「無傷での生還、おめでとうございます。あなたには、少し物足りない任務でしたかね?」
ヴォイドは、あしらうように言った。
「実に有意義な任務だったね。わざわざ誰かが見物客を寄越してくれたみたいだしね」
ローグも、答えるように笑う。
「それはそれは。Gランクになったばかりの新人冒険者が、一気にSSSランクを手中に収めるスピード出世の瞬間を見たくなった輩でもいたんでしょうか?」
あっけらかんととぼけるヴォイドに、ローグは「そうかもしんないねぇ」と暢気に答えて、効力の切れたバルラ帝国国章入りの転移魔方陣を空に捨てた。
「……あは、知ってたんじゃないですか」
突如、ヴォイドの手中に魔法力が集積する。
「予定がずれて残念だったね、魔法術師さん」
ローグも呼応するように動き出した。
「全く、あなたが来てから私の目論見は悉く外れていきますね。このタイミングで、飛んだ疫病神ですよ。直々に、私がお相手致しましょう。――黒炎魔法、呪いの集炎」
桁違いに濃密な魔法力が渦を巻く。
炎の中に、どこまでも深い黒が入り交じってローグへ襲いかかる。
《世界七賢人》と称されるほどに、卓越した魔法力量とコントロールを持つその男が発した魔法にも、ローグは片眉すら動かさなかった。
「魔王の一撃。どんな攻撃だって、これさえあればあらかた防げる。イネスから学んだ技だ」
ローグのすぐ側に出来た、どこまでも深い闇の塊。
ダルン地区全域に、先ほどヴォイドが放ったものと同質のそれは、ローグの身体に触れる前に吸い込まれるように闇の中に消えていく。
「空間魔法、いや、魔力……? どちらにせよSSランクですら十数年掛けて届いた領域を、そう簡単に使役されると苦笑いが隠せませんね」
魔法が崩されたと気付くや否や、ヴォイドは何も無い場所を掴んだ。
見えない空間からは、魔方陣が印字された紙が雪崩のように振ってくる。
――鬼火の弾丸。
それは、青白い光を放ち浮遊する、鬼火の球体だった。
「ばーん」
まるで銃士がトリガーを引くかのように、ヴォイドが軽快に言葉を紡ぐと、鬼火の集合体はそのまま弾丸となって、ローグの眼前を埋め尽くす。
「いいもん落ちてんな。借りさせてもらいますよ」
ローグは、そばに転がっていた帝国兵士の死体の懐から小さな脇差しを取り出した。
「龍属性魔法力付与、龍の息吹」
小さな脇差しに膨大な魔法力を集約させたローグは、挙動最小限にそれを横に薙いだ。
脇差しから放出されたのは、龍属性の魔法力。
一般に4属性があり《人間》が使役する火、水、土、風の基本属性全ての天敵となる魔法力。それが龍属性だ。
ババババババババッ!!
