ミカエラ達エルフの村は本来、サルディア皇国最東端にあったと言う。
 サルディア皇国最東端は、大部分を森林に囲まれたのどかな地帯だった。
 もともと、前時代的な人間の支配によって大幅に数を減らしていたエルフ族にとって、市民権が与えられ、衣食住が保障されたということは、エルフ族史における大きな出来事だった。
 そのなかで、サルディア皇国に市民権を与えられていたエルフ族の集落があり、ミカエラもそこに属していた。
 だが、数ヶ月前に亜人族の集団が襲来すると共に、エルフの村は焼失。
 亜人族による火襲と、謎の勢力による拉致によって地下に幽閉されているのが現状だ。

「謎の勢力、ですか」

 第11階層、どこまで続くか分からない暗闇の道を走りながらカルファは首を傾げる。

「エルフ族に居住を許可している最東端は、オボルド地区でしょう。確か、オボルド地区はポーション作製機関の大部分を担っていることもあり、特別経済特区にも指定されていたはず。他国へのポーション作成技術の流出を防ぐべく、皇王直轄の守衛兵も多数配置されていたのですが……。現状、サルディア皇国が他の大型国家と対等に渡り歩けているのも、エルフ族との信頼関係の下、ポーションを大量生産できることにあります。そのメリットがなくなれば、いつ皇国が崩壊してもおかしくはないですし……。こうなることなら、皇王直轄にしておくのではなく、私兵でも配置しておくべきでしたか……?」

 前皇王の適当すぎる政治手腕に、うんざりし飽きているカルファに、ニーズヘッグは『くははははは!』と、飛翔しながら豪快に笑う。

『主よ、こうなれば、皇王とやらの骨を持ってきて蘇生させるしかないのではないか?』

「聞いてるだけでうんざりするような輩に、どうして貴重な蘇生枠を提供しなきゃいけないんだ。イネス、ニーズヘッグと、あと1人だぞ? そんなろくでもないの眷属にする俺の身にもなってくれよ」

 死霊術師(ネクロマンサー)の最高到達スキル《蘇生術》。
 選ばれた者だけを、死霊術師(ネクロマンサー)権限で蘇生させ、自らの眷属と化することの出来るその技に、カルファがぴくりと反応していた。

「あ、あそこです……!」

 びくり、怯えるようにローグの背の影に隠れたミカエラが指さした先には、巨大な地下空間が広がっていた。
 なるほど、耳を澄ませば何やら騒動が起きているようだ。

「あの女のガキをどこにやった! 言え! 言わんとこのまま貴様等まとめて叩き斬るぞ!」

「……私たちは、何も知りません……ッ!」

「SSランクの古龍の力で、貴様等の故郷ごと完全に燃やし尽くしてもいいのだな……! おい、今すぐあの古龍の封印を解け!」

「――分かりました! 出でよ、アースガルズ!」

 広い空間に出ると、周りには何やら木造の簡易的な住宅が建ち並んでいた。
 壁には申し訳程度の灯りが、魔法によって灯されている状態だ。
 家々と地下空間中央には、一つ大きな噴水広場が建てられている。
 そこに集められた、数十人は皆耳が尖っている上で、老若男女問わず病的なまでに白い肌のエルフ族。
 全員が全員、ミカエラのようにみすぼらしく黄土色の布地を羽織っているだけだ。
 天井を見上げると、ぽっかりと何者かによって意図的に空けられたことによって、大空が広がっている。

 おそらくは、あそこから地上にと繋がっているのだろうと、ローグは頷いた。

『ッッッッ!!』

 不穏なほどに極大な魔法力が、瞬間的にその場を支配する。

『ヴォォォォォォォォッッ!!』

 空間を裂いて、1頭の龍が姿を現そうとしていた。

『……ほう』

ローグの上をぶらぶらと飛翔するニーズヘッグが珍しく興味を示した。

「ぁんだ、貴様等は」

 跪くエルフ族の前に立ち尽くしていた人物は、ローグ達の存在に気付いたらしく、睨み付けるようにしてガンを飛ばす。
 亜人族とは違う、至って普通の人間だった。
 ただし、サルディア皇国の兵士達が纏っている銀鎧とは大きく異なるものではあるが。
 ローグでさえうまく掴みきれない状況に、カルファは毅然として前へ出る。

