ギルド《アスカロン》前には仁王立ちする2人の姿があった。
新たにBランク冒険者としてのスタートを切ったラグルド・サイフォン。
そしてもう1人は、再びBランク冒険者として再起を図るグラン・カルマだ。
一言にBランクといえど、成り立てとAランク昇格試験を受験できるほどの熟練者では雲泥の差がある。
現にBランク冒険者といっても10年間その位置から動かずに、多少なり名誉な称号を持ったまま引退して周囲を権威で脅す輩や、体力筋力共に衰えて引退するという冒険者も少なくない。
グランなどはまさに、そうやって体力筋力の衰えを感じて一時引退を決意していたのだが――。
ギルド内からは死屍累々とした邪気がはらまれているのは、ローグも長年の経験から分かっていたが、昨夜浴びるほどに飲んでいたはずにも関わらず、酒臭さなどは微塵も感じられない。
公私を分けるということにおいて、流石は先輩冒険者だとローグは舌を巻いていた。
「おはようございます、ラグルドさん、グランさん」
「お、おはようローグさん。どうしたのさ、いきなり変な言葉遣いになって……」
「そんなことはないですよ。先輩冒険者の指示を受けるんですから、当然です」
「そういえば、今日からは俺とラグルドが新人冒険者の指南役を預かっているな。ってことは、直属の先輩冒険者ということにはなるんだが……何というか、俺たちより圧倒的に力のある奴に教えるも何もないとは思うんだがな……」
状況の不思議さに首を傾げるグランは、自分でも上手く言い表せないとでも言うように顎髭をポリポリと?きながら苦笑を浮かべていた。
「あぁ、それなら今朝方に、泥酔状態の受付嬢からこんな依頼を預かっているよ。確か、Gランクからのスタートだったねぇ」
そう言って、ラグルドは一枚の紙をローグに手渡した。
イネスも、倣うようにローグの見つめる紙に目を落とす。
『依頼書:大森林ゴラアにおけるスライム掃討
依頼主:ティルシア・エンプレア
依頼内容:サルディア皇国北西部・大森林ゴラアにおいて、Fランククラスのモンスター、スライムの異常増殖が確認されています。ヴァステラの栄養豊富な水資源と草木を吸って育ったスライムを狙いに来る大型肉食獣が来る前に、掃討して欲しいです』
なるほど、とローグは深く頷いた。
《アスカロン》に来て初めての任務に手を抜けないローグは、受領手続きを経るために、ラグルドとグランに付いてギルド内に入った。
「お……っ、おはよう、ございま……うっく……す。これから、任務ですよね……お疲れさま……です……」
ローグ、イネス、ラグルド、グランがギルド内に入るとまず漂ってきたのは案の定酒の臭い。朝日も上がったというのに一向に動こうとしない――いや、動けそうにない冒険者たちと違って、ローグ直属の先輩であるラグルドとグランは大した物である。
辺りを見回すも、まだミカエラを呼びに行ったニーズヘッグも到着していないようだった。
こんな酒臭い場所に龍や子供を連れ込めるわけもなく、少し安心したローグだった。
受付嬢すらも酔っ払い、業務に支障を施しそうなほどだ。
震える足でギルド受付台まで行き、受付印を押した受付嬢は、青ざめた表情で言う。
「それにしても、ラグルドさんとグランさんは凄いですね……。昨日あれほど飲んでたにもかかわらず、ちょっと外に出ただけで2人とも……」
「あははは! 俺たちとて、もう先輩冒険者だからな! ね、グランさん!」
「あ、あぁ……そ、そうだな……。俺たちとて、そこらに転がる有象無象の冒険者というわけでもないからな。はっはは」
妙に歯切れの悪い言葉にイネスは首を傾げるが、対照的にローグは目を輝かせて2人に尊敬の眼差しを送るばかりだった――のだが。
「ししょー! おはようございますー!」
『む……なんだこの腐った臭いは。よく燃えそうだな。くはははは』
元気よくギルドの扉を開けた1人のエルフ族の少女に、ラグルドもグランもさっと顔面蒼白になっていた。
その後ろにはひょこひょこと、冒険者の身体の上を這うニーズヘッグの姿があった。
「あれ、朝のお兄さんたち、こんな所で何してるのー?」
「おっけーお嬢ちゃん。ちょっとここを出ようか。ここはお嬢ちゃんみたいな可愛い子が来るところじゃないからね、ししょーさんとやらもここにはいないからね、さ、帰ろう?」
「あぁ、ラグルド。そうだぞ嬢ちゃん。迷子になったのなら仕方が無い。俺たちが送ってあげようではないか、なぁ!」
急に態度を変えた2人に、ローグは「あぁ……」と少し申し訳なさそうに呟く。
「すみません、昨日のダンジョン攻略で、何というか、弟子が出来たみたいなんです」
目をキラキラと輝かせて「弟子!」と喜びを見せるミカエラに、ラグルドとグランは示し合わしたかのようにミカエラの側で耳打ちをする。
(ミカエラちゃん……! 折り入ってお願いだ! 君のししょーに、俺たちを治してくれたことは内緒にして欲しいんだ!)