龍王もどきのその魔法は、脇差しの剣先からまるで龍が口から大きな火炎を吐いたかのように広がっていく。
巨大な魔法力同士の衝突は、触れた瞬間に鬼火が連鎖的に爆発していった。
「ぼ、防御結界!」
鬼火の爆風と、ローグの魔法による衝撃破が迫り来る中で、ヴォイドはすぐさま自らを守る結界を生成した。
紅の長髪が埃に塗れ、ヴォイドの額に汗が滲んだ。
パチンと、ヴォイドは指を鳴らした。
その瞬間、空気中にヴォイドの魔法力が飛散する。
「ニーズヘッグから教えてもらった龍属性魔法だ」
「さっきから聞いていれば! 始祖の魔王に龍神伝説と、どうやらローグさんはお伽噺がお好きなようですね……!?」
ヴォイドの口調が徐々に荒くなっていくのが見て取れた。
何かを待ち望んでいるかのように、ヴォイドは魔法力を手に溜める。
「『始祖の魔王が魔を練れば、人の魂天にも行かず。彼女が一糸は死の一糸』。子供の頃によく聞かされましたよ。寝ない子は、魔王様が魂抜き取りに来るぞ……ってね!」
ブゥン。
重低音が、ローグの耳を震わせた。
「覚悟ッ!」「帝国に栄光あれぇぇぇッ!!」
それは、ヴォイドの放った空間魔法だった。
何もない虚空を蹴って、二人の帝国兵士が姿を現した。
ローブを被り、直剣を携えて真っ直ぐにローグの背後を突こうとするその二人。
「彼女の一糸は死の一糸、ね」
――破壊魔法、黄泉の糸
ローグが形作ったその一糸は、瞬時に背後の二人の心臓を穿った。
それはまるで、針穴に糸を通すような正確さのようだった。
ズポリと、粘着質な音と共に兵士の胸に広がる鮮血。
目の光を失い、そのまま地面に頭から落ちていく帝国兵士2人の姿に、ヴォイドも思わず顔を歪めた。
「魔人でもなければ、亜人でもない。ともすれば、貴方と一緒にいた2人は《始祖の魔王》だとでも、《龍王》だとでも言うんですか?」
「……だとしたら、どうする?」
その質問は聞き飽きた、とでも言わんばかりに、ローグは辺りを見回した。
転がるのは死屍累々の山。黒い炎に身を焼かれ、倒れ伏すのは皇国兵士達やアスカロンの冒険者。
暴れ回るニーズヘッグの巨大な爆発音と火炎の勢いは、止まるところを知らない。
帝国兵士達は阿鼻叫喚の図を為して持ち場を離れようとしていた。
こんなはずではなかった、と。
ヴォイドは歯をぎしりと鳴らした。
「ヴォ、ヴォイド様!」
ふと、ヴォイドの背後には魔方陣と共に一人の兵士が姿を現した。
帝国叡智の転移魔方陣からだった。
「しゃ、シャルロット地区、ガジャ地区にて謎の集団が現れ、我が軍は甚大な被害が……!」
「謎の、集団?」
「斬っても斬っても湧いてきます! 誰一人として倒れない、ゾンビやスケルトンが、数にして……数千! お願いします! ヴォイド様でないと太刀打ち出来ない状況なのです!」
「私でないと……?」
「――はいッ!! 皇国を根絶やし、この潤沢な土地を帝国のモノにするためにも、あなたの力が必要なのです!! ここは私達が受け持ちます、さぁ!」
年若き青年が、真っ直ぐな瞳でヴォイドを見つめていた。
一人の兵士の後ろに、次々と魔方陣が展開されていく。
一つ一つの魔方陣から、剣や魔法術師の杖を手にした男達が次々と姿を現していく。
皆、絶望の中で一縷の望みであるヴォイドを頼りにしている。
だからこそ、耐えきれなかった。
彼らの服装にこびりついた紅の液体は、皇国兵士やアスカロンの冒険者達のものであることなど容易に想像できたのだから。
「死霊術師の誓約、解除」
