イネスは、主を支えるようにそっと腰に手を回していた。
ニーズヘッグも、少しばかり主の肩に止まる腕の力が増していた。
ギィィ、と。ローグは重い木造扉をゆっくり開ける。
あまりにも物静かな暗い空間に、事態を察したニーズヘッグが思わず『くははははは!!』と快活に笑った。
パパパパパパパパパンッ。
店内のあちこちからクラッカーが鳴った。
それはまるで、冒険者試験に合格したあの日のように。
『ローグさん、SSSランク昇格おめでとうございまぁぁぁぁぁっっす!!』
数々のパーティー用の魔法が飛び交い、華やかな暖色系の光が場を満たしていく。
そこには、包帯でぐるぐる巻きにされ、カルファと同じく魔法力切れな上に怪我も完治していないだろう身体を、ガタガタと不自然に動かしながら笑顔を浮かべるラグルドがいた。
まだまだ元気そうなものの、ほとんどといっていいほど傷が癒えていないグランも、先にエールをグビリと煽っていた。
「ついに我が『アスカロン』からSランク冒険者が輩出されるなんて! なんと名誉ことでしょう!」と、ローグの手を持ってぶんぶんと感動する受付嬢がいた。
「お帰りなさいませししょー!」と、明るく朗らかに、様になったエプロン姿でお出迎えをするミカエラが、各々酒瓶を空ける冒険者達の姿がそこにはあった。
皆一様に戦の傷は癒えておらず、寝そべったままで顔だけ向けている者もいれば、ベッドの上で杯を交わしている者もいる。
「……? ……!?」
「ささ、ローグさんそんなとこで突っ立ってないで、今日の主賓なんだからさ、ほら」
ラグルドに急かされるようにして、長机の上座に座らされたローグ。
イネスは穏やかそうな表情でローグの隣にちょこんと座った。
ニーズヘッグは、お決まりの場所と言わんばかりに、ミカエラの膝で身体を丸めていた。
どうやら、一度彼女の回復能力の恩恵を受けてからというもの、ミカエラを完全に気に入ってしまっているようだった。
あまりにも予想外すぎる展開に、終始理解が追いついていないローグに、受付嬢からは乾杯のエールが手渡された。
「元々、この会をやろうと言い出したのも、ラグルドさんとグランさんだったんですよ」
ぽそりと、受付嬢はエール片手にローグに耳打ちをした。
そんな様子に、ラグルドは頭をポリポリと?きながら言う。
「おいおいそこ、いらんこと言わない! ……ってもまぁ、正直な話、すげー怖かった。いきなり土ん中から訳分かんない連中出てくるわ、いきなり俺等の味方してくれるわのあの、《不死の軍勢》ってのはさ」
「馬鹿正直すぎるだろうラグルド。まぁ……俺も、そのおかげで今こんなにピンピンしてるんだけどな」
そう言って、グランも野太い腕を見せびらかした。
――死霊術師だ! 絶対に近付くな、あの忌避職は魂抜いてくるらしい!
――悪いが、帰ってもらおうか。忌避職持ちがいるって噂が立つだけで面倒だからな。
――あの得体の知れない集団に近付けば、俺たちも感染するってよ!
