サルディア皇国王都大聖堂。
ミーティングルームに流れる不穏な空気を払拭する一報が入ってきた。
「ご報告致します! 最も戦闘規模の大きい《ドレッド・ファイア》率いるダルン地区にて、ラグルド・サイフォン、シノン・アスカ両名によるA+級ゴブリンロードの撃破を確認! 以下、彼らの獅子奮迅の活躍もありゴブリンキング、ミノタウロスも多数討伐報告が上がっています! 《獅子の心臓率いる王都外壁ガジャ地区でもミノタウロス13頭、下級ゴブリン8割の撃破と奴等が現れる転移魔方陣を落とした模様です。現在、グラン・カルマらを中心にダルン地区への援護に向かっている模様!」
息を切らした伝令の言葉に一息つくのはカルファ。
脱力したように、椅子にボフッと座り込んで眉間を摘まんだ。
「他の戦況はどうなっていますか?」
カルファは問う。
「主に魔物の出現を確認するのは5カ所に絞られました。戦勝報告を挙げている部隊が多い中で、やはりダルン地区だけは未だ出現数も減らず拮抗している状態です。ですが、どこも満身創痍のようで……他区画からの増援は不可能かと思われます」
「そう、ありがとうございます」
一礼して去って行く伝令。
パタリと手持ちのカードを伏せたルシエラは、カルファの顔をじっと見つめた。
「このままで、襲撃が終わる――なんて考えは、甘いでしょうか?」
空に浮かんだ満月は、夜の王都を神々しく照らしていた。
「ヴォイド・メルクールは《世界七賢人》の中でも最も秀でた魔術師であり、最も帝国に忠誠心の厚い男です。戦禍で命を落としたバルラ前皇帝の側で誰よりも信頼を得て、その手腕を振るっていましたからね」
「バルラの前皇帝については、私もよくは分かりません。何せ、その時は父様の統治時代でしたから」
「前皇王様は、当時のバルラ皇帝だけには刃を向けられないようにはされていました。もちろん、侵略されれば自らの命が危ぶまれることを危惧していた事が最もだった理由だとは思えましたが」
ルシエラは、恐る恐るとカルファの表情をうかがった。
「魔族との間での長年の闘争の末に、人間同士の闘争が始まるというのも、皮肉なことですね」
そんなルシエラに、カルファは自嘲気味に笑みを浮かべる。
「そんなものですよ。いくら平和を請うた所で、志は一つではないのですから。私たちは――少なくとも私は、この国を護ることで精一杯ですよ」
と、その時、別の衛兵が再び息を切らして入室してくる。
「続けてご報告致します! ダルン地区にて、複数の高エネルギー魔法反応を検出! 帝国の者と思われますが……ど、同時に……全12カ所にも所属不明の魔法力反応が……」
言いにくそうに淀む衛兵の言葉に、カルファはこくりと頷いた。
「どうやら間に合ったみたいですよ、救国の英雄が――」
○○○
皇国大聖堂にて、カルファが第二の報告を受ける少し前。
ツンツン、ツンツンと。
ダルン地区での厳しい戦闘が少し鳴りを潜めたなかで、シノンは槍先で、倒れたゴブリンロードを突っついた。
「これ、もう動かねーよな? 大丈夫だよな? 急に抱きついてきたりしないよな?」
体長3メートルほどもあるゴブリンロードの顔を気味悪そうに見つめるシノン。
いつも好戦的で、挑発的な彼女からは考えられないその態度だったが、ラグルドは言う。
「おいシノン。そんな突っ立ってないで剥ぎ取り手伝え-。早くしないと他の奴等に取られちまうぞー」
「お前はこんな戦地のド真ん中で、よくそんな悠長に剥ぎ取りなんか出来るな!?」
「そりゃ剥ぎ取りは冒険者の基本でしょ。それに、あの魔方陣からの次群はきっちり途絶えてるし」
「……まぁ、そりゃそうだけどよ」
シノンの見つめる先には、未だに闘っている者は多いものの、先ほどのような嵐の如き襲撃はなくなっていた。
「なんつーか、嵐の前の静けさっつーか……。あ、ラグルド、ゴブリンロードの体内魔法石はアタシに寄越してくれ。新しい槍先に魔力付与するのに使う」
「お前もちゃっかり剥ぎ取ってるじゃないか」
死体と血生臭さが広がる戦場で、少しばかりの静けさに身を任せて、2人はゴブリンロードの解体を続けていた。
――と。
「へぇ、それがゴブリンロードの体内魔法石ですか。私も見たのは初めてです」
「はっ! どこのどいつか知らねぇがこれはアタシのだ。誰にも渡さねぇからな!」
「シノン、俺らの! 俺らのだから!」
戦場に突如現れたのは1人の青年だった。
燃えるような紅い瞳と、整えられた深紅の長髪。
冒険者とは明らかに違う、高貴な服装をしたその男は、シノンの隣にしゃがんで倒れたゴブリンロードを覗き込んだ。
