「火属性魔法、灯火っ!」
ミカエラが唱えた瞬間に、手先からぽわっと小さな炎が立ち上がる。
浮かび上がった小さな炎は、ゆらゆらと空中を舞い、対象のモンスターにぴとりとくっついていく。
「きゅぅ?」
対象のモンスター――スライムは、全体的にはゲル状の生き物だ。
透明質な体躯が、50センチほどの山のように形成されている。
その透明質な体躯は、辺りの栄養ある草々や動物の糞、残飯や生物の死骸などを吸収する酵素を含んでいる。
言わば、森の分解者の一種である。
そんなスライムは様々な栄養素を吸収している分、被捕食者としても有名だ。
特に、森の肉食獣からのおやつとして嗜まれる。
スライムが異常増殖しているときは、捕食されることが少ない――すなわち、何らかの理由で肉食獣が森から姿を消していることが多い。
増殖したスライムなどが森を飛び出て民家へと向かうと、その民家の方面にどこかから肉食獣がやって来てしまうこともあり、増えすぎたスライムは新人冒険者の軽い賃金稼ぎなどの対象になりやすい。
嵐の前の静けさとでも言うべきなのだが、ローグ、ミカエラ、ラグルド、グランの前には数十匹のスライムが太陽の光を浴びてひなたぼっこをしている最中だった。
「ま、この時期は暑くなってスライムが増えやすいのはいつものことなんだけどねぇ」
ぷにぷにと、スライムの冷たい外皮を指で突くのはラグルドだ。
「そんな遊んでいる暇があるのならばゴラア森林の奥にでも潜ってきたらどうだ? 中級ドラゴンくらいは出てきて軍資金に出来るだろう?」
「む、無茶言わないでくださいよグランさん……。パーティーメンバーが二日酔いしてるんですから、今行けばスライム達の養分になって終わっちゃいますよ……」
グランは、魔剣士であるらしい。魔力と筋力が等量ほどで、剣と魔力双方を用いて闘うスタイルだった。
スライムは、その形状と性質により剣戟はまるで効かない。倒せるとしたら、火属性魔法で炙って焼却させるに限る。
魔力を主として鍛えていないラグルドが役立たずの中で、グランは少量の魔力で効率よくスライム達を昇華させていた。
一方、ミカエラの発動させた火属性魔法はスライムが粘着質な口をパクリと開いて飲み込んでしまう。
じゅっと、小さな音を立てて沈下したその火に残る魔法力をもぐもぐするスライムに、ミカエラは「むぅぅ……」とご機嫌斜めな様子だった。
サルディア皇国北西部・大森林ゴラア。
イネス・ニーズヘッグの両名はあまりの日差しの下では活動限界が早まってしまうこともあり、お留守番だ。
どのみち、彼らの力を使うようなヤマはないだろうというローグの考えから、置いてきてしまっている不死の軍勢の定期メンテナンス(臓器、筋肉、皮膚の腐敗処置確認・稼働可能な軍勢数)を任せていた。
ここでは、ローグの新人冒険者研修というよりは回復術師としてローグ達一行に仲間入りを果たしたミカエラの技術確認と言ったところだ。
「回復魔法に関しては随一の力を持っているのは分かったが、攻撃魔法はほとんど効力を持っていないな」
「うぅ……すみません……ししょーのお役に立ちたいのに……」
「いや、そんな攻守癒揃った人材なんてほとんどいないから心配することはない。逆に、どれか一つに特化するってのだけでも相当凄いことなんだぞ」
「……! はい、頑張ります!」
ローグの言い分に、ラグルド・グラン両名は「お前が言うか」とでも言わんばかりにのジト目で視線を送っていたのだが――。
ローグは、自身の掌を見つめて首を傾げるミカエラに告げる。
「俺たちの……冒険者風で言うパーティー編成はこんな感じだ。イネスやニーズヘッグは、肉弾戦や肉体強化型の魔法を使った近接戦闘の前衛型。俺は剣技よりも魔法を組み立てて闘う中範囲型の中衛型。んで、ミカエラは回復を主として味方に支援を送る後方型だな。典型的な陣形をそれで置くとすると、どこが一番狙われやすいか分かるか?」
