ミカエラはキラキラと輝く瞳で、尊敬の面持ちと共にローグを見ていた。
「ホネホネした人たちや、もう死んじゃってるひとた――ふぇっ!?」
そんなミカエラの、いかにローグをカッコいいか弁舌しようとしている所に、速攻ローグは口に手を当て蓋をした。
「ホネホネ……? って何でしょう、グランさん」
「さぁな。幼女の戯言やもしれんが、ローグなら何やってももう驚かねぇさ」
「それもそうですね」
ラグルドとグランがほろ酔い気分でエールを飲み交わしているのが唯一の救いだろう。
「ふほはっはんへふ! あんあほほへひふひほ、ひはほほは――!」
「よし、分かった。ひとまず外に行こう、話はそれからだ」
「お手伝い致します」
『なんだかいつも以上に綱渡りしている状況になってきたな、主よ』
興奮するミカエラを小脇に抱えたイネス、骨付き肉をバリボリ骨ごと噛み砕いたニーズヘッグがすぐさまギルド《アスカロン》を飛び出す。
パーティーの主賓ローグは、ラグルドやグランに小さく一礼して自身もすぐさまギルドを飛び出した。
冷たい夜風に揺れる王都は、静けさを増していた。
《アスカロン》にて飲めや騒げやをしている冒険者達だけが、この王都を支配しているような、そんな気分になった。
ギルドの裏の森にミカエラを連れて行ったローグは、「はぁ」と小さくため息を付いた。
「……どこから付いてきてたんだ?」
ミカエラは、昼間とは違って小さい子供用のボロい銀鎧を纏っていた。
子供にとって、強いモンスターに立ち向かったり、未知のダンジョンに挑んで輝かしい功績を残す冒険者はある種夢の職業でもある。
放浪時代、いくつもの国を転々としたローグでも、冒険者ごっこと称して勇者側と、モンスター側に分かれて戦いを繰り広げる子供たちの姿を何度も見てきた。
数ある冒険者パーティーの中で、本来相容れないとされる魔族を初めて組み込んで、1000年続いた辺境の国での魔族・勇者間戦争を止めたことで伝説的な人気を誇り、当代最強パーティーと謳われるようになった冒険者パーティー『ディアード』の話は、全世界で語り継がれる英雄譚として皆の心を鷲づかみにしている。
ミカエラは身長的にも14、15ほどで、その中でも小柄な方だろう。
綺麗に澄んだ翡翠の瞳からは、並々ならぬ決意のようなものが感じられる。
それは単に、冒険者ごっこに興じる遊び盛りの子供とは一線を画すものであることは、ローグ達もそれなりには感じ取っていた。
ミカエラは、震えるようにして呟く。
「第11階層から、戻ってくるまでの間です! ホネホネってした人も、死んじゃった人達も、皆みんなローグさんの為に闘ってて、人望も、力も強いのも当然だなって、思ったんです」
「あれは人望とかじゃないんだけどな……」
「ローグ様、すみません。私やニーズヘッグがいながら、後ろの気配に気付くことが出来なかったとは――」
『いや、そうではないぞイネス。この小娘は、意図的に我らの存在感知から逃れていたのだ。それも、それなりの高等スキルでな』
「あぁ、俺も気付かなかったよ。ミカエラ、君のそのスキルは回復術師の高等スキル《気配の遮断》かな?」
ローグの言葉に驚きながらも、ミカエラはこくりと頷いた。
むしろ、驚きを隠せないのはイネスの方で――。
「け、《気配の遮断》は回復術師の中でも、いわゆるAランクほどの実力がないと使えないはずではないですか! それを、こんな小さな少女が……?」
『思い出してもみろ、イネス。我らが主は、既に15の時には我らを屈服せしめたではないか』
「それは、そうですが……」
腑に落ちない様子のイネスは、もう一度まじまじとミカエラを見た。
《気配の遮断》は、回復術師の高等スキルの中でも取得必須のものである。