「これは……とてもいい素材ですね」
「へぇ、分かるか! ゴブリンロード特有の体内魔法精製器官の体内魔法石、それに武具や防具に大活躍の堅革だったり、弓矢の鏃、調合素材にもなる堅骨だので、案外余すことないんだよな。ゴブリンキングですらそうなんだから、ロードとくりゃ全てが一級品だ」
吟味するようにゴブリンロードの姿形をまじまじと見つめるその姿に、シノンは上機嫌に聞く。
「そういや、アンタはこの近くで見ない顔だな。正規兵にも、アスカロンでも見たことねぇな。よりによってこんな時のこんな場所にいるなんて、運ねぇよな。怪我はないか?」
「ええ、ご心配、ありがとうございます」
青年は、シノンが素早く解体するのを見つめる。
「そんな物珍しく見なくたって、解体順序はゴブリンキングと大して変わんねぇだろ?」
「いえいえ、私たちの国ではそのゴブリンキングですら希少種なのですよ。何しろ、資源が乏しいもので、魔物なども住みにくい地域なんですよね。何なら、魔物を見たことがないヒトもいるほどですから」
「ふーん……なんつーか、冒険者以外にとっては魔物が出ないなんて過ごしやすいことこの上なさそうだな」
グシュ、ベチャリ、ズクと。
肉と内臓を仕分ける生々しい音を聞きながらも顔色を一切変えない男に、シノンは念を押したように言う。
「……や、やらねぇからな!?」
「いえ、ご心配なく。私は、そんな小さなもの一つにわざわざこだわりませんから」
その男の一言に、どこかカチンと来たのかシノンは青筋を立てて解体の腕を止める。
ラグルドは作業を続けながら言う。
「シノンー。何でもいいけど、取るモン取ったらさっさと戻るぞー。そこの人も、ここは危ないからさっさとどっか逃げた方がいいっすよ。いつまた亜人の襲撃が来るか分かったもんじゃないですし」
ラグルドの忠告を聞き流し、シノンはその優しげな顔をした男を見上げる。
「さっきから物欲しそうに見てると思えば今度は何だ? じゃぁもっとおっきいもんはなんだってんだ?」
シノンの挑発に、紅長髪の優男は悪魔のような笑みを浮かべた。
「――この国全部ですよ」
パチンと。
男――ヴォイド・メルクールが指を鳴らしたその瞬間。
辺り一帯には、闇夜を紅に染め上げる魔方陣の光が輝きを放っていった。
ミーティングルームに流れる不穏な空気を払拭する一報が入ってきた。
「ご報告致します! 最も戦闘規模の大きい《ドレッド・ファイア》率いるダルン地区にて、ラグルド・サイフォン、シノン・アスカ両名によるA+級ゴブリンロードの撃破を確認! 以下、彼らの獅子奮迅の活躍もありゴブリンキング、ミノタウロスも多数討伐報告が上がっています! 《獅子の心臓率いる王都外壁ガジャ地区でもミノタウロス13頭、下級ゴブリン8割の撃破と奴等が現れる転移魔方陣を落とした模様です。現在、グラン・カルマらを中心にダルン地区への援護に向かっている模様!」
息を切らした伝令の言葉に一息つくのはカルファ。
脱力したように、椅子にボフッと座り込んで眉間を摘まんだ。
「他の戦況はどうなっていますか?」
カルファは問う。
「主に魔物の出現を確認するのは5カ所に絞られました。戦勝報告を挙げている部隊が多い中で、やはりダルン地区だけは未だ出現数も減らず拮抗している状態です。ですが、どこも満身創痍のようで……他区画からの増援は不可能かと思われます」
「そう、ありがとうございます」
一礼して去って行く伝令。
パタリと手持ちのカードを伏せたルシエラは、カルファの顔をじっと見つめた。
「このままで、襲撃が終わる――なんて考えは、甘いでしょうか?」
空に浮かんだ満月は、夜の王都を神々しく照らしていた。
「ヴォイド・メルクールは《世界七賢人》の中でも最も秀でた魔術師であり、最も帝国に忠誠心の厚い男です。戦禍で命を落としたバルラ前皇帝の側で誰よりも信頼を得て、その手腕を振るっていましたからね」
「バルラの前皇帝については、私もよくは分かりません。何せ、その時は父様の統治時代でしたから」
「前皇王様は、当時のバルラ皇帝だけには刃を向けられないようにはされていました。もちろん、侵略されれば自らの命が危ぶまれることを危惧していた事が最もだった理由だとは思えましたが」
ルシエラは、恐る恐るとカルファの表情をうかがった。
「魔族との間での長年の闘争の末に、人間同士の闘争が始まるというのも、皮肉なことですね」
そんなルシエラに、カルファは自嘲気味に笑みを浮かべる。
「そんなものですよ。いくら平和を請うた所で、志は一つではないのですから。私たちは――少なくとも私は、この国を護ることで精一杯ですよ」