ミカエラは、首を傾げて考える。
周りでは、うねうねとスライム達が暢気に日向のもとで散歩を嗜んでいるなかで、グランが助け舟を出した。
「ミカエラ、もしお前がローグ達一行の敵だった場合、どこを先に倒したら戦いが楽になると思う」
「……! 回復する後方支援……です! 私が真っ先に覚えた方がいいのは、攻撃ではなく防御、です!」
ぱぁっと顔が明るく輝いたミカエラに、ローグはにかっと笑みを浮かべながら頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「正解だ。ま、そんな所なんで慌てる必要なんてないさ。今度は防御系の闘い方が必要な任務でも選んでみるとしよう」
「はい、です!」
ローグとミカエラのほのぼのとした様子に、ラグルドは言う。
「防御だったら、俺の出番だな! 前衛職で剣士なら、剣技の攻守は真っ先に身につけるもんだからな!」
続いて、指導役のグランも続く。
「じゃぁ、ローグよ。次はゴーレム討伐にでも足を伸ばしてみようか。お前の実力ならまだしも、ミカエラちゃんは一からのスタートに等しいからな」
「分かりました」
「んじゃ、今回の場合はお前に任せちまってもいいか? ここで俺たちが体力使わなければ、ミカエラちゃんの体調次第で午後も出動できる。基本、1日1任務ってのが鉄則だが帰り際、水晶玉に手を翳して、全体量の8割ほどの力さえ残っていれば2つ目も受注できる。ローグは、スライム全員倒した後はどのくらい余力は残るか、分かるか?」
「大体、9割は残るんじゃないでしょうか」
「……お、おぅ……。……んじゃ、こいつらは頼めるか?」
「了解です」
軽いテンポで答えたローグは、森の入り口付近に集ったスライム達に向けて魔法力を手に集約させた。
「きゅお?」「ぴゅおん?」「むにむに」「むまむま?」
甲高いような、柔らかい声を上げたスライム達。
「――炎属性魔法・周囲滅却」
それは、火属性魔法の上位に位置する炎属性魔法。
「きゅ――」「ぴっ」「むにむ――」「むま?」
スライム達のいる場所に、突如数本の火柱が上がると同時に、一瞬でスライム達の身体が蒸発して、焼却されていく。
悲鳴も、逃げる隙も、痛みすらも与えられず屠られていくスライム達の姿に、ラグルドやグランも流石に少し引き気味の様子だ。
辺り一帯のスライム達を一瞬にして消し炭にして葬り去ったローグが、飄々とした様子で「終わりました。よし、帰りましょう!」と、意気揚々と告げた――その瞬間だった。
『火風混合魔法――火の吐息』
森の茂みから現れた中量の魔法力が、おおよそ10。
「――っ!」
危険を察知したローグが、すぐさまラグルド、グラン、ミカエラの前に踊り出して魔力解除を発現させる。
その茂みの中からは、下卑た顔をして出てきたそのスキンヘッドの男――ゴルドーは、上等の直剣を肩に担いでにちゃりと笑みを浮かべる。
その場で、来たるべき異変を感知していたのはローグだけだったようだ。
ローグは、ゴルドーのにやける笑いを少しも見ることなくグラン、ラグルド、ミカエラを持ち上げて瞬時に後方にジャンプする。
「よぉ、大親友ローグよ。朝の借りはきっちり返して貰うぜ? こちとらなぁ! 強力な味方を手に入れてんだ。帝国の皆さん! 約束通り噂のローグ・クセルを捕縛したこの俺、ゴルドぉぉぉぉぉぉぉ!?」
高らかと名乗りを上げようとしたゴルドーだったが、名乗り終える前に彼の身体が宙に浮いた。
『ヒョォォォォォッッ!!』
突如としてローグ達の目の前に現れたゴルドーの首根っこを捕まえて、空に持ち上げた自然の脅威があった。
ローグ達の前にも、巨大な影が一閃走る。ローグが先ほど避けていなければ、今頃彼らもゴルドーと同じ運命を辿っていたことだろう。
その正体に気付くのは、そのほんの数秒後。
白龍、黒龍、赤龍。
冬眠状態で番いになっていた伝説の3頭龍が、ゴルドーの代わりに高々と雄叫びを上げていたのだった。
