ギャラリーオフィス『武々一B』
スタッフ、シオンとヨミは
ロビーでオーナーである ハジメを
待っていた。

神戸でも
老舗になるこのホテルは、
東京の本館が、近代モダニズム建築として有名で、
改修になる際はニュースにも
なったホテルだ。

実は、この神戸館のロビーと
東京本館のロビーは とても
良く似ている。

落ち着いた色合い、
ジャパニーズモダンな
インテリアに、ロビーからは
ホテルの広大な日本庭園も見え、
屋外プールもある。

今日はナイトプールサイド
パーティーがあるようだ。


「先輩、どうでしたー?オーナー、
降りてきそうです?」

シオンは 眉間にシワをよせて、
電話を 耳から ふいっと下ろした
ヨミを オズオズと 見る。

「降りてくるって、言うけど。
また、ホテルメイドに嫌がら
れるわよ。あれは。」

四角い 吹き抜けから 下がる、
藤の花のような シャンデリアを
背もたれに 体を沈め見上げて、
ヨミは 派手に 溜息をついた。

「あはは、オーナーいつも、
自分が部屋を出る
10分前に、フロントに
電話するんですよねー?」

行儀が悪いが、夜で人気もまばら、
シオンも 背もたれに 沈む。

「そう、あれは、立派な
モンスターV.I.P.よ。
荷物 散らかすだけ、散らかして
10分で 荷造りしろ
なんて。だから、
お坊っちゃまは質がわるい!」

ヨミの目の前には、
巨匠による7メーターオーバーの
巨大な絵『豁然開朗』
津田の松林が飾られている。

裏口の通路には、
同じく巨匠の故郷を思わせる
『瀬戸内海曼荼羅』もある。

平和への祈りをこめ描く巨匠の
絵画は、震災にも耐えたという。

「先輩!さっきの音、花火です
よね?噂のサプライズ花火です
かねー?あの中を クルージング
ってのも良かったですよねー。」

さっき 聞くと、医療従事者に
むけての 感謝で、青い花火が
上がったらしい。

「あれ?先輩?多少は時間の
融通効くんですよねー?
チャータークルーズ船ー。」

シオンは シャンデリアの下、
八角花台に生 けた、向日葵を
眺めるヨミに、続けて声を
掛ける。

「そうだけど、夜は大型客船の
出入りが多いのよ、後輩ちゃん。
何事も計画通りが1番。」

ヨミは、目を閉じてしまった。

「でも、まさか クイーン
エリザベスとか、大型客船が
つく 港から チャーター船が
出るなんて思いせんでしたよー。
凄いですよね?」

シオンは、ヨミを気遣うように、
椅子から 体を越した。

「多い時は、豪華客船が ホテルの
周りを取り巻くように つくらしい
わよ。まあ、普通のクルーザーだと、西宮の港を使うとみたいね。」

よっこらしょと、ヨミも
目を開けて 椅子に起きた。

「港が 幾つ、あるんですかね?
フェリーとかも つくんですよね。
なんか、不思議ー。大小入り
乱れて船が並ぶなんてー。」

シオンは、ヨミを見つつも、
頭の中で 港を浮かべて、
指をおる。

「あら、港だけじゃないわよ、
空港だって ジャンボと
セスナが入り乱れじゃない。」

4つほど、数えてシオンは、
ヨミの言葉に、驚きの声を
上げた。

「えー、セスナは、専用空港しか
着けないんじゃないですかー?」

「普通に、関西国際空港に、
着けるわよ?みんな、こわくて
あまりしないだけで。実際 個人
セスナが関空に着いた事あるし。」

ヨミは、顎に指を 当てて答える。
少しは、機嫌が 戻ったらしい。

「うそー!海外みたいですねー。」

シオンは、ニコニコしながら、
ヨミに体を向けてる。

「まあ、実際日本は 狭いから、
セスナで 移動するにも、制約ある
わね。昔は 水上 飛行機で、
わりと自由に港に 飛行機を、
着けたりしたみたいよ。」

「水上 飛行機?」

と、ホテルの ビアガーデン
からか、陽気な男性達が 何人か
ロビー前の通路を通った。

「そう、ランウェイとして 海で
飛び立つのよ。伊豆から
白浜とか、飛んでたみたいね。」

「はえー、ですね。あ、それで
瀬戸内海に、水上飛行機の
プラットホーム
構想って出てるんですね?」

シオンは、そう言いながら
電話でホテルのフロアガイド
を開く。

「新しい観光の移動 手段よね。
