ヴォイドは長い紅髪をまくり上げて、机の上に大きな地図を開いた。

「とはいえ、問題自体は魔王と龍王(そのふたり)とは直接的には関係しないんだけどね」

  ローグは、自身の手をぎゅっと握るミカエラを見つめる。

「ちなみに、SSSへの昇格資格を持ったそこの――ローグ君は、世界の地理を把握しているかい? データ書によると……数日前に冒険者登録をしたばかりで、それ以前の経歴は一切不肖とされているけど」

 ローグ自身は、国家間という概念をほとんど把握していない。というより、どこにも所属せず放浪生活をしていたのだから、あまり身近な話ではなかったのだが。
 それでも身分証明が必須の世の中で、逃げ隠れする生活が長かったローグにとって、ヴォイドからの教えは非常にありがたいものだった。

「いえ、ご教授くださると幸いです」

 ローグもつられて世界地図を眺める。

「この世界地図……大きさこそ差違はあれど、かつて人魔大戦の終戦後に《世界七賢人》の代表達で北部に3国、大陸中央を一直線に横断するユーリウス山脈地帯を境に、南部に4国。一般的にミレット大陸と呼ばれる巨大陸中央から南よりにあるのが、おおよそ大陸面積の五分の一を占めるバルラ帝国。そして、バルラ帝国の東に、ミレット大陸の中でも最も東部に位置し、大陸面積の十二分の一を占めるサルディア皇国になってるね」

「サルディア皇国って、もしかして、小さい?」

 ミカエラがトントンと、地図上の小国を指でつつくのを見て、ルシエラは淡々と呟く。

「人魔の大戦で一番戦力を出し惜しみし、魔族掃討戦でも元首が兵を動かさなかったのですから当然ですよ。帝王自ら戦地に赴き、最前線で武勲を上げて壮絶な討ち死にをなされたバルラ帝国の領地分配が多くなるのも、当然のことでしょう。現在はその帝王代理として、ヴォイド・メルクール卿が政務に就いているだけです。ともあれ、前バルラ帝国王の戦争好きも目に余っていたのも事実ですがね」

「お互い情勢は良くないだろうしね。黎明期の国を運営するのは骨が折れるね」

 放浪生活も長く、来た敵を何も考えずに屠ってきたローグにとって、どこかの国へ所属するということは新鮮だった。
 だからこそ、聞き逃さないよう、見逃さないように地図を凝視していると、ヴォイドは思い出したかのようにポンと手を叩いた。

「本題に戻ろうか。今回、どこかしらか漏れ出た魔王の再臨に関して、北東部に閉じ込めていた抑圧分子が始祖の魔王を象徴として戦力を集め始めたんだよね。純血魔族というよりは亜人共が主体となったものだけど、どいつもSランクほどの強敵揃い。どこの国も、その対処にまわす余力(・・・・・・・・・・)はない(・・・)。SSSランク昇格試験を行うこと自体が前代未聞なんだけど、引き受けてみないかな?」

 ヴォイドがへらへらと笑顔を浮かべると、ローグは疑問を投げる。

「ちなみに、SSSランクになるとどんなメリットがあるんですか?」

「いいことを聞いてくれたね。それこそ、ぼくやカルファなんかは立場上も相まって、SSランクで止まっているけど。SSSランクは現状、ギルドの中でも最高ランクに位置づけられているんだけど、長い歴史上でまだ2チームしかないんだ。」

「チーム、ですか」

「あぁ。だって、個人でSSSランクの強さを保有するなんてことは有り得ないからね。SSランクの能力や技術を持った個人が集まり、互いが互いを補填して『パーティー』となる。難易度は毎回違えど、死者も出るような任務を乗り越えてからSSSランクパーティーになっていくからさ。メリットとしては大きく2つだ。世界中を自由に行き来することが出来る。国境を超える際の面倒くさい手続きは踏まなくてもいいし、何より富も、名誉も、女も手中に収め放題だよね。どんな面子で挑むかは、君次第だよ。また準備が出来次第、連絡して欲しい。とまぁ、こんな所かな? 国際ギルド連盟からの通達内容としては」

「へぇ……。それは興味深いですね」

 ローグがにやり笑みを浮かべると、少し嫌そうな表情になったカルファが、ヴォイドをジト目で見る。
 その様子を勘ぐったヴォイドは、辺りをキョロキョロと見回しながら呟いた。

「じゃ、そちらの鑑定士さんにもどうやら嫌われているようだし、ぼくはこの辺で国へ帰るとしようかな。――武運を祈るよ、ローグ・クセル君」

 日暮れが近付いたのを見て、何かを焦るようにしてヴォイドは席を立った。
 行きと同じようにミーティングルーム内にダークホールを作り、転移魔法によって姿を消す。


「……ふぅ」

 余程息を張り詰めていたのか、ルシエラは深くため息をついて椅子に深く腰掛けていた。
 ミーティングルーム内に西日が差し込む中で、陰鬱な雰囲気が漂い続けていたのだった。