地上に降り立ったローグ達は、傷病者が数多く転がっているアスカロン前で一休みをしていたカルファの前に立っていた。
ミカエラの献身的な治療や、大聖堂から派遣された皇国正規兵の回復術師達、大聖堂の奥の方から引っ張ってきたらしいポーションなどをフル活用して悲観的な状態からはようやく脱することが出来ていたようだった。
ラグルドやグランなどは包帯を巻いているものの、他の傷病者の手当に回れるほどには
回復が完了している。
そんな中、新たに銀鎧を纏ったカルファは皇国兵に渡された紙とにらめっこしていた際に、ローグは言う。
「鑑定士さん、分かってるとは思うけど、恐らくこの襲撃はまたすぐ来ると思う」
「……帝国側からのメッセージですかね」
「なんだ、知ってたのか」
「えぇ、まぁ。ルシエラ様もおっしゃっていましたが、元々帝国は前帝王の時代から侵略国家を思わせる節がありましたからね。国土は広くとも資源はそれほど多くない帝国に比べ、我が国は国土こそ広くないものの資源には自信があります。彼らが狙いを定めるのも充分理解出来ますよ。それに、さぞかし懐柔しやすかったでしょうしね」
ローグ達の知らない前皇王には、カルファも随分参っている。
だが、その都度かつての負債を取り戻すかのように悪戦苦闘しながらも国の存続を憂うカルファには、ローグも関心が高まるばかりだった。
「対魔族掃討戦が終わり、共通敵もいないとなると後は身内同士の政争になるのは分かりきっていたことです。私たちに力が無かったことも事実ですが、やれることは全部やります。ルシエラ皇太子殿下と、皇国民を守ることこそが、今の私の最大の使命ですから」
吹っ切れた様子で呟くカルファに、ローグは疑問を覚えざるを得なかった。
「そうまでして守りたいもんかね、『国』ってモンは」
嘆息気味のローグの言葉に、カルファは苦笑いをしながらも「もちろんです」と答える。
「皆の故郷です。なくなれば、悲しいでしょう。何より、ルシエラ様が悲しまれます。個人的にルシエラ様に忠誠を誓う身として、あの方は将来必ずやサルディア皇国に光を取り戻して下さる方だと、私は信じています」
カルファは、銀鎧の胸中央部に描かれた皇国の国章に手を宛がった。
「前にもお話ししたとおり、ルシエラ様は前皇王様の実子です。ですが、父親に愛されたこともありません。母親は、彼女を産んだ直後に亡くなりました。それでもルシエラ様は常にこの国を憂い、この国の未来を健気に占ってきています。ルシエラ様の星占術によって皇国の運命が変わったことは数知れません。そんな彼女のこれまでの頑張りを無駄にしないためにも、私は走り続けないといけないのですよ」
カルファは、ニーズヘッグが咥えていたいくつもの書類を受け取った。
ローグはそれを見計らって言う。
「12個。それが、帝国側が皇国に仕掛けてる転移魔方陣の数だ。おおよそ、一個中隊が入れるほどの魔方陣が、皇国王都周りを囲ってる状態だ。皇国側の戦力で太刀打ち出来そうかな?」
予想を上回る敵の工作に目を疑うカルファだったが、すぐに気を取り直して皇国の大きな地図を見渡した。
「正直言って、厳しいかと思われます。皇国正規兵の6割全てを投じても、これだけ広範囲だと――。それに、恐らく大将として攻めてくるであろうヴォイドがどこに現れるかが分からない以上、皇国最大の戦力であるカルムらは王都中央に置いておきたいのですが――」
と、そんなローグやカルファ達の元にやってきた集団があった。
「カルファ様、どうかその戦力の中に俺たちを加えてはくれませんか。俺たちだって、このまま黙って寝てるわけには、いきません……!」
