、シャリスにそっくりですね、うふふ」
イネスの小さな微笑みに、クラリス・マーロゥは逃げられない死の恐怖を悟っていた――。
聖地林上空をゆっくりと飛翔するのは、これで2回目だろうか。
1度目は、気絶するローグを胸に抱えて飛び立った、復活の時だ。
魔族領域に近付けば近付くほど、動物も視認出来なければ、萎びた木々が辺りを覆う。
発生源は、《封魔の間》。かつてイネス・ルシファーが封印されていた場所だ。
イネスはそこから飛び立つ当初、必要充分量以上の魔力を自らの墓に込めて出てきていた。
それは、復活したことを悟られないためでもあった。
だが、それが裏目に出てしまった。死霊術師しか解放出来ないはずの《封魔の間》を開けられるなど、考えもしていなかった。
自らが長年溜め込んでいた魔力の漏出によって、かつての親友の領地が脅かされてしまっていることには、自責の念しかない。
「私自身の魔力であれば、魔王の一撃で根こそぎ魔力を吸い取ってしまえばいいのですが、それだとやはりもぬけの殻なのはバレてしまうでしょうか。とはいえ、これ以上見過ごすわけにも――!?」
様々な可能性と解決策を模索していたその、瞬間だった。
ヒュンッ。
高度上空を飛翔するイネスの翼に、何らかの飛翔物が激突した。
拳大の石が、地上からイネスの黒翼を穿ったのだった。
「地上から……!」
魔力で顕現させていた翼が大きくラグを起こし、傷ついた黒羽が空を舞う。
急襲によって体制を崩したイネスは、冷や汗混じりに地上を見つめる。
「――っ! 魔王の一糸!」
イネスは、瞬時に破壊魔法を繰り出した。
地上から迫り来たのは、拳大の石が数十個。急襲の第二陣だった。
目を凝らしてみれば、地上には石の山が築かれており、隣には一つの人影も見えた。
「あんな所からここまで投擲してきたのですか……!」
地上からの距離はおおよそ百メートルは下らない。
それにも関わらず、ここまで飛ばしてくる豪腕。
石の投擲主は、獣人族だ。
シャリス・マーロゥの墓地前の広場に位置を取ったその獣人族は、眼光ギラつかせながら再び投擲モーションに入ろうとしていた。
イネスは、落下速度に合わせて魔力で練った黒翼を消した。
軽やかな動きで地上に着地したイネスの前に立ったその獣人族は、思いのほか涼しい表情で声を上げた。
「やぁ、ティアの連れてきた冒険者さん。……いや、《始祖の魔王》イネス・ルシファーって言った方がいいかな」
腰までボサボサに伸びきった栗色の髪に、キリとした表情。
出会った時とは違い、手は人間というより、獣に近い様子になっていた。
「これはこれは、聖地林現頭領様。随分と手荒い歓迎ではないですか」
「っははは。わりーな。こうでもしねぇと止まってくれないと思ったんでな」
カッカッカ、と豪快に笑いながら、クラリスは手の甲をペロリと舐めた。
「ま、そんな世間話するわけに止めた訳でもねェ」
ぴくり、イネスの耳に荒々しい魔法力が触れるのが感じられた。
「――アンタ、魔族領域に何の用だ?」
クラリスの身体から噴出する、獣の魔法力。
彼女の周りに充満していく荒々しい魔法力に、イネスは思わず口端を上げた。
「さぁ、何のことでしょう」
1000年振りに会った、かつての親友と容姿がそっくりの獣人族。
彼女に宿る、底なしの戦闘意欲が妙に?き立てられていた。
イネスを知る時点で、他の者より情報が進んでいることには違いない。
ましてやここは、シャリスの墓前だ。
イネスと、シャリスが1000年前最初に出会った場所でもあり、最初に戦った場所でもある。
いくら油断しているとは言え、あんな高度な飛行中に寸分違わず撃ち落とされたことは、イネスの経験上でもよっぽど珍しい。
本来の目的からは大きく逸れてしまうが、それでも、確かめてみたかった。
