《始祖の魔王》イネス・ルシファー。
腰まで届く銀髪のポニーテールに、黒いロングドレスを羽織った美女の左瞳は、光る紅のオーラを放っていた。
1000年間溜めてきた、濃密な魔力の一部が溢れ出したその凍てつくような瞳の中には、冷や汗を流す一人の少年――ローグ・クセルの姿が写っている。
「こうして再び肉体を取り戻せたことに関しては礼を言いたいところですが――残念ながらあなたは、魔族ではないようですね」
イネスは背中から生やした三対の黒翼を、威嚇するようにはためかせた。
「封印させられたのも、復活させられたのも死霊術師とは……」
「っはは。死霊術師ローグ・クセルだ。仲良くなれそうだな。末永くよろしく頼むよ」
皮肉げに呟いたローグは、イネスが周囲に集約し始めた魔力反応に目を向けた。
「えぇ。仲良くなれそうですね。破壊魔法、堕天の一矢。征きなさい」
瞬間、イネスの背後に紫の光を放つ矢が数十本顕現した。
ローグは指をパチンと鳴らして呟く。
「死霊術師の誓約、解除。全軍出撃! 耐えきってくれよ――ッ!」
「クカカッ!」「ンヴァァウッッ!!」
ローグの前に盾として現れた、数十の軍勢。
数の脅威こそないものの、負のオーラを纏ったそれらは倒れることを知らなかった。
魔力で練られた矢は、ゾンビの右腕を一撃で吹っ飛ばした。
「ンヴァウ……!」
だが、倒れない。
ボトリと落ちた腕を見ることもなく、ゾンビは畏れを見せずにイネスに向かって突貫していく。
「やはり、この程度ですか」
吐き捨てるように言ったイネスは、周りの魔力を集約させて一振りの簡素な剣を顕現した。
「破壊魔法、魔力付与」
ゾワリと、周囲の空気が一変する。
剣をイネスが一度振るっただけで、ゾンビは粉々の肉塊となって、空中を四散する。
「コッ」
槍を番えたスケルトンの集団が、身軽にイネスを取り囲む。
「起きて早々、良い体操になりそうですね。ふふふふッ!!」
恍惚の笑みを浮かべたイネスは、頬を紅く染めて、一つ一つの動作を噛みしめるようにスケルトンを破砕していく。
砕けた骨が宙を舞い、スケルトンの目から次々と光が消えていく。
「こりゃ、想像以上だな」
ローグが毒づくと同時に、イネスの矛先がローグに向いた。
「次は貴方ですね」
ニコッと屈託のない笑みを浮かべたイネスの銀髪がふわりと揺れた。
黒翼を駆使して、イネスは全速でローグに迫っていく。
「……! 火属性魔法力付与!」
横に倒れていた魔族の腰から奪った剣を拾い、ローグは魔法力を込めた。
ガガァンッッ!!
鈍い剣同士がぶつかる金属音と共に、破壊の化身がローグの眼前に現れる。
「我が破壊魔法を食い止めるとは、人間にしては上出来です。誉めて差し上げましょう」
「そりゃどー……もっ!」
火属性魔法力付与によって強化された剣を両手に、ローグはイネスの剣を凌ぎきる。
既に刀身は、破壊の魔力によって次の衝突で砕け散るだろうことは、容易に想像できた。
ローグは、額に冷や汗を滲ませながら呟いた。
「そもそもあなたは、蘇生した段階で俺の仲間だ。ここで殺せば、蘇生されたあなたもまた死んでしまう。それも報われず、成仏出来ない魂は永遠に現世を彷徨うことになってしまうけどね」
「それならば、死なない程度に痛めつけておいて、完全支配下に置いた上で再び私の名を世に知らしめていけばいいまでです」
「涼しい顔して恐ろしいこと言うね……っ!!」
間髪入れずにローグを襲う破壊の力を持った剣戟。久々の復活に身体の試運転をするかのように、一度振り抜いては捨て、新たな剣を具現化させる。
ローグが剣を避ければ、背後の大木は空間を失ったかのようにぽっかりと穴を空けていた。
「――らぁっ!!」
ローグは、イネスの剣が頭上を通り過ぎた直後、火属性付与を施した剣でイネスの翼の一本を貫いた。
「……む」
紅い炎が翼に燃え移ったが、イネスは冷静にローグの剣を叩き折る。
獲物を失ったローグに、イネスは表情を軽くした。
砕け、炎を纏った刀身が空を舞う。
「私の勝ちですね」
破壊の剣先がローグの眼前に迫り来た――その時だった。