後衛の回復術師はパーティーの要でありながら、崩壊させるに最も容易い職業でもある。
基本戦闘力は皆無に近い者も多く、そのステータスの多くを回復術に特化した回復術師にとっては、いかに狙われないかが重要な立ち回りとなってくる。
そんななかで《気配の遮断》は、狙われにくくなると共に存在感知が困難になるため、パーティーメンバーが常に回復術師の動向を見守りつつ動く必要もなくなる上、適材適所に回復術を付与出来ると言うことで、このスキルを持つ回復術師の需要は高い。
『高等スキルがあったとしても、肝心の回復術が平凡以下ならば、話になるまい』
『くぁあ』と眠そうにニーズヘッグは呟く。
「か、回復も、ちゃんと出来ます! 龍さん、少しいいですか?」
『む?』
ミカエラは、小さい身体でニーズヘッグに近付いていく。
ローグの肩にぴたりと止まっていたニーズヘッグは、ミカエラの指先で光る淡い翡翠の光に鼻を近付けた。
「回復術、第一位階の治療」
ミカエラが、ニーズヘッグの肩に指先を触れる。
シュゥゥゥゥゥ……。
『……ほう、これは驚いた。仮にもS級の龍がつけた傷を、こうも一瞬で治すとは』
ニーズヘッグの肩から手を話したミカエラは、にこりと屈託のない笑みを浮かべた。
「これで、痛くないはずです! 回復術も、国にいた時にそれなりに教わったんです」
「国? あなた達エルフ族はここが故郷ではなかったのですか?」
イネスが訝しむように問うと、ミカエラは「いいえ」と少し残念そうに言う。
「もともと、この大陸のずっと、ずっとずっと遠くにあるエルフだけの国家が私の故郷です。村のみんなに合流したのは、怖い人達に連れてこられてからなんです。それまでは、独りぼっちでしたから……」
「独りぼっち……ね」
ローグは、放浪時代のことを思い出すように夜空を見上げて呟いた。
死霊術師という職業柄、どこの派閥にも属すことが出来なかった自分に、少しだけミカエラが重なって見えた。
「エルフだけの国家ですか。噂には聞いたことがありますね……。ですが、確か……?」
腑に落ちない様子でイネスは首を傾げる。
ミカエラは、悲しそうな笑みを浮かべてニーズヘッグの頬に触れようとする。
ニーズヘッグは、珍しくそれを拒否しなかった。
カルファや、受付嬢にすら触れさせなかったのにも関わらず、『ほう』とむしろ興味を示してのそのそとミカエラの両腕の中に進んでいく。
漆黒の翼とその小さな身体を、すっぽりとミカエラの腕の中に埋めたニーズヘッグは、『くぁあ』と大きく欠伸をする。
『ミカエラとやら。お主は邪の気が感じられん。良いことだ』
「――ふぇっ!?」
『くはははは……。痛みが引いたら途端、眠くなってしまったのでな。我は先に失礼するぞ、主よ……』
目をしぱしぱ開いて、閉じてを繰り返していたニーズヘッグが静かに目を閉じる。
「珍しく、ニーズヘッグにしては気が利くことを。この小さな回復術師の醸し出す癒やしの魔法力には、さすがの龍王さまもお手上げのようでございます。とはいえ、これほどの戦力を持つ回復術師です。手放す理由もないかと」
イネスがからかうようにローグに顔を向ける。
答えが決まりきっていたローグは、ミカエラの目線まで腰を落として、手を差し伸べた。
「そうだな。ミカエラ、独りぼっち同士、仲良くやろう」
「――はいっ! ありがとうございます、ししょー!」
「……師匠?」
「はい! ローグさんは、私よりもずっとずっと強いので、ししょーです!」
ニーズヘッグを腕に抱いたその少女は、再び屈託のない笑顔を浮かべてローグを見つめていた。
新人冒険者となったローグの波乱の1日が、ようやく終わりを告げようとしていたのだった――。
