翌朝のアスカロンは、朝早くから忙しなく動いていた。
「ミカエラちゃん! 届いた受注書類掲示板に貼りだしておいて下さい! ランク別になっているのを間違えないようにね! それで、ローグさん専用看板の方は!?」
「ししょー専用の受注掲示板、すでに完成しています!」
「ローグさん専用の方は現時点で18枚……ですね。午後にはもう6枚ほどが追加されるみたいです」
「そんなに貼る場所がないです! アデライドさん、どうしましょー!?」
「何とか貼ってください!」
「えぇ!!??」
ギルドアスカロンの受付嬢、アデライド。そして、最近新しくギルドに勤めることとなった、ローグパーティーの回復術師ミカエラ・シークレット。
曰く、毎度毎度未知多い地域にミカエラを連れて行くのは、危険すぎるというローグの配慮により、しばらくは武者修行も兼ねてアスカロンで働くことになったのだった。
ローグの側にいられないということで、ミカエラは少々不服のようではあるが。
ミカエラは、フリフリのスカート姿でギルド内を慌ただしく行き来している。
その様子を見ながら、ギルド内の食卓で、ラグルドやグランと共に朝食を取っているのはローグだ。
ラグルドとグランは、ずっとミカエラの様子を目で追いかけていた。
「いやぁ、ミカエラちゃん、可愛いですねぇ……」
「小せぇのがわたわた仕事してんの見ると、受付嬢の初めての頃思い出すな」
「そうだったんですか?」
「そういえば、その頃はラグルドもローグもまだいなかったもんな。関連書類を見落とすわ、ランク違いの書類が掲示板に貼られてるわ、確認を怠るわ……。ギルド受付ライセンス本当に持ってるか怪しいくらいだったんだぜ」
「……それって、今も変わらなくないですか?」
「っはっはっは、そーだな」
そんな二人の会話に、ローグもうんうんと大きく頷いた。
「白・赤龍討伐の件も見落としでしたし、つい昨日のティアリスちゃんが持ってきてた任務受注用紙も、正式なものじゃなかったですしね」
「気をつけるんだな、ローグ。Sランク以上の任務を請け負う以上、そういう国を通さない非合法で、金にもならない似非任務持ってくる輩も増えてくるからな」
朝ご飯の干し肉にかぶりつきながら、グランは言う。
ローグの隣で、もっしゃもっしゃと生肉を咀嚼しているのは、未だ眠そうなミニマム姿のニーズヘッグ。
そんなローグの配下龍を見ながらつまらなさそうに、二日酔いが続くラグルドは呟いた。
「そういえば、イネスさんは? イネスさんはどこだい? 朝、あの見目麗しいイネスさんを一度拝んでから、任務に行きたかったのに!」
『……さぁな』
ニーズヘッグは、淡泊に言って肉にかじりついた。
と、その時だった。
ふわりと甘い香りがローグの鼻腔に入ってくる。
「ふんふん……ふんふん!」
栗色の尻尾をふりふりしながら、ちょこんとローグの膝上に正座したその少女。
獣耳をピコピコ動かす少女――ティアリス・マーロゥは言う。
「ね、ねぇ! お願いだよローグの旦那! これがニセモノだってのは謝るよ! でも、本当にこのままじゃティアたち――」
「おいおいまだ懲りねぇのか嬢ちゃん。そういうのは、きちんと国を仲介しなきゃ受け取れねぇんだっての」
ため息交じりにグランは、ティアリスの首根っこを掴んだ。
「ふにゃぁぁぁ!!」と、宙で手足をパタパタさせるティアリスを眺めつつ、ラグルドは苦笑いを浮かべる。
「ローグさんも大変だよねぇ。これからこういう困った人たちもどんどん増えてくるだろうし。それにしても、国際ギルドから受注される任務って、報酬金どれくらいなんだろう? アスカロンの最上任務でも、金貨5枚ほどだけど、Sランク以上限定となると……うへへ……うへへへへ……」
目の奥に金がチラついているラグルドが、涎混じりに金勘定しているのを横目に、ローグは朝食の干し肉を一つ噛みちぎった。
「はぁぁなぁぁせぇぇ! ふんぎぃぃぃぃ!」
「おいおい、暴れるなって。んで、ローグはどうしたよ。どっか調子でも悪いのか?」
暴れるティアリスを片手で摘まみながら御するグランが、ローグを見る。
「聖地林と言えば、俺自身にとっても思い入れのある場所なので、少しばかり考えることもありますからね」