死霊術師という職を手に入れてからは、そんなことの連続だった。
ステータス画面を見せただけで避けられてきた。噂だけが一人歩きし、どこへ行こうとも死霊術師が突き刺さってきた。
次第に、ローグは誰かと行動するのをやめた。自らの配下だけを連れて、一人ぼっちを貫き続けていた。
「死霊術師の集団に近寄ると、魂を抜かれて、勝手に配下にされてしまう……とか何とか、そういうこと言ってた帝国のバカもいましたっけ、ねぇグランさん」
「じゃ、俺等はとっくにローグの配下だな」
「実力的にはおんぶにだっこですし間違っちゃないですね。あははははは」
「それはそれで笑い事じゃねぇだろ……」
ラグルドとグランのいつものような小突き合いに、ローグはぽつりと言う。
「死霊術師と知って、そんないろんな噂まで知ってて、それなのに……ですか?」
「じゃぁ聞くよ、ローグさん。もしその噂が本当だとしてローグさんは、俺や、グランさんや……ミカエラちゃんや、受付嬢、それに他の皆に、そんなことしようと思う?」
「……そんなわけ、ないじゃないですか! 新人冒険者として温かく迎え入れてもらって、冒険者流の飲み方も教えてもらって、この世界のこと、たくさん教えて貰って……!」
丁寧に、思い返すように指折り数えるその姿。
ラグルドは思わず「ぶはっ」と吹きだした。
「そんだけあれば充分でしょ。いきなりギルドに来たかと思えば、SSSだなんて見たことも無い数値叩きだして、あっという間に3頭龍までやっつけてても、俺たちはローグさんを一番間近に見てきましたからね」
「馬鹿正直に力使って、そこらの駆け出しとおんなじようにはしゃいで、酒飲んで潰れ方覚えて、心底嬉しそーに任務達成報告してきやがってなぁ」
「俺たちを一体何だと思ってるんでしょうね、グランさん」
「力ぁあってもまだまだクソガキだな。お前さんを信じる要素なんて、俺たちからしちゃたった一つだ」
ラグルドもグランも、互いに顔を見合わせながら笑い、ローグの頭をくしゃくしゃに撫でた。
『俺たちが、新人ローグ・クセルの先輩冒険者だからだ』
ラグルドは、まだ癒えぬ脇腹の傷を抑えつつ、笑った。
「せっかく出来た有能な後輩逃がすほど、俺たちは甘くないんだよね」
グランも同調するように頷く。
「死霊術師だかなんだか知らんが、それと同時にお前はSSSランクの冒険者で、俺たちの後輩なんだからな。そこんとこ、弁えとけよ」
それぞれの先輩達が、澄ました様子でローグの持つジョッキに乾杯をした。それに続くように、他の冒険者達も今日の主賓であるローグのジョッキに、自身のモノを重ね合わせていった。
「……っ! あ、ありがとうございます!」
そんななか、からかうように受付嬢もローグのジョッキに乾杯を取った。
「とかとか言いながら、あの二人……なんだかんだローグさんのこと、大好きなんですよ?」
「どういうこと……ですか?」
ちびりとローグがエールをすすると、「いやいやー」と若干酔った状態で、受付嬢は続ける。
「彼らだけ、他の人達より傷が多いじゃないですか? あれ、戦ってる最中に混乱しかけた人達を、そして戦後、せっかく回復してくれようとしてたエルフの人達の回復時間を断ってまでこの3日間ずっと、冒険者間でも、正規兵間でも、ローグさんのことを言い回ってたんですよ」
受付嬢は、両手を腰に当てて、下手な演技でニヒルに笑う。
「『ローグ・クセルは俺たちの大切な後輩だ。今まであいつを間近で見てた俺たちなら断言できる。あいつはそんなことするような奴じゃない。信用に足る、アスカロンの立派な一員だ』……って! もう、それはそれは格好良かったんですからぁぁぁぁあぁぁ!?」
