「カルファは昔から戦闘に秀でてはいなかっただろう? この時点で、どちらの肩を持った方が得かは、《知力》SSの君なら簡単だと思うんだけど……ね! 火炎魔法魔法力付与っ!」
ヴォイドは天井崩落と共に落ちてきながらも、両手に魔法力を込めていた。
ゴブリンの身体を無造作に鷲掴み、その短刀を奪った後に魔法力を付与させる。
ブワッと、灼熱の空気が流れるとともに炎は質量を持って大きな刀身と化していた。
「はぁ」と、カルファは小さくため息を付きながら言う。
「魔法力酔いして、正常な思考も出来ていないあなたについていこうとするほど、落ちぶれてもいませんよッ!」
呼応するように、カルファも携えていた直剣に魔法力を込めていた。
剣の中を水流が走り、これもまた質量となって刀身を顕現。
「水属性魔法力付与、水龍の守護剣!」
ギィィィィンッ!!
ヴォイドが上から放った剣戟を、真正面から受け止めるカルファ。
灼熱の炎剣に蝕まれそうになりながらも、強い水流で象られた剣で受け止めていると、蒸発した水蒸気が二人を広く包んだ。
「あの、出来損ないのカルファが魔法力付与か。いいのか? みるみる内に魔法力は減っていく。鑑定士のお前が、自分の身の丈に見合わない魔法力を使うなんて、らしくないじゃないか……!」
魔法力付与は質、量共に並みでは無い魔法力を消費する。
自身の魔法力量は、鑑定士のカルファであれば常に把握することが出来ている。
カルファは、左目で自身の身体を鑑定した。
――【魔法力】400,000/500,000。
たった一度の魔法力付与だけで、総魔法力量の20%も持って行かれている。
「そうかも、しれませんね……!」
達観したかのようなカルファの笑いに、ヴォイドは更に剣先に魔法力量を追加する。
「そんなに意地を張るな、カルファ。魔法力が0になれば、お前もただではすまないだろう? 消耗しても、時を掛ければ残った魔法力は体力と共に回復して元通りの数値に引き戻してくれる。だが、0になればそれまでだ。0にはいくら掛けても0になるようにな。他から魔法力をもらい受けることも出来ない。それこそ、一生魔法など使えない身体になるんだ」
引きつった笑みで、ヴォイドは剣を振り下ろす。
「魔法力付与……!」
それでも、カルファは受け止める。避けもせずに、真正面から。
――【魔法力】300,000/500,000。
「……ッ! ルシエラ・サルディアをこちらに寄越してくれ。ナッド・サルディアの時代を遥かに超える黄金期を、私たちと共に作っていこう。新体制の帝国の中でも最上級職になれるように計らわせて貰おう。昔馴染みの仲だ。そのくらい、造作もないことなのだから。でないと――」
ヴォイドが、剣を振り下ろす手を思わず止めた、だが。
「――魔法力、付与! 水龍の雄叫び!」
ゴォォォォッッ!!
カルファは、剣先から巨大な渦巻き状の水流を放出させると共に魔法力の籠もった剣でヴォイドの胸元に向かって、振り抜いた。
体内の熱が膨張し、銀鎧の隙間からは湯気すらも生じ始めていた。
魔法力量が危険値に達し始めたオーバーワークの兆候であることは、容易に分かる。
――【魔法力】150,000/500,000。
ヴォイドは、炎を纏った剣でいとも簡単にその渦ごとかき消した。
思わず歯ぎしりをするヴォイドは、ルシエラの方を向き変える。
「ルシエラ・サルディア。皇国の次期王女に問おう。バルラ帝国は、サルディア皇国を吸収したとて、民には一切の介入もしないと約束しましょう。我々が望むのは潤沢な資源を少しばかり流して欲しいだけなのです。貴女の国の英雄を、かつての旧友をこんな形で潰すのは、私とて不本意ではないのですから」
落ち着きを取り戻し始めたヴォイドからは、先ほどよりも更に膨大な魔法力が出ていた。