「ほう。あんな樹海しかないような未開地に何の用があったんだ」
「それは――」
ローグが、苦笑いを浮かべて頬をポリポリと?いていると。
グランに捕まれていたティアリスの、耳と尻尾の毛並みがぞわりと逆立つ。
「聖地林をバカにしないでよ! 皆興味ないだけで、本当はとってもとっても、どこよりも綺麗な場所だもん!」
ティアリスの爪先にふと、魔法力が集まった。
集まった魔法力が具現化し、ティアリスの爪先が、狩りの時の獣のように鋭く光る。
「おぉぉぉぉっ!?」
咄嗟に手を放したグランが、反射的に剣の柄に手を伸ばした。
その様子を見逃さないラグルドは、興奮気味に声を上げる。
「すげー! 強化魔法じゃないっすか! 獣人族が使うメジャーな魔法ってのは知ってましたけど、生で見たのは初めてですよ! カッケーっす!」
「いえ、正確には肉体強化型の魔法力付与です。獣人族は、他種よりも内在的な魔法力コントロールが優れているという点があげられます。人間では身体の各部に宿る魔法力を正確に感知することはしづらいものの、獣人族は生まれ持ってしてその能力に長けています。ですから、肉体的な部分強化を可能にしているのですよ」
そんなラグルドの肩をポンと叩く人影。
銀髪のポニーテールが左右に揺らす、黒のロングドレスを引きずりながらローグの前に跪いたのは、イネスだった。
「遅くなって申し訳ありません。イネス、ただいま帰還致しました」
「へぇ、随分と詳しいな、イネス」
茶化すように言うローグに、イネスは「既知の仲の者が居りました故に」と短く付け加えた。
深々と頭を下げたイネスの手に握られている用紙を、ローグは見つめた。
皇国と出会う遥か昔、ローグはイネスとした他愛ない会話を思い出していた。
――なぁ、イネス。それ、なんだ?
――はっ。これは、聖地林で出来た唯一の友人からもらった、私の宝物でございます。
――い、イネス、お前友達いたのか……。俺にも出来たことないのに、イネスはやっぱり凄いな。めちゃくちゃ羨ましいぞ、そのネックレス!
「それで、その……」
言いにくそうに、半ば葛藤している珍しい様子のイネス。
ローグは、エール瓶に注がれた冷水を一口で煽りながら、「フシャァァァ!!」と、グランに対して威嚇丸出しのティアリスと、もじもじするイネスとを交互に見比べた。
「なぁ、イネス」
「……はい?」
「俺とイネスが最初に出会った時のこと、覚えてるか?」
素っ頓狂にも見えるローグの問いに、呆気にとられたイネス。
だが、慌てて気を取り直す。
「も、もちろんです! 現聖地林領 《魔封の柱》。そこで、私がローグ様に第二の生を与えていただきました。忘れるわけがありません!」
「――だよな」
にやり、笑みを浮かべたローグは、イネスの持っていた受注用紙に手を伸ばした。
「そういえば、ふと当時のこと思い出して行きたくなったんだ。たまたまこんな案件も来てるしな」
ぺらぺらと受注用紙を揺らしながら、ローグは言った。
「俺としてもそんな思い入れのある場所でいざこざが起こってるのは見逃せない。ニーズヘッグ、イネス。付いてきてくれないか?」
『我は、主の出向く所に付いていくだけだ。異論は無い』
即答するニーズヘッグ。
イネスは、ローグの言葉に思わず固まっていた。
「その……ローグ様、本当によろしいのですか? 金銭は出ない可能性も高く、何よりローグ様御自らが危険に晒される可能性も……!」
「でも、イネスの友達絡みなんだろ?」
「で、ですが――!」
「友達は、金を積んでも、脅迫しても、不老不死の約束をしても、土下座して頼み込んでも出来るもんじゃないことを俺たちは学んだはずだ」
イネスは、深々と頷く。
「この世で最も高価で、希少で、宝物である友達が困ってるなら、金なんて、危険なんて二の次だ! お前たちのおかげで俺はそんな友達がやっと出来た! なら、お前たちの友達が困ってるなら、いくらでも協力してやるよ! いいか、イネス」
ローグは、手を腰に掛けて高らかに宣言した。
「友達は超絶大切にしろ。これは、命令だ!」
詰め寄るローグに、イネスはほろりと涙を流して頭を深々と下げたのだった。