「ちょっと受付嬢のお姉さん。口が軽すぎませんかねぇぇ!?」
「コイツを今から、スライムだらけの草原に投げ捨ててこようラグルド。良い具合に服だけ溶かしてくれるだろ」
「それ、いっすねグランさん!」
「許してくださぁぁぁぁぁい!? 下ろしてぇぇぇえ!!」
受付嬢の細い身体を片腕で担いだグランが、足早にアスカロンから出ようとする、そんないつもの冒険者ギルドの風景に。
イネスも、彼らに倣ってローグのジョッキに自らの分をコツンと当てた。
「人間にも、それなりにローグ様のお眼鏡に適いそうな者がいて、不肖私イネスも、嬉しく思います」
そんなイネスの茶化すような態度に、ローグは、久しぶりに心からの笑みを浮かべていた。
「俺にはもったいないくらいの、最高の先輩と、仲間達だよ」
その日は、朝から晩まで宴が続いた。
新皇王即位式で国全体が盛り上がる中で、冒険者街はいつも通り、騒がしいどんちゃん騒ぎに包まれていたという――。
○○○
「そういえば、ローグさん。国際ギルドから、こんなお手紙が……ぃっく」
一日中飲み明かし、日はもうとうの昔に水平線に落ちていた。
ベロベロに酔った受付嬢が、顔を真っ赤にしながらローグに封筒を差し出した。
「あんたそんなテンションで雑務こなしてっから、初級任務に3頭龍呼び出すような馬鹿な真似してんだろーが学習しろ!」
「そーだそーだ!」
「流石にアレは死ぬかと思ったんですから! ね、グランさん!」
「ろ、ローグが何とかしていなかったら国ごと破滅していたかもしれんな……」
次々に口を出す冒険者達に、「ぅるさぃんですよぉぉぉ、そんな言うならエール返して貰いますよぉぉぉぉ!?」と食ってかかる受付嬢。
「お、落ち着いて下さいおねーさん! おねーさん!?」
新しくギルド受付見習いとしても働き始めたミカエラが、尖った耳をぴくぴく震わせて必死に服の袖を引っ張っている。
そんな騒がしいにも騒がしいなかで、ローグがぺらりと用紙を開いた――その時だった。
「ここかーーーーーッ!!」
ドォン、と。ギルド『アスカロン』の扉が勢いよく開かれた。
透き通ったような、高い間延びした声。皆が皆泥酔状態の中で、視線が一手にその人物に集まった。
深いフードを被っているのか、顔までは見えない。
手に持った地図らしき紙はもはやボロボロで、何が書かれているかも分からない。
頬に掠り傷と葉っぱを付けた少女は、ずんずんと全く遠慮の無い足取りで近付いて、ビシッとローグに指を突きつけた。
「ローグ・クセルって、あなたのこと?」
なまりの強い地方の言葉にローグは、心当たりがなさ過ぎてきょろきょろしつつも、ゆっくり自分を指さした。
「ミレット大陸北部の亜人国――『聖地林』からやってきた、ティアリス・マーロゥよ。ローグ・クセル。折り入って、あなたにお願いがあるの!」
ふと、挙動激しい少女のフードがはらりとめくれた。
真っ白に輝く手足と、凜とした小さな顔と白く輝く八重歯。
年にして、15から16歳ほどの少女だ。
くりんとした瞳と、栗色のセミロング。
そして、何より特徴的なのはその耳だ。
感情の起伏を現すかのように動く頭の上の二つの大きな耳が、ぴょこぴょこと動いていた。
「マーロゥ、ですか」
少女の言葉に、イネスが眉を潜めた。
分かっていなさそうなローグ、ニーズヘッグとは対照的に、冒険者達はその子供の言葉に引っかかりを覚えていたようだった。
「マーロゥ……マーロゥ……って、あの、マーロゥ? あ、でもそうとしか考えられないですかね、グランさん」
