「ししょー、こーたいしでんかって何なんですか?」

「悪いな、俺に聞かれてもさっぱり分かんね。この国の人間じゃないからな」

 ざわつき始めていたギルド『アスカロン』を離れて、ローグ、ミカエラ、カルファの3人は冒険者街を離れて貴族街へと赴いていた。
 迷子にならないようにミカエラの手を引くローグ。
 そんなミカエラを見つめて、カルファは言う。

「そ、そういえば、イネスさんやニーズヘッグさんは今日は見当たりませんね?」

「あぁ。この日中で外に長居させてるとマズいからな。元々俺たちが夜の住人だったこともあるし、今は別の場所で《不死の軍勢》のメンテナンスをしてもらってるんだ。つい先日の亜人襲来の件で、壊れちまった(・・・・・・)のも多いからな」

「壊れてしまった、ですか? 元はヒトを使用して……るんですよね?」

 怪訝そうに、きょとんと目を丸めてローグを見つめるカルファ。

「……? どした?」

「そ、その、聞いたことがなかったんですが、ローグさんの私兵はどこから来てるんでしょうか?」

「つい数年前でさえ、世界的な大戦と内乱でいろんな国がわちゃわちゃやってたときがあったから、主にはあの時かな。ゾンビ、スケルトンだって元を正せば人間だ。戦場で転がっている死体で腐敗が始まってたのを死霊術で傀儡にすればゾンビ、腐敗しきって全身骨格が残っていればスケルトンになるんだよ」

 ローグの言に、カルファも「確かに――」と小さく呟いた。

「平面上ではありますが、平和が保たれるようになったのもここ3,4年の話ですもんね。せ、世間的には《世界七賢人》が魔族を倒したとされていますが、それ以前にも人族の離反、内部分裂含めて目も当てられない状況でしたから。お恥ずかしい限りです」

 カルファは、煌びやかな貴族街に目を向けながら言う。

「ですが……長びきすぎた戦禍で未だに都市部以外は復興もままならず、貧富の差も、スラム問題も、戦災孤児の問題も、山済みです。事実、私たちがしっかり目を届けていなかったせいでエルフ族との契約もおざなりになっていましたから」

 戦災孤児という言葉に、ピクリと反応したローグ。
 世界を巻き込んだ大いなる大戦の余波は思いのほか大きいようだった。

「何にせよ、死霊術師(ネクロマンサー)としては配下を作れなくなって悲しいが、(おれ)としてはそんなの作ることがないような世界になってくれて、大正解だ」

 ミカエラが、少しだけ寂しそうにぎゅっとローグの手を握った。
 ミカエラも、元を正せば戦禍に巻き込まれた内の1人であることに間違いない。
 カルファはすっと息を吸って、背筋を正した。

「ですが、大丈夫です。サルディア皇国も前へと進みます。今からお会いしていただく皇太子殿下を筆頭に、この国は大きく進歩させていきますから」

 そう言って、カルファは貴族街の中心にある大きな大聖堂の鉄門を、いつも以上に強く押し込めたのだった――。

○○○

 大聖堂はサルディア皇国内でも最も権威のある建造物として、長年統治の場として使用されているらしい。

「皇太子殿下は普段、人の前に姿を現しません。最後に人前に出たのは確か、新年のご挨拶の時だったでしょうか……。前皇王が威厳大好きで出しゃばってばかりで目立たなかったのもありますが、崩御された以上いつまでも大衆に知らしめない訳にもいきません」

 敷き詰められた大理石の上をカツカツと軽快に進むカルファ。
 ローグとしても、ここの大広場は記憶に新しい。ローグのステータスを隠蔽し、人生を一変させた思い入れのある場所だ。
 とはいえ、一週間ほど前に起こったばかりのことなのだが。

 以前は自らのステータス改変の件で頭がいっぱいいっぱいだったが、改めて大聖堂全体を見渡してみると妙に生活感のある場所だった。
 いくつも見える扉それぞれの前には、銀甲冑を着用する衛兵がそれぞれ2人。
 一際厳重に仕切られたガラスの向こうには、金色の王冠と紅のマント、そして宝物で装飾された剣が仰々しく飾られている。
 階段が続き、その頂点にはぽつりと小さな――それでいて、何者も寄せ付けない厳かな雰囲気を醸し出す玉座の姿がそこにはあった。

「ローグさん、ミカエラさん、こちらです」

 カルファが神妙な表情で、少し広めの部屋に案内した。

「ひろーい……」

 「ふわぁぁ」と、ミカエラは口をあんぐりと開けてそのミーティングルームの広さに唖然としている様子だ。
 ミカエラも拉致されてからずっと地下の狭い場所で強制労働させられていた身だ。
 驚くのも無理はなかった。

「皇太子殿下、例の者をお連れ致しました。……そしてもう1人の方は私の独断で連れて参りました。ご容赦くださいませ」

 カルファは礼儀正しく、ミーティングルームの上座にお辞儀をした。
 いつも纏っている銀鎧は先ほどの部屋に置いていったのだろう。
 黒と紫という地味な色で固めた簡素な服だ。胸の谷間も少ないためか、若干男服っぽいものにも感じられた。

 背の長い黄金色の椅子からストンと降りたのは、小さな子供だった。

「ありがとう、カルファ。お待ちしておりました。あなたが、今噂のローグさんですね?」

 軽快な足取りで3人の元にやって来た1人の子供。
 子供っぽい笑みの奥に、ただならぬ覚悟が感じられる、そんな目つきだ。

「初めまして、ローグさん。ルシエラ・サルディアと申します。星のお導きで、私たちは長い付き合いの仲となるとも出ています。よろしくお願いしますね」

 パラパラと羊皮紙で出来たカードを(めく)るその子供に、ローグもミカエラもかっちり固まっていた。

「な、なぁ、鑑定士さん。皇太子殿下……じゃないのかい?」

「はい。表向きには(・・・・・)そうです」

 何より、一番驚いているのはミカエラだった。

「わ、私が、もう1人いる……? ししょー……?」

 ミカエラがすとんと、目の前の子供――いや、少女ルシエラの前に立つ。

 翡翠の瞳に尖った両耳。
 驚くほどに白い素肌に、華奢な手足。
 ミカエラとそっくりな背丈に、きらきらと輝く翡翠の髪の毛。

 サルディア皇国の皇太子は、エルフ族の少女だった。