結局、クラーク達が酒場を出たのは、夜もすっかり更けた頃だった。
 フォンとアンジェラが酒場を出るまでずっと見つめていたクラークは、その間終始酒を飲み続けていた。そのせいで、今は足がおぼつかなく、顔が真っ赤だ。

「――ったくよぉ、どうして俺じゃねえんだよ、あの無能のフォンなんだよ!」

 そんな彼の身を案じる者は、パーティの中でもパトリスくらいしかいない。

「く、クラークさん、足がふらついて……」
「もういいわよ、パトリス。転んで頭を打った方が、彼のためになるわ」

 マリィですら彼に愛想をつかした様子で、ジャスミンとサラは彼女の冷めた顔を見て爆笑している。暗い夜道を歩く一行は何れも酒が大なり小なり入っているようだ。フォン達の後でも追ってやろうかと話していたことなど、すっかり忘却の彼方だ。
 狭い夜道には誰もいないし、一層大声の会話は盛り上げる。
 だからこそ、彼らは声をかけられるまで、後ろにいる誰かの存在を知らなかった。

「……あの、勇者クラーク様とお仲間様で、お間違いないでしょうか?」

 女性の声だった。
 しん、とした空気を切り裂く声を聞いたマリィや女性陣は直ぐに気付いたが、クラークだけは赤い顔でふらつきながら、苛立った調子で口を尖らせた。

「あ? 誰だよオイ、って!」

 そして、相手が女性だと理解した途端、ぱっと酔いが醒めたようだった。何故なら、五人の後ろに付いて来ていた女性は、それなりに美しかったからだ。
 赤黒いおかっぱ頭で、肌は青白い。黒いワンピース姿で、鬱屈したような瞳が薄幸の美少女らしい雰囲気を醸し出している。そんな彼女に声をかけられ、クラークはいそいそと銀髪を整えてから、白い歯を見せて微笑みかけた。

「よっと、おっと……ああ、俺がギルディア最強の勇者にして冒険者、クラークだ。俺に何か用かな、お嬢さん?」
「クラーク……」

 恋慕の数値が最底辺まで落ちたマリィをよそに、女性は話し始めた。

「実は、少し頼みごとがあってお声をかけさせてもらったのです。どうしてもクラーク様にしか頼めないことがあるのです」
「気持ちは嬉しいが、依頼なら案内所を通してもらわないといけないんだ。俺を頼ってくれるのは嬉しいが、これもギルディアでのルールだからね」

 クラークが申し訳なさそうに言うと、女性は首を横に振った。

「いえ、依頼ではないのです……近頃街で頻発する、事件についてです」
「事件? もしかして、冒険者が攫われてるって、例のあれか?」
「はい。冒険者組合でも話そうとしたのですが、門前払いを受けまして……実は私、事件を起こしている集団の手掛かりを……彼らの根城を偶然見つけてしまったのです」

 彼女の唐突な発言に、今度こそ一同は完全に酔いが吹き飛んでしまった。

「何だって!?」

 なんとこの女性は、度重なる残虐行為を繰り返しているとされる犯罪集団の根城を――まだフォン達や自警団ですら見つけていないアジトを、見つけたというのだ。

「本当に偶然なのですが、ここから離れた森に薬草を取りに行った時に、奇妙な呪文を呟きながら巧妙に隠された洞窟に入っていく集団を見ました。きっとそれは、犯罪者達の隠れ家ではないのでしょうかと思うのですが、誰も信じてくれないのです」

 はっきり言うと、マリィ達は訝し気な視線を向けていた。
 当然といえば当然で、自分達よりともすれば探索能力に優れたアンジェラ達ですら見つけられていないのだから、こんな冒険者でもない女性に見つけられるとは思えない。もし可能なら、既に自警団を率いた騎士が乗り込んでいるはずだ。
 しかし、クラークだけはそう思っていなかった。彼はもう、頼られる喜びと、フォン達を出し抜ける可能性の虜になってしまっていた。

「つまり、その洞窟を俺達に調査して、悪党をブチ殺してくれってわけだな?」
「クラーク、まさか貴方、この話に乗るつもり?」
「当然だろ。俺達勇者パーティが巷を騒がせてる事件を解決すれば、復権に大きく前進する。それに、アンジェラだって俺を見直すし、フォン達の鼻を折れるんだぜ!」

 クラークは疑心に満ちた仲間達を押しのけ、女性の目を見つめて宣言した。

「お嬢さん、俺達をそこまで案内してくれないか? 必ず悪党を倒してみせるよ」

 ここまで強引に推し進められれば、マリィ達は引き止められないと知っているので、最早反論も説得も試みなかった。ただし、パトリスだけはどうにかリスクを減らそうと、こんな状況でもクラークに提案した。

「あ、あの、クラークさん? 組合の方にもお声掛けを……」
「しねえよ、そんなこと。俺達だけでクソ共を皆殺しにすることに意味があるんだよ……というわけで、安心して俺達に任せてくれ、お嬢さん」

 パトリスの話を一蹴したクラークにそう言われ、女性は安堵したようだった。

「ありがとうございます。では明日の朝、街の南にある川のほとりでお待ちしております……街の平和の為に、事件を必ず解決してください……」

 それだけ言い残して、女性は踵を返してすたすたと夜闇の中へ消えていった。
 意気揚々と燃え上がるクラークがもう少し冷静であったなら、気付けたかもしれない。
 首筋に彫られた、幾つもの棒状の刺青に。