クロエ達が依頼人の登場に困惑していた頃、フォンとカレンは敵を追っていた。
 黒づくめの敵は、合わせて二人。どちらも太い木の枝を伝い、木の葉を掻き分けてすいすいと走ってゆく。フォン達も追いつこうとするが、距離は縮まらない。
 忍者と同等の動きをする相手はいったい何者なのかと、跳びながらカレンが問う。

「あやつ、木々の間をこうもすいすいと! 師匠、敵は忍者にござるか!?」
「いいや、『木渡りの術』に近い動きをしているけど、あくまで模倣しているだけのようだ。気配を隠すのも上手だけど忍者の域じゃない。捕まえないことには分からないね」

 気配の遮断と木々を飛び交う技術から忍者である可能性は否定できないが、いずれにしても、捕らえるか、話を聞くかをしなければ実態は掴めない。

「では早速、拙者が新たに会得した火遁忍法で足止めするでござる!」

 ならばとばかりに、カレンは肩に下げた白い鞄の中から、掌程度の大きさに巻いた縄状の忍具を取り出す。こよりのようになった縄の先端を爪で擦りながら、カレンは言った。

「分かった。落としたなら、敵の動きは僕が封じよう」
「承知! ではお披露目するでござるよ――忍法・火遁『鼠花火』二本立てッ!」

 師匠の前でいいところを見せるかのように、カレンは縄でできた二つの輪っかの先端を爪で擦る。すると、縄の輪は勢いよく燃え上がり、火花を散らし始めた。
 カレンが勢いよく宙を舞いながら燃える輪っかを敵に向かって投げつけると、彼らがちょうど着地しようとした枝の上で、まるで破裂するかのように輪っかが回転し、火花と炎を辺りに撒き散らした。

「なんだ、これ、熱うあぁッ!?」

 枝に着地した二人は、当然火花に足を突っ込むわけで、まともでいられるはずがない。
 カレンの新忍術、縄を炸裂させて敵の行動を阻害する『鼠花火』は、見事に敵に命中した。木の枝でタップダンスのように足を踏めばどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
 彼らは揃って、木の枝から落下した。幸運なのは、二人はクロエ達に殺された同胞のように頭から落下せず、足を火傷しながらもどうにか着地できたことだ。

「術のキレと正確性、どちらも合格点だよ、カレン!」

 不運なのは、着地したすぐ正面に、既にフォンが立っていることだ。

「畜生、この野郎……!」

 二人は揃って、腰に提げていた鉈状の武器を手に取ろうとしたが、フォンが動く方が早かった。ただし、彼が握っているのは武器ではなく、一握りの砂だ。

「忍法・土遁『砂目潰しの術』!」

 フォンが勢いよくそれを投げつけると、砂は四つの眼球に見事に直撃した。

「う、ぐ、ぎゃああ!」
「目が、めがあぁッ!」

 目玉を砂利で潰された敵は、鉈を落として悶え苦しむ。これらは単なる砂を投げる行為ではなく、砂を指の力で固め、眼球を凹ませるほどの力で投げつけている。常人では不可能なほどの精密性と指の力がないと使えない、忍術と呼ぶのに相応しい技だ。
 このように、フォンは人を殺す術よりも、人の動きを制する術に長けている。そういう意味ではよりフォンとは別方向の術の技能を伸ばしているカレンは、彼にとって良いパートナーとなり得るだろう。
 そんな未来の忍者が木から下りてくると、フォンは青い髪を撫でて彼女を褒めた。

「カレン、よくやったね。お披露目と言うのは引っかかるけど、術自体は完璧だ」
「えへへ……久々に師匠に褒められた気がするでござる!」

 猫である本能からか、顎も撫でてもらおうと突き出した彼女だったが、フォンは必要以上に撫でず――カレンは不満そうだった――未だに悶絶する敵を見据えた。

「そして『砂目潰しの術』も避けられないということは、彼らは忍者とは呼べない。自称ならともかく、どちらかといえば忍者の技術を取り入れた暗殺者、かな」

 少なくとも忍者であれば、既に撤退している。痛みに悶えて、思考が止まっている忍者など、襲名しているものであれば恥そのものである。

「こ奴らが、拙者のように独学で忍術を学んだと?」
「いや、独学で『木渡りの術』を体得できているなら、もっと他の術を会得できていてもおかしくない。彼らは恐らく、忍者らしい動きを真似ているだけなんだ……まあ、二人に聞いてみるのが一番早いだろうね」
「よし、尋問なら拙者にお任せあれ!」

 今度は顎を撫でてもらおうと、カレンはコートを翻し、蹲る二人に駆け寄った。

「おい、お主ら、師匠の問いかけに……」

 そして腰に手を当て、ぶるんと双丘を揺らし、猫の瞳で睨みつけた時だった。

「んぶッ」
「えぶッ」

 奇怪な音がした。
 どこの誰から聞こえた音かと言えば、カレンの眼前で急に悶えるのを止めた二人の黒づくめからだ。何をしでかしたのかと彼女は警戒したが、直ぐに答えは出た。
 顔を突っ伏した二人の口元から、血が流れ出ていた。慌ててカレンが二人をひっくり返すと、なんと彼らは、いつの間にか手にしていたナイフで自分の喉を裂いていたのだ。

「なっ、こ、こいつら!?」

 このナイフで抵抗などとは考えず、情報の秘匿を優先して自死した。唐突な二人の死に驚愕するカレンと対照的に、フォンは比較的冷静に亡骸に近寄る。

「……自決か。捕まった時にはこうしろと命令されていたんだろうね」
「二人とも喉を掻き切っているでござる……師匠、これでは話を聞くなど……」

 カレンは心配そうにフォンを見たが、やはり彼は落ち着いている。

「できないけど、彼らは死体だけでも十分に話してくれるよ」

 死体が話す。
 彼らの魂を取り戻して喋らせるほどの奇術があるのかとカレンは思ったが、どうやらそうでもないようだった。しかし確かに、フォンはこれで十分だと言っている。

「死体が話すとは、どういう意味でござるか?」

 首を傾げるカレンに対して、フォンは微笑んだ。

「向こうで教えるよ。とりあえず、彼らを運んでクロエ達のところに戻ろう」
「承知でござる!」

 フォンは敵の死体を担ぎ、カレンと一緒に小屋への帰路に就いた。
 これくらいの敵であれば、アンジェラはさほど時間をかけずに捕えているだろうと、彼は何故か妙な確信を抱いていた。