「皇国正規兵との共闘なんざ考えたくもないくらいだが、俺たちゃ俺たちで引き下がってらんねぇんだよ」
全快とまでは行かないものの、何とか立ち上がれるようになっているラグルドや、グラン――そしてその後ろに控えたのは、アスカロン冒険者達だった。
皇国正規兵と、冒険者との間には大きな溝があることも確かだ。
皇国正規兵は主に貴族街周囲を中心とする駐屯部隊であり、魔法力の含有量を含め、産まれながらにしてかなりのステータスを保有する者が多い。
反対に、冒険者は産まれながらにして平民出身であり、直接的な任務などを通して地力を上げて、優良なステータスを築き上げる者が多い。
冒険者ギルド『アスカロン』出身者の中で唯一皇国正規兵として招集されたカルムを羨ましがる冒険者も多いが、その2つの勢力は相容れないもの同士とされている。
そんな中で、グランは言う。
「俺たちは今、魔法力こそ全快じゃぁないが、これまで鍛え上げてきた地の利と経験がある。今朝の襲撃で無様に敗走した身で偉そうなことも言えないが、頼む」
グランと共に、ラグルドや、受付嬢、そして他の冒険者達も頭を一様に下げた。
「皇国正規兵の魔法力と、俺たち冒険者の経験や地の利が合わされば、何とか奴等の侵攻を食い止めることが出来るなら、いくらでも使ってくれ」
「無論、他の奴等とも相談したしな」と。
そう言うグランの後ろでは、満身創痍ながらグーサインを作る冒険者の姿があった。
「……ぁ」
カルファは、一度押し黙る。
ローグと出会う寸前の対亜人戦では、皇国正規兵も無様な敗北を余儀なくされた。
皇王の逃亡も相まって、国のトップが亜人勢によって屠られ、地の利もなく崖に追い込まれて全滅寸前にまで追い込まれた。
あそこでもし、地の利や経験が豊富だった冒険者を頼っていたら結果が大きく違っていたかもしれない。
それでも、カルファを含めた皇国正規兵達は誰1人として冒険者街へは赴かなかった。 それどころか、皇王の死や亜人襲来に関しては、一切の箝口令を敷いていた。
カルファは、国を憂う仲間としての冒険者達の瞳を見て思わず俯いてしまっていた。
だが、すぐ顔を上げて後方に待機していたカルムにすぐさま令を出した。
「カルム、今すぐ動ける皇国正規兵をアスカロン前へ集合させてください。アスカロン冒険者の知恵を仰ぎましょう」
「――はっ。グラン、恩に着る」
「国が潰れりゃ元も子もねぇからな。っははははは」
蓄えた口髭をさすりつつ豪快に笑うグラン。
ローグは、カルファに向き直った。
「それじゃ、俺はどこにいればいいんだろうね。俺や、イネスやニーズヘッグだったら多少無茶な所に行っても何とかしてみせるよ」
と自信満々に言って見せたローグだったが、ラグルドやグランは「何を言っているんだ……?」と心底不思議そうにしてローグの頭を叩いた。
「お前はSSSランク昇格試験に行くんだ。こんな機会、滅多にあるもんじゃねぇ。それに――」
ラグルドとグラン、受付嬢を始めとしたアスカロン冒険者はにかっと笑みを浮かべた。
「お前のことだ。パパッと任務クリアしてこっちの手助けしてくれりゃ、何の問題もなかろうて」
「……グランさん、それじゃ俺たちローグさんにおんぶに抱っこじゃないですか」
「あぁ。情けねぇがな。だが、ローグが帰ってくる頃くらいまで食い止めることくらいは出来らぁよ」
「そ、それこそカルファ様が許すわけがないじゃないですか、ね、ねカルファ様!?」
ラグルドが怯える様子でカルファを向く。
冗談交じりに笑い合う冒険者間の中で、カルファだけが唯一ぶつぶつと呟きながらも、冷静に言葉を紡いでいた。
「いえ、ローグさんには予定通り昇格試験に赴いてもらいます」
