ローグが小太りの魔法術師を魔法で(のし)た傍らでは、もう一つの戦いが激化の一途を辿っていた。

『ゴァァァァァッッ!!』

 自らを鼓舞するかの如く咆哮を上げるのは、『龍神伝説』ニーズヘッグの子孫、アースガルズ。
 黒々とした翼を全開にして、身体中の魔法力を体前に集約させる。
 額に存在感を放つ一本角の先には、ビリビリと黄金色の電撃が迸っていた。

『くはははは! 面白いッ! 我と真っ向から対立するというか!』

 アースガルズの攻撃に真っ向から立ち向かうかのように、ニーズヘッグも双角に魔法力を集めた。

『グォァッ!!』

『――守護龍の雷撃角(ユグドラシル)!』

 ニーズヘッグが、双角に集めた魔法力を前に押し出し、雷撃の一閃を繰り出した。アースガルズも負けじと、一本角から極大量の雷撃を放つ。

 バチィッ!!

 2つの極大の魔法力がぶつかり合うと、本来相容れることのないそれらは、大きな火花と閃光、爆音を洞窟内に轟かせた。

『グッ……ルォォォォ……ッ!!』

『言語能力の欠落か。ニーズヘッグの子孫ともあろう奴が、情けないものだ』

 ニーズヘッグは、ため息をつくように語る。

『言葉を話せないのは、文字を読めないのは、窮屈だろう。自らの限界値がどこであるのか、その基準が自らの中にしか存在しないのだからな』

『……グルァ?』

『理性はあるようだな、我が子孫よ。であれば、お主には一つ老骨として面白いことを伝えてやろう』

 ニーズヘッグは、翼先端の爪に魔法力を込めた。

『風属性魔法――鎌鼬(カマイタチ)

 シュンッと、ニーズヘッグがその翼を振り下ろすと、空気がかすれるような音が鳴る。
 同時に、不可視の真空刃が音もなくアースガルズの硬質な鱗に突き刺さった。

『グォッ!?』

 鱗が一枚宙に弾き飛ばされる。
 ダメージ自体は少ないが、同じ龍族が使うはずのない別次元の魔法に狼狽している様子だ。

『自らを高めることの出来るのは、他者との競争の中でしかない。同種間競争で頂点になったとて、そこで終わるような愚息ではあるまい。だが、自他の力量差を正しく計れぬようならば我はお主を断罪しよう。ニーズヘッグの血を継ぐにはいささか器が足りぬようだ』

 ニーズヘッグは、次々に風属性の魔法を繰り出しながら言う。

『グワァァァァォォォンッ!!』

 雄叫びを上げて、真正面からニーズヘッグに炎のブレスを吐きかけるアースガルズ。
 そのブレスを真っ向から相殺し、ニーズヘッグは拳を握る。
 元来、ニーズヘッグを含めた龍が使える魔法は龍属性の攻撃波と、火属性のブレスのみ。

 後は単純な力量による物理攻撃であるが、遥か昔からドラゴンという生物は、その物理攻撃の一点を持っても全ての生態系の頂点に君臨できるほどの力があった。
 アースガルズは、先ほどニーズヘッグが出した風属性の魔法にすら一種の怯みのようなものを見せている。

『文字が読めれば、言語を使えれば、多彩多角的な人類(・・)の技を盗めるのだ。一部しか知らぬ我らの魔法が、爆発的に増加するのだよ』
 人類という集団攻撃を得意とする未知の生物と闘う際に、その多彩な攻撃と連携によって自らより上の存在だと思い込んでしまっているのだろう。
 そう、ニーズヘッグは確信していた。

『未知の力に翻弄されて、小細工じみた技術に踊らされ、自らより強い者が現れたのだと思い込んでいるならばそれは大いに間違いだ。見たこともない技術も、数で囲んだ暴力も、何も意味が無い。我らは崇高たる()の一派だ。圧倒的な力を振るい、圧倒的な蹂躙を見せるのだ。それが使命だ。それが宿命だ』

 ニーズヘッグは、アースガルズのブレス攻撃を躱し、息をついている間に翼をはためかせ、手をぐっと握りしめた。

『――ハァァァァァッ!!』

 ドゴォォォォォォォッッ!!!

 避けようもない超至近距離の拳撃(けんげき)がアースガルズを襲う。
 かろうじて身をよじろうとするアースガルズだが、時はもう遅かった。

 ニーズヘッグは握った拳を、アースガルズの身体の正中に打ち込んだ。
 渾身の一撃を喰らったアースガルズの瞳から光が消えた。
 ズズン、と。大地が震えるように、その巨体が崩れていく。

『だがまぁ、その力を全て振るってでも、勝てない種族に出会った時は、真に震撼することだろう。圧倒的な暴力も、真正面から跳ね返すような、そんな人間の一個体に出会ったならば、な』

 ニーズヘッグは、小太りの魔法術師を縛りながら一息つくローグの姿を見て、小さく微笑んだ。

「良くやった、ニーズヘッグ。っていうか、そろそろエルフ族の皆が怯え始めたから小さくなってくれー」

 こちらに向かって手を振る主に、ニーズヘッグは一礼。
 地に伏せたアースガルズに、ニーズヘッグは諭すように呟いた。

『どうしても勝てない相手がいるとすれば……そうだな、その懐に入って、その者と共に研鑽を続けることだ。我とて、死霊術師(ネクロマンサー)、ローグ・クセルを超えて真の頂点となる野望は(つい)えていないのだからな。くははははは!!』

 ニーズヘッグは大空に向かってからからと笑い飛ばしながら、その身体を小さくさせていった。

『む……気付かぬ間に奴から一撃を喰らっていたようだ』

 ローグの肩に戻ったニーズヘッグが、自らの舌で患部を舐める。
 そんなニーズヘッグの左肩は、漆黒の鱗が焦げ付くように茶に変色しているようだった。

「貴方が傷を受けるほどには厳しい相手だったということでしょうか」

「まぁ、珍しいよな。ニーズヘッグが自分で怪我のケアしているのを見られるのは新鮮だけど」

 ゴブリン達を全て屠って、死体の山を築き終えたイネスが、くすりと笑みを浮かべてニーズヘッグを眺める。ローグは苦笑いを浮かべながら、ニーズヘッグの頬を撫でた。
 ニーズヘッグは、倒れながらも魔法力を充填して次の攻撃に備えているアースガルズを一瞥し、にやりと笑みを浮かべる。

『これからが、非常に楽しみな(おとこ)だったな。くははははは!!』

 そんなニーズヘッグは、いつも以上に豪快に笑い飛ばしていたのだった。