朝日は昇り、サルディア皇国王都は何事もなかったように動き出す。
まるで、亜人族の軍勢が攻め入ったことを誰もが知らない様子だ。
皇国の銀鎧を纏って、王都の街並みを歩くのはカルファ・シュネーヴル。
王都の民の明るい挨拶に、一つ一つ笑顔で返事をしながら皇国王都の中で最も大きな建造物の中に、3人と1頭は入る。
ガラス張りの窓と、敷き詰められた大理石は、長く放浪生活を続けてきたローグにとって全てが新鮮だった。
「ここが大聖堂です。元はサルディア皇王がこの地を統治していた場所なのですが、先ほどの兵士からの報告によると、逃亡していた先でゴブリン達の軍勢に襲われて、死亡が確認されました。カルム」
カルファが凜として言うと、そこに跪いていたのは、先ほどローグ達が救った兵士達だった。
その先頭にてカルムは朝の光に反射して輝く、両手に収まるほどの水晶玉を持ち出した。
「本当によろしいのでしょうか、カルファ様」
ちらりと、ローグ達を疑念の目で見るカルムだが、カルファはそれを一蹴する。
「サルディア皇国王の死亡が確認された現時点において、皇国の最高責任者は私です」
「――はっ」
カルファは、ローグ達に言う。
「これより、カルファ・シュネーヴルが鑑定特殊スキル《隠蔽》を使用します。ローグさん、まずはこの水晶玉に手を当ててみてください」
「あぁ、問題ない。こう……でいいのかな」
その横では、興味津々に辺りを見渡すローグ、イネスの姿も見受けられる。
「それにしても――」
と、カルファが苦笑い気味にローグの肩に目を移した。
『なんだ小娘。我に……よっと、何か用か』
「ニーズヘッグさん、そんなに小さくもなれたんですね」
『あぁ。この姿は力加減がきかぬのでなるべくは避けているのだがな。主の命とあらば仕方があるまい』
ローグの肩に、よじよじと登ったのは1頭の漆黒の龍だった。
身体が極限までに小さくなり、ローグの右肩にぴったりと捕まる可愛らしい小龍に、カルファはついにやけながら手を差し伸べてしまう。
『気安く触れるるなよ小娘。この身体の小ささと、夜間以外には力が半減してしまうとはいえ貴殿を消し炭にする程度は造作も無いことだ』
キシャァと、牙を向けられたカルファだがそれがむしろ彼(?)のかわいさを助長しているように思えた。
10メートル級の巨龍が随分とミニマム化されたニーズヘッグの鱗は、角質ばった鱗ではなく、むしろ生まれたての小動物のようにぷにぷにとした質感である。
「イネスさんと、ニーズヘッグさんは他のスケルトン・ゾンビの軍勢のように夜間に消失するわけではないのですか?」
「あぁ。鑑定士さんの特殊スキル《隠蔽》みたいな、死霊術師の最高到達スキル《蘇生術》っていう特殊スキルだよ」
「《蘇生術》……!? 世界七賢人がずっと研究して、未だ成功例がないという、あの《蘇生術》ですか!?」
食い気味にカルファがつっかかる。
肩の上でのんびりと伸びをするミニマムニーズヘッグと、ローグの腕に絡まりとろんと恍惚の表情を浮かべるイネスを見比べた。
「そ、そんなに驚くことじゃないと思うんだけど……?」
「最低でもSSランクレベルの技術と魔法力が必要だからと結論づけて諦めかけていたんですよ!?」
カルファは、頭をうんうんと悩ませつつ呟いた。
「その、SSランクってのがいまいち分からないんだよな。挨拶のステータス開示の時は、大体どこにも所属してなかったからよくは分からないんだ」
「それに関しては、冒険者ギルドの方で説明を受ける方が早いとは思いますが――」
カルファは、ぷつぷつと独り言のように呟いてからローグに言う。
「なるほど、死霊術師は、近付こうとする人もなかなかいなかったせいで、未解明のスキルもたくさんありますからね。ともあれ、既にローグさんの職業は『冒険者』となっているはずです。ただ、イネスさんやニーズヘッグさんは既にローグさんによって蘇生させられたということですので、この国の冒険者登録は不可能になってしまいます」
「不可能だったら、何かマズいことでもあるのか?」