「ホネホネした人たちや、もう死んじゃってるひとた――ふぇっ!?」
そんなミカエラの、いかにローグをカッコいいか弁舌しようとしている所に、速攻ローグは口に手を当て蓋をした。
「ホネホネ……? って何でしょう、グランさん」
「さぁな。幼女の戯言やもしれんが、ローグなら何やってももう驚かねぇさ」
「それもそうですね」
ラグルドとグランがほろ酔い気分でエールを飲み交わしているのが唯一の救いだろう。
「ふほはっはんへふ! あんあほほへひふひほ、ひはほほは――!」
「よし、分かった。ひとまず外に行こう、話はそれからだ」
「お手伝い致します」
『なんだかいつも以上に綱渡りしている状況になってきたな、主よ』
興奮するミカエラを小脇に抱えたイネス、骨付き肉をバリボリ骨ごと噛み砕いたニーズヘッグがすぐさまギルド《アスカロン》を飛び出す。
パーティーの主賓ローグは、ラグルドやグランに小さく一礼して自身もすぐさまギルドを飛び出した。
冷たい夜風に揺れる王都は、静けさを増していた。
《アスカロン》にて飲めや騒げやをしている冒険者達だけが、この王都を支配しているような、そんな気分になった。
ギルドの裏の森にミカエラを連れて行ったローグは、「はぁ」と小さくため息を付いた。
「……どこから付いてきてたんだ?」
ミカエラは、昼間とは違って小さい子供用のボロい銀鎧を纏っていた。
子供にとって、強いモンスターに立ち向かったり、未知のダンジョンに挑んで輝かしい功績を残す冒険者はある種夢の職業でもある。
放浪時代、いくつもの国を転々としたローグでも、冒険者ごっこと称して勇者側と、モンスター側に分かれて戦いを繰り広げる子供たちの姿を何度も見てきた。
数ある冒険者パーティーの中で、本来相容れないとされる魔族を初めて組み込んで、1000年続いた辺境の国での魔族・勇者間戦争を止めたことで伝説的な人気を誇り、当代最強パーティーと謳われるようになった冒険者パーティー『ディアード』の話は、全世界で語り継がれる英雄譚として皆の心を鷲づかみにしている。
ミカエラは身長的にも14、15ほどで、その中でも小柄な方だろう。
綺麗に澄んだ翡翠の瞳からは、並々ならぬ決意のようなものが感じられる。
それは単に、冒険者ごっこに興じる遊び盛りの子供とは一線を画すものであることは、ローグ達もそれなりには感じ取っていた。
ミカエラは、震えるようにして呟く。
「第11階層から、戻ってくるまでの間です! ホネホネってした人も、死んじゃった人達も、皆みんなローグさんの為に闘ってて、人望も、力も強いのも当然だなって、思ったんです」
「あれは人望とかじゃないんだけどな……」
「ローグ様、すみません。私やニーズヘッグがいながら、後ろの気配に気付くことが出来なかったとは――」
『いや、そうではないぞイネス。この小娘は、意図的に我らの存在感知から逃れていたのだ。それも、それなりの高等スキルでな』
「あぁ、俺も気付かなかったよ。ミカエラ、君のそのスキルは回復術師の高等スキル《気配の遮断》かな?」
ローグの言葉に驚きながらも、ミカエラはこくりと頷いた。
むしろ、驚きを隠せないのはイネスの方で――。
「け、《気配の遮断》は回復術師の中でも、いわゆるAランクほどの実力がないと使えないはずではないですか! それを、こんな小さな少女が……?」
『思い出してもみろ、イネス。我らが主は、既に15の時には我らを屈服せしめたではないか』
「それは、そうですが……」
腑に落ちない様子のイネスは、もう一度まじまじとミカエラを見た。
《気配の遮断》は、回復術師の高等スキルの中でも取得必須のものである。