「カゥッ」
イネスを取り囲んだのは、先ほどイネス自身が骨になるまで、肉塊になるまで打ち砕いたはずのスケルトンとゾンビの集団だった。
イネスが投じた矢を持つゾンビたちに、イネスが捨てた剣を番えるゾンビたち。
破壊の魔法は、イネスが魔力付与しているときよりも増大していた。
身動き取れないイネスの額に、ローグは人差し指を充てる。
「……魔王の鎮魂歌。当時私を封じ込めようとした死霊術師に掛けた技を、どうしてあなたが?」
「1000年ってのは、結構長いんだ」
「それは、破壊魔法の一種。到底人間風情が扱えるものではないはずですが」
「あぁ。だが、1000年経てば扱えるようになるものも多い。それが、人間風情ってやつだ」
イネスは、鋭い瞳で周囲を見回した。
「一度破壊の魔法で消し飛ばしたはずのスケルトン・ゾンビたちの再生も、私が使い捨てた獲物を再利用したのも……でしょうか?」
スケルトン、ゾンビは物も言わずに静かに主の次の命令を待ち続けていた。
「始祖の魔王復活。多いに結構だ。暴れまわって満足したならば、次はちゃんと俺の話を聞いてほしいかな」
ローグの魔法を見たイネスは、黒翼を静かに体内に畳んだ。
「……いいでしょう。その代わり、私が封印されている1000年間何があったのか、私に教える権利を差し上げましょう」
不敵なイネスの笑みに、ローグは深いため息をついて笑った。
「そりゃどーも」
イネスが持っていた剣の魔力付与を解除して地面に落とすと同時に、スケルトン・ゾンビの軍勢は音も無く、黒い粒子となって霧散していったのだった。
腰まで届く銀髪のポニーテールに、黒いロングドレスを羽織った美女の左瞳は、光る紅のオーラを放っていた。
1000年間溜めてきた、濃密な魔力の一部が溢れ出したその凍てつくような瞳の中には、冷や汗を流す一人の少年――ローグ・クセルの姿が写っている。
「こうして再び肉体を取り戻せたことに関しては礼を言いたいところですが――残念ながらあなたは、魔族ではないようですね」
イネスは背中から生やした三対の黒翼を、威嚇するようにはためかせた。
「封印させられたのも、復活させられたのも死霊術師とは……」
「っはは。死霊術師ローグ・クセルだ。仲良くなれそうだな。末永くよろしく頼むよ」
皮肉げに呟いたローグは、イネスが周囲に集約し始めた魔力反応に目を向けた。
「えぇ。仲良くなれそうですね。破壊魔法、堕天の一矢。征きなさい」
瞬間、イネスの背後に紫の光を放つ矢が数十本顕現した。
ローグは指をパチンと鳴らして呟く。
「死霊術師の誓約、解除。全軍出撃! 耐えきってくれよ――ッ!」
「クカカッ!」「ンヴァァウッッ!!」
ローグの前に盾として現れた、数十の軍勢。
数の脅威こそないものの、負のオーラを纏ったそれらは倒れることを知らなかった。
魔力で練られた矢は、ゾンビの右腕を一撃で吹っ飛ばした。
「ンヴァウ……!」
だが、倒れない。
ボトリと落ちた腕を見ることもなく、ゾンビは畏れを見せずにイネスに向かって突貫していく。
「やはり、この程度ですか」
吐き捨てるように言ったイネスは、周りの魔力を集約させて一振りの簡素な剣を顕現した。
「破壊魔法、魔力付与」
ゾワリと、周囲の空気が一変する。
剣をイネスが一度振るっただけで、ゾンビは粉々の肉塊となって、空中を四散する。
「コッ」
槍を番えたスケルトンの集団が、身軽にイネスを取り囲む。
「起きて早々、良い体操になりそうですね。ふふふふッ!!」
恍惚の笑みを浮かべたイネスは、頬を紅く染めて、一つ一つの動作を噛みしめるようにスケルトンを破砕していく。
砕けた骨が宙を舞い、スケルトンの目から次々と光が消えていく。
「こりゃ、想像以上だな」
ローグが毒づくと同時に、イネスの矛先がローグに向いた。
「次は貴方ですね」
ニコッと屈託のない笑みを浮かべたイネスの銀髪がふわりと揺れた。
黒翼を駆使して、イネスは全速でローグに迫っていく。
「……! 火属性魔法力付与!」
横に倒れていた魔族の腰から奪った剣を拾い、ローグは魔法力を込めた。
ガガァンッッ!!
