『王の剣』がどれほど強いのかを知らしめる、凄絶な一撃だった。
スレンダーな体型のどこからそれほどの力が出ているのか分からないほどの怪力で、二人の顔は芝生にめり込んだ。首が奇妙な方向に曲がった彼女達だが、体液を吐き出して痙攣しているだけで、死んではいないようだ。
「サラ! ジャスミン!?」
パトリスは思わず巨大な盾から顔を覗かせたが、だとしても気が抜け過ぎである。
「ほらほら、ぼさっとして敵の接近を許すのは盾役として悪手よ?」
二人から手を離したアンジェラは、身を屈めて盾の死角に入り、まるで瞬間移動をしたかのような速度で後衛に詰め寄っていた。
「いつの間、に、きゃあっ!」
想定されていない攻撃への対処が下手なのか、それともアンジェラの攻撃が早すぎるのか、顎に拳を打ち込まれたパトリスの意識は一瞬で奪われる。
「パトリス! この、『火槍』――」
「詠唱はもっと短く、事前にしておきなさい。魔法使いが非力である自覚が足りないわ」
盾がいなければ、魔法使いの防御手段など知れている。マリィが防御を捨て、攻撃魔法の呪文を詠唱するよりも先に、アンジェラの後ろ回し蹴りが彼女に命中した。
「ぐッ……!」
小柄なマリィの体が後方に吹き飛び、芝生を何度か転がって動かなくなった。
サラ、ジャスミンは痙攣するばかりで、パトリスは意識を一瞬で奪われ、マリィはどうなっているかも分からない。この状態に至るまで、瞬きをする間。
一瞬で、勇者パーティはクラークを除いて全滅した。組合長お墨付きの面々を瞬時に倒しておきながら、アンジェラは橙色の髪をかき上げて事も無げに、唯一残ったクラークに微笑みかけながら言った。
「さて、これで残るは勇者の貴方だけね。剣は先に抜かせてあげるわ」
未だに腕を組んだままだったクラークの顔は、余裕ではなく挑発への怒りに変わっていた。彼は銀髪が揺れるほど震えながら、ぎらりと光る剣を鞘から引き抜く。
彼の剣は、そこらで売っているような粗雑な剣ではない。勇者としての役職を得られるほどの彼が持つのだから、価値は金貨数十枚でも足りない。宝石や鉱石ですら真っ二つに断ち斬る、彼が全幅の信頼を寄せる武器だ。
「……俺の魔法剣を見ても、その余裕が保てるかよ!」
両手で握られたクラークの剣の周囲に、金色のエネルギーが纏わりつく。
魔法と剣撃、二つに精通した才覚を持つ勇者特有の力である。クラークの場合は特に斬撃に特化しており、成程確かに、並々ならない覇気は感じ取れる。
この金色のオーラこそが、勇者の証。かつて強大な悪を打ちのめしたとされる役職。生まれ持った完璧な才能に加えて、自らその職を選ぶだけでなく、占い師や地方部族の長に認められて初めて名乗るのを許される。
このギルディアに一人しか存在しない勇者。それこそが、クラークなのだ。
彼は鼻息を荒くしたまま、奇策を一つも取らず、真正面からアンジェラに突っ込んだ。
「魔物の強固な鱗も斬り裂く一撃だ、怪我しても恨むんじゃねえぞ! おらあぁッ!」
クラークの言葉に偽りはない。ワイバーンの首を刎ねたのもこの斬撃だし、全力を出したこの攻撃はこれまで避けられなかった。だからこそ、余計な策を練らずとも、この攻撃は当たって当然だと考えていた。
――勿論、そんな愚策は過信でしかない。
クラークの剣がアンジェラの眼前にまで迫った時、彼女は右手の盾を剣にぶつけた。
正面からの防御ではない。アンジェラは剣の切っ先をずらすようにして、オーラを纏った剣に掠らせたのだ。盾の方からぶつけに行ったのに、クラーク必殺の一撃は、彼女の盾に傷一つすらつけられなかった。
「当たらなきゃ意味がないのよ、どれだけ大仰な台詞を言っても」
代わりに、攻撃がかわされて目を見開くクラークの腹に、アンジェラの右拳がめり込んでいた。人の頭で地面をスタンプする腕力の拳が直撃すれば、いかに勇者といえどただで済むはずがない。彼は剣を手から零し、拳が離れた腹を抱え、蹲る。
「――おっ……ご、おげえぇぇ……!」
間もなく、クラークは朝食を口から吐き出した。ぐちゃぐちゃになったパンや野菜、肉の混合物が放つ異臭と彼そのものを嫌悪するように、アンジェラは彼から離れる。
「これくらいのパンチで嘔吐するようじゃ、勇者と呼ぶには貧弱すぎる。しかも五人揃って瞬殺だなんて、油断してたなんて言い訳は利かないわよ?」
彼女からしてみれば、時間をかけすぎたくらいだ。これでもアンジェラは相当手を抜いていたし、あと二、三手ほどは勇者達も肉薄してくると踏んでいた。
それが、とんだ見込み違いだ。もう欠片も、彼女の関心は一同に向いていない。
「悪いけどもう行くわね。フォンを説得するのに時間を使いたいのよ、バイバイ」
肩を竦め、つまらなかったと言うかのようにアンジェラは訓練場を去っていった。
残されたのは、僅かに痙攣するか、動かない勇者パーティの女性達。
「う、ぐう、ま、待でっおぼろおおぉ……」
そして一目惚れした相手の前で嘔吐し、地に這いつくばるクラークだけだった。