――1000年を経た、彼女の子孫との手合わせをして。
鋭い眼光を飛ばし続けているクラリスは、「チッ」と小さく舌打ちをした。
「いきなりラスボス戦ともなりゃ、初っぱなからトップスピードで行くっきゃねェな。身体強化魔法、狂狼化ッ!」
ブワッと、クラリスの周囲を覆う魔法力が質を変えていく。
荒々しい魔法力から、自然と同化しているかのような、澄んだ魔法力に。
シュンッ。
ふと、イネスの視界からクラリスの姿が消える。
「……破爪」
イネス自身も、破壊の因子を練った。
瞬間、イネスの右隣には拳を握ったクラリスが現れる。
「ウラァァァァ!!」
純粋な肉体強化魔法で洗練した、右の拳。
黄金のオーラを放ちながら繰り出される拳に宛がうように、イネスは右手を突き出した。
その爪に、圧縮された魔力が宿る。
イネスの突き出してきた右手の魔力の気味悪い魔力に、野生の本能で避けようとする。
「――んぎっ!」
勢いよく突き出した右腕が、イネスの頬を掠る。
代わりに、イネスの爪先に掠ったクラリスの頬からはジュゥゥと、焼けるような音が発せられた。
地面を強く蹴って、クラリスは近くの腐食した木の幹に爪を突き立てた。
まるで時間が止まったかと思えるほどに、クラリスはすぐに体制を立て直す。
ただの拳での連打。されど、一発一発が風圧を作るほどの鋭さと重さを孕んでいる。
木と木の間を跳躍し的確にイネスを狙って放たれる拳は、まるで弾丸のようだ。
「……ふっ」
息つく暇もなく浴びせられる拳の弾丸を、イネスは紙一重で避け、少しずつ魔力の波動をクラリスにぶつけている。
クラリスの身体は魔力の影響で所々で紫煙を上げていたが、攻撃の手を緩める気配は一切無い。
身体強化魔法の影響か、クラリスの身体能力は人智を超えた上昇をしている。
世界七賢人《獣人族》クラリス・マーロゥが奥の手――《狂狼化》。
彼女の手足の先からは鋭い爪が顕現し、金色の毛に覆われる。彼女自身の持つ、先祖代々の《狼》の因子が具現化したことで、脚力、腕力ともに格段の跳ね上がりを見せることになる。
イネスは、余裕ある笑みを含めながら照準を合わせる。
「破壊魔法、破滅の弓」
魔力で具現化させた弓をキリキリと番え、打ち放った。
連射性かつ追尾性の魔力矢は、唸りを上げてクラリスに迫る。
「――ぅっ!」
すっかり防戦一方となるクラリスだが、隣の木々を伝って迫る矢から逃げ回る。
木々に突き刺さった矢は、破壊属性持ちの為に木々を次々となぎ倒していく。
イネスは、弓の射出を止めて、矢に追われるクラリスの様子をじっと見つめていた。
まるで、何かを待ち望んでいるかのように。
「こんっのッ!!」
幾本かの鏃を回避し続けたクラリスは、右手に再び魔法力を込めた。
肉体強化の魔法で、クラリスの爪が瞬時に伸びて、一振りの剣のような形状になる。
中指の先を剣のようにして、一本の大木を強く蹴り抜く。
あまりの強度と速度に、大木は軋みを上げて倒れ、なけなしの枝葉が宙を舞い、大きく土埃が立ち込める。
「魔力付与」
その一言と共に、イネスの指先に禍々しい魔力が宿る。
再び一瞬の内に姿を消していたクラリスは、イネスの背後を狙っていた。
イネスはというと、俄然涼しい表情で、まるで小蠅でも相手にしているかのように――。
「……ハァ……ハァ……ま、マジかよ……」
背後から刃を突き立てようとしていたクラリスの喉元に、魔力付与を施した指先を宛がっていた。
身体から創成した爪の剣は、イネスの頬をほんの少し掠めただけで不発に終わっていた。
頬を流れる血を愛しそうにペロリと舐めながらイネスは、小さく微笑んだ。
「落ち着いてお話を聞いて下さらない所は、シャリスにそっくりですね、うふふ」
イネスの小さな微笑みに、クラリス・マーロゥは逃げられない死の恐怖を悟っていた――。