場は再び静寂に包まれていた。
「お疲れ様です、ローグ様。巷で言う、Sランク級のトロール5体を支配下に置けるとは! これで充分量の戦力は補充できましたね!」
「……まーね」
広がっていたのは、死屍累々の山だった。
屍の上にて、不機嫌そうに座るローグに、イネスは恍惚とした表情を浮かべていた。
喪失したスケルトン・ゾンビ勢はイネスの報告では74。単純戦力数値で言えば、トロール5体でおおよそ500の戦果が挙げられているので上々の結果ではあった。
『壊すだけともなれば楽だが、戦力の補充ともなると、余程の傷もつけられまい。力を抑制した上で闘わねばならぬ以上、いつもより自軍の損壊が生じるのも無理はないぞ』
《死霊術師の蘇生術》を使ったところで、身体機能を回復させること自体は不可能だ。
だからこそ、なるべく傷をつけないように丁寧に扱わなくてはならない。
それだけでも充分に精神力を浪費してしまう。それが、ここ最近ローグが直接的に蘇生術を使わなかった理由の一つでもあった。
事実、2体の処理ミスで使い物にならなくしてしまってもいる。
「皇国に肩入れを始めてから、戦力は減る一方ですからね。いつ出動を余儀なくされるか分からない《不死の軍勢》も、緊張からか長持ちはしなくなりますし……」
「死霊術師がいれば国一個潰せることが出来る――とは言われてるものの、先代の忌避職持ちはどうやってこんなの管理し続けたんだろうな」
「? 私やニーズヘッグがいれば、国三つは容易く根絶やしにできますよ?」
「……そりゃ何とも頼もしい話だ」
冒険者用の花形職業であったり、生産職スキルを有する人々は、それだけ同じスキル持ちを見つけることも多くなる。
例えばカルファの《鑑定士》、ヴォイドの《魔法術師》に代表される職業でさえ、彼らが強くなりすぎているだけで同種職業スキルを有する者は数多くいる。
だが、ローグのような《死霊術師》など忌避職組は、世間から除外され得る上に数もその世代に1人、2人現れるくらいで、ほとんど表舞台に出てくることはない。
だからこそ、その道を切り開いていけるのも、その時代の忌避職持ち本人でしかない。
『して、主よ。いよいよ夜も更けてきた。仕掛けてくるならば、今だろう。どうするつもりだ』
ニーズヘッグの問いには、イネスが答えた。
「現在すぐにでも出撃できるのはスケルトン・ゾンビ勢でおおよそ3000余り。これ以上は、ローグ様の許容魔法力の方が先に枯渇されてしまうかと思われます。ローグ様が、カルファ・シュネーヴルに手渡した12の簡易転移魔方陣にそれぞれ宛がうとして、頭数250もあれば……と言ったところでしょうか。ただ――」
イネスは、うろたえるように続ける。
「私の力不足とはなりますが、帝国の転移魔方陣12つ地点、中間経路の乗っ取りで、恥ずかしながら魔法力が枯渇してしまいました……」
「となると、出来たんだな」
感心した様子のローグに、イネスは「はいっ!」と笑みを浮かべる。
帝国側が、皇国全土に張り巡らせていた集団転移魔方陣。
その全貌は、既にローグの反転移魔法旅人の軌跡によって暴かれている。
「全ての転移魔方陣を一から精製するのは不可能でした。ですが、既にある転移魔方陣に我等の魔力を流し込んでおいています。カルファ・シュネーヴルに渡しておいた簡易転移魔方陣を魔力循環の起爆剤として作動させることにより、敵側の魔方陣反応は消失、流れる我等が――《不死の軍勢》による華麗な蹂躙劇をローグ様にお届けすることが出来るでしょう」
「よくやってくれた。流石はイネスだ」
「――お褒めにあずかり、光栄です」
『イネスの転移魔方陣が使えないとなると。わ、我のひとっ飛びでも、ここから皇国までは数時間はかかるのだが……』
「方法なら、一つだけある」
『……?』
「イネス」
「――承知しました。闇属性魔法、影の呪縛」