「そりゃあんだけ有名ならな。世界七賢人の《獣戦士》クラリス・マーロゥに妹がいるってのは聞いたことがあるが、そんな奴がどうしてここに」
ラグルドが自己完結したように、馬鹿騒ぎする他の面々の頭にエールを注ぎながら呟いた。
少女――ティアリス・マーロゥは、再び大きな挙動でぺこりとローグに頭を下げた。
「姉のクラリスが、力業でティア達の部族まとめて乗っ取ろうとしてるの! クラリス止められる強さなんて、《世界七賢人》クラスの力持った人しかいなくて……そんなときに、SSSランク冒険者のローグの話を聞いて、ここまで来たの! お願い! 暴走してるクラリス止めるのに、力貸してくれない!?」
そう矢継ぎ早に話したティアリスの耳が、何度もぴょこぴょこと揺れていたのだった。
ニーズヘッグも、少しばかり主の肩に止まる腕の力が増していた。
ギィィ、と。ローグは重い木造扉をゆっくり開ける。
あまりにも物静かな暗い空間に、事態を察したニーズヘッグが思わず『くははははは!!』と快活に笑った。
パパパパパパパパパンッ。
店内のあちこちからクラッカーが鳴った。
それはまるで、冒険者試験に合格したあの日のように。
『ローグさん、SSSランク昇格おめでとうございまぁぁぁぁぁっっす!!』
数々のパーティー用の魔法が飛び交い、華やかな暖色系の光が場を満たしていく。
そこには、包帯でぐるぐる巻きにされ、カルファと同じく魔法力切れな上に怪我も完治していないだろう身体を、ガタガタと不自然に動かしながら笑顔を浮かべるラグルドがいた。
まだまだ元気そうなものの、ほとんどといっていいほど傷が癒えていないグランも、先にエールをグビリと煽っていた。
「ついに我が『アスカロン』からSランク冒険者が輩出されるなんて! なんと名誉ことでしょう!」と、ローグの手を持ってぶんぶんと感動する受付嬢がいた。
「お帰りなさいませししょー!」と、明るく朗らかに、様になったエプロン姿でお出迎えをするミカエラが、各々酒瓶を空ける冒険者達の姿がそこにはあった。
皆一様に戦の傷は癒えておらず、寝そべったままで顔だけ向けている者もいれば、ベッドの上で杯を交わしている者もいる。
「……? ……!?」
「ささ、ローグさんそんなとこで突っ立ってないで、今日の主賓なんだからさ、ほら」
ラグルドに急かされるようにして、長机の上座に座らされたローグ。
イネスは穏やかそうな表情でローグの隣にちょこんと座った。
ニーズヘッグは、お決まりの場所と言わんばかりに、ミカエラの膝で身体を丸めていた。
どうやら、一度彼女の回復能力の恩恵を受けてからというもの、ミカエラを完全に気に入ってしまっているようだった。
あまりにも予想外すぎる展開に、終始理解が追いついていないローグに、受付嬢からは乾杯のエールが手渡された。
「元々、この会をやろうと言い出したのも、ラグルドさんとグランさんだったんですよ」
ぽそりと、受付嬢はエール片手にローグに耳打ちをした。
そんな様子に、ラグルドは頭をポリポリと?きながら言う。
「おいおいそこ、いらんこと言わない! ……ってもまぁ、正直な話、すげー怖かった。いきなり土ん中から訳分かんない連中出てくるわ、いきなり俺等の味方してくれるわのあの、《不死の軍勢》ってのはさ」
「馬鹿正直すぎるだろうラグルド。まぁ……俺も、そのおかげで今こんなにピンピンしてるんだけどな」
そう言って、グランも野太い腕を見せびらかした。
――死霊術師だ! 絶対に近付くな、あの忌避職は魂抜いてくるらしい!
――悪いが、帰ってもらおうか。忌避職持ちがいるって噂が立つだけで面倒だからな。
――あの得体の知れない集団に近付けば、俺たちも感染するってよ!
