日が水平線に落ちていく寸前に、3つの人影が四方を森に囲まれた一画に降り立っていた。
皇国北東部に位置するユーリウス山脈。そこが、彼らの戦いの場所だった。
「……何つーか、派手に動きすぎたかな」
ローグ・クセル。元死霊術師現Gランク冒険者である彼は、苦笑いを浮かべながら山脈の中腹を眺めた。
そんななか、飄々としているのはイネスだ。
北の冷たい風で透き通る銀髪のポニーテールがふわりと揺れた。
胸元を開いた黒いロングドレスを羽織った彼女は、左目から漏れ出た紅の魔力オーラを漂わせながら目を凝らす。
「ユーリウス山脈に多数の魔力反応。一目散にこちらへと降りていく群れは大きく2群ですか。――ルシファーの名を語る中級魔人の大馬鹿者に魔界の番犬が4群、炎の精霊以下、巨人が数十体と言ったところです。もう一つは、ニーズヘッグの遠縁でもある《邪毒龍》ヴリトラ、《死龍》ドラゴンゾンビが数百。冒険者風に言うとすれば、Sランクレベルの魔物大集結と言った所でしょうか」
「ず、随分と達観してるんだな? 始祖の魔王に龍王って明らかにイネスとニーズヘッグの復活を聞いて集まった有志だろ……?」
ローグの肩にぴったりとくっついたニーズヘッグは、欠伸をしながら呟く。
『それはそれで、かつては我とて世界を暴れ回り、破壊し尽くしたい衝動に駆られた時期もあったさ。だが、今に至ってはそんな願望はない。我の虚像にしがみついて自身等の破壊衝動を満たしたいだけの奴等に慈悲などあるわけもなかろう。主の野望の邪魔をするのであれば、例え相手が同胞であろうと葬るのみだ』
「明確な目的もなく、いたずらに《ルシファー》の名を騙るばかりかローグ様に徒なす輩は死あるのみです。慈悲はありません。抹殺します」
「そ、そんなもん……なのか?」
ローグよりも遥か太古に生まれ育ち、現世に蘇生させた2人の、妙に噛み合った言い分には動揺を隠せないものの、気を取り直していく。
「よ、よし! あれを片付けて、さっさと皇国に戻るぞ。鑑定士さんの見立てが正しければ、今頃敵は攻め入ってるはずだからな。――イネス、ニーズヘッグ」
ローグの言葉に、言霊が宿る。
ピリつくような、冷たい魔法力のこもったその言葉に、イネス、ニーズヘッグ両名はぞくりと心ノ臓の動きを高鳴らせていた。
「《死霊術の誓約》、解除だ」
「――はっ!」
『くはははははは! やはりこの姿は力が漲るなッッ!!!!』
瞬間、辺り一帯に膨大な魔法力が、大きな波となって伝播する。
漏れ出た魔法力の衝撃波で、草木が揺れる。
ローグの両隣に顕現したのは、二つの化け物だった。
――具現化した白く輝く一対の角は、先端からバチバチと迸る雷のように輝きを放つ。
漆黒の空間を斬り裂いて彼女の背には三対の黒翼が姿を現し、左目から迸る赤黒い魔法力のオーラは、周囲の空間全てを支配するかのような鋭さだ。
――現れたのは、10メートルほどもある巨大な体躯。漆黒の堅鱗に身を包み、息を吐けば空気が燃えるほどの高温が場に満ちる。一歩脚を踏み出せば、大地に鋭爪の跡を形成していた。
《死霊術師の蘇生術》によって縛られていた本来の力を完全解放し、全盛期の力そのままを引き出された始祖の魔王と龍王はローグの両脇に凜として佇んだ。
「ニーズヘッグは龍達の相手、任せるよ。地形だけは変えないようにね。またおかしな『邪龍伝説』が増えちまわないようにさ」
『善処しよう。我とて、邪龍扱いされるのは本意ではないのでなッ!!」
「イネス、魔族連中の相手は任せた」
「承りました。死体の処理に関しては如何致しましょう?」
「どうせ有効利用も出来ないだろうから、好きにしなよ。ただ、トロールにだけは手を出すなよ。あれは俺の獲物だ」
「はっ。では、彼らには文字通り地獄を差し上げましょう。ふふふ……全力開放。真の《ルシファー》の力を思い知りなさい……ッッ!!」
