「エルフの女子供が皇太子、ねぇ」

 ローグが嘆息すると、カルファは、その皇太子――ルシエラの後ろに凜と立つ。

「はい。血筋としては前皇王、ナッド・サルディア様の実子です。えっと……」

「良いですよ、カルファ。この者達からの信用を得ないことには、何も始まりません。それに、私はあの男(・・・)に対して微塵も尊敬の念も、親としての敬意もありませんから」

「……はっ。では。先日申し上げましたように、前皇王はエルフの美女を隣に侍らせていました。私が皇王に謁見する度に、その数も増えていて――終まいには、その者達との子も授かった。ルシエラ様は、その内の1人です。このルシエラ様には少々いたずら的に、外出先も決めずに抜け出すことがあります。ミカエラさんが、ルシエラ様に非常に似ていたために、念のために……ということで、今回はご容赦ください」

 煮え切らないカルファの言葉に、ローグは突っ込んで良いのか分からずいたのだが、いち早く切り込んだ者がいた。

「エルフと人とは一緒になっちゃいけないよって、お父さんもお母さんも言ってました……。そんなことが、出来たんですね、不思議です……」

「え、えぇ、そうね、ミカエラさん。元々、異種族間交配は何らかの支障が生じることも多くて正常な発育がされる個体も少ないとされます。前皇王は人間、そしてルシエラ様の母君はエルフ族。ですが、稀に正常発達された子は、その分異次元且つ驚異的な力を持っていることが多いのです。例えば、ルシエラ様のような類い希なる星占術などはその一種だと思われます」

 星占術は、あまりメジャーではない上に扱う者も非常に少ないとされるスキルの一つだ。
 星の動きを見て、空からの語りかけを代弁し、それを実際に行動に起こす。
 この術自体は、個人レベルというよりかは都市、国単位での動向を示されることも多く、確かに統治者向けのスキルであるとも言えるかも知れない。

「最近は星の流れが穏やかではありません。サルディア皇国にも、そして、私にも。具体的に何が起こるかまでは読めないまでも、あなた達と深い関わりがあろうことには間違いありません」

「なる……ほど?」

 ミカエラには、少し難しすぎる話のようだった。

「さて、早速ですが時間もありません。本題に入らせていただきましょう。ローグさんは、例の紙を拝見致しましたか?」

 カルファが言うのは、国際ギルドからの通達状のことだ。
 伝書鳩に乗って任務達成直後のローグの元にやってきたそれをローグがポケットから取り出した瞬間のことだった。

「……ししょー?」

「ルシエラ様、いかがなされましたか?」

 ローグとルシエラの動きが止まるのと一瞬止まると同時に、ルシエラはパタリと手に持っていたカードを伏せた。

「皇太子さんよ。この国はいつ頃から属国になってるんですかい?」

「国賓です。迎え入れましょう」

「……え? ろ、ローグさん、ルシエラ様、何が起きて――?」

 ブゥン。

 皇国の貴族街、その中央に位置する最高峰の建造物。それが大聖堂だ。
 辺りには衛兵が数多く配置され、万全のセキュリティーシステムが敷かれるミーティーングルームに、ひょいと現れた人物がいた。

「やぁやぁ、バレてしまっては申し訳ない。久しぶりだねぇ、カルファ。元気だったかーい?」

 ミーティーングルームに突如として現れた大きな黒い孔。
 そこから出てきたのは、1人の青年だった。
 燃えるような紅い瞳、そしてさらさらの紅長髪が腰まで伸びていた。
 羽織ったグレーのマントの後ろには、帝国の国章である蜷局(とぐろ)を巻いた龍が記されている。

