「分隊長! お、追い込まれています!」
息切れも激しく、少数残ったサルディア皇国兵士数十人は走り続けていた。
後方には牛頭人身のミノタウロスが8体。その手には自身の体長ほどに大きい棍棒が握られている。
先端には鮮血とピンク色の肉片がこびりついている。仲間が、何人もあの棍棒の一撃で絶命しているものだ。
「諦めるな! 皇国の紋章を掲げた戦士として、最後の最後まで戦い抜け!」
集団の殿を務め、迫り来るゴブリンを斬り伏せているのは黒い顎髭を蓄えた男。
分隊長と呼ばれたその男は、ゴブリンの身体を真っ二つにして、すぐさま次の攻撃に備える。
だが、斬っても斬っても湧いて出てくるゴブリン達には気が滅入りそうだった。
自身の腰ほどの体長ながら、緑色の皮膚に包まれて醜悪な顔を歪め、俊敏な動きで小刀を用いてこちらの兵士の首筋を?ききっている。
少しでも油断をすれば、鎧の間から小刀を差し込んでくるだろう。
一体でさえ小賢しく素早いゴブリン達に加え、一撃必殺で確実に屠りにくるるミノタウロス。
本来、手を取り合うはずのない魔物同士の突然の襲撃に、既に総崩れになっている。
ゴブリン軍の遥か後方には、それらの中でも一際大きな存在感を放つ化け物が立ち尽くす。
ゴブリン達の総大将、ゴブリンキングだ。
奴を倒さないことには、この統率されきったゴブリンを振り切ることは出来ないだろう。
前を走る兵士の一人が、小さく歯噛みする。
「この先、崖です! 奴等が左右の森に火を放ったせいで通れないとなると、追い詰められました……ッ!」
逃げる兵士達の左右には、ゴブリン達が放った火でとても通れる環境にない。
直進し続けるしかない兵士達は、ゴブリン達に誘導されるように崖の下までに追い込まれていた。
「……カルファ様は見つかったのか?」
分隊長が周りを見回す。
その言葉に、兵士の一人が下を俯いた。
「いえ、先ほどから姿が見えません。先ほど、ゴブリン共との最大衝突の際から!」
「そうか、サルディア皇国の上層部は、攻め込まれたと知るや否や俺たちをとっとと捨てて逃げちまいやがった。そんな中でも、カルファ様は先頭に立って我らを鼓舞して下さった。カルファ様の顔に泥を塗るわけにはいくまい」
ポンと、兵士の頭の上に手を置いたのは分隊長。
その瞳は、覚悟のそれに変わっていた。
後方には巨大な崖。飛翔能力でも無い限り、登れもしないために逃げ場はない。
左右は既にゴブリン、ミノタウロス連合軍による包囲網によって囲まれている。
満身創痍の状態で叫ぶ分隊長に、無数のゴブリン達が襲いかかる。
「ウゴァァァァァァアァァァッッ!!」
一匹のゴブリンが、跳躍して鋭利な爪を分隊長に向ける。
緑色の血で錆び付き、綻び始めた直剣をゴブリンの腹に突き立てた分隊長は、ゴブリンの口から吐かれた緑色の血を一身に浴びていた。
分隊長は、最後に生き残った兵士達の疲れ切った表情を見て、ギリと歯ぎしりをして――。
「サルディア皇国の高貴なる兵士達よ! 死に場所をここと心得よ! 一匹でも多く駆逐し、一匹でも多くの屍を築き上げろ。これが俺たちの、サルディアの魂だと、この下卑た化け物共に思い知らせるのだッ!!」
崖に追い詰められ逃げ場のなくなった兵士達の最後の抵抗に、鼻息荒くしたミノタウロスや、ゴブリンキングの命令で一斉の突撃を仕掛けてくるゴブリンの軍勢に、全員が覚悟を決めた、その時だった。
「よく言った、皇国兵士さん。イネス! ニーズヘッグ!」
『ヴァァッァァァァァ!!』
皇国兵士の左方に突如、激しい轟音と共に、灼熱の炎が吹き荒れる。