死霊術師という職を手に入れてからは、そんなことの連続だった。
ステータス画面を見せただけで避けられてきた。噂だけが一人歩きし、どこへ行こうとも死霊術師が突き刺さってきた。
次第に、ローグは誰かと行動するのをやめた。自らの配下だけを連れて、一人ぼっちを貫き続けていた。
「死霊術師の集団に近寄ると、魂を抜かれて、勝手に配下にされてしまう……とか何とか、そういうこと言ってた帝国のバカもいましたっけ、ねぇグランさん」
「じゃ、俺等はとっくにローグの配下だな」
「実力的にはおんぶにだっこですし間違っちゃないですね。あははははは」
「それはそれで笑い事じゃねぇだろ……」
ラグルドとグランのいつものような小突き合いに、ローグはぽつりと言う。
「死霊術師と知って、そんないろんな噂まで知ってて、それなのに……ですか?」
「じゃぁ聞くよ、ローグさん。もしその噂が本当だとしてローグさんは、俺や、グランさんや……ミカエラちゃんや、受付嬢、それに他の皆に、そんなことしようと思う?」
「……そんなわけ、ないじゃないですか! 新人冒険者として温かく迎え入れてもらって、冒険者流の飲み方も教えてもらって、この世界のこと、たくさん教えて貰って……!」
丁寧に、思い返すように指折り数えるその姿。
ラグルドは思わず「ぶはっ」と吹きだした。
「そんだけあれば充分でしょ。いきなりギルドに来たかと思えば、SSSだなんて見たことも無い数値叩きだして、あっという間に3頭龍までやっつけてても、俺たちはローグさんを一番間近に見てきましたからね」
「馬鹿正直に力使って、そこらの駆け出しとおんなじようにはしゃいで、酒飲んで潰れ方覚えて、心底嬉しそーに任務達成報告してきやがってなぁ」
「俺たちを一体何だと思ってるんでしょうね、グランさん」
「力ぁあってもまだまだクソガキだな。お前さんを信じる要素なんて、俺たちからしちゃたった一つだ」
ラグルドもグランも、互いに顔を見合わせながら笑い、ローグの頭をくしゃくしゃに撫でた。
『俺たちが、新人ローグ・クセルの先輩冒険者だからだ』
ラグルドは、まだ癒えぬ脇腹の傷を抑えつつ、笑った。
「せっかく出来た有能な後輩逃がすほど、俺たちは甘くないんだよね」
グランも同調するように頷く。
「死霊術師だかなんだか知らんが、それと同時にお前はSSSランクの冒険者で、俺たちの後輩なんだからな。そこんとこ、弁えとけよ」
それぞれの先輩達が、澄ました様子でローグの持つジョッキに乾杯をした。それに続くように、他の冒険者達も今日の主賓であるローグのジョッキに、自身のモノを重ね合わせていった。
「……っ! あ、ありがとうございます!」
そんななか、からかうように受付嬢もローグのジョッキに乾杯を取った。
「とかとか言いながら、あの二人……なんだかんだローグさんのこと、大好きなんですよ?」
「どういうこと……ですか?」
ちびりとローグがエールをすすると、「いやいやー」と若干酔った状態で、受付嬢は続ける。
「彼らだけ、他の人達より傷が多いじゃないですか? あれ、戦ってる最中に混乱しかけた人達を、そして戦後、せっかく回復してくれようとしてたエルフの人達の回復時間を断ってまでこの3日間ずっと、冒険者間でも、正規兵間でも、ローグさんのことを言い回ってたんですよ」
受付嬢は、両手を腰に当てて、下手な演技でニヒルに笑う。
「『ローグ・クセルは俺たちの大切な後輩だ。今まであいつを間近で見てた俺たちなら断言できる。あいつはそんなことするような奴じゃない。信用に足る、アスカロンの立派な一員だ』……って! もう、それはそれは格好良かったんですからぁぁぁぁあぁぁ!?」
「ちょっと受付嬢のお姉さん。口が軽すぎませんかねぇぇ!?」
「コイツを今から、スライムだらけの草原に投げ捨ててこようラグルド。良い具合に服だけ溶かしてくれるだろ」
「それ、いっすねグランさん!」
「許してくださぁぁぁぁぁい!? 下ろしてぇぇぇえ!!」
