シュゥゥと、焼け付くような音と共にニーズヘッグの左肩からは白い煙が上がる。

『心配しなくとも、3日も経てば収まる。龍の使う魔法力は、何段階にも制御されていて回復が多段階に渡る。ポーション程度では回復しないだろう。それだけ、アースガルズ(やつ)の一矢報いた攻撃が我に浸食してきたということだ』

 ニーズヘッグはしきりに左肩から出ている翼の付け根を、その長い舌でチロチロと舐めていた。
 ミニマム化したニーズヘッグの愛らしさに耐えきれないのか、カルファは顔を紅潮させて手を触れようとするものの、牙を剥き出しにして拒否の意を示す古龍という光景は、若干見慣れたものがあった。

「えー……コホン、さてと、ひとまずエルフ族の皆さんは自由にしてくださって構いません。私たちに助けを求めに来てくれた勇敢な少女に感謝の意を示すと共に、サルディア皇国の不行き届きでこのような事態を招いてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 カルファは、誠心誠意頭を下げる。
 渋々ながらも、簡易住宅の中に入っていってくれたエルフ族を見つつ、カルファは視線を移動させた。
 その先には、縄に縛られている小太りの魔法術師。
 縄を握るローグに、命乞いをするその姿にため息がこぼれるばかりだった。
 カルファは、魔法術師に告げる。

「その服の国章からして、おおかたの予想はつきますが……。どこの所属か、何の目的でここにいるのかを教えてもらえないでしょうか。私たちとて、手荒な真似はしたくありません」

 カルファの諭すような物言いに、小太りの魔法術師はガンを飛ばす。

「殺したければ殺せばいい。私とて軍人の端くれだ。敵に情報を与えるような愚かな奴等とは違う」

 縛られながらも意地を張る魔法術師に、カルファは「はぁ」とため息をついた。

「そうですか。一度、忠告は(・・・)しましたよ(・・・・・)

 小太りの魔法術師は、ぐっと瞳を閉じる。
 これから、どれだけ酷い拷問をされるのかを覚悟した。
 と同時に、どんな拷問をされたとて絶対に口を開くまいと、そう固く決意した矢先のことだった。

「――鑑定」

 カルファはぼそりと呟いた。

【名前】ジェラート・ファルル 【種族】人間
【性別】男          【職業】魔法術師
【所属】バルラ帝国第八魔法大隊兵長
【ギルドランク】A
【レベル】48/100     【経験値】68,097
【体力】C           【筋力】C
【防御力】C          【魔力】A+
【俊敏性】E          【知力】E

 瞬間、魔法術師ジェラートのステータスファイルが赤裸々に公開されてしまっていた。
 ジェラートの隣には、本来自らが申告して他者に示すもの以外に、レベルや経験値、各ランクなどが公開されている。

「――――なっ!?」

 ジェラートは、冷や汗をだらだら?きながら自分の隣に示された全てのステータス画面に目を落とす。

「一応、これでも《鑑定士》ですからね。少々手荒な真似をしましたが、あなたの全て(・・・・・・)を覗かせていただきました」

 何の驚きもなく、カルファは淡々とステータスを確認する。
 所属含め、何も語るつもりのなかった覚悟が自分の意図せぬことで崩れさって、あわあわと両手で隠そうとするジェラートは、涙まじりにわめく。

「そ、そこまでしなくても良いだろう!? 鑑定士と言えど、特定人物の了承を得てからでないとステータスは見られないはずではないのか!?」

「私の鑑定能力は、強制的に任意の人物にステータス表示させることが出来ます。SSランク《鑑定士》の最高到達スキル、《強制開示》です。とはいえ、バルラ帝国ですか。我々と同盟を組んでいたはずが、裏でこんなことをやっているとは……驚きですね」

 口をパクパク動かして「そんな、馬鹿な……嘘だ……」と絶望気味に空を見上げるジェラート。

「何て言うか、エグいな……鑑定士さん」
「私としても、あの能力には少々軽蔑するものがありますね」
『……敵方の将ながら、哀れみを禁じ得ないな』

「私だって好きでこうなったわけじゃありませんからね!?」

 ローグ、イネス、ニーズヘッグがカルファと距離を取るようにして後ずさりするのを見て、カルファは涙目で叫んだのだった。

「ま、まぁその能力には目を瞑るとしても。バルラ帝国ってのは、確か魔法大国だって所だったな。近年急速に魔法技術が発達して国家的に魔法力増強に力を注いだ結果、全体的な国民の魔法水準もかなり高いような。あれだけ国民全体に魔法使用が渡っているのも珍しいよ」

 ローグが思い出すように呟く。
 元々、居住地を一つにしなかったローグは、これまで各国を転々と放浪しながら生活していた。
 それにあたり、浅い程度ながらも色々なお国事情が耳に入ることも多かった。
 カルファは、首を傾げながら言う。

「そして、世界七賢人が一人。SSランクの《魔法術師》が実権を握り始めた国でもあります。彼が国のトップに立ったからこそ、国民全体の魔法技術水準が向上したのでしょう」

「世界七賢人、ですか。ローグ様をその中に入れていない時点で信憑性など皆無ですが、巷ではよくその名を聞きますね」

 イネスがつまらさそうに口を尖らせる。
 カルファは、深刻そうな表情で呟いた。

「……これを、恐怖の魔王(・・・・・)として世界を震撼させてきたイネスさんに伝えるのも憚られたのですが……。世界七賢人はもともと、世界最高峰の実力を持った者が集まって出来た冒険者パーティーの人員のことを言います。前衛の《剣士》、《獣戦士》、中衛の《狙撃手(スナイパー)》、《魔法術師》、後衛の《回復術師(ヒーラー)》、《龍騎士》、そして非戦闘員の私《鑑定士》。数年前、魔族が再びこの世に再興し始めた頃に各国が精鋭を集めてチームを作り、復活の兆しを見せる前に打ち倒したことからこのような大仰な呼ばれ方をされるようになりました。元々、当初予定されていたよりも数が少なくなっていたおかげで、何とか勝利することは出来ましたが――」

 魔族の再興、という単語に耳をぴくりと動かしたイネスだったが、「あぁ」と興味なさそうにローグを見つめた。

「そういえば、ルシファーの血を引いてもいないエセ魔族達がイキって大暴れしていた頃がありましたね、ローグ様」

「そうだっけ?」

「よく分からない出の中級魔族が長を張ってルシファーの名を騙っていたので、多少懲らしめてやったではありませんか」

『あぁ、思い出したぞ。おおかた魔族を屠った所で、主の寛大なお心で逃がしてやった魔族もそれなりにいたか。奴等、性懲りも無く別の国で暴れていた、というわけだな』

「ですが、そんな寛大な心をお持ちのローグ様も素敵なのです!」

 イネスは、とろんとした目つきでローグの腕に身を寄せていた。

 そんな、異次元3人組の会話を聞いたカルファの頭からは、「え……? え……?」と、ぷすぷす白い煙が上がっていた。
 バルラ帝国の魔法術師、ジェラートの表情は恐れおののくあまりに青ざめている。
 カルファが正気を取り戻すのは、もう少し後のこと。
 それまで、異次元3人組は少しの間昔話に花を咲かせていたのだった。