クルーザーの為の『海の道の駅』
って、最近あるけど、
そのうち水上セスナとかも
出てくるかもね。」

「海の 活用かあ。にしても、
先輩よく知ってますねー。」

電話から、顔を上げて シオンが
ヨミを『持ち上げる』。

「そりゃ、うちの オーナーは
何を言い出すか、わからないじゃ
ない。全国への 運搬方法は、手数があるに 越した事が
ないのよ、後輩ちゃん。」

ヨミは、ここぞとばかりに、

「それこそ、戦闘機で
持ってこいって、いいかね
ないわよ、あのオーナーは!」

シオンに 言い放った。

「うえー。勘弁ですねー。ってか、先輩!喉渇きません?そこに カフェがあるみたいですし、
ちょっと覗いてみましょー!」

シオンは、電話で探した画面を
ヨミに見せて、立ち上がる。

「そうね、でもまだ
開いてるかしら?」

そうして、2人がロビーから
少し出た すぐのカフェに、
足を向けると、中から 聞き覚え
ある声がして、目眩がする。


「ええ~!!
アングレーズソースは もう
出してないの?!ここの
アップルパイって、アングレーズ
ソースでしょ~?!じゃあ、
フレンチトーストは?あ~ん、
テイクアウトできないの?
ルームサービスは
してくれるのに?!ええ~」

閉店作業を、しているだろう
スタッフに 嘆いてるのは
ハジメだ。

「先輩ー!オーナーの無理
やりの雄叫びが、ご迷惑かけ
まくってますー!!」

シオンの 台詞に合わせ、ヨミが

「オーナー。」

絶対零度の 声質で ハジメを喚ぶ。

「あ、ヨミ君、、?
クールビューティーな顔
こわいなあ~。シオン君
聞いてよぉ。アップルパイの
テイク アウトする んだけど、
ほらクルーズにスイーツ
差し入れねぇ~。アイスクリーム
しか 今は添えてないって
言うんだよぉ。ショックだあ~。
ここの アップルパイはぁ、
アングレーズだよ。子どもの
頃からの 定番なのにぃ。」

相変わらず、
ホワイト麻のスリーピース姿で、
見かけ詐欺紳士が、人様に、
『やっかいごと』をふっかけて
いると、2人は すぐさま、
判断した。

「もう、お坊っちゃまが、
ウダウダ言わないで下さいよ!!
あ、いいです。アイスクリームで
十分ですから、テイクアウト
宜しくお願いします。って、
カフェも 20時で終わりじゃない
ですか!!また、
無茶 いいましたね!!」

自称、常識人の ヨミの 剣幕が
凄いと、シオンは 唖然とする。
と、人が通りすぎる 気配に、

「オーナー、先輩。いい
時間ですし、いい 大人なので、
クルーズ船に行きましょー。」

提案して、廊下を見ると
家族連れが 一瞬カフェを
見たのに、合う。

『母さん、のど渇いたー。』

『ユキ君、もうお店しまってる』
『えー。そっか。』

『会計女さん、子ども用の水着
なんかあるのん?』
『ここ、某テーマパークのオフィ
シャルショップあって、夏ファミ
リーアイテムある穴場なんよ。』

『あー!お母さん!みてクマの人形かわいいー。アコ欲しいよぉ』

どうやら、通りすぎたらしい。
プールにでも行くのだろうか?

「そういえば、ナイトプールサイドパーティーがあるんでしたっけ?
いいなあ。プール。
入ってないなあ。」

思わず シオンが、口にすると、

「やだ、水着姿が見せれる
年じゃないわ。」

すぐさま、ヨミの反対にあった。

「先輩、全然大丈夫ですよぉ。
島で泳ぎましょ!」

そこに、ハジメがホテルの
ペーパーバッグを 手に
やってくる。

「もう、君達ねぇ、島にはビジネスで行くんだよぉ。リゾート気分
はよしてくれたまえ~」

ヨミが、ハジメの手から それを
受け取り、中を改めている。

「いや、オーナー。さっきの駄々
こねは、もう夏休みの
子どもですよ。」

シオンが口を弓なりにして、
嫌みを言えば、

「ああん、アングレーズ
ソース!!」

ハジメは、往生際悪く、叫び、

「オーナー!フレンチトースト
まで要求したんですね!!」

ヨミの頭からは、
角が映えたような 錯覚が

ハジメと、シオンには して、

廊下の 向こうで、少女の声を
なぜか よく 聞こえた。


『あ、お母さん!クマって、ホテルのマスコットだってー!!』