(そ、そうだな! それがいい。君の凄まじい実力を、俺たち如きに使ってしまったことが知れると怒られてしまうかもしれないからな!)
(そうなんですね……わ、わかりました!)
悪巧み3人組の内密話に、文字通り地獄耳を持つイネスはジト目で見つめるばかりだった。
「ここからが、スタートだ」と、ローグはラグルドから受け取った受注用紙を握りしめる。
「ラグルドさん、グランさん、改めてよろしくお願いします! 早くお二人に追いつけるように、誠心誠意頑張ります!」
ローグの一言を皮切りに、イネスやニーズヘッグ、ミカエラが自信満々に頷いた。
その様子に、ラグルドもグランも苦笑いを浮かべながら、「俺たちなんてすぐ抜かれそうだけどなぁ……」と、ギルド外に出て行ったローグに付いていくように部屋を後にした。
ローグ・クセル。新人冒険者として初めての任務を受ける、その序章が始まろうとしていた――。
○○○
「……うぅ……仕事、仕事……」
ローグ達一行を見送ってから、数時間が経った。
今日はローグ達以外に任務をしようとする物好きはいないだろう。
冒険者になったとなれば、1日くらいはハメを外して飲み明かすモノなのだが、ローグはそこの意識が非常に高いようだ。
だが、今日はこれ以上に仕事はない。少し、受付嬢は安心した。
書類の山に目を落としたのは、泥酔状態の受付嬢。
昨夜から一切記憶がないものの、ローグ達の出立は見届けた。
ラグルドとグランが、泥酔状態から何故あそこまで復調したのかは甚だ疑問ではあったが、今はそれすら考えるのも頭が痛かった。
「ってて……」
ズサァァと音を立てて崩れた書類の一番上に、不可解なものが見えた。
「えっと……? Gランク……スライム討伐、大森林ゴラア、備考……? これ、ローグさん達の……?」
それは、受注用紙の2枚目の存在だった。
「……えっ……」
その、備考欄を見た受付嬢はさぁっと顔面蒼白になってその場に紙を落とした。
受注用紙に記されていた文字列はこうであった。
『備考:大森林ゴラア中心部には、番となった冬眠状態の黒龍・赤龍・白龍(いずれも自然界系S+ランク)が生息している。新人冒険者の任務としては心配はないだろうが、巨大な魔法力は使わないことをおすすめする』
新たにBランク冒険者としてのスタートを切ったラグルド・サイフォン。
そしてもう1人は、再びBランク冒険者として再起を図るグラン・カルマだ。
一言にBランクといえど、成り立てとAランク昇格試験を受験できるほどの熟練者では雲泥の差がある。
現にBランク冒険者といっても10年間その位置から動かずに、多少なり名誉な称号を持ったまま引退して周囲を権威で脅す輩や、体力筋力共に衰えて引退するという冒険者も少なくない。
グランなどはまさに、そうやって体力筋力の衰えを感じて一時引退を決意していたのだが――。
ギルド内からは死屍累々とした邪気がはらまれているのは、ローグも長年の経験から分かっていたが、昨夜浴びるほどに飲んでいたはずにも関わらず、酒臭さなどは微塵も感じられない。
公私を分けるということにおいて、流石は先輩冒険者だとローグは舌を巻いていた。
「おはようございます、ラグルドさん、グランさん」
「お、おはようローグさん。どうしたのさ、いきなり変な言葉遣いになって……」
「そんなことはないですよ。先輩冒険者の指示を受けるんですから、当然です」
「そういえば、今日からは俺とラグルドが新人冒険者の指南役を預かっているな。ってことは、直属の先輩冒険者ということにはなるんだが……何というか、俺たちより圧倒的に力のある奴に教えるも何もないとは思うんだがな……」
状況の不思議さに首を傾げるグランは、自分でも上手く言い表せないとでも言うように顎髭をポリポリと?きながら苦笑を浮かべていた。
「あぁ、それなら今朝方に、泥酔状態の受付嬢からこんな依頼を預かっているよ。確か、Gランクからのスタートだったねぇ」
そう言って、ラグルドは一枚の紙をローグに手渡した。
イネスも、倣うようにローグの見つめる紙に目を落とす。
『依頼書:大森林ゴラアにおけるスライム掃討
依頼主:ティルシア・エンプレア
依頼内容:サルディア皇国北西部・大森林ゴラアにおいて、Fランククラスのモンスター、スライムの異常増殖が確認されています。ヴァステラの栄養豊富な水資源と草木を吸って育ったスライムを狙いに来る大型肉食獣が来る前に、掃討して欲しいです』
なるほど、とローグは深く頷いた。
《アスカロン》に来て初めての任務に手を抜けないローグは、受領手続きを経るために、ラグルドとグランに付いてギルド内に入った。
