王都の中央に聳え立つ大聖堂に入るには、3つの関門を通り抜けなければならない。
 円形状の王都において、外側をぐるりと囲む冒険者街。第二に、商人や、王都住民の暮らす一般市街。第三に、大聖堂付近に居を置く貴族街。
 大聖堂にまで外部からの敵の侵入があった事は、サルディア皇国史上でも一度も無い。

 ――だが。

 大聖堂内部から増殖し始めた山のような亜人の群れ達は、皇国の最高シンボルである大聖堂の内部を容赦なく踏み倒していく。
 血みどろの闘争の影響で生じる紅の液体は、煌びやかな王室の絵画や華麗に装飾された壁にさえも付着し、血生臭さを辺りに広めていった。

「カルファ。これはもしや、絶体絶命と言う奴ではないでしょうか?」

 ミーティングルームに突如として出現したのは、ゴブリンら下級魔物が100余り。
 そこから、全体に広がっていく魔物の対処に、大聖堂内部は混乱を極めていた。
 魔方陣から来たそれらは、一直線にルシエラを標的としていた。
 
「……その通りです、ルシエラ様。このような事態を招いてしまい、申し訳ありません」

 皇国の敗北条件は、主に2つ。
 1つに、冒険者・皇国正規兵連合を配置した王都外の部隊の全滅。ここの前線が崩壊すれば、冒険者街、一般市街、貴族街と次々に侵入を許し皇国は完敗を喫することになる。
 そして、2つ目。

「ですが、ルシエラ様だけは生き抜かねばなりません。誰がどれほどの命を失おうとも、貴女(あなた)だけは生き続けなければなりません。侵略者に祖国を奪われることはすなわち、、皇国4000万の命が何も無い荒野に投げ出されるに等しいのですから」

 皇国王族の正統な血を引く次期皇王――ルシエラ・サルディアの死だ。
 各国、未だ黎明期にある国家運営に関して、それぞれの国家の王の存在は、国のシンボルとして必要不可欠なものとして位置づけられている。
 だからこそ、前皇王ナッド・サルディアの死をひた隠しにし続けているのだから。
 新皇王の即位式に関しては、既に住民達にも周知されている。今ここで皇国のシンボルを失うことは、皇国の権威そのものを失うことになってしまう。
 
 ミーティングルームを抜け出し、大聖堂の螺旋階段を下る2人。
 その背後には、ゴブリンの群れが短刀を片手に差し迫っていた。

「ギャゥッ!!」

 ゴブリンの短刀が、投擲される。
 真っ直ぐに投げられたその小刀の向く先は、無論ルシエラだ。
 カルファは、咄嗟に着用した銀鎧の腰から直剣を持ち出し、応戦する。

「これでも、筋力魔法力共にAランクほどはあるんですからね!」

 振り向きざまに、カルファは剣先で小刀を撃ち落とす。

「水属性魔法、水龍の雄叫び(レヴィアタン)ッ!」

 後方をしつこく追い回すゴブリンに、カルファは剣先を向けて魔法を撃ち込んだ。
 剣先から出現するのは、水流で象られた龍の頭だ。
 ゴブリン達を飲み込むようにして襲いかかる擬似的な龍で怯んだ隙に、カルファ達の方に向かっていた大聖堂内の衛兵が続々と集まり始めて来ていた。

大聖堂(ここ)から一匹たりとも外に出さないで! 全衛兵は出入り口を固めて、全ての亜人を殲滅してください! 絶対に、市街に奴等を放出しないように! 皇国の存亡は、あなた方の活躍に掛かっているものと覚悟してください!」

『――おぉッ!!』

 震えるルシエラを引っ張って、カルファは息を切らしながら大聖堂の最下階へと下っていった。
 大聖堂内の第一階。ガラス張りの窓と敷き詰められた大理石が特徴的な部屋の中央に置かれた聖なる台の上に置かれた水晶玉は、かつてローグが死霊術師(ネクロマンサー)という職業を隠蔽するために使用されたものだ。

 大聖堂始まりの地。サルディア皇国の中心に作られた、神聖なる一部屋。
 かつて皇国には龍の守り神がいた。皇国の存亡を見守ったとされる『龍神伝説』に出てくる古龍だ。
 皇国旗にも記された伝説の古龍が象られた青銅像が、街を見守るように壁の中央に設置されている。

あの時(・・・)、ですかね」

 ルシエラの脳裏に過ぎっていたのは、件の新人冒険者ローグ・クセルとミーティングルームにて初顔合わせをしていた、あの時だ。

 ――やぁやぁ、バレてしまっては申し訳ない。久しぶりだねぇ、カルファ。元気だったかーい?

 そんな、暢気な声と共に、奴はやって来たのだから。

 ――ですが、ヴォイド卿を始めとして強力な戦力が味方して下さっていることには、感謝しかありませんからね。

 飄々と、そう言ったことをルシエラは覚えている。

「何が、皇国を護ってくれる力強い味方。何が、父が許したから仕方が無い。結局私は、何も出来なかっただけ。何も、防ぐことが出来なかっただけでしたね」

 ゴブリン達の大量出現は、あの部屋の、あの場所で。
 気付かれないようにと、自然な動きでヴォイドが転移の魔方陣を作り上げていた。
 ローグのSSSランク昇格試験の話が主なのでは無い。皇国を内部から崩壊させるための布石として現れたに過ぎなかったのだと。気付いたときはもう遅かった。

「ルシエラ様……」

 カルファが拳を握って、ルシエラの肩に触れようとした、その瞬間だった。

 ドォォォォォォォォンッッッ!!!

 巨大な崩落音が部屋を包んだ。
 天井が崩れ、魔法力の波動が爆風となって、部屋中を荒らし回る。
 古龍を象った銅像にヒビが入り、二階にいたはずのゴブリンが何頭も宙を舞っていた。
 その中心に居たのは、気味の悪い紅と黒のオーラを全身から垂れ流す、一人の男だった。

「やぁ、カルファ! この力、凄いんだ! かつての私を完全に超えたんだ! 魔法力が全身に染み渡る! 力が漲るよ! っはははははは!」

 ブゥンと、音を立てて男は左手を振り抜いた。
 魔法力は固まり、刃と化して唐突に2人を襲う。

「――ルシエラ様ッ!」

 咄嗟に、カルファは身を翻してルシエラを突き飛ばした。
 先ほどまでにルシエラがいた地面には、大理石で出来ていた床を軽々と斬り裂き、深い溝が生じていた。

「……鑑定・《強制開示》」

 尋問の為にと、ジェラート・ファルルにも用いた鑑定士の最終スキル《強制開示》を躊躇いなく使用するカルファ。

【名前】ヴォイド・メルクール 【種族】人間
【性別】男          【職業】魔法術師
【所属】バルラ帝国宰相/帝代理
【ギルドランク】SS
【レベル】85/100→195/100     【経験値】40,835,000→99,999,999
【魔法力】SS→SSS(→1,000,000/1,000,000→4,980,000/1,000,000)

「……レベル上限の突破、ですか。それに、どこかで見たようなステータスですね……!」

 彼女の知るヴォイドではないステータスに、どこか知っている死霊術師《ネクロマンサー》の面影を見たカルファは、微かな寒気を感じていたのだった。