「まず、冒険者として死亡したときの手当がつかないことがあげられるのと、イネスさんは奴隷として、ニーズヘッグさんはペットとして扱われる可能性が高いです」
「私は、元よりローグ様の配下なので、たかだか人間どもの評価など気にすることもありません」
『くはははは、我はペットか。それも面白い、面白いぞ、くはははは』
「ってことらしい。そこの心配は無用だってさ」
ローグが、二人の様子を報告するとカルファは苦笑いしながらも、頷いた。
「ローグさんの《職業》は、完全に隠蔽されました。職業適性がなかったので、職業としては《冒険者》としておきましたので、王都最大の冒険者ギルドで冒険者登録をしてみることをおすすめしますよ。もちろん、登録するためには多少の実力試験がありますが、ローグさんに関しては心配ないと思いますので」
《冒険者》という甘美な言葉に、ローグは心底打ち震えていた。
死霊術師から転職すれば、今までのように挨拶時のステータス開示に億劫になることもない。
「よし、それなら早速その冒険者ギルドとやらに行ってみようか。イネス、ニーズヘッグ、行くぞ!」
「――仰せのままに」
『こんなに喜んでいる主を見るのも、初めてかもしれぬな。感謝するぞ、小娘。くはははは』
「小娘じゃありません! 私の名前は、カルファ・シュネーヴルです!」
そう言いながらも、カルファは笑みを浮かべていた。
半ば走り気味に大聖堂を後にするローグ一行を見守っていると、カルムがそっとカルファに耳打ちをする。
「カルファ様。別れのようにお送りされるのは構いませんが、本日の冒険者ギルド実力試験の試験官は、カルファ様のはずでは――?」
カルムの囁きに、カルファはさっと表情を青ざめた。
「現状、亜人族の来襲と皇王の死去を外部に知らせるわけには参りません。軍の7割が消失した今、いずれは冒険者内から志願兵を募る必要もあるかと思われます。何卒、よろしくお願いします」
「分かっていますよ。全く、巨大な戦力を抱えたとはいえ、考えることが山のように増えてきていますね……」
カルファ・シュネーヴルの胃痛は、増すばかりだった。
まるで、亜人族の軍勢が攻め入ったことを誰もが知らない様子だ。
皇国の銀鎧を纏って、王都の街並みを歩くのはカルファ・シュネーヴル。
王都の民の明るい挨拶に、一つ一つ笑顔で返事をしながら皇国王都の中で最も大きな建造物の中に、3人と1頭は入る。
ガラス張りの窓と、敷き詰められた大理石は、長く放浪生活を続けてきたローグにとって全てが新鮮だった。
「ここが大聖堂です。元はサルディア皇王がこの地を統治していた場所なのですが、先ほどの兵士からの報告によると、逃亡していた先でゴブリン達の軍勢に襲われて、死亡が確認されました。カルム」
カルファが凜として言うと、そこに跪いていたのは、先ほどローグ達が救った兵士達だった。
その先頭にてカルムは朝の光に反射して輝く、両手に収まるほどの水晶玉を持ち出した。
「本当によろしいのでしょうか、カルファ様」
ちらりと、ローグ達を疑念の目で見るカルムだが、カルファはそれを一蹴する。
「サルディア皇国王の死亡が確認された現時点において、皇国の最高責任者は私です」
「――はっ」
カルファは、ローグ達に言う。
「これより、カルファ・シュネーヴルが鑑定特殊スキル《隠蔽》を使用します。ローグさん、まずはこの水晶玉に手を当ててみてください」
「あぁ、問題ない。こう……でいいのかな」
その横では、興味津々に辺りを見渡すローグ、イネスの姿も見受けられる。
「それにしても――」
と、カルファが苦笑い気味にローグの肩に目を移した。
『なんだ小娘。我に……よっと、何か用か』
「ニーズヘッグさん、そんなに小さくもなれたんですね」
『あぁ。この姿は力加減がきかぬのでなるべくは避けているのだがな。主の命とあらば仕方があるまい』
ローグの肩に、よじよじと登ったのは1頭の漆黒の龍だった。
身体が極限までに小さくなり、ローグの右肩にぴったりと捕まる可愛らしい小龍に、カルファはついにやけながら手を差し伸べてしまう。