「畏まりました――!」
「ミカエラちゃん! 届いた受注書類掲示板に貼りだしておいて下さい! ランク別になっているのを間違えないようにね! それで、ローグさん専用看板の方は!?」
「ししょー専用の受注掲示板、すでに完成しています!」
「ローグさん専用の方は現時点で18枚……ですね。午後にはもう6枚ほどが追加されるみたいです」
「そんなに貼る場所がないです! アデライドさん、どうしましょー!?」
「何とか貼ってください!」
「えぇ!!??」
ギルドアスカロンの受付嬢、アデライド。そして、最近新しくギルドに勤めることとなった、ローグパーティーの回復術師ミカエラ・シークレット。
曰く、毎度毎度未知多い地域にミカエラを連れて行くのは、危険すぎるというローグの配慮により、しばらくは武者修行も兼ねてアスカロンで働くことになったのだった。
ローグの側にいられないということで、ミカエラは少々不服のようではあるが。
ミカエラは、フリフリのスカート姿でギルド内を慌ただしく行き来している。
その様子を見ながら、ギルド内の食卓で、ラグルドやグランと共に朝食を取っているのはローグだ。
ラグルドとグランは、ずっとミカエラの様子を目で追いかけていた。
「いやぁ、ミカエラちゃん、可愛いですねぇ……」
「小せぇのがわたわた仕事してんの見ると、受付嬢の初めての頃思い出すな」
「そうだったんですか?」
「そういえば、その頃はラグルドもローグもまだいなかったもんな。関連書類を見落とすわ、ランク違いの書類が掲示板に貼られてるわ、確認を怠るわ……。ギルド受付ライセンス本当に持ってるか怪しいくらいだったんだぜ」
「……それって、今も変わらなくないですか?」
「っはっはっは、そーだな」
そんな二人の会話に、ローグもうんうんと大きく頷いた。
「白・赤龍討伐の件も見落としでしたし、つい昨日のティアリスちゃんが持ってきてた任務受注用紙も、正式なものじゃなかったですしね」
「気をつけるんだな、ローグ。Sランク以上の任務を請け負う以上、そういう国を通さない非合法で、金にもならない似非任務持ってくる輩も増えてくるからな」
朝ご飯の干し肉にかぶりつきながら、グランは言う。
ローグの隣で、もっしゃもっしゃと生肉を咀嚼しているのは、未だ眠そうなミニマム姿のニーズヘッグ。
そんなローグの配下龍を見ながらつまらなさそうに、二日酔いが続くラグルドは呟いた。
「そういえば、イネスさんは? イネスさんはどこだい? 朝、あの見目麗しいイネスさんを一度拝んでから、任務に行きたかったのに!」
『……さぁな』
ニーズヘッグは、淡泊に言って肉にかじりついた。
と、その時だった。
ふわりと甘い香りがローグの鼻腔に入ってくる。
「ふんふん……ふんふん!」
栗色の尻尾をふりふりしながら、ちょこんとローグの膝上に正座したその少女。
獣耳をピコピコ動かす少女――ティアリス・マーロゥは言う。
「ね、ねぇ! お願いだよローグの旦那! これがニセモノだってのは謝るよ! でも、本当にこのままじゃティアたち――」
「おいおいまだ懲りねぇのか嬢ちゃん。そういうのは、きちんと国を仲介しなきゃ受け取れねぇんだっての」
ため息交じりにグランは、ティアリスの首根っこを掴んだ。
「ふにゃぁぁぁ!!」と、宙で手足をパタパタさせるティアリスを眺めつつ、ラグルドは苦笑いを浮かべる。
「ローグさんも大変だよねぇ。これからこういう困った人たちもどんどん増えてくるだろうし。それにしても、国際ギルドから受注される任務って、報酬金どれくらいなんだろう? アスカロンの最上任務でも、金貨5枚ほどだけど、Sランク以上限定となると……うへへ……うへへへへ……」
目の奥に金がチラついているラグルドが、涎混じりに金勘定しているのを横目に、ローグは朝食の干し肉を一つ噛みちぎった。
「はぁぁなぁぁせぇぇ! ふんぎぃぃぃぃ!」
「おいおい、暴れるなって。んで、ローグはどうしたよ。どっか調子でも悪いのか?」
暴れるティアリスを片手で摘まみながら御するグランが、ローグを見る。
「聖地林と言えば、俺自身にとっても思い入れのある場所なので、少しばかり考えることもありますからね」
