フォンとクロエが山林地帯で目当ての狼を探していた頃、クラーク達勇者パーティも、同様に依頼をこなそうとしていた。
 目当ては、巨大な人食い双頭猪。いつもなら歩いているだけで遭遇し、後は力業で簡単にやっつけられる、欠伸が出るほど簡単な依頼。
 パトリスを依頼に慣れさせる目的もあったのだが、ある異常事態が発生していた。

「……どういうことだよ、魔物が見つからねえじゃねえか……!」

 苛立つクラークが言う通り。強い風と砂が吹く荒れ地をどれほど歩いても、岩場をどれだけ登っても、魔物が見つからないのだ。
 正確に言えば、小型の魔物は何度か出てきた。しかし、肝心のツインヘッドブルがちっとも姿を現さない。大きさからして、ちらりとでも見えればすぐに分かるのだが、尻尾すら見当たらない。仲間達の苛立ちも、だんだん強まってくる。

「おかしいじゃん、こんなに歩いても見つからないなんて! いつもならてきとうに歩いたって向こうから出てきたのに!」
「しかもさっきから、なんか同じところばっかり歩いてなーいー?」

 疲れた様子のジャスミンはがそう言うが、クラークが否定する。

「そんなはずねえだろ、俺達は……」
「……ううん、ジャスミンの言う通りだよ。あれ、見て」

 しかし、ジャスミンの言い分は当たっていた。マリィが指差した岩場は、紛れもなく、クラークが愚痴をこぼす前に通った岩場。つまり、元来た道だ。

「……さっき見たぞ、あの岩場! あたし達、同じところをぐるぐる歩いてたのかよ!」
「あーもう、むかつく! このっ――痛だっ!」

 喚くサラ以上にストレスが溜まっていたジャスミンは、とうとう近くの砂場に生えた草を蹴飛ばした。すると、尖った葉で、彼女の足に一筋の切り傷ができた。

「ジャスミンさん、大丈夫ですか!?」

 蹲る剣士に、パトリスが歩み寄って、荷物の中から取り出した軟膏を塗る。

「痛だぁ……もう、なんなのさ、この荒れ地! 魔物は見つかんないし、トゲトゲした草とか木とかばっかりだし、同じような景色ばっかりだし!」

 実のところ、ここまでのトラブルは全て、フォンがいれば回避できたものばかりだ。
 迅速な判断からの地形把握と地図の作成、魔物の痕跡を追う技術、危険な草木の判断と、意図はしていないが苛立ちや不和のはけ口。あらゆる点で、フォンは大きく貢献していたのだが、失って尚、彼女達はそれに気づかない。
 とうとう足を止めたのは、クラークだった。

「落ち着けよ、皆。焦っても仕方ない、とりあえずここで休憩しよう」

 彼の言い分は尤もだ。自分達は今、これまで一度だって遭遇したことのないような事態に直面していて、しかも危機と呼べる。ならば、一旦冷静になるべきだ。
 クラークの言うことには従うのか、さっき通った岩場で、五人は休憩した。荷物から携帯食料を取り出し、もそもそと無言で食む。同じく不味い食事をとるクラークに、マリィが寄ってきて、声をかけた。

「クラーク、何かおかしいよ。今までこんなこと、一度もなかったよ」
「ああ、分かってる、俺も分かってるよ。理由はさっぱりだけど、これまでと全く違うみたいだ……俺達が思うよりも、難しい依頼なのかもな」

 思ったよりも状況を重く受け止めるクラークとは違い、他の面々は現状の不満を吐き散らすばかり。特にジャスミンは、子供特有の癇癪まであるから、始末が悪い。

「――かー、ぺっぺっ! 何これ、超まずいじゃん!」
「どうしたの、ジャスミン?」
「こんな携帯食料、食べらんないよ! いつものはもっとましな味だったよ! いつもと同じのが食べたい、たーべーたーいーっ!」
「ジャスミン、我儘言うなよ。フォンがいないから……」

 フォンがいないから、食事も作れない。クラークが結論に辿り着こうとしかけたが、運命がそれを邪魔するかのように、血管を額に浮かせたサラが呟いた。

「――そんなに文句言うなら、食べなきゃいいだろ。ぎゃあぎゃあ喚くなよ」

 冷たい一言を聞き逃すほど、ジャスミンも甘くはなかった。

「……何さ、ガミガミババア」
「なんだってぇ!?」

 元より血気盛んなサラと、勝ち気なジャスミンが、溜まりに溜まったストレスをぶつけ合うように胸倉を掴み合い、喚き出す。当然、喧嘩など放っておけるはずがなく、パトリスとマリィが割って入る。

「お、落ち着いてください、二人とも! こんなところで喧嘩なんて!」
「うっさい! 新人が先輩に口出しするなよ!」
「やめてよ、魔物が声に気付いて来ちゃうかもしれないのに!」
「だったら歓迎だっての! 来たらぶっ殺してやる!」

 いくら美人、美少女が集まっているとはいえ、クラークも最早限界だった。

「お前ら、いい加減に――」

 のそりと立ち上がり、『馬鹿女共』に一喝してやろうとした時。

「ブオオオオオォォォッ!」

 耳を劈く咆哮が、岩の向こうから轟き、その主が岩場に突進してきた。