それが可視化されているためか、彼の後ろには紅のオーラが迸っていた。
臨戦態勢のイネスのような、そんな雰囲気だ。
対して、カルファは既に総魔法力量の7割を消失している。
使いすぎのサインであるオーバーワークの兆候も見られている。
剣を杖代わりにして、カルファは肩で息をしていた。
彼我の戦力差は、歴然だった。
そんな様子を見たルシエラは、きゅっと口を結んだ。
震える肩で、ルシエラはぽつり、呟いた。
「我が父ナッドは、最後まで私利私欲の為に生き、誰も信じなかったが為に、王都を捨てて生き延びようとし、死んでいきました」
「……そうです、貴女はまだ若い。私たちと共に生きていくべきなのですよ」
ヴォイドが、努めて笑顔で呟いた。
だが、ルシエラはキッとした目つきで、迷いの無い口振りで強く、通告した。
「だからこそ私は、最後の最後まで配下を、配下の信じるモノを信じましょう。カルファが諦めないのならば、私だって諦めない。帝国の傘下入りなのではない。皇国が、未来永劫輝かしくあるために。私は、最後まで皇国としてあり続けます!」
翡翠色の髪が、ガラスに光って輝いた。
凜として立つその姿に、カルファも「配下冥利に尽きますね……」と、息も絶え絶えに呟いた。
「……それはそれは、とても残念です。オーバーワークにもなり、もはや魔法出力すら出来ない配下と共に、歴史の中に消えていく皇女の名前を、私は忘れないでおきますよ。――火炎魔法、火龍の吐息」
ヴォイドは、ため息を付きながら手に込めていた魔法力を放出した。
最大火力の灼熱が、なおも平然と直立するルシエラに襲いかかる。
「舐めないで貰いたいですね、ヴォイド。私は、まだここに……!」
――魔法力付与。
そう、掠れるような声で唱えたカルファは、力を振り絞って、水龍を象った剣を前に突き出した。
――【魔法力】50,000/500,000。
ルシエラを狙った火炎は、カルファの魔法により相殺。
だが、その代償にカルファは魔法力総量の95%を失った。
もはや、魔法力付与を行える魔法力量すらも残っていない。
身体中の筋繊維がボロボロになり、全身に鋭い痛みが走る。それでもなお、カルファはそのギラついた眼光を少しも弱めるつもりもなかった。
「諦めが、悪いですねッ! 早く白旗を上げておけば! こんなに苦しまなくても良かったものを!」
ヴォイドは固く歯を食いしばりながら、剣を振り抜いた衝撃波を精製する。
ルシエラの前に立ち、ふらふらになりながらもカルファは持つ剣に魔法力を流し続ける。
「諦めが、悪い……ですか」
――【魔法力】25,000/500,000。
魔法を持って、ヴォイドの攻撃を相殺しようとするも、しきれなかったものがカルファの銀鎧に傷をつけていく。
――【魔法力】10,000/500,000。
「むしろ私には、ヴォイド。あなたの方が勝負を急いでいるように……見えますよ……」
瀕死の瞳で、カルファは挑発するように笑みを浮かべた。
「何を、世迷い言を……!」
ヴォイドは、頭を振り払って、何度も魔法力を練り直す。
――【魔法力】50/500,000。
「私が、本当に力量の差を見誤るとでも思ってましたか……?」
カルファは言った。
もはや魔法を打つ力も、剣を握る力も残っていない。
だが、彼女は彼女の戦いに勝利した。
「勝算も無しに、皇国への忠義だけを信念に自らと、主の運命を共にすると、本気で思っていたんですか?」
ゴゴゴゴ、と。地鳴りと共に大きな飛来物がやってくる音が聞こえてきた。
「……こんなにも、はやく……っ!! 何で、転移魔方陣が不発なんだ、こんな時に限って……!?」
ピキピキと音を立てて、大聖堂内部の龍王青銅のヒビは深くなる。
ドォォォォォォォォォッッッ!!!