ローグが魔法力のこもった言葉を吐くと、地中からいくつもの人影が出てきた。
ただひたすらに、巨悪であるローグを跳ね返そうとする者達に、ローグは新鮮な傀儡人形をぶつけた。
奇しくもそれは、先ほど返り討ちにした帝国魔法術師達の鮮死体だった。
死してなお、記憶を持つかつての味方から繰り出される無慈悲な魔法に帝国兵士は無力だった。
腕が飛び、脚が飛び、頭が空を舞う。
返り血でヴォイドの紅髪を、更に深く染め上げた。
容赦のない蹂躙劇を間近に眺めていたヴォイドの表情から、初めて余裕が消えた。
「貴方は、いや、お前は、何だ?」
得体の知れないものを見るような目で、ヴォイドは呟いた。
そんな目を見飽きたとでも言わんばかりに、ローグは自身のステータスを公開した。
燦然と輝くランクSSSの文字が、そこには深く刻まれていた。
「先輩や、仲間や、やっと出来た居場所を護りたいと切に願う、アスカロン所属の冒険者だよ」
ヴォイドは、あしらうように言った。
「実に有意義な任務だったね。わざわざ誰かが見物客を寄越してくれたみたいだしね」
ローグも、答えるように笑う。
「それはそれは。Gランクになったばかりの新人冒険者が、一気にSSSランクを手中に収めるスピード出世の瞬間を見たくなった輩でもいたんでしょうか?」
あっけらかんととぼけるヴォイドに、ローグは「そうかもしんないねぇ」と暢気に答えて、効力の切れたバルラ帝国国章入りの転移魔方陣を空に捨てた。
「……あは、知ってたんじゃないですか」
突如、ヴォイドの手中に魔法力が集積する。
「予定がずれて残念だったね、魔法術師さん」
ローグも呼応するように動き出した。
「全く、あなたが来てから私の目論見は悉く外れていきますね。このタイミングで、飛んだ疫病神ですよ。直々に、私がお相手致しましょう。――黒炎魔法、呪いの集炎」
桁違いに濃密な魔法力が渦を巻く。
炎の中に、どこまでも深い黒が入り交じってローグへ襲いかかる。
《世界七賢人》と称されるほどに、卓越した魔法力量とコントロールを持つその男が発した魔法にも、ローグは片眉すら動かさなかった。
「魔王の一撃。どんな攻撃だって、これさえあればあらかた防げる。イネスから学んだ技だ」
ローグのすぐ側に出来た、どこまでも深い闇の塊。
ダルン地区全域に、先ほどヴォイドが放ったものと同質のそれは、ローグの身体に触れる前に吸い込まれるように闇の中に消えていく。
「空間魔法、いや、魔力……? どちらにせよSSランクですら十数年掛けて届いた領域を、そう簡単に使役されると苦笑いが隠せませんね」
魔法が崩されたと気付くや否や、ヴォイドは何も無い場所を掴んだ。
見えない空間からは、魔方陣が印字された紙が雪崩のように振ってくる。
――鬼火の弾丸。
それは、青白い光を放ち浮遊する、鬼火の球体だった。
「ばーん」
まるで銃士がトリガーを引くかのように、ヴォイドが軽快に言葉を紡ぐと、鬼火の集合体はそのまま弾丸となって、ローグの眼前を埋め尽くす。
「いいもん落ちてんな。借りさせてもらいますよ」
ローグは、そばに転がっていた帝国兵士の死体の懐から小さな脇差しを取り出した。
「龍属性魔法力付与、龍の息吹」
小さな脇差しに膨大な魔法力を集約させたローグは、挙動最小限にそれを横に薙いだ。
脇差しから放出されたのは、龍属性の魔法力。
一般に4属性があり《人間》が使役する火、水、土、風の基本属性全ての天敵となる魔法力。それが龍属性だ。
ババババババババッ!!
