サルディア皇国冒険者ギルドの建物は、小綺麗な酒場のような雰囲気だった。
 シンプルに、長方形の箱のような形をしている。
 おまけ程度に、その建物の正面には『皇国本部冒険者ギルド アスカロン』と書かれた看板が立てかけられているだけだ。

 ギルドの扉に手をかけたローグは、少し深い息を吐いた。

「どうされましたか? ローグ様」

 イネスが心配そうにローグを覗き込む。

「少しだけ、緊張してるみたいだ。死霊術師(ネクロマンサー)でない俺を人に見せるのは、これが初めてだからな」

「ご心配はありません。ローグ様ならばきっと、優秀なお友達を見つけることが出来ます。その時に、私たちを見捨てないで下されば、それだけでイネスは幸せでございます」

 ぎゅっと、主の手を握るイネスに加えて、肩にちょこんと座るニーズヘッグも続く。

『我とて、主の役に立てるのであれば光栄だ。何なりと、申しつけるがいい。この世に再び全盛期の力を持ってして蘇生してもらえた恩の分は、返すつもりであるからな』

 2人の励ましに、ローグは扉に手を掛ける前に、かつて一度だけ聞いた質問を、もう一度呟いた。

「なぁ、イネス、ニーズヘッグ。俺の友達に(・・・・・)なってくれ(・・・・・)ないか(・・・)?」

 イネスは、即答する。

「死霊術によって蘇生させられた以上、私達とローグ様の間には絶対的な壁がなければなりません。ましてや、ローグ様は、千を超える不死兵の将でございます。配下間で対等を主張する者がいれば、軍の士気にも関わるやもしれません。私は、あくまでローグ様の忠実な部下でございます。ローグ様ほどのお力が無い者が、ローグ様と対等の関係になろうなど、言語道断です」

『相変わらずイネスは堅物だな。くはははは。かつて主の命を何度も何度も狙いに行った悪女とは思えんな』

「何度も何度も私の挑戦を受け、返り討ちにして下さったローグ様は、私の唯一の希望です。私はいつかローグ様を超えてこそ、対等な関係に――いえ、ローグ様の生涯の妻にしていただくつもりなのですから!」

 ローグに腕を絡めるイネスは、つぅと指を首筋に伝わせる。
 死霊術の《誓約》として、イネスやニーズヘッグが何度も叛旗を翻して主への下克上を試みた時もあった。
 だが、ことごとく返り討ちにされていく内に、主への敵意はいつの間にか、己が絶対的に追いつけない主への憧れ、恋慕の感情へと変化しつつあった。

「……ははは。楽しみにしてるよ」

 棒読み混じりに答えるローグ。
 そんな歪な主従関係を持つ3人は、改めて冒険者ギルドの扉を叩いたのだった。

 扉を開けば、ほわりと腹の減る匂いを漂わせる空気に満ち満ちていた。

 カウンターの受付嬢が忙しなく接客に応じる中で、新たに入ってきたローグ達を見てにこりと笑顔を浮かべる。

「初めまして、サルディア皇国の冒険者ギルド『アスカロン』へようこそ。本日新しく冒険者認定試験を受ける方でしょうか?」

 にこにこと応じる受付嬢に、ローグは言う。

「あぁ、職業適性に《冒険者》が出たからね」

 自信満々にローグが言うと、ぴたりと酒場内が静まりかえった。

「……俺、何かおかしな事でも言ったか?」

 ローグは訝しげにイネスに問うが、彼女も、肩に乗るニーズヘッグも首を傾げるばかりだ。
 受付嬢は苦笑いを浮かべながらも、しどろもどろにローグへ告げる。

「ま、まぁ、その、冒険者と言っても十人十色と言いますし、これから少しずつ冒険者ギルド内で経験を重ねて行けば、いずれ《適正》がはっきりすることもありますから、その、そこまで気落ちされない方がいいですよ?」