と、その時、別の衛兵が再び息を切らして入室してくる。
「続けてご報告致します! ダルン地区にて、複数の高エネルギー魔法反応を検出! 帝国の者と思われますが……ど、同時に……全12カ所にも所属不明の魔法力反応が……」
言いにくそうに淀む衛兵の言葉に、カルファはこくりと頷いた。
「どうやら間に合ったみたいですよ、救国の英雄が――」
○○○
皇国大聖堂にて、カルファが第二の報告を受ける少し前。
ツンツン、ツンツンと。
ダルン地区での厳しい戦闘が少し鳴りを潜めたなかで、シノンは槍先で、倒れたゴブリンロードを突っついた。
「これ、もう動かねーよな? 大丈夫だよな? 急に抱きついてきたりしないよな?」
体長3メートルほどもあるゴブリンロードの顔を気味悪そうに見つめるシノン。
いつも好戦的で、挑発的な彼女からは考えられないその態度だったが、ラグルドは言う。
「おいシノン。そんな突っ立ってないで剥ぎ取り手伝え-。早くしないと他の奴等に取られちまうぞー」
「お前はこんな戦地のド真ん中で、よくそんな悠長に剥ぎ取りなんか出来るな!?」
「そりゃ剥ぎ取りは冒険者の基本でしょ。それに、あの魔方陣からの次群はきっちり途絶えてるし」
「……まぁ、そりゃそうだけどよ」
シノンの見つめる先には、未だに闘っている者は多いものの、先ほどのような嵐の如き襲撃はなくなっていた。
「なんつーか、嵐の前の静けさっつーか……。あ、ラグルド、ゴブリンロードの体内魔法石はアタシに寄越してくれ。新しい槍先に魔力付与するのに使う」
「お前もちゃっかり剥ぎ取ってるじゃないか」
死体と血生臭さが広がる戦場で、少しばかりの静けさに身を任せて、2人はゴブリンロードの解体を続けていた。
――と。
「へぇ、それがゴブリンロードの体内魔法石ですか。私も見たのは初めてです」
「はっ! どこのどいつか知らねぇがこれはアタシのだ。誰にも渡さねぇからな!」
「シノン、俺らの! 俺らのだから!」
戦場に突如現れたのは1人の青年だった。
燃えるような紅い瞳と、整えられた深紅の長髪。
冒険者とは明らかに違う、高貴な服装をしたその男は、シノンの隣にしゃがんで倒れたゴブリンロードを覗き込んだ。
「これは……とてもいい素材ですね」
「へぇ、分かるか! ゴブリンロード特有の体内魔法精製器官の体内魔法石、それに武具や防具に大活躍の堅革だったり、弓矢の鏃、調合素材にもなる堅骨だので、案外余すことないんだよな。ゴブリンキングですらそうなんだから、ロードとくりゃ全てが一級品だ」
吟味するようにゴブリンロードの姿形をまじまじと見つめるその姿に、シノンは上機嫌に聞く。
「そういや、アンタはこの近くで見ない顔だな。正規兵にも、アスカロンでも見たことねぇな。よりによってこんな時のこんな場所にいるなんて、運ねぇよな。怪我はないか?」
「ええ、ご心配、ありがとうございます」
青年は、シノンが素早く解体するのを見つめる。
「そんな物珍しく見なくたって、解体順序はゴブリンキングと大して変わんねぇだろ?」
「いえいえ、私たちの国ではそのゴブリンキングですら希少種なのですよ。何しろ、資源が乏しいもので、魔物なども住みにくい地域なんですよね。何なら、魔物を見たことがないヒトもいるほどですから」
「ふーん……なんつーか、冒険者以外にとっては魔物が出ないなんて過ごしやすいことこの上なさそうだな」
グシュ、ベチャリ、ズクと。
肉と内臓を仕分ける生々しい音を聞きながらも顔色を一切変えない男に、シノンは念を押したように言う。
「……や、やらねぇからな!?」
「いえ、ご心配なく。私は、そんな小さなもの一つにわざわざこだわりませんから」
その男の一言に、どこかカチンと来たのかシノンは青筋を立てて解体の腕を止める。
ラグルドは作業を続けながら言う。
「シノンー。何でもいいけど、取るモン取ったらさっさと戻るぞー。そこの人も、ここは危ないからさっさとどっか逃げた方がいいっすよ。いつまた亜人の襲撃が来るか分かったもんじゃないですし」
ラグルドの忠告を聞き流し、シノンはその優しげな顔をした男を見上げる。
「さっきから物欲しそうに見てると思えば今度は何だ? じゃぁもっとおっきいもんはなんだってんだ?」
シノンの挑発に、紅長髪の優男は悪魔のような笑みを浮かべた。
「――この国全部ですよ」
パチンと。
男――ヴォイド・メルクールが指を鳴らしたその瞬間。
辺り一帯には、闇夜を紅に染め上げる魔方陣の光が輝きを放っていった。