「ほう。あんな樹海しかないような未開地に何の用があったんだ」
「それは――」
ローグが、苦笑いを浮かべて頬をポリポリと?いていると。
グランに捕まれていたティアリスの、耳と尻尾の毛並みがぞわりと逆立つ。
「聖地林をバカにしないでよ! 皆興味ないだけで、本当はとってもとっても、どこよりも綺麗な場所だもん!」
ティアリスの爪先にふと、魔法力が集まった。
集まった魔法力が具現化し、ティアリスの爪先が、狩りの時の獣のように鋭く光る。
「おぉぉぉぉっ!?」
咄嗟に手を放したグランが、反射的に剣の柄に手を伸ばした。
その様子を見逃さないラグルドは、興奮気味に声を上げる。
「すげー! 強化魔法じゃないっすか! 獣人族が使うメジャーな魔法ってのは知ってましたけど、生で見たのは初めてですよ! カッケーっす!」
「いえ、正確には肉体強化型の魔法力付与です。獣人族は、他種よりも内在的な魔法力コントロールが優れているという点があげられます。人間では身体の各部に宿る魔法力を正確に感知することはしづらいものの、獣人族は生まれ持ってしてその能力に長けています。ですから、肉体的な部分強化を可能にしているのですよ」
そんなラグルドの肩をポンと叩く人影。
銀髪のポニーテールが左右に揺らす、黒のロングドレスを引きずりながらローグの前に跪いたのは、イネスだった。
「遅くなって申し訳ありません。イネス、ただいま帰還致しました」
「へぇ、随分と詳しいな、イネス」
茶化すように言うローグに、イネスは「既知の仲の者が居りました故に」と短く付け加えた。
深々と頭を下げたイネスの手に握られている用紙を、ローグは見つめた。
皇国と出会う遥か昔、ローグはイネスとした他愛ない会話を思い出していた。
――なぁ、イネス。それ、なんだ?
――はっ。これは、聖地林で出来た唯一の友人からもらった、私の宝物でございます。
――い、イネス、お前友達いたのか……。俺にも出来たことないのに、イネスはやっぱり凄いな。めちゃくちゃ羨ましいぞ、そのネックレス!
「それで、その……」
言いにくそうに、半ば葛藤している珍しい様子のイネス。
ローグは、エール瓶に注がれた冷水を一口で煽りながら、「フシャァァァ!!」と、グランに対して威嚇丸出しのティアリスと、もじもじするイネスとを交互に見比べた。
「なぁ、イネス」
「……はい?」
「俺とイネスが最初に出会った時のこと、覚えてるか?」
素っ頓狂にも見えるローグの問いに、呆気にとられたイネス。
だが、慌てて気を取り直す。
「も、もちろんです! 現聖地林領 《魔封の柱》。そこで、私がローグ様に第二の生を与えていただきました。忘れるわけがありません!」
「――だよな」
にやり、笑みを浮かべたローグは、イネスの持っていた受注用紙に手を伸ばした。
「そういえば、ふと当時のこと思い出して行きたくなったんだ。たまたまこんな案件も来てるしな」
ぺらぺらと受注用紙を揺らしながら、ローグは言った。
「俺としてもそんな思い入れのある場所でいざこざが起こってるのは見逃せない。ニーズヘッグ、イネス。付いてきてくれないか?」
『我は、主の出向く所に付いていくだけだ。異論は無い』
即答するニーズヘッグ。
イネスは、ローグの言葉に思わず固まっていた。
「その……ローグ様、本当によろしいのですか? 金銭は出ない可能性も高く、何よりローグ様御自らが危険に晒される可能性も……!」
「でも、イネスの友達絡みなんだろ?」
「で、ですが――!」
「友達は、金を積んでも、脅迫しても、不老不死の約束をしても、土下座して頼み込んでも出来るもんじゃないことを俺たちは学んだはずだ」
イネスは、深々と頷く。
「この世で最も高価で、希少で、宝物である友達が困ってるなら、金なんて、危険なんて二の次だ! お前たちのおかげで俺はそんな友達がやっと出来た! なら、お前たちの友達が困ってるなら、いくらでも協力してやるよ! いいか、イネス」
ローグは、手を腰に掛けて高らかに宣言した。
「友達は超絶大切にしろ。これは、命令だ!」
詰め寄るローグに、イネスはほろりと涙を流して頭を深々と下げたのだった。
「畏まりました――!」