「……ッ! サルディア皇国皇王代理、カルファ・シュネーヴルです。この地とエルフ族達は、サルディア皇国の管轄のはずですが。所属を名乗りなさい」

 煌びやかに鈍く光る銀の鎧と、首元に描かれた龍の紋章を見せつけて名乗りを上げるカルファ。
 
「ちっ、世界七賢人の《鑑定士》か。退路を塞げ、亜人共!」

 エルフ族の先頭に立って、直剣を携えた1人の男は、ローグ達の後方を一瞥した。
 薄緑色の帽子と軍服で身を纏った小太りの男は、にやりと笑みを浮かべる。

『ンギャィ!!』

 勢いよく、ローグ達の後ろを塞いだのは新たなゴブリン達だった。

「亜人族達が、人間の指示に従っている……んですか!?」

「お父さん、お母さん!」

 ローグの肩から、集められているエルフ族の中に向かって手を振るミカエラ。
 その様子を見たローグ達一行は、瞬時に動き始めた。

「貴様等が何者かなど知ったことではない! こちらにはあの、Sランク級『龍神伝説(・・・・)』の子孫・アースガルズがいるのだからな! ここでぶちのめせば関係あるまい。アースガルズよ、侵入者を踏み潰すのだ!」

 男の声に呼応したかのように、巨大な空間に5メートル級の龍がその全貌を露わにした。
 一対の黒い翼に、額に映えた一本の渦巻く角。
 その姿は、どこかニーズヘッグに似たような面持ちだった。

『主よ、向こうの古龍は我に任せてはくれまいか』

「おう、精一杯暴れてこい。《誓約》解除だ」

『くはははははは!! 相手が我の子孫とは、面白きこともあるものだな。どこで何をしているのかと思っていれば、人間ごときの傀儡か。くはははは!!』

 ローグの頭上を、巨大な影が通過した。
 漆黒の翼と、一対の鋭い角。
 そしてその大きな体躯を微塵も感じさせない俊敏な動きで、元来の姿を取り戻したニーズヘッグは一直線に古龍アースガルズの下へと飛翔していく。

「……貴方、鏡を見てきなさいよ」

 そんな小言を返すイネスに、ローグはミカエラを背から下ろしながら言う。

「イネス、後ろのと2人は任せた。絶対に怪我させるなよ」

「承知致しました。我が身に換えましても、お二方は死守してみせましょう……ふふふふッ!!」

 イネスに生えた6対の翼が躍動する。
 銀の瞳だった内の右目からは、漏れた魔力によって紅のオーラが迸る。

「な、な、何が起こっているのかは分からぬが、私はAランク魔法術師だぞ! Sランクの古龍も手懐け、負けるわけがない! クソガキ1人にこの楽園を取られてなるものかぁぁっ!!」

 小太りの男は懐から魔方陣の描かれた紙を数枚取り出し、宙に投げた。

「火属性魔法、陽炎の熱波(ヒッツェシュライアー)!」

 男が唱えると同時に、魔方陣に大量の魔法力が注がれる。
 どこからともなく、小太りの男と同じような服を着た屈強な男達が一斉に走り寄る。
 魔方陣が燃え尽きてなくなり、目に見えない炎がローグ達に襲いかかっていた。

「なるほど、これは確かに並大抵の魔法術師の力ではないな」

 ローグは襲いかかる、不可視の炎と多数の男達を前に、くるりと手に持っていた短刀を遊ばせた。

「だからこそ、もらい受ける価値がある。火属性魔力付与(エンチャント)

 ローグが唱えると、不可視の炎は吸い込まれるようにしてローグの持つ短刀に纏われる。

「ま、魔力付与(エンチャント)……!? SSランクの魔法術師スキルではないか――!?」

 小太りの男は驚きのあまり、直剣を投げ出して逃げだそうとするのだが。

「ひぃ!?」

 男の首に宛がわれたのは、魔力付与(エンチャント)によって、不可視の炎が纏われた短刀だった。
 見れば、先ほどまでローグ達に襲いかかっていた兵士達は全員まとめて倒されていた後だ。
 冷や汗をダラダラかきつつ小太りの魔法術師は、恐る恐るローグの方を振り返る。

「小さい女の子相手に何やってたのか、しっかり説明もらおうじゃないか。な、魔法術師さん」

 ローグが短刀の柄の部分で首を打つと、魔法術師は泡を吹いてその場に倒れ伏したのだった。