ゴブリン達はその炎撃により、喉が焼かれたかのような呻き声を上げていた。
闇夜に現れた漆黒の巨大龍は、口から極大量の炎を巻き上げて、次々とゴブリンの群れを焼き焦がしていく。
「ウギャォヤァァァオォウゴォォ!!??」
業火に身をさらされたゴブリン達は、灰となって消えていく。
それに怯むこともなく、二メートルはあろうミノタウロスが一気にサルディア皇国兵士との距離を縮めようとするのだが――。
「あら、あらあらあら。動かない方が身のためですよ? 我が主の前に薄汚い生首を差し出すわけにも行きませんのに」
兵士達の眼前に、六対の翼を持った美女が姿を現した。
その白く輝く一対のねじ曲がった角と、左目から迸る赤黒い魔法のオーラが辺りを一気に彼女の色に染め上げていた。
「破壊魔法――黄泉の糸」
その女性イネス・ルシファーは、迫り来るミノタウロスの間を瞬時に駆け抜けて、にやりと笑みを浮かべた。
兵士達の方を振り向いた直後にイネスの両手に持たれていたのは8つの牛頭だった。
頭と胴体が綺麗に分断された身体の方は、赤黒い血が噴水のように立ち昇っている。
「光栄にお思いなさい。今から行われる、我らが主の美技を見られるのですから」
うっとりとした表情で、イネスは、新たに作られた包囲網に目を向ける。
「な、何だ……何が、どうなっている……!?」
未だ現状を掴み切れていないのはサルディア皇国兵士達。
崖の下に追い詰められていた自分たちを包囲した亜人族が、更に突然現れた何者かに包囲されている。
「ゾンビ、スケルトンの軍勢多数! 何故かは分かりませんが、亜人族を背後から急襲している模様です! 分隊長、突破するチャンスは今しかありません!」
兵士の一人が、声の限り叫んだ。
全身骨格のスケルトンが、ゴブリンを斬りつける。腐臭漂わせるゾンビが、無造作にゴブリン達に噛みついて肉を引きちぎる。
そんな異様な光景を目にしながらも分隊長は、先陣を切って中央突破を試みた。
「全員、この隙にこの包囲網から脱出する! 俺に付いてこい!」
『――応ッ!!』
崖の下に追い込まれていた兵士達が一転、内と外からの挟撃によって今度は亜人族達が隊列を乱し始めていた。
イネスは、両手一杯にミノタウロスの頭部を抱えながら恍惚とした表情で、自らの主であるローグの言葉を思い浮かべていた。
――皇国兵士を包囲殲滅しようとした時、背後にこっちの軍勢を位置づけよう。内と外から挟撃すれば、今度は亜人共が俺たちの包囲の中に放り込まれる。鑑定士さんとの約束だからな、討ち漏らしは厳禁だ。右方をイネス、左方をニーズヘッグで頼む。後は、俺に任せておけ。
「あぁ、流石はローグ様です……ふふふふっ!」
心底楽しそうな笑みが、イネスからこぼれ落ちる。
皇国兵士達が、スケルトンやゾンビの軍勢をくぐり抜けて包囲網の輪から逃れ出した所には、一人の青年が立っていた。
沈み掛けの満月の白光を背に受けて、魔法詠唱の準備に入ったその男ローグは、片手を天に掲げる。
黒髪の好青年は、その優しそうな見かけから一転、目つきを鋭くした。
「空間魔法――魔王の一撃」
ローグが、その手に溜まった魔法力を輪の中心に投げ込んだ瞬間、ゴブリンとゴブリンキングの間に一つの大きな暗い空間が現れた。
その空間に吸い込まれるようにして、全てのゴブリン族が姿を消していく。
「空間魔法だと!? ありえない、SSSランクの魔法が、人間に使えるわけがない……!」
サルディア皇国の分隊長は、己の目の前で起こった一瞬の出来事に、目を奪われ続けていた。