 飄々とした様子でやって来たその男は、ぷらぷらと暢気(のんき)に手を振りながら、誰に指図されるでもなく室内の椅子に腰掛けた。
 苛立たしそうにカルファは言う。

皇国領(わたしたち)に何か用でもあるんですか、ヴォイド。自国以外にSクラスの転移魔方陣を展開するのは、連合条例違反だと認識していますが」

「あれぇ、カルファ。知らないのかい? ナッド・サルディア様が皇国領内部にバルラ帝国の魔方陣展開を許可していること」

「はぁ。そのような世迷い言は聞いたことがありませんが。ヴォイド。これは明確な条例違反――」

「失礼しました、ヴォイド卿。我が父ナッドが許可したことは、認識しております。我が家臣の無礼をお許しください」

「――って、ルシエラ様!?」

 ローグは、椅子に座りながら隣のルシエラの表情をじっと見つめる。
 頭の上に疑問詞がたくさん乗っているカルファに、ルシエラは冷淡に呟いた。
 ヴォイド・メルクール。
 《世界七賢人》の魔法術師にして、バルラ帝国の宰相の立場にある人間だ。

「落ち着きなさい、カルファ。以前の亜人襲来の少し前、小規模な対亜人戦闘が頻回に行われるようになった際、保身のことだけを考えた皇王がバルラ帝国に助けを求めていただけです」

「ど、独断で!? 家臣(われわれ)への報告も、相談も何も無しにですか!?」

「何も無しに、です。ですが、ヴォイド卿を始めとして強力な戦力が味方(・・・・・・・・)して下さっている(・・・・・・・・)ことには、感謝しかありませんからね」

「そうだよ、カルファ。かつて対魔の戦において共に闘った味方じゃないか」

「……ッ! で、では! 何をわざわざこんな所まで来たんですかね!」

 数日前の亜人襲来の件といい、皇王の殺害、そして新皇王の極秘即位など。
 山積みにされた所のヴォイド訪問は、あまりにもタイミングが悪かった。
 カルファはそう歯噛みしながらも、気丈な振る舞いはやめなかった。

「いやー、それがねぇ、ほら。件のSSSランクへの昇格資格を持つ冒険者の処遇を一任されたことと謝罪に、ね?」

 ヴォイドが、葉巻のタバコを咥える。指先に魔法力で炎を灯し、煙を吐いた。
 カルファはローグを片目でちらりと見てからヴォイドに向き直る。

「ほら、ウチのジェラート・ファルルという魔法術師のことだよ。どうやら独断で君たちの所に迷惑かけちゃったらしいじゃないか」

「独断ですか?」

「あぁ、独断だ。彼の処遇に対しては、私たちに任せてもらえないだろうか? 報告書で確認させてもらったものの、彼がなぜあのような凶行に走ってしまったのか。こちらとしても白黒させて起きたいな」

「それは出来かねますね。ジェラート・ファルルの件に関しては、皇国管轄です。治外法権は認められません」

「まぁ、そうだよねぇ。じゃ、ジェラート・ファルルの件は君に任せるよ」

「……ししょー、よくお話が分かりません」

「腹の探り合いだ。お国間の話し合いってのは、建前ばっかで本音が出ないもんだよ」

 ミカエラとローグが、ルシエラの影でぼそぼそと呟き合う。
 ジェラート・ファルルの捕縛から数日。カルファ管轄の元で監禁している彼からは有用な情報は何も出てこない――いや、何らかの呪縛のようなものがかかっているように確信しているカルファにとって、これは単なる言葉のせめぎ合いに過ぎない。
 ここでいくらジェラート、バルラ帝国間の関係を探った所で、切り捨てる気しかないヴォイドとの話は平行線を辿る一方だろう。
 
「分かりました。ジェラート・ファルルの件に関しては詳細が判明次第、ご報告させていただきましょう。それにしても、SSSランクの方はあまりにも急過ぎはしませんかね?」

 ギルド連合から出された推薦状に目を落とすカルファ。
 ヴォイドは、机上に出された紙をペラペラと手の上でまわした。

「いやぁ、これはあくまで風の噂なんだけどね。1000年以上も前に滅亡したとされる、始祖の魔王。そして世界恐慌を作り出した龍王が現世に蘇ったって話が――って、どうしたんだカルファ」

「……何でもありません」

 カルファは、つい顔を隠して笑いをこらえていたのだった。