受付嬢の細い身体を片腕で担いだグランが、足早にアスカロンから出ようとする、そんないつもの冒険者ギルドの風景に。
イネスも、彼らに倣ってローグのジョッキに自らの分をコツンと当てた。
「人間にも、それなりにローグ様のお眼鏡に適いそうな者がいて、不肖私イネスも、嬉しく思います」
そんなイネスの茶化すような態度に、ローグは、久しぶりに心からの笑みを浮かべていた。
「俺にはもったいないくらいの、最高の先輩と、仲間達だよ」
その日は、朝から晩まで宴が続いた。
新皇王即位式で国全体が盛り上がる中で、冒険者街はいつも通り、騒がしいどんちゃん騒ぎに包まれていたという――。
○○○
「そういえば、ローグさん。国際ギルドから、こんなお手紙が……ぃっく」
一日中飲み明かし、日はもうとうの昔に水平線に落ちていた。
ベロベロに酔った受付嬢が、顔を真っ赤にしながらローグに封筒を差し出した。
「あんたそんなテンションで雑務こなしてっから、初級任務に3頭龍呼び出すような馬鹿な真似してんだろーが学習しろ!」
「そーだそーだ!」
「流石にアレは死ぬかと思ったんですから! ね、グランさん!」
「ろ、ローグが何とかしていなかったら国ごと破滅していたかもしれんな……」
次々に口を出す冒険者達に、「ぅるさぃんですよぉぉぉ、そんな言うならエール返して貰いますよぉぉぉぉ!?」と食ってかかる受付嬢。
「お、落ち着いて下さいおねーさん! おねーさん!?」
新しくギルド受付見習いとしても働き始めたミカエラが、尖った耳をぴくぴく震わせて必死に服の袖を引っ張っている。
そんな騒がしいにも騒がしいなかで、ローグがぺらりと用紙を開いた――その時だった。
「ここかーーーーーッ!!」
ドォン、と。ギルド『アスカロン』の扉が勢いよく開かれた。
透き通ったような、高い間延びした声。皆が皆泥酔状態の中で、視線が一手にその人物に集まった。
深いフードを被っているのか、顔までは見えない。
手に持った地図らしき紙はもはやボロボロで、何が書かれているかも分からない。
頬に掠り傷と葉っぱを付けた少女は、ずんずんと全く遠慮の無い足取りで近付いて、ビシッとローグに指を突きつけた。
「ローグ・クセルって、あなたのこと?」
なまりの強い地方の言葉にローグは、心当たりがなさ過ぎてきょろきょろしつつも、ゆっくり自分を指さした。
「ミレット大陸北部の亜人国――『聖地林』からやってきた、ティアリス・マーロゥよ。ローグ・クセル。折り入って、あなたにお願いがあるの!」
ふと、挙動激しい少女のフードがはらりとめくれた。
真っ白に輝く手足と、凜とした小さな顔と白く輝く八重歯。
年にして、15から16歳ほどの少女だ。
くりんとした瞳と、栗色のセミロング。
そして、何より特徴的なのはその耳だ。
感情の起伏を現すかのように動く頭の上の二つの大きな耳が、ぴょこぴょこと動いていた。
「マーロゥ、ですか」
少女の言葉に、イネスが眉を潜めた。
分かっていなさそうなローグ、ニーズヘッグとは対照的に、冒険者達はその子供の言葉に引っかかりを覚えていたようだった。
「マーロゥ……マーロゥ……って、あの、マーロゥ? あ、でもそうとしか考えられないですかね、グランさん」
「そりゃあんだけ有名ならな。世界七賢人の《獣戦士》クラリス・マーロゥに妹がいるってのは聞いたことがあるが、そんな奴がどうしてここに」
ラグルドが自己完結したように、馬鹿騒ぎする他の面々の頭にエールを注ぎながら呟いた。
少女――ティアリス・マーロゥは、再び大きな挙動でぺこりとローグに頭を下げた。
「姉のクラリスが、力業でティア達の部族まとめて乗っ取ろうとしてるの! クラリス止められる強さなんて、《世界七賢人》クラスの力持った人しかいなくて……そんなときに、SSSランク冒険者のローグの話を聞いて、ここまで来たの! お願い! 暴走してるクラリス止めるのに、力貸してくれない!?」
そう矢継ぎ早に話したティアリスの耳が、何度もぴょこぴょこと揺れていたのだった。