息切れも激しく、少数残ったサルディア皇国兵士数十人は走り続けていた。
後方には牛頭人身のミノタウロスが8体。その手には自身の体長ほどに大きい棍棒が握られている。
先端には鮮血とピンク色の肉片がこびりついている。仲間が、何人もあの棍棒の一撃で絶命しているものだ。
「諦めるな! 皇国の紋章を掲げた戦士として、最後の最後まで戦い抜け!」
集団の殿を務め、迫り来るゴブリンを斬り伏せているのは黒い顎髭を蓄えた男。
分隊長と呼ばれたその男は、ゴブリンの身体を真っ二つにして、すぐさま次の攻撃に備える。
だが、斬っても斬っても湧いて出てくるゴブリン達には気が滅入りそうだった。
自身の腰ほどの体長ながら、緑色の皮膚に包まれて醜悪な顔を歪め、俊敏な動きで小刀を用いてこちらの兵士の首筋を?ききっている。
少しでも油断をすれば、鎧の間から小刀を差し込んでくるだろう。
一体でさえ小賢しく素早いゴブリン達に加え、一撃必殺で確実に屠りにくるるミノタウロス。
本来、手を取り合うはずのない魔物同士の突然の襲撃に、既に総崩れになっている。
ゴブリン軍の遥か後方には、それらの中でも一際大きな存在感を放つ化け物が立ち尽くす。
ゴブリン達の総大将、ゴブリンキングだ。
奴を倒さないことには、この統率されきったゴブリンを振り切ることは出来ないだろう。
前を走る兵士の一人が、小さく歯噛みする。
「この先、崖です! 奴等が左右の森に火を放ったせいで通れないとなると、追い詰められました……ッ!」
逃げる兵士達の左右には、ゴブリン達が放った火でとても通れる環境にない。
直進し続けるしかない兵士達は、ゴブリン達に誘導されるように崖の下までに追い込まれていた。
「……カルファ様は見つかったのか?」
分隊長が周りを見回す。
その言葉に、兵士の一人が下を俯いた。
「いえ、先ほどから姿が見えません。先ほど、ゴブリン共との最大衝突の際から!」
「そうか、サルディア皇国の上層部は、攻め込まれたと知るや否や俺たちをとっとと捨てて逃げちまいやがった。そんな中でも、カルファ様は先頭に立って我らを鼓舞して下さった。カルファ様の顔に泥を塗るわけにはいくまい」
ポンと、兵士の頭の上に手を置いたのは分隊長。
その瞳は、覚悟のそれに変わっていた。
後方には巨大な崖。飛翔能力でも無い限り、登れもしないために逃げ場はない。
左右は既にゴブリン、ミノタウロス連合軍による包囲網によって囲まれている。
満身創痍の状態で叫ぶ分隊長に、無数のゴブリン達が襲いかかる。
「ウゴァァァァァァアァァァッッ!!」
一匹のゴブリンが、跳躍して鋭利な爪を分隊長に向ける。
緑色の血で錆び付き、綻び始めた直剣をゴブリンの腹に突き立てた分隊長は、ゴブリンの口から吐かれた緑色の血を一身に浴びていた。
分隊長は、最後に生き残った兵士達の疲れ切った表情を見て、ギリと歯ぎしりをして――。
「サルディア皇国の高貴なる兵士達よ! 死に場所をここと心得よ! 一匹でも多く駆逐し、一匹でも多くの屍を築き上げろ。これが俺たちの、サルディアの魂だと、この下卑た化け物共に思い知らせるのだッ!!」
崖に追い詰められ逃げ場のなくなった兵士達の最後の抵抗に、鼻息荒くしたミノタウロスや、ゴブリンキングの命令で一斉の突撃を仕掛けてくるゴブリンの軍勢に、全員が覚悟を決めた、その時だった。
「よく言った、皇国兵士さん。イネス! ニーズヘッグ!」
『ヴァァッァァァァァ!!』
皇国兵士の左方に突如、激しい轟音と共に、灼熱の炎が吹き荒れる。