ローグの指示を受けた両名は、それぞれの翼を大きく空に掲げた。
突如現れた謎の魔法力を排除すべく、一つ一つの個体全てがSランク相当とも言える魔人達は山脈を越えて雪崩れ込んでくる。
その戦闘に立っていたのは、1人の男だった。
身体中から漏れ出る異質な力は、人間達が使う魔法力とは明らかに違う部類の禍々しさがあった。
かつて、《世界七賢人》達によって世界の端まで追いやられた魔人族の一部だ。
3つの頭を持つケルベロスは、互いに密に連絡を取り合い辺りの木を伝って、一気にイネスの首筋目がけて牙を突き立てようとしていた。
『ゥガァァァァァァッッッ!!!!』
「少々お痛が過ぎたようですね。ケルベロスともあろう忠犬が、何故紛い物の《ルシファー》程度に頭を垂れているのでしょう?」
四方八方からランダムに攻め入ろうとするケルベロス達に、イネスは指をペロリと舐めて微笑んだ。
「答えは簡単です。あなた方は本物を知らないだけなのですから、ね」
コォォ――、と。
辺りの空気が凍てついた。
ぷくりとした唇を、イネスは微かに動かした。
「――ヒレフシナサイ」
静かに呟いたその一言で、向かい来るケルベロス達が総毛立った。
突き立てようとしていた牙を口腔内にすぐさま仕舞い込み、あれほど好戦的だった目もすっかり弱々しく垂れ下がる。
尻尾を垂れ下げ、イネスを囲うようにして大人しく腰を落とすケルベロス達。
そんなケルベロス達の頭を撫で撫でしながら、イネスは微笑む。
「あら、良い子達ですね。あなた方に指示を出した《ルシファー》の居場所、教えてくれませんか?」
『……クゥン……』
ふりふりと、尻尾を振って全てのケルベロス達が同じ方角を向いた。
なるほどそこには、《炎の精霊》イフリートと呼ばれる魔人の使い魔が、主を抱えて一目散に逃げだそうとしている気配が視えた。
「……どうやら、あちらの方はイケない子のようですね」
ぽつり、呟いたイネスは3対の蝙蝠のような漆黒翼を、大きく広げたのだった。
皇国北東部に位置するユーリウス山脈。そこが、彼らの戦いの場所だった。
「……何つーか、派手に動きすぎたかな」
ローグ・クセル。元死霊術師現Gランク冒険者である彼は、苦笑いを浮かべながら山脈の中腹を眺めた。
そんななか、飄々としているのはイネスだ。
北の冷たい風で透き通る銀髪のポニーテールがふわりと揺れた。
胸元を開いた黒いロングドレスを羽織った彼女は、左目から漏れ出た紅の魔力オーラを漂わせながら目を凝らす。
「ユーリウス山脈に多数の魔力反応。一目散にこちらへと降りていく群れは大きく2群ですか。――ルシファーの名を語る中級魔人の大馬鹿者に魔界の番犬が4群、炎の精霊以下、巨人が数十体と言ったところです。もう一つは、ニーズヘッグの遠縁でもある《邪毒龍》ヴリトラ、《死龍》ドラゴンゾンビが数百。冒険者風に言うとすれば、Sランクレベルの魔物大集結と言った所でしょうか」
「ず、随分と達観してるんだな? 始祖の魔王に龍王って明らかにイネスとニーズヘッグの復活を聞いて集まった有志だろ……?」
ローグの肩にぴったりとくっついたニーズヘッグは、欠伸をしながら呟く。
『それはそれで、かつては我とて世界を暴れ回り、破壊し尽くしたい衝動に駆られた時期もあったさ。だが、今に至ってはそんな願望はない。我の虚像にしがみついて自身等の破壊衝動を満たしたいだけの奴等に慈悲などあるわけもなかろう。主の野望の邪魔をするのであれば、例え相手が同胞であろうと葬るのみだ』
「明確な目的もなく、いたずらに《ルシファー》の名を騙るばかりかローグ様に徒なす輩は死あるのみです。慈悲はありません。抹殺します」
「そ、そんなもん……なのか?」
ローグよりも遥か太古に生まれ育ち、現世に蘇生させた2人の、妙に噛み合った言い分には動揺を隠せないものの、気を取り直していく。