「お……っ、おはよう、ございま……うっく……す。これから、任務ですよね……お疲れさま……です……」
ローグ、イネス、ラグルド、グランがギルド内に入るとまず漂ってきたのは案の定酒の臭い。朝日も上がったというのに一向に動こうとしない――いや、動けそうにない冒険者たちと違って、ローグ直属の先輩であるラグルドとグランは大した物である。
辺りを見回すも、まだミカエラを呼びに行ったニーズヘッグも到着していないようだった。
こんな酒臭い場所に龍や子供を連れ込めるわけもなく、少し安心したローグだった。
受付嬢すらも酔っ払い、業務に支障を施しそうなほどだ。
震える足でギルド受付台まで行き、受付印を押した受付嬢は、青ざめた表情で言う。
「それにしても、ラグルドさんとグランさんは凄いですね……。昨日あれほど飲んでたにもかかわらず、ちょっと外に出ただけで2人とも……」
「あははは! 俺たちとて、もう先輩冒険者だからな! ね、グランさん!」
「あ、あぁ……そ、そうだな……。俺たちとて、そこらに転がる有象無象の冒険者というわけでもないからな。はっはは」
妙に歯切れの悪い言葉にイネスは首を傾げるが、対照的にローグは目を輝かせて2人に尊敬の眼差しを送るばかりだった――のだが。
「ししょー! おはようございますー!」
『む……なんだこの腐った臭いは。よく燃えそうだな。くはははは』
元気よくギルドの扉を開けた1人のエルフ族の少女に、ラグルドもグランもさっと顔面蒼白になっていた。
その後ろにはひょこひょこと、冒険者の身体の上を這うニーズヘッグの姿があった。
「あれ、朝のお兄さんたち、こんな所で何してるのー?」
「おっけーお嬢ちゃん。ちょっとここを出ようか。ここはお嬢ちゃんみたいな可愛い子が来るところじゃないからね、ししょーさんとやらもここにはいないからね、さ、帰ろう?」
「あぁ、ラグルド。そうだぞ嬢ちゃん。迷子になったのなら仕方が無い。俺たちが送ってあげようではないか、なぁ!」
急に態度を変えた2人に、ローグは「あぁ……」と少し申し訳なさそうに呟く。
「すみません、昨日のダンジョン攻略で、何というか、弟子が出来たみたいなんです」
目をキラキラと輝かせて「弟子!」と喜びを見せるミカエラに、ラグルドとグランは示し合わしたかのようにミカエラの側で耳打ちをする。
(ミカエラちゃん……! 折り入ってお願いだ! 君のししょーに、俺たちを治してくれたことは内緒にして欲しいんだ!)
(そ、そうだな! それがいい。君の凄まじい実力を、俺たち如きに使ってしまったことが知れると怒られてしまうかもしれないからな!)
(そうなんですね……わ、わかりました!)
悪巧み3人組の内密話に、文字通り地獄耳を持つイネスはジト目で見つめるばかりだった。
「ここからが、スタートだ」と、ローグはラグルドから受け取った受注用紙を握りしめる。
「ラグルドさん、グランさん、改めてよろしくお願いします! 早くお二人に追いつけるように、誠心誠意頑張ります!」
ローグの一言を皮切りに、イネスやニーズヘッグ、ミカエラが自信満々に頷いた。
その様子に、ラグルドもグランも苦笑いを浮かべながら、「俺たちなんてすぐ抜かれそうだけどなぁ……」と、ギルド外に出て行ったローグに付いていくように部屋を後にした。
ローグ・クセル。新人冒険者として初めての任務を受ける、その序章が始まろうとしていた――。
○○○
「……うぅ……仕事、仕事……」
ローグ達一行を見送ってから、数時間が経った。
今日はローグ達以外に任務をしようとする物好きはいないだろう。
冒険者になったとなれば、1日くらいはハメを外して飲み明かすモノなのだが、ローグはそこの意識が非常に高いようだ。
だが、今日はこれ以上に仕事はない。少し、受付嬢は安心した。
書類の山に目を落としたのは、泥酔状態の受付嬢。
昨夜から一切記憶がないものの、ローグ達の出立は見届けた。
ラグルドとグランが、泥酔状態から何故あそこまで復調したのかは甚だ疑問ではあったが、今はそれすら考えるのも頭が痛かった。
「ってて……」
ズサァァと音を立てて崩れた書類の一番上に、不可解なものが見えた。
「えっと……? Gランク……スライム討伐、大森林ゴラア、備考……? これ、ローグさん達の……?」
それは、受注用紙の2枚目の存在だった。
「……えっ……」
その、備考欄を見た受付嬢はさぁっと顔面蒼白になってその場に紙を落とした。
受注用紙に記されていた文字列はこうであった。
『備考:大森林ゴラア中心部には、番となった冬眠状態の黒龍・赤龍・白龍(いずれも自然界系S+ランク)が生息している。新人冒険者の任務としては心配はないだろうが、巨大な魔法力は使わないことをおすすめする』