ミカエラが唱えた瞬間に、手先からぽわっと小さな炎が立ち上がる。
浮かび上がった小さな炎は、ゆらゆらと空中を舞い、対象のモンスターにぴとりとくっついていく。
「きゅぅ?」
対象のモンスター――スライムは、全体的にはゲル状の生き物だ。
透明質な体躯が、50センチほどの山のように形成されている。
その透明質な体躯は、辺りの栄養ある草々や動物の糞、残飯や生物の死骸などを吸収する酵素を含んでいる。
言わば、森の分解者の一種である。
そんなスライムは様々な栄養素を吸収している分、被捕食者としても有名だ。
特に、森の肉食獣からのおやつとして嗜まれる。
スライムが異常増殖しているときは、捕食されることが少ない――すなわち、何らかの理由で肉食獣が森から姿を消していることが多い。
増殖したスライムなどが森を飛び出て民家へと向かうと、その民家の方面にどこかから肉食獣がやって来てしまうこともあり、増えすぎたスライムは新人冒険者の軽い賃金稼ぎなどの対象になりやすい。
嵐の前の静けさとでも言うべきなのだが、ローグ、ミカエラ、ラグルド、グランの前には数十匹のスライムが太陽の光を浴びてひなたぼっこをしている最中だった。
「ま、この時期は暑くなってスライムが増えやすいのはいつものことなんだけどねぇ」
ぷにぷにと、スライムの冷たい外皮を指で突くのはラグルドだ。
「そんな遊んでいる暇があるのならばゴラア森林の奥にでも潜ってきたらどうだ? 中級ドラゴンくらいは出てきて軍資金に出来るだろう?」
「む、無茶言わないでくださいよグランさん……。パーティーメンバーが二日酔いしてるんですから、今行けばスライム達の養分になって終わっちゃいますよ……」
グランは、魔剣士であるらしい。魔力と筋力が等量ほどで、剣と魔力双方を用いて闘うスタイルだった。
スライムは、その形状と性質により剣戟はまるで効かない。倒せるとしたら、火属性魔法で炙って焼却させるに限る。
魔力を主として鍛えていないラグルドが役立たずの中で、グランは少量の魔力で効率よくスライム達を昇華させていた。
一方、ミカエラの発動させた火属性魔法はスライムが粘着質な口をパクリと開いて飲み込んでしまう。
じゅっと、小さな音を立てて沈下したその火に残る魔法力をもぐもぐするスライムに、ミカエラは「むぅぅ……」とご機嫌斜めな様子だった。
サルディア皇国北西部・大森林ゴラア。
イネス・ニーズヘッグの両名はあまりの日差しの下では活動限界が早まってしまうこともあり、お留守番だ。
どのみち、彼らの力を使うようなヤマはないだろうというローグの考えから、置いてきてしまっている不死の軍勢の定期メンテナンス(臓器、筋肉、皮膚の腐敗処置確認・稼働可能な軍勢数)を任せていた。
ここでは、ローグの新人冒険者研修というよりは回復術師としてローグ達一行に仲間入りを果たしたミカエラの技術確認と言ったところだ。
「回復魔法に関しては随一の力を持っているのは分かったが、攻撃魔法はほとんど効力を持っていないな」
「うぅ……すみません……ししょーのお役に立ちたいのに……」
「いや、そんな攻守癒揃った人材なんてほとんどいないから心配することはない。逆に、どれか一つに特化するってのだけでも相当凄いことなんだぞ」
「……! はい、頑張ります!」
ローグの言い分に、ラグルド・グラン両名は「お前が言うか」とでも言わんばかりにのジト目で視線を送っていたのだが――。
ローグは、自身の掌を見つめて首を傾げるミカエラに告げる。
「俺たちの……冒険者風で言うパーティー編成はこんな感じだ。イネスやニーズヘッグは、肉弾戦や肉体強化型の魔法を使った近接戦闘の前衛型。俺は剣技よりも魔法を組み立てて闘う中範囲型の中衛型。んで、ミカエラは回復を主として味方に支援を送る後方型だな。典型的な陣形をそれで置くとすると、どこが一番狙われやすいか分かるか?」
ミカエラは、首を傾げて考える。