と、イネスは唱えた。影に隠れていたそれが、途端に姿を現してくる。
ローグが不機嫌そうに先ほどから座る真意は、まさにそこにあった。
『……ほう、いつの間にやら奴等の刺客が潜んでおったか』
黒い影にて全身を捕縛されて、モガモガと必死に言葉を紡ごうとしているローブ姿の男が10人。影の魔法で締められた口が、轡のようになっていて誰1人として話すことも出来ない状態。
今まで相対してきたどんな者達よりも魔法力も高く、繰り出そうとしている魔法の質も別格の者達だ。
「影の轡は?」
「外して良いよ」
イネスの問いに、簡潔にローグが答えた。
帝国の刺客10人に掛けられていた影の束縛の内、口だけが自由を許されていた。
ローグは不機嫌そうに言う。
「出所はヴォイド・メルクール。俺たちの任務失敗を、あるいは成功しても、消してくるように言われた――って所だろうね」
「……」
彼らは誰1人として答えようとしなかった
その代わりに、睨み付けるような目線をローグに送る。
「皇国が雇った化け物が、まさか忌避職の死霊術師だったとはな」
帝国兵士は、手甲の魔方陣紋章を小さく見つめる。
「皇国も、形振り構ってる余裕はなかったか。なぁ、死霊術師。かつてのように、一国をそのまま手中に収めんがために歴史の表舞台に舞い戻る気にでもなったのか?」
ローブ姿の帝国兵士達に、ローグは自嘲気味に笑う。
「かつての死霊術師、ね」
――死霊術師って言ったら、今までも禄なのがいないじゃないですか……!
先の対亜人野戦にて、皇国兵士の1人が呟いた言葉がローグの脳裏を過ぎる。
――数百の不死の軍勢で一国を滅ぼしたり、美女だけを攫って殺して蘇生させて自らの王国を作り、死体を使って残虐の限りを尽くす、イカれた連中ですよ……!
直接「師」と仰げる存在もいなかったローグは、独学で道を切り開いている。
死体に強制的な第二の生を植え付け、使役する。
イネスやニーズヘッグのような特殊な蘇生例を除けば、ローグも歴代もやっていることは変わらない。
「ローグ様、本当に、良いのですか?」
心配そうに、イネスはローグの表情を伺う。
主の手は、少しだけ、震えていた。
ローグの持つ私兵3670余りは、全て戦場で戦死した者のみを対象として《蘇生術》を掛けている。
当時《魔族》との闘争の最中で、人類の死体は至る所に転がっていた。
それだけを対象として、数年間、人影から身を隠しつつ、着実に戦力を増強してきたのだから。
「構わない。正体を知られた以上見逃すわけにもいかないしね。それに、これで敵の士気も一気に下がる」
一歩、ローグは彼らに向けて踏み出した。
「イカれた連中、大いに結構」
魔法力を、じっくりと手の内に溜める。
「スキルが与えられた。忌避職だった。死霊術師だった。たったそれだけだ。俺は何もしてない。何もしようとはしてなかった。全部そっちの都合で決めたことだったじゃないか」
イネスも、ニーズヘッグも口を挟むことは無かった。
「どこかの死霊術師が国を乗っ取った。どこかの死霊術師は女を殺し、侍らせて自らのそばに置いて自分だけの国を創った。あぁ、上等だ」
短いローグの言葉に、イネスはその覚悟を感じ取って鳥肌が立つのを感じていた。
ローグは不適に笑みを浮かべた。
膨れ上がったローグの禍々しい魔法力に、思わず捕縛された兵士達の表情が青ざめる。
「どこかの死霊術師は、やっと出来た仲間と居場所を守るために、悪魔にでも、イカれた連中にでもなってやる」
闇夜に輝く月の光が、ローグの手中を映し出す。
「イネス」
「はっ」
冷めた目つきで、イネスは魔力を滾らせた。
死地の間際、涙で顔をぐしゃぐしゃにした兵士達の先頭に立ってなお、硬い表情を崩さなかった男は、覚悟を決めて目を瞑った。
「――我々は、どうやら喧嘩を売る相手を間違えたようだな」
それが、帝国兵士の最後の言葉だった。