カルファのはっきりと呟いた言葉に、ローグは耳を疑うしかなかったのだった。
ミカエラの献身的な治療や、大聖堂から派遣された皇国正規兵の回復術師達、大聖堂の奥の方から引っ張ってきたらしいポーションなどをフル活用して悲観的な状態からはようやく脱することが出来ていたようだった。
ラグルドやグランなどは包帯を巻いているものの、他の傷病者の手当に回れるほどには
回復が完了している。
そんな中、新たに銀鎧を纏ったカルファは皇国兵に渡された紙とにらめっこしていた際に、ローグは言う。
「鑑定士さん、分かってるとは思うけど、恐らくこの襲撃はまたすぐ来ると思う」
「……帝国側からのメッセージですかね」
「なんだ、知ってたのか」
「えぇ、まぁ。ルシエラ様もおっしゃっていましたが、元々帝国は前帝王の時代から侵略国家を思わせる節がありましたからね。国土は広くとも資源はそれほど多くない帝国に比べ、我が国は国土こそ広くないものの資源には自信があります。彼らが狙いを定めるのも充分理解出来ますよ。それに、さぞかし懐柔しやすかったでしょうしね」
ローグ達の知らない前皇王には、カルファも随分参っている。
だが、その都度かつての負債を取り戻すかのように悪戦苦闘しながらも国の存続を憂うカルファには、ローグも関心が高まるばかりだった。
「対魔族掃討戦が終わり、共通敵もいないとなると後は身内同士の政争になるのは分かりきっていたことです。私たちに力が無かったことも事実ですが、やれることは全部やります。ルシエラ皇太子殿下と、皇国民を守ることこそが、今の私の最大の使命ですから」
吹っ切れた様子で呟くカルファに、ローグは疑問を覚えざるを得なかった。
「そうまでして守りたいもんかね、『国』ってモンは」
嘆息気味のローグの言葉に、カルファは苦笑いをしながらも「もちろんです」と答える。
「皆の故郷です。なくなれば、悲しいでしょう。何より、ルシエラ様が悲しまれます。個人的にルシエラ様に忠誠を誓う身として、あの方は将来必ずやサルディア皇国に光を取り戻して下さる方だと、私は信じています」
カルファは、銀鎧の胸中央部に描かれた皇国の国章に手を宛がった。
「前にもお話ししたとおり、ルシエラ様は前皇王様の実子です。ですが、父親に愛されたこともありません。母親は、彼女を産んだ直後に亡くなりました。それでもルシエラ様は常にこの国を憂い、この国の未来を健気に占ってきています。ルシエラ様の星占術によって皇国の運命が変わったことは数知れません。そんな彼女のこれまでの頑張りを無駄にしないためにも、私は走り続けないといけないのですよ」
カルファは、ニーズヘッグが咥えていたいくつもの書類を受け取った。
ローグはそれを見計らって言う。
「12個。それが、帝国側が皇国に仕掛けてる転移魔方陣の数だ。おおよそ、一個中隊が入れるほどの魔方陣が、皇国王都周りを囲ってる状態だ。皇国側の戦力で太刀打ち出来そうかな?」
予想を上回る敵の工作に目を疑うカルファだったが、すぐに気を取り直して皇国の大きな地図を見渡した。
「正直言って、厳しいかと思われます。皇国正規兵の6割全てを投じても、これだけ広範囲だと――。それに、恐らく大将として攻めてくるであろうヴォイドがどこに現れるかが分からない以上、皇国最大の戦力であるカルムらは王都中央に置いておきたいのですが――」
と、そんなローグやカルファ達の元にやってきた集団があった。
「カルファ様、どうかその戦力の中に俺たちを加えてはくれませんか。俺たちだって、このまま黙って寝てるわけには、いきません……!」
「皇国正規兵との共闘なんざ考えたくもないくらいだが、俺たちゃ俺たちで引き下がってらんねぇんだよ」