スレンダーな体型のどこからそれほどの力が出ているのか分からないほどの怪力で、二人の顔は芝生にめり込んだ。首が奇妙な方向に曲がった彼女達だが、体液を吐き出して痙攣しているだけで、死んではいないようだ。
「サラ! ジャスミン!?」
パトリスは思わず巨大な盾から顔を覗かせたが、だとしても気が抜け過ぎである。
「ほらほら、ぼさっとして敵の接近を許すのは盾役として悪手よ?」
二人から手を離したアンジェラは、身を屈めて盾の死角に入り、まるで瞬間移動をしたかのような速度で後衛に詰め寄っていた。
「いつの間、に、きゃあっ!」
想定されていない攻撃への対処が下手なのか、それともアンジェラの攻撃が早すぎるのか、顎に拳を打ち込まれたパトリスの意識は一瞬で奪われる。
「パトリス! この、『火槍』――」
「詠唱はもっと短く、事前にしておきなさい。魔法使いが非力である自覚が足りないわ」
盾がいなければ、魔法使いの防御手段など知れている。マリィが防御を捨て、攻撃魔法の呪文を詠唱するよりも先に、アンジェラの後ろ回し蹴りが彼女に命中した。
「ぐッ……!」
小柄なマリィの体が後方に吹き飛び、芝生を何度か転がって動かなくなった。
サラ、ジャスミンは痙攣するばかりで、パトリスは意識を一瞬で奪われ、マリィはどうなっているかも分からない。この状態に至るまで、瞬きをする間。
一瞬で、勇者パーティはクラークを除いて全滅した。組合長お墨付きの面々を瞬時に倒しておきながら、アンジェラは橙色の髪をかき上げて事も無げに、唯一残ったクラークに微笑みかけながら言った。
「さて、これで残るは勇者の貴方だけね。剣は先に抜かせてあげるわ」
未だに腕を組んだままだったクラークの顔は、余裕ではなく挑発への怒りに変わっていた。彼は銀髪が揺れるほど震えながら、ぎらりと光る剣を鞘から引き抜く。
彼の剣は、そこらで売っているような粗雑な剣ではない。勇者としての役職を得られるほどの彼が持つのだから、価値は金貨数十枚でも足りない。宝石や鉱石ですら真っ二つに断ち斬る、彼が全幅の信頼を寄せる武器だ。
「……俺の魔法剣を見ても、その余裕が保てるかよ!」
両手で握られたクラークの剣の周囲に、金色のエネルギーが纏わりつく。
魔法と剣撃、二つに精通した才覚を持つ勇者特有の力である。クラークの場合は特に斬撃に特化しており、成程確かに、並々ならない覇気は感じ取れる。
この金色のオーラこそが、勇者の証。かつて強大な悪を打ちのめしたとされる役職。生まれ持った完璧な才能に加えて、自らその職を選ぶだけでなく、占い師や地方部族の長に認められて初めて名乗るのを許される。
このギルディアに一人しか存在しない勇者。それこそが、クラークなのだ。
彼は鼻息を荒くしたまま、奇策を一つも取らず、真正面からアンジェラに突っ込んだ。
「魔物の強固な鱗も斬り裂く一撃だ、怪我しても恨むんじゃねえぞ! おらあぁッ!」
クラークの言葉に偽りはない。ワイバーンの首を刎ねたのもこの斬撃だし、全力を出したこの攻撃はこれまで避けられなかった。だからこそ、余計な策を練らずとも、この攻撃は当たって当然だと考えていた。
――勿論、そんな愚策は過信でしかない。
クラークの剣がアンジェラの眼前にまで迫った時、彼女は右手の盾を剣にぶつけた。
正面からの防御ではない。アンジェラは剣の切っ先をずらすようにして、オーラを纏った剣に掠らせたのだ。盾の方からぶつけに行ったのに、クラーク必殺の一撃は、彼女の盾に傷一つすらつけられなかった。
「当たらなきゃ意味がないのよ、どれだけ大仰な台詞を言っても」
代わりに、攻撃がかわされて目を見開くクラークの腹に、アンジェラの右拳がめり込んでいた。人の頭で地面をスタンプする腕力の拳が直撃すれば、いかに勇者といえどただで済むはずがない。彼は剣を手から零し、拳が離れた腹を抱え、蹲る。
「――おっ……ご、おげえぇぇ……!」
間もなく、クラークは朝食を口から吐き出した。ぐちゃぐちゃになったパンや野菜、肉の混合物が放つ異臭と彼そのものを嫌悪するように、アンジェラは彼から離れる。
「これくらいのパンチで嘔吐するようじゃ、勇者と呼ぶには貧弱すぎる。しかも五人揃って瞬殺だなんて、油断してたなんて言い訳は利かないわよ?」
彼女からしてみれば、時間をかけすぎたくらいだ。これでもアンジェラは相当手を抜いていたし、あと二、三手ほどは勇者達も肉薄してくると踏んでいた。
それが、とんだ見込み違いだ。もう欠片も、彼女の関心は一同に向いていない。
「悪いけどもう行くわね。フォンを説得するのに時間を使いたいのよ、バイバイ」
肩を竦め、つまらなかったと言うかのようにアンジェラは訓練場を去っていった。
残されたのは、僅かに痙攣するか、動かない勇者パーティの女性達。
「う、ぐう、ま、待でっおぼろおおぉ……」
そして一目惚れした相手の前で嘔吐し、地に這いつくばるクラークだけだった。