夜はさらに深まっていた。
平野中央を静かに行軍する集団が一つ。数にしておおよそ千を超える程だ。
その行軍は、不気味そのもので動きが完全に統率されていて生きた心地がしなかった。
彼らの眼前にある深い森の最奥からは、続々と火の手が上がっている。
この森を突っ切れば、サルディア皇国の兵士達と亜人族が最前線の戦闘を行っていることは容易に理解出来る。
「ローグ様。如何致しましょう」
不死者の行軍を先導するのはローグ、イネス、カルファの3人。
月夜に光る一房の銀髪を持つ女性は、火の手の上がる森の奥を見つめる。
サルディア皇国での陣頭指揮を執っていたカルファは、自らが捕縛されて連れてこられたときよりも遥かに戦況が悪化しているのを感じていた。
元々、敗走気味でいかに兵士を生きて逃がすかを考えていたのだ。
司令塔を失った軍は、瓦解寸前だった。
「そうだなぁ……、鑑定士さん。敵は亜人族って言ってたけど、内訳は分かってる?」
「は、はい。現在サルディア皇国に攻め込んできているのは、10頭のゴブリンキングをそれぞれ将に据えたゴブリン主体の軍隊です」
ローグの問いに、カルファは歯噛みする。
その隣でイネスは、飄々とローグを諭すように言う。
「ゴブリンといえば、Eランク程度の低級魔物。して、おおよそ100のゴブリンを統率出来る知性と腕力があるとされるゴブリンキングですら、Dランクに届くか届かぬかの雑魚。その程度の魔物に皇国の正規軍が壊滅していては、話になりませんな」
刺々しいイネスの言葉に、カルファは苦悶の表情を浮かべた――
――その時だった。
「ニーズヘッグ。何か分かったか?」
空高くから滑空して、闇夜の中で進軍するローグ達の前に降り立ったのは、1頭の龍だ。
漆黒の翼を素早くたたんで、主の前に巨大な頭を垂れたニーズヘッグは言う。
『サルディアの兵士は随分と数を減らしているようだ。ゴブリンキングを筆頭にした軍隊もいるが、違和感もある。少数のC級魔物、ミノタウロスまでもが皇国攻めに加担しているようだ』
「ゴブリンとミノタウロスが手を組んだ、ということですか。本来なら魔物同士が手を取り合うことなど有り得ないはずなのに……?」
『目の前の森を越えれば、そこには切り立った崖の下だ。サルディアの兵士達は、ゴブリンの群れに上手く誘導されながら退路を断たれてもいる。崖を背に闘う皇国兵士を包囲してからじわじわ嬲り殺すつもりだろう。奴等にそのような知恵が身についたというのは聞いたことがない』
「裏で誰かが糸を引いてる可能性もあるってことか……」
ちらり、ローグは真横で何も話そうとしないカルファを一瞥する。
きゅっと口を結んで、身体を震わせていた。
「ふぅ」と小さくため息を付いて、ローグは目つきを変えた。
「皇国の兵士達が崖の下に追い詰められたら合図を出して欲しい」
こくり、イネスとニーズヘッグが頷いたのを見てローグは続ける。
「ニーズヘッグは、このまま空に待機していてくれ。誓約を解除して、こちらがゴブリン軍に激突したのを見計らって、一軍を吹き飛ばせ」
『――あぁ、いいだろう』
にやりと笑みを浮かべた巨龍は、再び漆黒の翼を大空に掲げる。
巨大な体躯をふわりと浮かせて夜の空に飛び立ったニーズヘッグの姿に、カルファは呆然と見つめることしか出来ずにいる。
「イネス、お前はミノタウロスの殲滅を頼む。一人で行けるな?」
「当然です。主の前に、かのバケモノ共の生首を献上致しましょう」
ぞわり、カルファの背中に冷や汗が流れる。
ローグの前に出たイネスの左目から、紅のオーラが流れている。
黒色の瞳の中から、極大の質量を持つ魔法力がオーラとなって、その左目から漏れていたのだ。
ジジジと、強烈なラグが生じてイネスの頭上に一対の白角が姿を現す。
次いで、六対十二枚の翼が背中に出現して、飛翔と共にあっという間にローグとカルファの前から消え去っていく。
その秘めた力が、暴力の化身であるようにさえカルファには思えた。