巨大な轟音と共に、龍王の像は粉々になって砕け、始まりの間には外部の空気が一気に流れ込んできた。
月の光を背に浴びて、突如大聖堂壁に巨大な風穴を空けた龍の背に、一人の男が立ち上がった。
「助かったよ。おかげでこの国に張られた帝国章の転移魔方陣に、全て上書きする時間も出来た」
その男の姿を見ずして、カルファは疲れ切った身体をルシエラに支えられながら不適な笑みを浮かべた。
「後は任せましたよ……。ローグ……さん……」
ゆっくりと目を閉じたカルファに、男――ローグ・クセルはうなずき、ヴォイドを見下ろした。
「そろそろ鬼ごっこは終わりだ。死にたくても、簡単に死ねると思わないことだな」
それはローグの紡げる、唯一の優しい言葉だった。
ヴォイドは天井崩落と共に落ちてきながらも、両手に魔法力を込めていた。
ゴブリンの身体を無造作に鷲掴み、その短刀を奪った後に魔法力を付与させる。
ブワッと、灼熱の空気が流れるとともに炎は質量を持って大きな刀身と化していた。
「はぁ」と、カルファは小さくため息を付きながら言う。
「魔法力酔いして、正常な思考も出来ていないあなたについていこうとするほど、落ちぶれてもいませんよッ!」
呼応するように、カルファも携えていた直剣に魔法力を込めていた。
剣の中を水流が走り、これもまた質量となって刀身を顕現。
「水属性魔法力付与、水龍の守護剣!」
ギィィィィンッ!!
ヴォイドが上から放った剣戟を、真正面から受け止めるカルファ。
灼熱の炎剣に蝕まれそうになりながらも、強い水流で象られた剣で受け止めていると、蒸発した水蒸気が二人を広く包んだ。
「あの、出来損ないのカルファが魔法力付与か。いいのか? みるみる内に魔法力は減っていく。鑑定士のお前が、自分の身の丈に見合わない魔法力を使うなんて、らしくないじゃないか……!」
魔法力付与は質、量共に並みでは無い魔法力を消費する。
自身の魔法力量は、鑑定士のカルファであれば常に把握することが出来ている。
カルファは、左目で自身の身体を鑑定した。
――【魔法力】400,000/500,000。
たった一度の魔法力付与だけで、総魔法力量の20%も持って行かれている。
「そうかも、しれませんね……!」
達観したかのようなカルファの笑いに、ヴォイドは更に剣先に魔法力量を追加する。
「そんなに意地を張るな、カルファ。魔法力が0になれば、お前もただではすまないだろう? 消耗しても、時を掛ければ残った魔法力は体力と共に回復して元通りの数値に引き戻してくれる。だが、0になればそれまでだ。0にはいくら掛けても0になるようにな。他から魔法力をもらい受けることも出来ない。それこそ、一生魔法など使えない身体になるんだ」
引きつった笑みで、ヴォイドは剣を振り下ろす。
「魔法力付与……!」
それでも、カルファは受け止める。避けもせずに、真正面から。
――【魔法力】300,000/500,000。
「……ッ! ルシエラ・サルディアをこちらに寄越してくれ。ナッド・サルディアの時代を遥かに超える黄金期を、私たちと共に作っていこう。新体制の帝国の中でも最上級職になれるように計らわせて貰おう。昔馴染みの仲だ。そのくらい、造作もないことなのだから。でないと――」
ヴォイドが、剣を振り下ろす手を思わず止めた、だが。
「――魔法力、付与! 水龍の雄叫び!」
ゴォォォォッッ!!
カルファは、剣先から巨大な渦巻き状の水流を放出させると共に魔法力の籠もった剣でヴォイドの胸元に向かって、振り抜いた。
体内の熱が膨張し、銀鎧の隙間からは湯気すらも生じ始めていた。
魔法力量が危険値に達し始めたオーバーワークの兆候であることは、容易に分かる。
――【魔法力】150,000/500,000。
ヴォイドは、炎を纏った剣でいとも簡単にその渦ごとかき消した。
思わず歯ぎしりをするヴォイドは、ルシエラの方を向き変える。
「ルシエラ・サルディア。皇国の次期王女に問おう。バルラ帝国は、サルディア皇国を吸収したとて、民には一切の介入もしないと約束しましょう。我々が望むのは潤沢な資源を少しばかり流して欲しいだけなのです。貴女の国の英雄を、かつての旧友をこんな形で潰すのは、私とて不本意ではないのですから」
落ち着きを取り戻し始めたヴォイドからは、先ほどよりも更に膨大な魔法力が出ていた。
それが可視化されているためか、彼の後ろには紅のオーラが迸っていた。