「お疲れ様です、ローグ様。巷で言う、Sランク級のトロール5体を支配下に置けるとは! これで充分量の戦力は補充できましたね!」
「……まーね」
広がっていたのは、死屍累々の山だった。
屍の上にて、不機嫌そうに座るローグに、イネスは恍惚とした表情を浮かべていた。
喪失したスケルトン・ゾンビ勢はイネスの報告では74。単純戦力数値で言えば、トロール5体でおおよそ500の戦果が挙げられているので上々の結果ではあった。
『壊すだけともなれば楽だが、戦力の補充ともなると、余程の傷もつけられまい。力を抑制した上で闘わねばならぬ以上、いつもより自軍の損壊が生じるのも無理はないぞ』
《死霊術師の蘇生術》を使ったところで、身体機能を回復させること自体は不可能だ。
だからこそ、なるべく傷をつけないように丁寧に扱わなくてはならない。
それだけでも充分に精神力を浪費してしまう。それが、ここ最近ローグが直接的に蘇生術を使わなかった理由の一つでもあった。
事実、2体の処理ミスで使い物にならなくしてしまってもいる。
「皇国に肩入れを始めてから、戦力は減る一方ですからね。いつ出動を余儀なくされるか分からない《不死の軍勢》も、緊張からか長持ちはしなくなりますし……」
「死霊術師がいれば国一個潰せることが出来る――とは言われてるものの、先代の忌避職持ちはどうやってこんなの管理し続けたんだろうな」
「? 私やニーズヘッグがいれば、国三つは容易く根絶やしにできますよ?」
「……そりゃ何とも頼もしい話だ」
冒険者用の花形職業であったり、生産職スキルを有する人々は、それだけ同じスキル持ちを見つけることも多くなる。
例えばカルファの《鑑定士》、ヴォイドの《魔法術師》に代表される職業でさえ、彼らが強くなりすぎているだけで同種職業スキルを有する者は数多くいる。
だが、ローグのような《死霊術師》など忌避職組は、世間から除外され得る上に数もその世代に1人、2人現れるくらいで、ほとんど表舞台に出てくることはない。
だからこそ、その道を切り開いていけるのも、その時代の忌避職持ち本人でしかない。
『して、主よ。いよいよ夜も更けてきた。仕掛けてくるならば、今だろう。どうするつもりだ』
ニーズヘッグの問いには、イネスが答えた。
「現在すぐにでも出撃できるのはスケルトン・ゾンビ勢でおおよそ3000余り。これ以上は、ローグ様の許容魔法力の方が先に枯渇されてしまうかと思われます。ローグ様が、カルファ・シュネーヴルに手渡した12の簡易転移魔方陣にそれぞれ宛がうとして、頭数250もあれば……と言ったところでしょうか。ただ――」
イネスは、うろたえるように続ける。
「私の力不足とはなりますが、帝国の転移魔方陣12つ地点、中間経路の乗っ取りで、恥ずかしながら魔法力が枯渇してしまいました……」
「となると、出来たんだな」
感心した様子のローグに、イネスは「はいっ!」と笑みを浮かべる。
帝国側が、皇国全土に張り巡らせていた集団転移魔方陣。
その全貌は、既にローグの反転移魔法旅人の軌跡によって暴かれている。
「全ての転移魔方陣を一から精製するのは不可能でした。ですが、既にある転移魔方陣に我等の魔力を流し込んでおいています。カルファ・シュネーヴルに渡しておいた簡易転移魔方陣を魔力循環の起爆剤として作動させることにより、敵側の魔方陣反応は消失、流れる我等が――《不死の軍勢》による華麗な蹂躙劇をローグ様にお届けすることが出来るでしょう」
「よくやってくれた。流石はイネスだ」
「――お褒めにあずかり、光栄です」
『イネスの転移魔方陣が使えないとなると。わ、我のひとっ飛びでも、ここから皇国までは数時間はかかるのだが……』
「方法なら、一つだけある」
『……?』
「イネス」
「――承知しました。闇属性魔法、影の呪縛」