周りでは、うねうねとスライム達が暢気に日向のもとで散歩を嗜んでいるなかで、グランが助け舟を出した。
「ミカエラ、もしお前がローグ達一行の敵だった場合、どこを先に倒したら戦いが楽になると思う」
「……! 回復する後方支援……です! 私が真っ先に覚えた方がいいのは、攻撃ではなく防御、です!」
ぱぁっと顔が明るく輝いたミカエラに、ローグはにかっと笑みを浮かべながら頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「正解だ。ま、そんな所なんで慌てる必要なんてないさ。今度は防御系の闘い方が必要な任務でも選んでみるとしよう」
「はい、です!」
ローグとミカエラのほのぼのとした様子に、ラグルドは言う。
「防御だったら、俺の出番だな! 前衛職で剣士なら、剣技の攻守は真っ先に身につけるもんだからな!」
続いて、指導役のグランも続く。
「じゃぁ、ローグよ。次はゴーレム討伐にでも足を伸ばしてみようか。お前の実力ならまだしも、ミカエラちゃんは一からのスタートに等しいからな」
「分かりました」
「んじゃ、今回の場合はお前に任せちまってもいいか? ここで俺たちが体力使わなければ、ミカエラちゃんの体調次第で午後も出動できる。基本、1日1任務ってのが鉄則だが帰り際、水晶玉に手を翳して、全体量の8割ほどの力さえ残っていれば2つ目も受注できる。ローグは、スライム全員倒した後はどのくらい余力は残るか、分かるか?」
「大体、9割は残るんじゃないでしょうか」
「……お、おぅ……。……んじゃ、こいつらは頼めるか?」
「了解です」
軽いテンポで答えたローグは、森の入り口付近に集ったスライム達に向けて魔法力を手に集約させた。
「きゅお?」「ぴゅおん?」「むにむに」「むまむま?」
甲高いような、柔らかい声を上げたスライム達。
「――炎属性魔法・周囲滅却」
それは、火属性魔法の上位に位置する炎属性魔法。
「きゅ――」「ぴっ」「むにむ――」「むま?」
スライム達のいる場所に、突如数本の火柱が上がると同時に、一瞬でスライム達の身体が蒸発して、焼却されていく。
悲鳴も、逃げる隙も、痛みすらも与えられず屠られていくスライム達の姿に、ラグルドやグランも流石に少し引き気味の様子だ。
辺り一帯のスライム達を一瞬にして消し炭にして葬り去ったローグが、飄々とした様子で「終わりました。よし、帰りましょう!」と、意気揚々と告げた――その瞬間だった。
『火風混合魔法――火の吐息』
森の茂みから現れた中量の魔法力が、おおよそ10。
「――っ!」
危険を察知したローグが、すぐさまラグルド、グラン、ミカエラの前に踊り出して魔力解除を発現させる。
その茂みの中からは、下卑た顔をして出てきたそのスキンヘッドの男――ゴルドーは、上等の直剣を肩に担いでにちゃりと笑みを浮かべる。
その場で、来たるべき異変を感知していたのはローグだけだったようだ。
ローグは、ゴルドーのにやける笑いを少しも見ることなくグラン、ラグルド、ミカエラを持ち上げて瞬時に後方にジャンプする。
「よぉ、大親友ローグよ。朝の借りはきっちり返して貰うぜ? こちとらなぁ! 強力な味方を手に入れてんだ。帝国の皆さん! 約束通り噂のローグ・クセルを捕縛したこの俺、ゴルドぉぉぉぉぉぉぉ!?」
高らかと名乗りを上げようとしたゴルドーだったが、名乗り終える前に彼の身体が宙に浮いた。
『ヒョォォォォォッッ!!』
突如としてローグ達の目の前に現れたゴルドーの首根っこを捕まえて、空に持ち上げた自然の脅威があった。
ローグ達の前にも、巨大な影が一閃走る。ローグが先ほど避けていなければ、今頃彼らもゴルドーと同じ運命を辿っていたことだろう。
その正体に気付くのは、そのほんの数秒後。
白龍、黒龍、赤龍。
冬眠状態で番いになっていた伝説の3頭龍が、ゴルドーの代わりに高々と雄叫びを上げていたのだった。