臨戦態勢のイネスのような、そんな雰囲気だ。
対して、カルファは既に総魔法力量の7割を消失している。
使いすぎのサインであるオーバーワークの兆候も見られている。
剣を杖代わりにして、カルファは肩で息をしていた。
彼我の戦力差は、歴然だった。
そんな様子を見たルシエラは、きゅっと口を結んだ。
震える肩で、ルシエラはぽつり、呟いた。
「我が父ナッドは、最後まで私利私欲の為に生き、誰も信じなかったが為に、王都を捨てて生き延びようとし、死んでいきました」
「……そうです、貴女はまだ若い。私たちと共に生きていくべきなのですよ」
ヴォイドが、努めて笑顔で呟いた。
だが、ルシエラはキッとした目つきで、迷いの無い口振りで強く、通告した。
「だからこそ私は、最後の最後まで配下を、配下の信じるモノを信じましょう。カルファが諦めないのならば、私だって諦めない。帝国の傘下入りなのではない。皇国が、未来永劫輝かしくあるために。私は、最後まで皇国としてあり続けます!」
翡翠色の髪が、ガラスに光って輝いた。
凜として立つその姿に、カルファも「配下冥利に尽きますね……」と、息も絶え絶えに呟いた。
「……それはそれは、とても残念です。オーバーワークにもなり、もはや魔法出力すら出来ない配下と共に、歴史の中に消えていく皇女の名前を、私は忘れないでおきますよ。――火炎魔法、火龍の吐息」
ヴォイドは、ため息を付きながら手に込めていた魔法力を放出した。
最大火力の灼熱が、なおも平然と直立するルシエラに襲いかかる。
「舐めないで貰いたいですね、ヴォイド。私は、まだここに……!」
――魔法力付与。
そう、掠れるような声で唱えたカルファは、力を振り絞って、水龍を象った剣を前に突き出した。
――【魔法力】50,000/500,000。
ルシエラを狙った火炎は、カルファの魔法により相殺。
だが、その代償にカルファは魔法力総量の95%を失った。
もはや、魔法力付与を行える魔法力量すらも残っていない。
身体中の筋繊維がボロボロになり、全身に鋭い痛みが走る。それでもなお、カルファはそのギラついた眼光を少しも弱めるつもりもなかった。
「諦めが、悪いですねッ! 早く白旗を上げておけば! こんなに苦しまなくても良かったものを!」
ヴォイドは固く歯を食いしばりながら、剣を振り抜いた衝撃波を精製する。
ルシエラの前に立ち、ふらふらになりながらもカルファは持つ剣に魔法力を流し続ける。
「諦めが、悪い……ですか」
――【魔法力】25,000/500,000。
魔法を持って、ヴォイドの攻撃を相殺しようとするも、しきれなかったものがカルファの銀鎧に傷をつけていく。
――【魔法力】10,000/500,000。
「むしろ私には、ヴォイド。あなたの方が勝負を急いでいるように……見えますよ……」
瀕死の瞳で、カルファは挑発するように笑みを浮かべた。
「何を、世迷い言を……!」
ヴォイドは、頭を振り払って、何度も魔法力を練り直す。
――【魔法力】50/500,000。
「私が、本当に力量の差を見誤るとでも思ってましたか……?」
カルファは言った。
もはや魔法を打つ力も、剣を握る力も残っていない。
だが、彼女は彼女の戦いに勝利した。
「勝算も無しに、皇国への忠義だけを信念に自らと、主の運命を共にすると、本気で思っていたんですか?」
ゴゴゴゴ、と。地鳴りと共に大きな飛来物がやってくる音が聞こえてきた。
「……こんなにも、はやく……っ!! 何で、転移魔方陣が不発なんだ、こんな時に限って……!?」
ピキピキと音を立てて、大聖堂内部の龍王青銅のヒビは深くなる。
ドォォォォォォォォォッッッ!!!
巨大な轟音と共に、龍王の像は粉々になって砕け、始まりの間には外部の空気が一気に流れ込んできた。
月の光を背に浴びて、突如大聖堂壁に巨大な風穴を空けた龍の背に、一人の男が立ち上がった。
「助かったよ。おかげでこの国に張られた帝国章の転移魔方陣に、全て上書きする時間も出来た」
その男の姿を見ずして、カルファは疲れ切った身体をルシエラに支えられながら不適な笑みを浮かべた。
「後は任せましたよ……。ローグ……さん……」
ゆっくりと目を閉じたカルファに、男――ローグ・クセルはうなずき、ヴォイドを見下ろした。
「そろそろ鬼ごっこは終わりだ。死にたくても、簡単に死ねると思わないことだな」
それはローグの紡げる、唯一の優しい言葉だった。