後衛の回復術師はパーティーの要でありながら、崩壊させるに最も容易い職業でもある。
基本戦闘力は皆無に近い者も多く、そのステータスの多くを回復術に特化した回復術師にとっては、いかに狙われないかが重要な立ち回りとなってくる。
そんななかで《気配の遮断》は、狙われにくくなると共に存在感知が困難になるため、パーティーメンバーが常に回復術師の動向を見守りつつ動く必要もなくなる上、適材適所に回復術を付与出来ると言うことで、このスキルを持つ回復術師の需要は高い。
『高等スキルがあったとしても、肝心の回復術が平凡以下ならば、話になるまい』
『くぁあ』と眠そうにニーズヘッグは呟く。
「か、回復も、ちゃんと出来ます! 龍さん、少しいいですか?」
『む?』
ミカエラは、小さい身体でニーズヘッグに近付いていく。
ローグの肩にぴたりと止まっていたニーズヘッグは、ミカエラの指先で光る淡い翡翠の光に鼻を近付けた。
「回復術、第一位階の治療」
ミカエラが、ニーズヘッグの肩に指先を触れる。
シュゥゥゥゥゥ……。
『……ほう、これは驚いた。仮にもS級の龍がつけた傷を、こうも一瞬で治すとは』
ニーズヘッグの肩から手を話したミカエラは、にこりと屈託のない笑みを浮かべた。
「これで、痛くないはずです! 回復術も、国にいた時にそれなりに教わったんです」
「国? あなた達エルフ族はここが故郷ではなかったのですか?」
イネスが訝しむように問うと、ミカエラは「いいえ」と少し残念そうに言う。
「もともと、この大陸のずっと、ずっとずっと遠くにあるエルフだけの国家が私の故郷です。村のみんなに合流したのは、怖い人達に連れてこられてからなんです。それまでは、独りぼっちでしたから……」
「独りぼっち……ね」
ローグは、放浪時代のことを思い出すように夜空を見上げて呟いた。
死霊術師という職業柄、どこの派閥にも属すことが出来なかった自分に、少しだけミカエラが重なって見えた。
「エルフだけの国家ですか。噂には聞いたことがありますね……。ですが、確か……?」
腑に落ちない様子でイネスは首を傾げる。
ミカエラは、悲しそうな笑みを浮かべてニーズヘッグの頬に触れようとする。
ニーズヘッグは、珍しくそれを拒否しなかった。
カルファや、受付嬢にすら触れさせなかったのにも関わらず、『ほう』とむしろ興味を示してのそのそとミカエラの両腕の中に進んでいく。
漆黒の翼とその小さな身体を、すっぽりとミカエラの腕の中に埋めたニーズヘッグは、『くぁあ』と大きく欠伸をする。
『ミカエラとやら。お主は邪の気が感じられん。良いことだ』
「――ふぇっ!?」
『くはははは……。痛みが引いたら途端、眠くなってしまったのでな。我は先に失礼するぞ、主よ……』
目をしぱしぱ開いて、閉じてを繰り返していたニーズヘッグが静かに目を閉じる。
「珍しく、ニーズヘッグにしては気が利くことを。この小さな回復術師の醸し出す癒やしの魔法力には、さすがの龍王さまもお手上げのようでございます。とはいえ、これほどの戦力を持つ回復術師です。手放す理由もないかと」
イネスがからかうようにローグに顔を向ける。
答えが決まりきっていたローグは、ミカエラの目線まで腰を落として、手を差し伸べた。
「そうだな。ミカエラ、独りぼっち同士、仲良くやろう」
「――はいっ! ありがとうございます、ししょー!」
「……師匠?」
「はい! ローグさんは、私よりもずっとずっと強いので、ししょーです!」
ニーズヘッグを腕に抱いたその少女は、再び屈託のない笑顔を浮かべてローグを見つめていた。
新人冒険者となったローグの波乱の1日が、ようやく終わりを告げようとしていたのだった――。