鈍い剣同士がぶつかる金属音と共に、破壊の化身がローグの眼前に現れる。
「我が破壊魔法を食い止めるとは、人間にしては上出来です。誉めて差し上げましょう」
「そりゃどー……もっ!」
火属性魔法力付与によって強化された剣を両手に、ローグはイネスの剣を凌ぎきる。
既に刀身は、破壊の魔力によって次の衝突で砕け散るだろうことは、容易に想像できた。
ローグは、額に冷や汗を滲ませながら呟いた。
「そもそもあなたは、蘇生した段階で俺の仲間だ。ここで殺せば、蘇生されたあなたもまた死んでしまう。それも報われず、成仏出来ない魂は永遠に現世を彷徨うことになってしまうけどね」
「それならば、死なない程度に痛めつけておいて、完全支配下に置いた上で再び私の名を世に知らしめていけばいいまでです」
「涼しい顔して恐ろしいこと言うね……っ!!」
間髪入れずにローグを襲う破壊の力を持った剣戟。久々の復活に身体の試運転をするかのように、一度振り抜いては捨て、新たな剣を具現化させる。
ローグが剣を避ければ、背後の大木は空間を失ったかのようにぽっかりと穴を空けていた。
「――らぁっ!!」
ローグは、イネスの剣が頭上を通り過ぎた直後、火属性付与を施した剣でイネスの翼の一本を貫いた。
「……む」
紅い炎が翼に燃え移ったが、イネスは冷静にローグの剣を叩き折る。
獲物を失ったローグに、イネスは表情を軽くした。
砕け、炎を纏った刀身が空を舞う。
「私の勝ちですね」
破壊の剣先がローグの眼前に迫り来た――その時だった。
「カゥッ」
イネスを取り囲んだのは、先ほどイネス自身が骨になるまで、肉塊になるまで打ち砕いたはずのスケルトンとゾンビの集団だった。
イネスが投じた矢を持つゾンビたちに、イネスが捨てた剣を番えるゾンビたち。
破壊の魔法は、イネスが魔力付与しているときよりも増大していた。
身動き取れないイネスの額に、ローグは人差し指を充てる。
「……魔王の鎮魂歌。当時私を封じ込めようとした死霊術師に掛けた技を、どうしてあなたが?」
「1000年ってのは、結構長いんだ」
「それは、破壊魔法の一種。到底人間風情が扱えるものではないはずですが」
「あぁ。だが、1000年経てば扱えるようになるものも多い。それが、人間風情ってやつだ」
イネスは、鋭い瞳で周囲を見回した。
「一度破壊の魔法で消し飛ばしたはずのスケルトン・ゾンビたちの再生も、私が使い捨てた獲物を再利用したのも……でしょうか?」
スケルトン、ゾンビは物も言わずに静かに主の次の命令を待ち続けていた。
「始祖の魔王復活。多いに結構だ。暴れまわって満足したならば、次はちゃんと俺の話を聞いてほしいかな」
ローグの魔法を見たイネスは、黒翼を静かに体内に畳んだ。
「……いいでしょう。その代わり、私が封印されている1000年間何があったのか、私に教える権利を差し上げましょう」
不敵なイネスの笑みに、ローグは深いため息をついて笑った。
「そりゃどーも」
イネスが持っていた剣の魔力付与を解除して地面に落とすと同時に、スケルトン・ゾンビの軍勢は音も無く、黒い粒子となって霧散していったのだった。