と、イネスは唱えた。影に隠れていたそれが、途端に姿を現してくる。
ローグが不機嫌そうに先ほどから座る真意は、まさにそこにあった。
『……ほう、いつの間にやら奴等の刺客が潜んでおったか』
黒い影にて全身を捕縛されて、モガモガと必死に言葉を紡ごうとしているローブ姿の男が10人。影の魔法で締められた口が、轡のようになっていて誰1人として話すことも出来ない状態。
今まで相対してきたどんな者達よりも魔法力も高く、繰り出そうとしている魔法の質も別格の者達だ。
「影の轡は?」
「外して良いよ」
イネスの問いに、簡潔にローグが答えた。
帝国の刺客10人に掛けられていた影の束縛の内、口だけが自由を許されていた。
ローグは不機嫌そうに言う。
「出所はヴォイド・メルクール。俺たちの任務失敗を、あるいは成功しても、消してくるように言われた――って所だろうね」
「……」
彼らは誰1人として答えようとしなかった
その代わりに、睨み付けるような目線をローグに送る。
「皇国が雇った化け物が、まさか忌避職の死霊術師だったとはな」
帝国兵士は、手甲の魔方陣紋章を小さく見つめる。
「皇国も、形振り構ってる余裕はなかったか。なぁ、死霊術師。かつてのように、一国をそのまま手中に収めんがために歴史の表舞台に舞い戻る気にでもなったのか?」
ローブ姿の帝国兵士達に、ローグは自嘲気味に笑う。
「かつての死霊術師、ね」
――死霊術師って言ったら、今までも禄なのがいないじゃないですか……!
先の対亜人野戦にて、皇国兵士の1人が呟いた言葉がローグの脳裏を過ぎる。
――数百の不死の軍勢で一国を滅ぼしたり、美女だけを攫って殺して蘇生させて自らの王国を作り、死体を使って残虐の限りを尽くす、イカれた連中ですよ……!
直接「師」と仰げる存在もいなかったローグは、独学で道を切り開いている。
死体に強制的な第二の生を植え付け、使役する。
イネスやニーズヘッグのような特殊な蘇生例を除けば、ローグも歴代もやっていることは変わらない。
「ローグ様、本当に、良いのですか?」
心配そうに、イネスはローグの表情を伺う。
主の手は、少しだけ、震えていた。
ローグの持つ私兵3670余りは、全て戦場で戦死した者のみを対象として《蘇生術》を掛けている。
当時《魔族》との闘争の最中で、人類の死体は至る所に転がっていた。
それだけを対象として、数年間、人影から身を隠しつつ、着実に戦力を増強してきたのだから。
「構わない。正体を知られた以上見逃すわけにもいかないしね。それに、これで敵の士気も一気に下がる」
一歩、ローグは彼らに向けて踏み出した。
「イカれた連中、大いに結構」
魔法力を、じっくりと手の内に溜める。
「スキルが与えられた。忌避職だった。死霊術師だった。たったそれだけだ。俺は何もしてない。何もしようとはしてなかった。全部そっちの都合で決めたことだったじゃないか」
イネスも、ニーズヘッグも口を挟むことは無かった。
「どこかの死霊術師が国を乗っ取った。どこかの死霊術師は女を殺し、侍らせて自らのそばに置いて自分だけの国を創った。あぁ、上等だ」
短いローグの言葉に、イネスはその覚悟を感じ取って鳥肌が立つのを感じていた。
ローグは不適に笑みを浮かべた。
膨れ上がったローグの禍々しい魔法力に、思わず捕縛された兵士達の表情が青ざめる。
「どこかの死霊術師は、やっと出来た仲間と居場所を守るために、悪魔にでも、イカれた連中にでもなってやる」
闇夜に輝く月の光が、ローグの手中を映し出す。
「イネス」
「はっ」
冷めた目つきで、イネスは魔力を滾らせた。
死地の間際、涙で顔をぐしゃぐしゃにした兵士達の先頭に立ってなお、硬い表情を崩さなかった男は、覚悟を決めて目を瞑った。
「――我々は、どうやら喧嘩を売る相手を間違えたようだな」
それが、帝国兵士の最後の言葉だった。