「よ、よし! あれを片付けて、さっさと皇国に戻るぞ。鑑定士さんの見立てが正しければ、今頃敵は攻め入ってるはずだからな。――イネス、ニーズヘッグ」
ローグの言葉に、言霊が宿る。
ピリつくような、冷たい魔法力のこもったその言葉に、イネス、ニーズヘッグ両名はぞくりと心ノ臓の動きを高鳴らせていた。
「《死霊術の誓約》、解除だ」
「――はっ!」
『くはははははは! やはりこの姿は力が漲るなッッ!!!!』
瞬間、辺り一帯に膨大な魔法力が、大きな波となって伝播する。
漏れ出た魔法力の衝撃波で、草木が揺れる。
ローグの両隣に顕現したのは、二つの化け物だった。
――具現化した白く輝く一対の角は、先端からバチバチと迸る雷のように輝きを放つ。
漆黒の空間を斬り裂いて彼女の背には三対の黒翼が姿を現し、左目から迸る赤黒い魔法力のオーラは、周囲の空間全てを支配するかのような鋭さだ。
――現れたのは、10メートルほどもある巨大な体躯。漆黒の堅鱗に身を包み、息を吐けば空気が燃えるほどの高温が場に満ちる。一歩脚を踏み出せば、大地に鋭爪の跡を形成していた。
《死霊術師の蘇生術》によって縛られていた本来の力を完全解放し、全盛期の力そのままを引き出された始祖の魔王と龍王はローグの両脇に凜として佇んだ。
「ニーズヘッグは龍達の相手、任せるよ。地形だけは変えないようにね。またおかしな『邪龍伝説』が増えちまわないようにさ」
『善処しよう。我とて、邪龍扱いされるのは本意ではないのでなッ!!」
「イネス、魔族連中の相手は任せた」
「承りました。死体の処理に関しては如何致しましょう?」
「どうせ有効利用も出来ないだろうから、好きにしなよ。ただ、トロールにだけは手を出すなよ。あれは俺の獲物だ」
「はっ。では、彼らには文字通り地獄を差し上げましょう。ふふふ……全力開放。真の《ルシファー》の力を思い知りなさい……ッッ!!」
ローグの指示を受けた両名は、それぞれの翼を大きく空に掲げた。
突如現れた謎の魔法力を排除すべく、一つ一つの個体全てがSランク相当とも言える魔人達は山脈を越えて雪崩れ込んでくる。
その戦闘に立っていたのは、1人の男だった。
身体中から漏れ出る異質な力は、人間達が使う魔法力とは明らかに違う部類の禍々しさがあった。
かつて、《世界七賢人》達によって世界の端まで追いやられた魔人族の一部だ。
3つの頭を持つケルベロスは、互いに密に連絡を取り合い辺りの木を伝って、一気にイネスの首筋目がけて牙を突き立てようとしていた。
『ゥガァァァァァァッッッ!!!!』
「少々お痛が過ぎたようですね。ケルベロスともあろう忠犬が、何故紛い物の《ルシファー》程度に頭を垂れているのでしょう?」
四方八方からランダムに攻め入ろうとするケルベロス達に、イネスは指をペロリと舐めて微笑んだ。
「答えは簡単です。あなた方は本物を知らないだけなのですから、ね」
コォォ――、と。
辺りの空気が凍てついた。
ぷくりとした唇を、イネスは微かに動かした。
「――ヒレフシナサイ」
静かに呟いたその一言で、向かい来るケルベロス達が総毛立った。
突き立てようとしていた牙を口腔内にすぐさま仕舞い込み、あれほど好戦的だった目もすっかり弱々しく垂れ下がる。
尻尾を垂れ下げ、イネスを囲うようにして大人しく腰を落とすケルベロス達。
そんなケルベロス達の頭を撫で撫でしながら、イネスは微笑む。
「あら、良い子達ですね。あなた方に指示を出した《ルシファー》の居場所、教えてくれませんか?」
『……クゥン……』
ふりふりと、尻尾を振って全てのケルベロス達が同じ方角を向いた。
なるほどそこには、《炎の精霊》イフリートと呼ばれる魔人の使い魔が、主を抱えて一目散に逃げだそうとしている気配が視えた。
「……どうやら、あちらの方はイケない子のようですね」
ぽつり、呟いたイネスは3対の蝙蝠のような漆黒翼を、大きく広げたのだった。