次の日から、冒険者組合が運営する案内所は大わらわであった。

「では、追加の書類の記載をお願いしまーす!」
「簡単な身体検査も行いまーす!」

 カルト集団による依頼者の変装に対処するべく、書類の追加記入と簡易的なボディチェックを導入したからだ。
 カウンターに並ぶ長蛇の列を捌いていく受付嬢やスタッフ達の狼狽ぶりや、身体検査を拒む客への説得、いきなり山積みになったクレームの対応からも、組合長のウォンディが懸念していた通り、相当忙しさは増したようだった。
 その様子は、テーブルに座っていつも通り朝食をとるフォン一行から見ても大変そうだった。カウンターの裏でやけくそ気味に書類を放り投げる受付嬢を見て、カレンが呟く。

「……ありゃ受付嬢も、大変そうでござるな」
「でもああしてくれるおかげで、事件の被害者は減ると思うよ。アンジーが提案してくれたから……そういえば、彼女がいないね」

 パンケーキを切りながら、フォンがふと思い出したように言った。
 今日もてっきり犯人を追いかけるのかと思ったが、アンジェラは案内所にいなかった。こちらから会いに行こうかとも考えたが、クロエが引き留め、先にこちらに来たのだ。

「さあ、自警団と話し合いでもしてるんじゃないかな?」

 クロエ同様、パンケーキを呑み込むサーシャも、ぼんやりと列を眺めるカレンも、アンジェラへの関心は薄いらしい。実際問題、無理に会う必要もないだろう。

「だといいけど。今日は依頼を受けるのも大変そうだし、宿に戻ろっか――」

 そう結論づけて四人が立ちあがり、宿に戻って各々の時間を過ごそうとした時だった。

「――依頼のキャンセルって、どういうことだよ!?」

 辺りの空気を裂くほどの怒鳴り声が、案内所中に響いた。
 まばらにたむろしていた冒険者やフォン達、列に並ぶ依頼提出者が一斉に受付カウンターを見ると、依頼人らしい小太りの男が、受付嬢に怒りをぶつけていた。

「こ、こちらも今朝、急に話されたもので……」
「それじゃあ困るんだよ! せっかく勇者を名指しで依頼したのに、開始する当日に一方的に解約なんて、一方的過ぎるだろうよ!?」

 どうにか説得を試みる受付嬢に喚く男。大声以外は日常茶飯事の光景だと知り、冒険者達の関心はあっという間になくなった。

「何だ、あいつ」
「クレーマーかな? 朝から元気で羨ましいよ」

組合と依頼人のトラブルはそう珍しくないが、フォンが気になったのは、会話の内容だった。クラークが傍若無人だとしても、そこまでするとは思えないのだ。

「……依頼をこなして名誉回復を図るクラーク達が、強引に解約? なんだか妙だ」

 案内所の外に向けていた足をカウンターに向け、フォンは何も言わずに向かった。

「フォン、どうしたの!?」

 再度驚く仲間達がついてくるのに見向きもせず、彼は男に話しかけた。

「すみません、クラークについて話しているようですが、何があったんですか?」
「おお、聞いてくれよ! 勇者パーティに魔物の討伐を依頼してたんだけどよ、そいつらが相談もなしに仕事をキャンセルしたんだよ! しかも受付嬢さんが言うには、行先も教えないし、パーティの一員じゃない知らねえ女と一緒にいたんだと!」
「わ、私達もそうとしか言えないんです! それこそ強引にキャンセルされましたし、何やら焦っている様子で……その女性に、どこかに案内させるようにも……」
「とにかく、勇者パーティに話を聞かせてくれ! じゃねえと、ここから動かないぞ!」

 頭から湯気が出るほど怒っている男の様子から察するに、相当大事で難易度も高い依頼だったのだろう。そんな依頼を無断で断るなど、一層異常に思えてくる。
「……おかしい、何かがおかしいと思わないかい?」

 振り返ったフォンはそう言ったが、クロエ達は呆れた顔で彼に返事する。

「出たな、フォン、考えすぎ」
「あのね、もうクラーク達のことなんて放っておけばいいんだよ。じゃないとあいつらの身勝手に振り回されて、胃に穴が開いちゃうよ?」
「いいや、僕達以外にはいい顔をするクラークが、僕達に絡んでいない状態で信用を損なうなんて考えにくい。それに、見ず知らずの人と一緒に……まさか……」

 それでも自分の直感を信じて疑わないフォンは、最悪の事態を頭の中で思い描くのと同時に、仲間や受付嬢達を置いて案内所の外へと駆け出してしまった。

「し、師匠? どこへ行くのでござるか!?」

 カレン達は慌てて追いかける。フォンはというと、扉の外に出てクラーク達がいないかと確かめてみるが、いるのは冒険者や一般人だけで、勇者など影も形もない。
 彼は小さくため息をついて、別の手段をとることにした。

「クラークを追うにはこれしかないか……おいで、ミハエル!」

 ぞろぞろと集まってきた仲間の前で、フォンは右手を使って甲高い口笛を吹いた。
 街中に響きそうなほど高い笛の音。これだけでも人を越えた技術に思えたが、クロエ達や街の人々が目を見開いて驚いたのは、笛の音を聞いて舞い降りたものを見たからだ。

「た、鷹ぁ!?」

 フォンの前に遥か空から降臨し、けたたましい鳴き声と共に傅いたもの。
 それは、人ほども大きな、白い翼をはためかせる鷹だった。