『気安く触れるるなよ小娘。この身体の小ささと、夜間以外には力が半減してしまうとはいえ貴殿を消し炭にする程度は造作も無いことだ』
キシャァと、牙を向けられたカルファだがそれがむしろ彼(?)のかわいさを助長しているように思えた。
10メートル級の巨龍が随分とミニマム化されたニーズヘッグの鱗は、角質ばった鱗ではなく、むしろ生まれたての小動物のようにぷにぷにとした質感である。
「イネスさんと、ニーズヘッグさんは他のスケルトン・ゾンビの軍勢のように夜間に消失するわけではないのですか?」
「あぁ。鑑定士さんの特殊スキル《隠蔽》みたいな、死霊術師の最高到達スキル《蘇生術》っていう特殊スキルだよ」
「《蘇生術》……!? 世界七賢人がずっと研究して、未だ成功例がないという、あの《蘇生術》ですか!?」
食い気味にカルファがつっかかる。
肩の上でのんびりと伸びをするミニマムニーズヘッグと、ローグの腕に絡まりとろんと恍惚の表情を浮かべるイネスを見比べた。
「そ、そんなに驚くことじゃないと思うんだけど……?」
「最低でもSSランクレベルの技術と魔法力が必要だからと結論づけて諦めかけていたんですよ!?」
カルファは、頭をうんうんと悩ませつつ呟いた。
「その、SSランクってのがいまいち分からないんだよな。挨拶のステータス開示の時は、大体どこにも所属してなかったからよくは分からないんだ」
「それに関しては、冒険者ギルドの方で説明を受ける方が早いとは思いますが――」
カルファは、ぷつぷつと独り言のように呟いてからローグに言う。
「なるほど、死霊術師は、近付こうとする人もなかなかいなかったせいで、未解明のスキルもたくさんありますからね。ともあれ、既にローグさんの職業は『冒険者』となっているはずです。ただ、イネスさんやニーズヘッグさんは既にローグさんによって蘇生させられたということですので、この国の冒険者登録は不可能になってしまいます」
「不可能だったら、何かマズいことでもあるのか?」
「まず、冒険者として死亡したときの手当がつかないことがあげられるのと、イネスさんは奴隷として、ニーズヘッグさんはペットとして扱われる可能性が高いです」
「私は、元よりローグ様の配下なので、たかだか人間どもの評価など気にすることもありません」
『くはははは、我はペットか。それも面白い、面白いぞ、くはははは』
「ってことらしい。そこの心配は無用だってさ」
ローグが、二人の様子を報告するとカルファは苦笑いしながらも、頷いた。
「ローグさんの《職業》は、完全に隠蔽されました。職業適性がなかったので、職業としては《冒険者》としておきましたので、王都最大の冒険者ギルドで冒険者登録をしてみることをおすすめしますよ。もちろん、登録するためには多少の実力試験がありますが、ローグさんに関しては心配ないと思いますので」
《冒険者》という甘美な言葉に、ローグは心底打ち震えていた。
死霊術師から転職すれば、今までのように挨拶時のステータス開示に億劫になることもない。
「よし、それなら早速その冒険者ギルドとやらに行ってみようか。イネス、ニーズヘッグ、行くぞ!」
「――仰せのままに」
『こんなに喜んでいる主を見るのも、初めてかもしれぬな。感謝するぞ、小娘。くはははは』
「小娘じゃありません! 私の名前は、カルファ・シュネーヴルです!」
そう言いながらも、カルファは笑みを浮かべていた。
半ば走り気味に大聖堂を後にするローグ一行を見守っていると、カルムがそっとカルファに耳打ちをする。
「カルファ様。別れのようにお送りされるのは構いませんが、本日の冒険者ギルド実力試験の試験官は、カルファ様のはずでは――?」
カルムの囁きに、カルファはさっと表情を青ざめた。
「現状、亜人族の来襲と皇王の死去を外部に知らせるわけには参りません。軍の7割が消失した今、いずれは冒険者内から志願兵を募る必要もあるかと思われます。何卒、よろしくお願いします」
「分かっていますよ。全く、巨大な戦力を抱えたとはいえ、考えることが山のように増えてきていますね……」
カルファ・シュネーヴルの胃痛は、増すばかりだった。