全快とまでは行かないものの、何とか立ち上がれるようになっているラグルドや、グラン――そしてその後ろに控えたのは、アスカロン冒険者達だった。
皇国正規兵と、冒険者との間には大きな溝があることも確かだ。
皇国正規兵は主に貴族街周囲を中心とする駐屯部隊であり、魔法力の含有量を含め、産まれながらにしてかなりのステータスを保有する者が多い。
反対に、冒険者は産まれながらにして平民出身であり、直接的な任務などを通して地力を上げて、優良なステータスを築き上げる者が多い。
冒険者ギルド『アスカロン』出身者の中で唯一皇国正規兵として招集されたカルムを羨ましがる冒険者も多いが、その2つの勢力は相容れないもの同士とされている。
そんな中で、グランは言う。
「俺たちは今、魔法力こそ全快じゃぁないが、これまで鍛え上げてきた地の利と経験がある。今朝の襲撃で無様に敗走した身で偉そうなことも言えないが、頼む」
グランと共に、ラグルドや、受付嬢、そして他の冒険者達も頭を一様に下げた。
「皇国正規兵の魔法力と、俺たち冒険者の経験や地の利が合わされば、何とか奴等の侵攻を食い止めることが出来るなら、いくらでも使ってくれ」
「無論、他の奴等とも相談したしな」と。
そう言うグランの後ろでは、満身創痍ながらグーサインを作る冒険者の姿があった。
「……ぁ」
カルファは、一度押し黙る。
ローグと出会う寸前の対亜人戦では、皇国正規兵も無様な敗北を余儀なくされた。
皇王の逃亡も相まって、国のトップが亜人勢によって屠られ、地の利もなく崖に追い込まれて全滅寸前にまで追い込まれた。
あそこでもし、地の利や経験が豊富だった冒険者を頼っていたら結果が大きく違っていたかもしれない。
それでも、カルファを含めた皇国正規兵達は誰1人として冒険者街へは赴かなかった。 それどころか、皇王の死や亜人襲来に関しては、一切の箝口令を敷いていた。
カルファは、国を憂う仲間としての冒険者達の瞳を見て思わず俯いてしまっていた。
だが、すぐ顔を上げて後方に待機していたカルムにすぐさま令を出した。
「カルム、今すぐ動ける皇国正規兵をアスカロン前へ集合させてください。アスカロン冒険者の知恵を仰ぎましょう」
「――はっ。グラン、恩に着る」
「国が潰れりゃ元も子もねぇからな。っははははは」
蓄えた口髭をさすりつつ豪快に笑うグラン。
ローグは、カルファに向き直った。
「それじゃ、俺はどこにいればいいんだろうね。俺や、イネスやニーズヘッグだったら多少無茶な所に行っても何とかしてみせるよ」
と自信満々に言って見せたローグだったが、ラグルドやグランは「何を言っているんだ……?」と心底不思議そうにしてローグの頭を叩いた。
「お前はSSSランク昇格試験に行くんだ。こんな機会、滅多にあるもんじゃねぇ。それに――」
ラグルドとグラン、受付嬢を始めとしたアスカロン冒険者はにかっと笑みを浮かべた。
「お前のことだ。パパッと任務クリアしてこっちの手助けしてくれりゃ、何の問題もなかろうて」
「……グランさん、それじゃ俺たちローグさんにおんぶに抱っこじゃないですか」
「あぁ。情けねぇがな。だが、ローグが帰ってくる頃くらいまで食い止めることくらいは出来らぁよ」
「そ、それこそカルファ様が許すわけがないじゃないですか、ね、ねカルファ様!?」
ラグルドが怯える様子でカルファを向く。
冗談交じりに笑い合う冒険者間の中で、カルファだけが唯一ぶつぶつと呟きながらも、冷静に言葉を紡いでいた。
「いえ、ローグさんには予定通り昇格試験に赴いてもらいます」
カルファのはっきりと呟いた言葉に、ローグは耳を疑うしかなかったのだった。