「スキル《死霊術の加護》を解除。亜人族の掃討を命じる」
言葉を発すると共にパチンと、ローグが指を鳴らした。
『ゥヴォォォォォォォァァァァァァッッッ!!』
瞬間、今まで操られていたように忠実に動いていた後方の軍勢が、堰を切ったように森の中へと雪崩れ込んでいく。
森の先にいる亜人族を目がけて、一直線に突き進む。
骨格だけで身体を形成した「スケルトン」、肉が腐り、蠅が集っていても前へ進むのは「ゾンビ」。主にその二種類の怪物で形成されたローグの軍は、隊列もバラバラに森を突き抜けていく。
「俺たちも行こうか、鑑定士さん。あんたがいないと、俺たちが敵じゃないってことを信用してもらえないからな」
あまりの勢いにへたりと地面に座り込んでしまったカルファは、畏怖の目でローグを見た。
「ローグさん、少し、いいですか?」
カルファの方を見ようとしないローグの背中が、とてつもなく恐ろしいものに見え始める。
「先ほどの巨龍を、知っています。サルディア皇国に古くから伝わる『龍神伝説』……お伽噺の中に出てくる、ニーズヘッグと呼ばれる古龍でしょうか?」
「……」
「先ほどの女性を、知っています。かつて世界を混沌に陥れた恐怖の魔王、墜ちた天使の一族にして《ルシファー》の受け継ぐ、イネス・ルシファーその人でしょうか?」
「……だとしたら、どうする?」
「有り得ません……! それらは、何百年も、何千年も前に生きていた伝説上のそれですから……!」
狼狽する。
世界七賢人と呼ばれ、世間の名声を手に入れたはずのカルファ・シュネーヴルの心ノ臓は、どくどくと高鳴っている。
「ローグ・クセルさん、あなたは一体……ッ!」
ふと、カルファは自身の鑑定能力をローグに当てた。
もしかすると、自分はとんでもない存在に助力を申し出てしまったのかもしれない。
世界を丸ごとひっくり返すような、そんなイレギュラーな存在を。
ローグは困ったように頭をぽりぽりと?いて、告げる。
「不遇にも禁忌職を引き当ててしまった、独りぼっちの死霊術師ってとこだ」
平野中央を静かに行軍する集団が一つ。数にしておおよそ千を超える程だ。
その行軍は、不気味そのもので動きが完全に統率されていて生きた心地がしなかった。
彼らの眼前にある深い森の最奥からは、続々と火の手が上がっている。
この森を突っ切れば、サルディア皇国の兵士達と亜人族が最前線の戦闘を行っていることは容易に理解出来る。
「ローグ様。如何致しましょう」
不死者の行軍を先導するのはローグ、イネス、カルファの3人。
月夜に光る一房の銀髪を持つ女性は、火の手の上がる森の奥を見つめる。
サルディア皇国での陣頭指揮を執っていたカルファは、自らが捕縛されて連れてこられたときよりも遥かに戦況が悪化しているのを感じていた。
元々、敗走気味でいかに兵士を生きて逃がすかを考えていたのだ。
司令塔を失った軍は、瓦解寸前だった。
「そうだなぁ……、鑑定士さん。敵は亜人族って言ってたけど、内訳は分かってる?」
「は、はい。現在サルディア皇国に攻め込んできているのは、10頭のゴブリンキングをそれぞれ将に据えたゴブリン主体の軍隊です」
ローグの問いに、カルファは歯噛みする。
その隣でイネスは、飄々とローグを諭すように言う。
「ゴブリンといえば、Eランク程度の低級魔物。して、おおよそ100のゴブリンを統率出来る知性と腕力があるとされるゴブリンキングですら、Dランクに届くか届かぬかの雑魚。その程度の魔物に皇国の正規軍が壊滅していては、話になりませんな」
刺々しいイネスの言葉に、カルファは苦悶の表情を浮かべた――
――その時だった。
「ニーズヘッグ。何か分かったか?」
空高くから滑空して、闇夜の中で進軍するローグ達の前に降り立ったのは、1頭の龍だ。
漆黒の翼を素早くたたんで、主の前に巨大な頭を垂れたニーズヘッグは言う。
『サルディアの兵士は随分と数を減らしているようだ。ゴブリンキングを筆頭にした軍隊もいるが、違和感もある。少数のC級魔物、ミノタウロスまでもが皇国攻めに加担しているようだ』
