「う、うぅぉ……ん、飲み……すぎ、……ヴェロロロロ」

 朝。日の出と共に起きたラグルドは真っ青な顔でギルド前に出た。
 耐えきれず、ギルド先の看板下にはラグルドが作った滝が形成される。
 ひんやりとした朝の空気が、だんだんとラグルドの意識を明瞭にしていく。

 だが、ギルドに戻ったとしても昨夜のローグ歓迎会にて飲み過ぎた冒険者達が、男も女も皆酔い潰れて、地面に死屍累々と積み重なっているだけだ。
 ローグの歓迎会だというのに、途中からは主賓が消えた上にもはや歓迎会とは名ばかりで自分たちが飲み明かしたいだけというのは、いつものことだ。
 もはやギルド内の臭いを嗅いだだけでも吐きそうなラグルドは、自らの身体の中を急いで浄化するように朝の新鮮な空気を吸い続けた。

「ふぅ……これで何とか、大丈夫――」

「よう、ラグルド。お前も起きていたのか」

「グ、グランさん!? あんなに飲んでたのにもう平気なんですか!?」

「……っははははは。舐めるなよ。まだまだ若いモンに負けるわけには……ん、なんだこの下の水溜ま――ヴォロロロロロ」

「ぎゃぁぁぁ!? 何貰っちゃってるんですかグランさぁぁぁん!?」

 ギルド前に2つの小さな滝が流れた、その時だった。

「だ、だいじょうぶですか!? どこかお怪我なされているんですか!? 内臓系の負傷でしょうか、えっと、えっとそれなら――」

 一人の少女が、心配そうな顔つきで二人を覗き込む。
 あれやこれやと思案するその少女は、翡翠のショートカットをふるふると振ってグランの身体に手を触れる。

 真っ青な顔で正面を見ていたグランがふと呟いた。

「おーおーラグルドよ。俺は夢でも見てんのかね。可愛い可愛いエルフ族の少女がこんな酔っ払いを心配してくれてるみたいだ」

「奇遇ですね、俺も見えます。こんな男臭い所でこんな美幼女が見えるようになるなんて、俺たちも末期っすね」

 そこで、ラグルドはふと気付く。
 みるみる内にグランの顔色が良くなっていくことに。

「なっ……!?」

 グランが絶句する間に、少女はラグルドに近付く。

「おわりました! 次はこちらの方ですね!」

 屈託のない笑顔を浮かべて、次にラグルドの身体に手を触れた少女はぷつぷつと何か呟きながら手に淡い緑の光を灯している。

「……って、嘘ぉ!? さっきまでの酒のダメージが、全部吹っ飛んでる……!?」

「《獅子の心臓(レグルス・ハーツ)》の回復術師だって、こんなこと出来やしねぇ。これは、一時的な外傷を治療するってよりも、身体の中を治療する遥かに高レベルの治癒術だ……。嬢ちゃん、お前さん、一体――?」」

 少女は、掌に紫色の光を抽出していた。

「おじさん達の身体の中の()を取り出しました。今度からは、気をつけてくださいね!」

 エルフ特有の尖った耳をピコピコさせて、上機嫌に少女は歩き出す。

「あの、もう少し話聞かせてくれないか! どうやってその力を手に入れたんだ!?」

 ラグルドが、少女を引き留めるように言うが、困った笑顔を受かべて少女は言う。

「ごめんなさい! 『ししょー』を待たせちゃっているので、もう行かなきゃいけないので!」

 可愛らしく手を振ったその少女の後ろ姿を見ながら、グランはふと呟いた。

「あんな凄まじい力を持った子の『ししょー』とやらは、とんでもない化け物だな」

「……そっすね。まぁ、その『ししょー』とやらも、ウチの新人冒険者様には負けちゃうんじゃないっすかね」

「っはっはっは。今度のウチの新人冒険者は別格だからな。長年冒険者やってきた俺でさえ、一生努力しても届かないだろう境地ってもんを見せつけられたよ」

 そう呟くグランの表情は、明るかった。

「ってことは、グランさん、やっぱり辞めるつもりはなさそうですね」

「あぁ。本気で冒険者稼業は廃業するつもりだったが……もうしばらく、奴等の近くで技術でも盗ませてもらうとするよ」

 ラグルドとグランは、こちらが見えなくなるまで律儀に手を振り続けた幼い少女の後ろ姿を、じっと追い続けていたのだった――。

○○○

「なぁ、イネス」

 ローグ達一行は、サルディア皇国王都のボロ宿に泊まっていた。
 少し動けばギシギシと音を鳴らすベッドに、羽虫やネズミが這う天井。
 柄の悪い男共が、朝から路地裏で口論した挙げ句暴力沙汰に発展している無法地帯だった。
 ベッドに横たわるローグの隣に座るのはイネス。
 朝日の当たる机の上でだらんと寝転ぶニーズヘッグは、活動時間帯になっていないためか動きも鈍い。
 イネスは、ローグの手を握りながら答える。

「なんでしょう、ローグ様」

「俺たち、今までどうやって生活してたっけ」

「街の宿に入るには、どこの国でも身分証明のためのステータス開示が必至でした。ローグ様は死霊術師(ネクロマンサー)、私は魔王、ニーズヘッグは龍王。そしてローグ様の配下達もスケルトンやゾンビ――通称不死者(アンデッド)に分類されるため、まともな職業の者もおらず、どこの宿でも門前払い。魔物素材の換金所ですら受け入れられずに金銭の確保も難しい状況でした。従って、各国が放置している未開の辺境地帯にて不死の軍勢と共に野宿をされていましたよ。幸い、資源に困ることはなかったこともあり大きな支障はありませんでしたが――」

 イネスが思い出すように言えば言うほど、ローグは頭を抱えて自らの境遇の酷さに苦笑いを隠せずにいた。

「まるで原始人だな……。それから考えると、昨日は久々に美味いご飯食べられたし、宿も取れたってことだけでも僥倖か」

 ローグは手持ちの小袋の中身を掌に取り出した。
 銅貨が3枚だけこぼれ落ちる。

「この宿の1泊が銅貨4枚分として、今日こそ泊まらせてもらえましたが、今夜の分となると厳しそうです。このまま野宿生活をするという選択肢もありますが――」

「さすがに、ミカエラにそんなことさせるわけにはいかないだろ。せっかく新人冒険者として再スタート切ったんだ。イネス、ニーズヘッグ、荒稼ぎするぞ!」

 昇る朝日を前にして宣言したローグに、イネスは涙を潤ませながら「はい! イネスはどこまででも付いていきます!」と忠誠を露わにする。
 自身の隣に表示されたステータス画面:職業《新人冒険者(クラスG)》の文字を、何度も何度も食い入るように眺めている、ローグなのであった。