ゴブリン達はその炎撃により、喉が焼かれたかのような呻き声を上げていた。
闇夜に現れた漆黒の巨大龍は、口から極大量の炎を巻き上げて、次々とゴブリンの群れを焼き焦がしていく。
「ウギャォヤァァァオォウゴォォ!!??」
業火に身をさらされたゴブリン達は、灰となって消えていく。
それに怯むこともなく、二メートルはあろうミノタウロスが一気にサルディア皇国兵士との距離を縮めようとするのだが――。
「あら、あらあらあら。動かない方が身のためですよ? 我が主の前に薄汚い生首を差し出すわけにも行きませんのに」
兵士達の眼前に、六対の翼を持った美女が姿を現した。
その白く輝く一対のねじ曲がった角と、左目から迸る赤黒い魔法のオーラが辺りを一気に彼女の色に染め上げていた。
「破壊魔法――黄泉の糸」
その女性イネス・ルシファーは、迫り来るミノタウロスの間を瞬時に駆け抜けて、にやりと笑みを浮かべた。
兵士達の方を振り向いた直後にイネスの両手に持たれていたのは8つの牛頭だった。
頭と胴体が綺麗に分断された身体の方は、赤黒い血が噴水のように立ち昇っている。
「光栄にお思いなさい。今から行われる、我らが主の美技を見られるのですから」
うっとりとした表情で、イネスは、新たに作られた包囲網に目を向ける。
「な、何だ……何が、どうなっている……!?」
未だ現状を掴み切れていないのはサルディア皇国兵士達。
崖の下に追い詰められていた自分たちを包囲した亜人族が、更に突然現れた何者かに包囲されている。
「ゾンビ、スケルトンの軍勢多数! 何故かは分かりませんが、亜人族を背後から急襲している模様です! 分隊長、突破するチャンスは今しかありません!」
兵士の一人が、声の限り叫んだ。
全身骨格のスケルトンが、ゴブリンを斬りつける。腐臭漂わせるゾンビが、無造作にゴブリン達に噛みついて肉を引きちぎる。
そんな異様な光景を目にしながらも分隊長は、先陣を切って中央突破を試みた。
「全員、この隙にこの包囲網から脱出する! 俺に付いてこい!」
『――応ッ!!』
崖の下に追い込まれていた兵士達が一転、内と外からの挟撃によって今度は亜人族達が隊列を乱し始めていた。
イネスは、両手一杯にミノタウロスの頭部を抱えながら恍惚とした表情で、自らの主であるローグの言葉を思い浮かべていた。
――皇国兵士を包囲殲滅しようとした時、背後にこっちの軍勢を位置づけよう。内と外から挟撃すれば、今度は亜人共が俺たちの包囲の中に放り込まれる。鑑定士さんとの約束だからな、討ち漏らしは厳禁だ。右方をイネス、左方をニーズヘッグで頼む。後は、俺に任せておけ。
「あぁ、流石はローグ様です……ふふふふっ!」
心底楽しそうな笑みが、イネスからこぼれ落ちる。
皇国兵士達が、スケルトンやゾンビの軍勢をくぐり抜けて包囲網の輪から逃れ出した所には、一人の青年が立っていた。
沈み掛けの満月の白光を背に受けて、魔法詠唱の準備に入ったその男ローグは、片手を天に掲げる。
黒髪の好青年は、その優しそうな見かけから一転、目つきを鋭くした。
「空間魔法――魔王の一撃」
ローグが、その手に溜まった魔法力を輪の中心に投げ込んだ瞬間、ゴブリンとゴブリンキングの間に一つの大きな暗い空間が現れた。
その空間に吸い込まれるようにして、全てのゴブリン族が姿を消していく。
「空間魔法だと!? ありえない、SSSランクの魔法が、人間に使えるわけがない……!」
サルディア皇国の分隊長は、己の目の前で起こった一瞬の出来事に、目を奪われ続けていた。