龍王もどきのその魔法は、脇差しの剣先からまるで龍が口から大きな火炎を吐いたかのように広がっていく。
巨大な魔法力同士の衝突は、触れた瞬間に鬼火が連鎖的に爆発していった。
「ぼ、防御結界!」
鬼火の爆風と、ローグの魔法による衝撃破が迫り来る中で、ヴォイドはすぐさま自らを守る結界を生成した。
紅の長髪が埃に塗れ、ヴォイドの額に汗が滲んだ。
パチンと、ヴォイドは指を鳴らした。
その瞬間、空気中にヴォイドの魔法力が飛散する。
「ニーズヘッグから教えてもらった龍属性魔法だ」
「さっきから聞いていれば! 始祖の魔王に龍神伝説と、どうやらローグさんはお伽噺がお好きなようですね……!?」
ヴォイドの口調が徐々に荒くなっていくのが見て取れた。
何かを待ち望んでいるかのように、ヴォイドは魔法力を手に溜める。
「『始祖の魔王が魔を練れば、人の魂天にも行かず。彼女が一糸は死の一糸』。子供の頃によく聞かされましたよ。寝ない子は、魔王様が魂抜き取りに来るぞ……ってね!」
ブゥン。
重低音が、ローグの耳を震わせた。
「覚悟ッ!」「帝国に栄光あれぇぇぇッ!!」
それは、ヴォイドの放った空間魔法だった。
何もない虚空を蹴って、二人の帝国兵士が姿を現した。
ローブを被り、直剣を携えて真っ直ぐにローグの背後を突こうとするその二人。
「彼女の一糸は死の一糸、ね」
――破壊魔法、黄泉の糸
ローグが形作ったその一糸は、瞬時に背後の二人の心臓を穿った。
それはまるで、針穴に糸を通すような正確さのようだった。
ズポリと、粘着質な音と共に兵士の胸に広がる鮮血。
目の光を失い、そのまま地面に頭から落ちていく帝国兵士2人の姿に、ヴォイドも思わず顔を歪めた。
「魔人でもなければ、亜人でもない。ともすれば、貴方と一緒にいた2人は《始祖の魔王》だとでも、《龍王》だとでも言うんですか?」
「……だとしたら、どうする?」
その質問は聞き飽きた、とでも言わんばかりに、ローグは辺りを見回した。
転がるのは死屍累々の山。黒い炎に身を焼かれ、倒れ伏すのは皇国兵士達やアスカロンの冒険者。
暴れ回るニーズヘッグの巨大な爆発音と火炎の勢いは、止まるところを知らない。
帝国兵士達は阿鼻叫喚の図を為して持ち場を離れようとしていた。
こんなはずではなかった、と。
ヴォイドは歯をぎしりと鳴らした。
「ヴォ、ヴォイド様!」
ふと、ヴォイドの背後には魔方陣と共に一人の兵士が姿を現した。
帝国叡智の転移魔方陣からだった。
「しゃ、シャルロット地区、ガジャ地区にて謎の集団が現れ、我が軍は甚大な被害が……!」
「謎の、集団?」
「斬っても斬っても湧いてきます! 誰一人として倒れない、ゾンビやスケルトンが、数にして……数千! お願いします! ヴォイド様でないと太刀打ち出来ない状況なのです!」
「私でないと……?」
「――はいッ!! 皇国を根絶やし、この潤沢な土地を帝国のモノにするためにも、あなたの力が必要なのです!! ここは私達が受け持ちます、さぁ!」
年若き青年が、真っ直ぐな瞳でヴォイドを見つめていた。
一人の兵士の後ろに、次々と魔方陣が展開されていく。
一つ一つの魔方陣から、剣や魔法術師の杖を手にした男達が次々と姿を現していく。
皆、絶望の中で一縷の望みであるヴォイドを頼りにしている。
だからこそ、耐えきれなかった。
彼らの服装にこびりついた紅の液体は、皇国兵士やアスカロンの冒険者達のものであることなど容易に想像できたのだから。
「死霊術師の誓約、解除」
ローグが魔法力のこもった言葉を吐くと、地中からいくつもの人影が出てきた。
ただひたすらに、巨悪であるローグを跳ね返そうとする者達に、ローグは新鮮な傀儡人形をぶつけた。
奇しくもそれは、先ほど返り討ちにした帝国魔法術師達の鮮死体だった。
死してなお、記憶を持つかつての味方から繰り出される無慈悲な魔法に帝国兵士は無力だった。
腕が飛び、脚が飛び、頭が空を舞う。
返り血でヴォイドの紅髪を、更に深く染め上げた。
容赦のない蹂躙劇を間近に眺めていたヴォイドの表情から、初めて余裕が消えた。
「貴方は、いや、お前は、何だ?」
得体の知れないものを見るような目で、ヴォイドは呟いた。
そんな目を見飽きたとでも言わんばかりに、ローグは自身のステータスを公開した。
燦然と輝くランクSSSの文字が、そこには深く刻まれていた。
「先輩や、仲間や、やっと出来た居場所を護りたいと切に願う、アスカロン所属の冒険者だよ」