 何か、ローグに隠すような物言いにイネスが苛々としているのが分かる。


 そんな中、鉄の鎧に身を纏った男がやってくる。

「やぁやぁ、君があまりにも自信満々にギルドに入ってくるもんだから、皆どの専門か見極めたかったんだよ。どのパーティーも専門職は取り合いになっちゃうからね」

「どういうことだ?」

 ローグが問うと、青年は言う。

「簡単なことさ。ほら、これが俺のステータスだ」

 青年は自らの横にステータス画面を表示した。

【名前】ラグルド・サイフォン
【種族】人間
【性別】男
【職業】冒険者《剣士》
【所属】サルディア皇国王都冒険者ギルド アスカロン
【ギルドランク】C

「これが基本のステータス画面だよね。ここから、冒険者ギルドに所属する場合は、新しい項目が追記されるんだ」

 そう言って、青年――ラグルドは親切にもステータス画面の【職業】画面を押す。
 すると、彼の目の前には新たにツリー状にもう一画面が追加される。

【職業】冒険者《剣士》
【レベル】52/100
【経験値】859 
【体力】 B
【筋力】 B
【防御力】D
【魔力】 E
【俊敏性】C
【知力】 E

「っと、こんな感じなんだ。前衛の剣士、戦士部隊、中衛の魔法術師のような後方支援部隊、そして後衛の回復部隊……みたいなのが冒険者パーティーのよくある編成なんだ。俺は筋力、体力が人より自信があるから《剣士》ってのが職業適性になる。例えばウチの奴等だと、魔力が秀でている奴は魔法術師、俊敏性が秀でていれば盗賊(シーフ)、知力が秀でていたら《参謀》……ってな感じで、それぞれ役割が振られるんだよ。いつかはSSランクの能力者になるのが、俺の夢なんだ!」

 そう言って目を輝かせるラグルドに、ローグは「SSランク?」とオウム返しをした。

「あぁ、世界七賢人……サルディア皇国だと、カルファ・シュネーヴル様が【知力】の値でSSランクを保持しているんだ。SSランクともなると、人類最高到達点として世界七賢人入りを果たすんだろうけど、道はなかなかに遠いんだよねぇ」

 それら全てを聞いたローグは、手をポンと叩いて納得げに頷いた。

「なるほど……。ってことは、まだ《冒険者》としか出ていない俺は、全体的に秀でた能力がないってことになるのか……」

「で、でもそんなに落ち込むことはないよ。過去にも、冒険者の専門職適性が見つからない人もちらほらいるんだし、冒険者ギルドに来て、しばらく小さな依頼からコツコツこなして修行をしていって、最終的に自分の得意な専門職を手に入れることもあるからね」

「あなたは親切なんだな……! ありがとう! 本当に、本当にありがとう!」

 今まで人の親切というものに触れたことがなかったローグは、心底感動した。
 こうして普通に笑い合いながら話せるのも、全て死霊術師(ネクロマンサー)という職業が隠蔽されているおかげだった。
 とはいえ、冒険者としての専門職の適正に関しては、残念ながら見つかっていないようだが……それでも、前の頃を思うとよっぽどいい。

「では、ローグさん。まだ専門職が決まっていないので専門職適正欄は空けておきます。受験に際して、この水晶玉に手を通して下さい」

 受付嬢が水晶玉を差し出す。
 ローグは、言われたとおりに手を差し伸べる。 
――今まで、所属していなかったために全く分からなかった自分の能力値を、初めて見る機会と言うことで少しだけワクワクした。

【名前】ローグ・クセル
【種族】人間
【性別】男
【職業】冒険者 (死霊術師)
【所属】サルディア皇国王都冒険者ギルド アスカロン(仮)
【ギルドランク】不明

 なるほど、隠蔽された職業は赤文字で描かれていた。当事者であるイネス、ニーズヘッグは隠蔽された(死霊術師)の文字を視認しているらしいが、受付嬢やラグルドには見えていないらしい。
 ローグは次に、職業の画面をツリー状に開いた。

「……え?」

 すると、受付嬢が口をぽかんと開けた。

【職業】冒険者
【レベル】150/100(限界突破)
【経験値】99,999,999
【体力】 SSS
【筋力】 SSS
【防御力】SSS
【魔力】 SSS
【俊敏性】SSS
【知力】 SSS

「……ナァニコレ」

 ラグルドが固まった。
 受付嬢は、信じられないものを見るような目で、ローグのステータス画面を上下に何度も見直した。

「ま、ま、ま、まさか……!! ローグさん、どの数値も秀でていないから職業適性が出ないんじゃなくて、どの数値も優秀すぎて職業適性が絞れないってだけ……!? うそでしょ……! 何、この数値、こんなの、見たことがないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」

 瞬間、ざわつき始めていた酒場が、再びぴたりと静まりかえったのだった。

 くぁあ、と。肩に乗ったミニマムニーズヘッグの欠伸の音だけが、酒場内に響き渡った――。