忍者の存在を認めていて、尚且つシャドウ・タイガーの本性を理解している。そんな人物が自分以外にいるとは思いもよらず、フォンは無意識に目に驚きを浮かべていた。
 彼でさえそうなのだから、クロエとサーシャが驚愕を隠し切れないのは仕方ない。

「忍者!? お主、忍者を知っているのでござるか!?」

ただ、彼女達は仕方ないとしても、カレンはそうあってはいけなかった。
忍者が騒動に関わっていると、肝心の忍者がばらしてどうするのだ。

「ちょっと、カレン!」

 クロエは慌ててカレンを小突くと、反射的に声を上げてしまった彼女も、自分が忍者の存在を把握していると言ったのも同然であると気づいたようだ。
 取り繕うように表情を消し、無知を装うが、アンジェラは誤魔化せなかった。

「……貴方達も、忍者を知ってるの?」

 彼女の鋭い目が、じっとフォン達を見つめた。
 好奇心ではなく、疑心からだというのは一目瞭然だった。温和な時にはちっとも見受けられなかった、敵の心臓を射抜くかのような視線を前にして、返答しようとしたカレンはどもった。だが、代わりにフォンが前に出て彼女に言った。

「…………小耳に挟んだくらいだよ。それで、その忍者と王都の騎士の関係は、冒険者組合から呼ばれたから追いかけてるってだけかい?」
「いいえ、私は王都騎士団の命令じゃなくて、私情で来たのよ。理由が気になる?」

 フォンの嘘をアンジェラは看破していたようだが、彼女はあえて言及しなかった。代わりにちょっぴり意地の悪い表情で、フォンを試すように相談を持ち掛けた。

「そうね……事件解決に協力してくれるなら事情を話してあげるけど、どうかしら?」

 こうまでしてパートナーにフォンを置きたいのか。
 クロエ達としてはさほど興味を抱いていないようだったが、フォンは違うようだった。ラスト・ニンジャとして、漏洩していないはずの秘密がどこまで王都騎士団に――『王の剣』に掌握されているのか、彼は聞かずにはいられないようだった。
 だから、彼は仲間に振り返り、申し訳なさそうな調子で聞いた。

「……皆、いいかな?」
「フォンがそうしたいなら、あたし達はついてくよ。だよね、サーシャ、カレン?」
「サーシャ、同意」
「拙者、師匠にお供するでござる」

 アンジェラに強制されるならともかく、彼女達はフォンの提案なら納得してくれる。仲間の優しさに感謝しながら、フォンはアンジェラに向き直った。

「ありがとう、僕の我儘を聞いてくれて。それじゃあアンジェラ、僕は仲間と一緒に君に協力するよ。だからシャドウ・タイガーについて聞かせてほしい」

 フォンが自分のパートナーとして自ら名乗り出てくれたのが嬉しかったのか、アンジェラは大人びた顔一杯に子供っぽい笑みを浮かべ、掌を合わせて狭い店で跳びはねた。

「アンジーでいいってば! ね、友好の証ってことで、アンジーって呼んでくれない?」

 そこまで仲良くなるつもりはないのだが、機嫌を損ねるのも良くないだろう。

「……よろしく、アンジー」
「あらら、照れちゃってかーわいい! 弄りがいがあるわね、貴方!」

 渋々フォンはアンジーと呼んだのだが、アンジェラはどうにも嬉しそうに彼の頭を撫でる。反面、クロエはそんな光景を見せつけられるのがめっぽう不愉快らしく、パイナップルのように纏めた髪を弄りながら、口を尖らせて彼女の行動を遮った。

「そういうのはいいから、とっとと忍者の話をしてほしいんだけど」
「はいはい、そう急かさないでいいじゃない」

 どうやらクロエとアンジェラは、そりが合わないようだ。何かを察した様子のアンジェラはフォンから手を離すと、狭い店内から出ようともせず、その場で話し始めた。

「最初に話しておかないといけないのは、シャドウ・タイガーは偽名ってこと。彼の本当の名前はカゲトラ、忍者と呼ばれる暗殺者の一人よ。彼らは闇に潜み、権力者の命令に従って盗みから貴族の殺人まであらゆる任務をこなす、危険な組織だわ」

 忍者が想像する以上に、アンジェラは忍者について知っていた。
 勇者パーティに所属していた頃のフォンは、確かに職業として忍者と伝えていたが、結局何をする者なのかを理解されずにクビとなった。これはそう珍しいケースではなく、忍者が何かを知らない人間が、世の九割九分を占めているからだ。
 ところが、アンジェラは違う。これだけ理解していれば、忍者の存在を把握していると考えてもいいだろう。だからこそ、カマをかけるようにフォンは問いかけた。

「組織? 忍者は複数人いるの?」
「私が調べた範囲では、アジトを作り、養成施設を抱えるくらいには忍者はいたとされているわ。今は組織自体が壊滅状態に陥ってるようだけど、理由は不明よ」
「そのうちの一人、カゲトラを追っているわけでござるな」

 カレンが話に混ざり、アンジェラは頷く。

「正確に言うと、私の狙いはカゲトラじゃないわ。他の忍者が目当てなんだけど、あまりにも情報が少なすぎるから、忍者を復活させようとしてるカルト集団から話を聞こうと思っているの。そんな連中を相手取るんだから、並の冒険者なんて邪魔になるだけよ」

 勇者を補佐として認めなかったのは、単に関心がないだけではない。

「だから、貴方を選んだのよ、フォン。私が実力を見出したんだから、間違いないわ!」

 彼女にとって、忍者を相手取れる実力者は、フォンをおいていなかったのだ。