「ゴブリンとミノタウロスが手を組んだ、ということですか。本来なら魔物同士が手を取り合うことなど有り得ないはずなのに……?」
『目の前の森を越えれば、そこには切り立った崖の下だ。サルディアの兵士達は、ゴブリンの群れに上手く誘導されながら退路を断たれてもいる。崖を背に闘う皇国兵士を包囲してからじわじわ嬲り殺すつもりだろう。奴等にそのような知恵が身についたというのは聞いたことがない』
「裏で誰かが糸を引いてる可能性もあるってことか……」
ちらり、ローグは真横で何も話そうとしないカルファを一瞥する。
きゅっと口を結んで、身体を震わせていた。
「ふぅ」と小さくため息を付いて、ローグは目つきを変えた。
「皇国の兵士達が崖の下に追い詰められたら合図を出して欲しい」
こくり、イネスとニーズヘッグが頷いたのを見てローグは続ける。
「ニーズヘッグは、このまま空に待機していてくれ。誓約を解除して、こちらがゴブリン軍に激突したのを見計らって、一軍を吹き飛ばせ」
『――あぁ、いいだろう』
にやりと笑みを浮かべた巨龍は、再び漆黒の翼を大空に掲げる。
巨大な体躯をふわりと浮かせて夜の空に飛び立ったニーズヘッグの姿に、カルファは呆然と見つめることしか出来ずにいる。
「イネス、お前はミノタウロスの殲滅を頼む。一人で行けるな?」
「当然です。主の前に、かのバケモノ共の生首を献上致しましょう」
ぞわり、カルファの背中に冷や汗が流れる。
ローグの前に出たイネスの左目から、紅のオーラが流れている。
黒色の瞳の中から、極大の質量を持つ魔法力がオーラとなって、その左目から漏れていたのだ。
ジジジと、強烈なラグが生じてイネスの頭上に一対の白角が姿を現す。
次いで、六対十二枚の翼が背中に出現して、飛翔と共にあっという間にローグとカルファの前から消え去っていく。
その秘めた力が、暴力の化身であるようにさえカルファには思えた。
「スキル《死霊術の加護》を解除。亜人族の掃討を命じる」
言葉を発すると共にパチンと、ローグが指を鳴らした。
『ゥヴォォォォォォォァァァァァァッッッ!!』
瞬間、今まで操られていたように忠実に動いていた後方の軍勢が、堰を切ったように森の中へと雪崩れ込んでいく。
森の先にいる亜人族を目がけて、一直線に突き進む。
骨格だけで身体を形成した「スケルトン」、肉が腐り、蠅が集っていても前へ進むのは「ゾンビ」。主にその二種類の怪物で形成されたローグの軍は、隊列もバラバラに森を突き抜けていく。
「俺たちも行こうか、鑑定士さん。あんたがいないと、俺たちが敵じゃないってことを信用してもらえないからな」
あまりの勢いにへたりと地面に座り込んでしまったカルファは、畏怖の目でローグを見た。
「ローグさん、少し、いいですか?」
カルファの方を見ようとしないローグの背中が、とてつもなく恐ろしいものに見え始める。
「先ほどの巨龍を、知っています。サルディア皇国に古くから伝わる『龍神伝説』……お伽噺の中に出てくる、ニーズヘッグと呼ばれる古龍でしょうか?」
「……」
「先ほどの女性を、知っています。かつて世界を混沌に陥れた恐怖の魔王、墜ちた天使の一族にして《ルシファー》の受け継ぐ、イネス・ルシファーその人でしょうか?」
「……だとしたら、どうする?」
「有り得ません……! それらは、何百年も、何千年も前に生きていた伝説上のそれですから……!」
狼狽する。
世界七賢人と呼ばれ、世間の名声を手に入れたはずのカルファ・シュネーヴルの心ノ臓は、どくどくと高鳴っている。
「ローグ・クセルさん、あなたは一体……ッ!」
ふと、カルファは自身の鑑定能力をローグに当てた。
もしかすると、自分はとんでもない存在に助力を申し出てしまったのかもしれない。
世界を丸ごとひっくり返すような、そんなイレギュラーな存在を。
ローグは困ったように頭をぽりぽりと?いて、告げる。
「不遇にも禁忌職を引き当ててしまった、独りぼっちの死霊術師ってとこだ」